健康長寿ネット

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地域コミュニティ再生が高齢者の権威回復のカギ(小出 宣昭)

公開日:2019年11月13日 11時44分
更新日:2019年11月22日 09時30分

写真1:第14回対談風景写真。祖父江理事長と小出宣昭氏

シリーズ第14回生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして

 わが国がこれから超長寿社会を迎えるに当たり、長寿科学はどのような視点で進んでいくことが重要であるかについて考える、シリーズ「生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして」と題した各界のキーパーソンと祖父江逸郎公益財団法人長寿科学振興財団理事長との対談の第14回は、小出宣昭・中日新聞社代表取締役社長をお招きしました。

交通事故現場で見せたイギリスのおじいさんの権威

祖父江:「人生50年」といわれた戦中・戦後から30年以上も寿命が延びました。「人生80年、90年」をどのように人生設計するかが、今後の長寿社会の大きな課題です。小出社長はご見識をお持ちですから、ジャーナリズムの視点からいろいろな話を聞かせていただきたいと思います。

 昨年(2015年)11月にお会いしたのですが、112歳の世界最長寿の男性でギネスに認定された小出保太郎さんが名古屋に住んでおられます。肌もつやつやでお話もしっかりされて、非常にお元気でしたよ(小出さんは2016年1月19日にご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします―編集部)。

小出:やはり戦後70年がもたらした1番の大きい成果は、「長寿社会」だと思います。平和は最大の資源です。そして、日本は世界に冠たる長寿国になりました。これは日本が誇るべきことだと思います。平均寿命では女性が世界一、男性もベストファイブに入るでしょう。医療の力によって世界一の長寿国になっているのです。医療の1番の目的は長生きですから、日本の医療の第一の使命は果たしたと思います。

祖父江:国がきちんとした社会構造を築き上げた上にできた長寿社会ですから、その点では他の国には見られない長寿社会の構造ができあがっていますね。

小出:いろいろな条件が整っていないと長寿が実現できないと思います。平均寿命が高い国はほとんどOECD加盟国、先進国です。経済力がなければ長寿にはならない。国民の栄養状態や衛生状態が大きいですね。その意味ではいい時代だといえるでしょう。

 ただ、日本ではお年寄りの権威というものが、だんだんとなくなりつつあるように感じます。私は30年ほど前にイギリスに3年半、特派員として赴任していましたが、イギリスで「こうも違うのか」と思ったのは、おじいさん、おばあさんの権威がすごくあるということです。

 ある時、ロンドンではめずらしく大雪が降りまして、私は息子を車で学校に送っていきました。その帰り道で私の車を追い越そうとした車がスリップして対向車線に出て、煉瓦(れんが)塀に激突して逆立ちしてしまいました。そこに居合わせた人は車を止めて、みな現場へ駆け寄りました。運転手は血だらけです。

 そのとき、元軍人だと思われる80歳くらいのおじいさんが出てきて、「この場の指揮は私が取る。Gentleman, I am a commander」とステッキをついて言うのです。そして「そこの東洋系の人!」―これは私のことですが、「ポリスに電話してくれ」。「そこのパンクファッションの青年、キミはハンカチやネクタイを出し給え。それを止血の包帯にする」。「キミは救急車を呼び給え」と命令するわけです。そして、そのおじいさんの命令一下、その場にいた人がいっせいに動いて、救急車や警察が来て、運転手を病院に運び込むことができました。

 そのとき雪が降っていました。イギリス人のジョークは非常にしゃれていて、当時007の映画で「ロシアより愛を込めて From Russia with Love」が有名でした。そのおじいさんは雪を見ながら、「From Russia with Love」と言うわけですよ。「この雪がロシアから愛を運んできた」と。「君たちご苦労さん。今日はいい日だったよ。グッドバイ!」と言って去っていきました。

 おじいさんの命令にチンピラみたいな若者まで全員が従うのです。「この国のお年寄りの権威ってすごいな」と思ったわけです。

 それからイギリスは手紙の国ですから、手続きは何でもかんでも郵便局です。車の仮免許を取るのも、年金を受け取るのも郵便局。ですからいつも行列ができるのです。私も切手を買おうと並んでいて、ようやく私の番だというところにおばあさんが現れました。「レディファースト、プリーズ」とおじいさんがおばあさんを列の中に入れるのです。こっちは並んでようやく順番がきたというのに(笑)。でもおばあさんにとってはそれが当たり前なのです。それについて誰も文句を言わない。

祖父江:何年くらいの話ですか?

小出:1984年~87年。30年近く前のサッチャー首相の時代です。なぜお年寄りの権威があるのだろうと思い、当時、フランスに赴任していた人にも話を聞いたのですが、「フランスではお年寄りがもっと威張っている」というのです(笑)。地下鉄に乗っていても、おじいさん、おばあさんが乗ってきたら、若者はぱっと立ちますから。これは1人の例外もなかったと思います。

祖父江:世の中の構造が長寿社会になって、長寿は非常にうれしいことですが、日本では高齢者の権威がなくなってしまったのは非常に残念です。それが日本の高齢社会のちょっと寂しいところですね。

写真2:祖父江理事長の対談風景写真。

プロセスを省略するデジタル社会の錯覚

祖父江:高齢者は知識や経験も豊富で、以前は多彩な役割を持っていたように思います。しかし社会構造がだんだんと変わり、インターネットが普及して、知識を得るところがすべてそちらへ移ってしまいました。残念ながら、高齢者は知識を持っていてもあまり尊敬されなくなりました。

小出:私はそれは「デジタル社会の錯覚」と思います。デジタルというのは、プロセスを省略する文化です。たとえば、デジタル時計は55分の次はカチャッと56分に切り替わる。一方、アナログ時計では55分から56分の間に秒針がコチコチと動き、プロセスを踏んで56分になる。

 デジタルはプロセスを省略するから便利ではあるけれど、人間というのはそもそも「アナログ的存在」だと思います。人間の人生をデジタル的に捉えたら、「生」の次は「死」になりますが、人生とは「生」から「死」までの「アナログ的プロセス」をいうのですから。

 はるか昔は、東京から名古屋までアナログ的に10日かけて歩いて旅をしていました。そうしますと、どんな馬鹿息子でもそのプロセス・過程でいろいろなことを学んで、利口になって帰ってきたはずです。

 このデジタル社会には高齢者はついていけないし、社会全体としては異様な状況になっています。

祖父江:これは日本独特でしょう。

小出:そうですね。特に日本が異様で、これはコンピュータとは一体どういうものかという文明論的な議論なしに、コンピュータを導入してしまったからです。

 私が1980年代半ばにイギリスにいる頃、高級紙の「タイムズ」や「インディペンデント」などが紙面上でコンピュータについて論争をしていて、それがものすごく面白かった。ほとんどの人で意見が一致したのは、「コンピュータは、ギリシャ・ローマ時代の奴隷制と一緒だ」ということです。

 なぜ2500年前のギリシャ・ローマ時代に、ピタゴラスの定理やアルキメデスの原理などのすごい文化が生まれたのか。ギリシャとローマには奴隷がいたからだというのです。面倒な仕事をすべて奴隷にさせた結果、文化的な営みに費やす膨大な自由時間が生まれ、あのような素晴らしい文化を築くことができた。

 コンピュータというのはいわゆる「現代の奴隷」で、面倒なことをすべてしてくれる。「いかに自由時間を生むか」というが最大のテーマになる、というのが結論でした。要するに、自由時間を生み出すためにコンピュータの利用方法を考えるのです。

 ところが日本はそのような文明論なしにコンピュータを取り入れたので、コンピュータが浸透すればするほど自由時間がなくなってしまいました。

祖父江:そうですね。今、街ではスマートフォンを触りながら歩いている人も多いですね。

小出:少し前にイギリスへ行ったとき、ロンドンから2時間くらい列車に乗りましたが、誰1人としてスマートフォンを触っている人はいなかったですよ。みな本を読んだり、景色を楽しんだりしていました。

祖父江:外国人が日本人のあの光景を見たら、異常に思うでしょうね。

小出:そうでしょう。列車の中の2時間という限られた自由な時間です。それをイギリス人は本を読んで過ごす。10年経ったら、日本は外国に太刀打ちできなくなると思いました。

「目に見えないものから入れよ」で和魂洋才が成り立った

小出:日本はIT文化を根底から哲学的に考えずに、ただ「便利だから」と取り入れてしまいました。

 明治時代は、今のITどころか文明開化の波がすごかった。明治8年に福沢諭吉が『文明論之概略』という本を書いています。あの中で福沢が3度も言っているのは、「くれぐれも目に見えないものから入れよ」ということです。「キリスト教の思想」、「自由民権の思想」、「教育の思想」。目に見えないものから入れて、然る後に蒸気機関車などを入れる。「入れる順番を間違えるな」と言ったのです。

祖父江:それは大事なことですね。

小出:明治時代はそのようにしたのです。福沢は慶應義塾をつくり、要するに目に見えないものから入れて、それから目に見える文明開化の"物"を入れたのです。だからあまり物に振り回されず、和魂洋才が成り立ったわけです。精神はこれまでの和魂で、技術だけを利用する。

 ところが、戦後の日本はそういう哲学なしに物から入れてしまったため、物に振り回されるだけでした。車や洗濯機などは便利だからいいけれども、コンピュータには徹底的に振り回されています。

祖父江:文明というのは入れる順番を間違えると、ぐちゃぐちゃに混乱してしまいますね。明治の人はすごいものですね。

小出:それから明治というのは「複眼」といって、いいとこ取りしていたのです。海軍の軍人のほとんどはイギリスに留学していた。陸軍と法律家と医者のほとんどはドイツへ、絵かきはフランスへ。当時、海軍はイギリス、医学はドイツ、美術はフランスだった。みんないいとこ取りしました。ところが戦後はすべてアメリカになってしまいましたね。

祖父江:「アメリカにあらずんば」になってしまった。

小出:だから非常に単線的というか、単細胞型の文明の吸収になってしまいました。

ロマン、そろばん、我慢の三位一体

祖父江:日本の社会にはいろいろな弊害が出てきていますが、誰かがどこかで食い止めなければなりません。やはりその根本にあるのは経済至上主義だと思います。儲かれば何でもかんでも普及させてしまう。これが問題なのではないでしょうか。

小出:私は新聞社を経営している立場ですが、経営の基本理念というのは、「右手にロマン、左手にそろばん、背中に我慢」。すべて「ん」で韻を踏んでいるのですが。

 経営が厳しくなると、そろばんを重視してしまう。そうすると右手のロマンがなくなる。そろばんだけの経営なら、コンピュータがやったほうがはるかにいい。それでも人間はロマンがなければ心に火が付かない。コンピュータでは社員の心に火が付かないんです。経済至上主義というのは、左手のそろばんだけで運営しているようなものです。

 背中の我慢も2通りあると思います。しょうもないことを言われてグッと我慢する「受け身の我慢」と「積極的な我慢」。積極的な我慢とは、痩せ我慢です。「そろばん上は割に合わないけれど、ロマンのために痩せ我慢しよう」という意味。「痩せ我慢」はロマンとほとんど同義語です。「ロマン、そろばん、我慢の三位一体」、そのバランスが大事だと思います。健康もそうでしょう。

祖父江:健康もすべてバランスです。人体は60兆の細胞からできています。それがただ集まっているだけではなくて、特定の機能に分化した細胞が組織や臓器をつくって、これらが集まって統合的な機能を発揮する。その頂点にあるのは脳で、司令塔の役割を担っています。これらのバランスが重要で、それが崩れると病気に追い込まれます。

 こうした人体の仕組みの絶妙なからくりは、人間社会のあり方を考えるうえにも大いに参考になるのではないでしょうか。たとえば脳は、小出社長がおっしゃったような右と左、右脳と左脳の両方を使っている。

小出:情緒と論理ですよね。ロマンとそろばんですね。

祖父江:まさにそのとおり。それが人間の基本的なあり方です。

「斜めの目」を経験しない少子社会の質の変化

祖父江:わが国は現在、少子高齢化といって「高齢化」と「少子化」の2つの問題が出てきて、人口構成が大きく変わってきました。誰もが生きがいを持った明るい高齢社会を築くにはどのようにしたらよいかが大きな課題ですが、これについてはどうお考えになりますか。

小出:少子化については、少ない若者で多数の高齢者を抱えなければならないという量で捉えることも大事ですが、「少子化の質の変化」もあります。出生率は全国で1.42で、東京では1.15(2014年)。特に大都市では限りなく1人っ子に近づいてきています。

 その質的変化は何かというと、1人っ子と1人っ子が結婚すると、その間にできた子どもにはおじさん、おばさんがいないので、いとこがいない。兄弟姉妹もいない。要するに親類ネットワークがなくなっているのです。限りなく親と子どもだけの社会になる。これは日本史上、初めての経験でしょう。

 結婚式では、昔は親族、おじさん、おばさんまで招待したら20人ぐらいは集まりました。今は人数が足りないから、いとこやいとこの嫁さんとか、いろいろかき集めてようやく20人になるようです。

 このように、劇的な勢いで親類ネットワークがなくなっているのです。そうすると何が起きるか。赤ん坊は生まれてきて無意識のうちに両親の「温かい目」を感じる。しかし、おじさん、おばさんの目は「斜め」です。心の中では「うちの子のほうがかわいい」と思いながら、表向きは「かわいいわねぇ」と言う。ですから、いとこ同士は仲はいいけれど、ライバルでもある。

 そういうことを親類ネットワークの中で子どもは訓練され、学んでいく。それで世間は「親の目」だけではないとわかる。きょうだい喧嘩やいとこ喧嘩を通して、手加減を覚える。これ以上やってはいけないと体で覚える。そのようにして体で学んだ知識を得て学校へ行く。そうすると他人の目にさらされても折れない。「斜めの目」を経験しているからです。

 今は「斜めの目」を経験しないで、両親の「温かい目」だけしか知らずに学校へ行き、いきなり他人の「真横からの目」に当たるわけです。だから登校拒否とか、喧嘩をすればナイフを持ち出すところまでいってしまう。少子化社会にはそのような質的な変化があるのです。

写真3:小出宣昭氏の対談風景写真。

みんな長男・長女となる社会

小出:もう1つは、男という男はみんな長男に、女という女はみんな長女になってしまったということです。戦後の日本を支えてきた構造は、長男は田舎で田んぼをもらって耕す。次男・三男は財産もらえずに大都会へ行く。この人たちが戦後の復興を支え、今日の日本がある。次男・三男は生まれたときから長男というライバルがいるのです。どうあがいても勝てないライバルです。

 30年前に「長男・長女時代」というテーマで連載したとき、こんな調査結果を紹介しました。母親が第一子に手をかける比率は、第二子の6.5倍。概ね写真の数も同じで、長男・長女の写真はたくさんあるけれども、次男・次女以降はお兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒のついでの写真。それほど手をかける率が違う。

 次男・次女は、親が6.5倍も手をかけている長男・長女に勝てないことを無意識のうちに悟る。だから目立つために活発になる。ぐれるのも目立つため、勉強するのも目立つため。そして、男だと活躍するのはほとんど次男・三男です。長男は6.5倍も手をかけられるから、どかっとして、どこかのんびりしている。

 中日ドラゴンズの優勝は、最初は昭和29年。出生率は2.48。ベストナインを調べると、9人のうち長男は3人だけで、あとは全員次男・三男でした。昭和57年、近藤監督で優勝した時は、出生率は1.77でした。このときの中日のベストナインの9人中、7人が長男、残り2人が次男でした。野武士的な荒々しさが消え、「管理野球」という言葉が登場し始めたのは、この頃からではないでしょうか。

 そのような少子化の質的変化。男という男が非戦闘的、調整型の男ばかりになり、ちょうどその頃から日本経済は低成長になって、今も続いている。これはもう変えようのない流れですから、この上に立って少子化をどのようにみていくかということが大事だと思います。次男・三男が絶滅危惧種になって、事実上もういないのです。ほとんどの男が長男になった。これは日本史上、初めて体験する社会です。

祖父江:それは非常に面白い見方ですね。次男・三男がいなくなり、「長男の時代」になった。

小出:その上に立ってお年寄りがだんだん増えてきた。それをどう支えていくかを考えなければなりません。少子高齢化というのはそういう問題をはらんでいます。

親類ネットワークに代わって地域社会が強くなる

小出:「長男・長女時代」になり、親類が少ないとどういう社会になるのか。先例としては、開拓時代のアメリカの西部とか、日本だと北海道のような親類がいない社会。両方に共通する特徴は、「地域社会がすごく強くなる」ということです。親類ネットワークに代わる地域ネットワークです。

 アメリカも地域ネットワークがものすごく強い。親類がいない移民ばかりの社会だから、地域が強くなる。北海道もほとんどが本土から移った人だから、町内会長が葬儀委員長です。親類がいないから葬儀の裏方全部を町内会が担うわけです。結婚式は会費制。親類がいないと、地域社会が非常に強い形態になるのです。

 日本も地域社会が強くならないと社会がもたなくなるでしょう。ところが今は、「個人情報がどうの」と言って「ほっといてくれ」という人ばかりだから、コミュニティがなかなかできない。しかし流れとしては、地域社会をつくらなければ国はもたないですよ。

祖父江:そのとおりですね。

小出:そして地域社会ができれば、お年寄りは権威を回復するのです。共通に尊敬する対象は、年長者しかいないのですから。少子高齢化で親類がいなくなると、それに代わるのは今までの歴史をみる限り、地域社会しかありません。地域コミュニティが徐々に回復していけば、この権威は「コミュニティの中の権威」となるのです。年を重ねることは1年でも先輩で、その知恵を借りるというところで尊いわけですから。それに地域社会の問題というのは、コンピュータでは解決できませんからね。

写真4:対談者の小出宣昭氏と祖父江理事長の写真。

タイムリッチ、キャッシュプアの高齢者の出番

祖父江:実際に地域コミュニティが復活していけばいいのですが、特に都会ではなかなかむずかしいですね。

小出:そうですね。ですが私はなんとか健全なコミュニティを復活させたい。そうすればその中で高齢者が生き生きと活躍できます。コミュニティでは「タイムリッチ」、いわゆる時間に余裕がある人しかリーダーシップを取れない。ここはやはり高齢者の出番です。

 最近、ヨーロッパでは、「タイムリッチ、キャッシュプア」という階層と「キャッシュリッチ、タイムプア」という2つの階層に分けられるといいます。お年寄りは「タイムリッチ」ですが、現役世代に比べると「キャッシュプア」です。共働きのダブルインカム夫婦は「キャッシュリッチ、タイムプア」です。

 この2つの階層に対応して、ヨーロッパのスーパーマーケットでは、平日の午後4時までの価格は半額にする。平日の昼間に買い物できる「タイムリッチ、キャッシュプア」のお年寄りのために価格を半額にする。「キャッシュリッチ、タイムプア」な人たちは午後5時以降に来るので、価格を倍にするのです。

 しかし、日本では逆で、5時以降、夜遅いほうが半額になる(笑)。高齢化時代とは逆のことをしています。

祖父江:たしかにおかしい話ですね。今後はもっと高齢者に光が当たる明るい社会をつくっていかなければなりませんね。

小出:フランスのアランという哲学者が、「悲観主義は気分である。楽観主義は意志である」と言っています。

 「明るく振る舞うことは意志である。意志の力で明るく振る舞うと、それを見ている周りの人たちが明るくなる。明るくなった人たちが自分を愛してくれる。この明るさの循環を幸福という」

 やはり人間は放っておくと悲観的になる。「意志の力で明るくあれ」。そうすると周りも明るくなって、自分も幸福になる。そういう高齢社会にしていきたいですね。

 きんさん、ぎんさんが、なぜあのように人気者になったか。高齢社会がちょっと暗い感じがしたのが、あのお二人によって明るい雰囲気になったのです。

祖父江:その役割は大きかったですね。高齢者がみんな、きんさん、ぎんさんのようになるといいですね。

 本日は、高齢社会について貴重なお話をいただきました。お忙しい中、ありがとうございました。

(2016年4月発行エイジングアンドヘルスNo.77より転載)

対談者

写真:小出宣昭氏
小出 宣昭(こいけ のぶあき)
中日新聞社代表取締役社長(当時)
中日新聞社顧問・主筆。
1944年名古屋生まれ。1967年早稲田大学第一政経学部政治学科卒業、中部日本新聞社(現在の中日新聞社)入社、主に社会部で遊軍、県政などを担当。1984年から1987年までロンドン特派員。その後、名古屋本社社会部長、岐阜総局長などを経て、1999年名古屋本社編集局長、2007年東京本社代表、2011年代表取締役社長、2017年より顧問・主筆。
主な著書は『ニュースを食え』『続ニュースを食え』(中日新聞社)。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.76

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