健康長寿ネット

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薬物療法ガイドライン

公開日:2016年7月25日 10時00分
更新日:2019年8月14日 14時12分

薬物療法ガイドラインについて1)

 高齢者では加齢による変化がみられるため、若年者と比べて、病気の症状の現れ方や治療を行った際の反応が異なります。高齢者は、いくつかの病気を併せ持っていることや慢性疾患を抱えていることも多く、たくさんの薬を服用していることで、複数の薬の間で相互に生じる作用や、薬による好ましくない症状、望ましくない健康被害・病気(薬物有害事象)がみられることが多くなります。

 薬物療法ガイドラインは高齢者の薬物療法で薬物有害事象が多くみられることを受け、高齢者の薬物療法の安全性を高める目的で2005年に初めて作成されました。そして、10年が経過した2015年に、より、高齢者の薬物療法が安全なものとなるように、「日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物治療の安全性に関する研究研究班および日本老年医学会・高齢者薬物療法のガイドライン作成のためのワーキンググループ」によって、薬の効き目と副作用とのバランス(リスク・ベネフィットバランス)を考慮した内容へと改訂されました。

 改訂後は、「高齢者の処方適正化スクリーニングツール」として、「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」に加えて、「開始を考慮するべき薬物のリスト」が追加されました。また、高齢者の薬物療法で遭遇する頻度の高い疾患・病態において、「糖尿病、脂質異常症、腎疾患、筋・骨格疾患、在宅医療、介護施設の医療、薬剤師の役割」の項目が新たに作成されました。

高齢者の薬物療法、多剤処方による有害事象の概要1)

 70歳以上の高齢者では、60歳未満に比べ、薬物有害事象の出現率が1.5~2倍高いといわれています。1995年11月から1998年4月までに東京大学病院老年病科の入院症例前例を対象とした調査では、薬物有害事象の発現頻度は若年者を除いて、75歳以上の後期高齢者で多くみられています(図1)。

図1:薬剤有害作用の出現頻度と加齢の関連を示す棒グラフ。薬物有害事象の発現頻度は若年者を除いて、75歳以上の後期高齢者で多いことを示す
図1:薬剤有害作用の出現頻度と加齢 東大老年病科1995~1998 引用:2)

高齢者の薬物有害事象は、様々な臓器に現れ、重症例も多く、入院するきっかけや入院が長引く要因ともなっています。

高齢者で薬物有害事象がみられる要因1)

 高齢者で薬物有害事象が多くみられるのには、疾患上の要因、機能上の要因、社会的要因が関与しています(表1)。

表1:高齢者で薬物有害事象が増加する要因 引用:1) 12p
要因有害事象
疾患上の要因 複数の疾患を有する⇒多剤併用、併科受診
慢性疾患が多い⇒長期服用
昇降が非定型的⇒誤診に基づく誤投薬、対症療法による多剤併用
機能上の要因 臓器予備機能の低下(薬物動態の加齢変化)⇒過量投与
認知機能、視力・聴力の低下⇒アドヒアランス低下、誤服用、症状発現の遅れ
社会的要因 過少医療⇒投薬中断
※ アドヒアランス:
患者が治療方針の決定に関わり、医師と相談のうえ、決定した治療を受けること

薬物有害事象が見られる疾患上の要因 

 高齢者で薬物有害事象が見られる疾患上の要因としては、高齢者は複数の疾患を併発していることや、慢性疾患にかかっている率も高いため、複数の病院や受診科にかかり、たくさんの種類の薬を長期にわたって服用していることがあげられます。

 また、高齢者では症状が教科書通りには出ないため、診断がつきにくいことや、症状の訴えも多くなりがちなため、本来は服用の必要ない薬を服用している例や、訴えごとに処方された多くの種類の薬を服用していることもみられます。

薬物有害事象が見られる機能上の要因 

 高齢者で薬物有害事象が見られる機能上の要因としては、加齢による変化によって、薬物の血中濃度が高くなることや、薬の種類や飲み合わせによって薬物に対しての反応が出やすくなることがあげられます。認知機能や視力・聴力の低下によって、薬物治療への関心や理解が低くなり、誤って服用することや、薬物によって現れる症状に気づきにくいこともあげられます。

薬物有害事象が見られる社会的要因

 高齢者で薬物有害事象が見られる社会的要因としては、十分な治療を継続できず、途中で服薬を中断しなければならないことがあげられます。

高齢者で薬物有害事象のうち重要である要因

 高齢者で薬物有害事象のうち、重要である要因は、「加齢によって薬の効き目が強く出るようになること」と、「服用する薬の種類が増加すること」にあります。

加齢による薬の効き目の変化1)

 薬が体に吸収されて(吸収)組織に行き渡り(分布)、分解されて排出しやすい形となり(代謝)、排泄される(排泄)変化を薬物動態と言います。薬物動態における吸収・分布・代謝・排泄のそれぞれの段階での組織における反応性は、加齢でみられる変化によって、以下のような影響を受けます。

薬物吸収

 消化管機能の加齢による低下はみられるが、鉄やビタミン剤など以外は、薬物吸収の影響は少ない。

薬物分布

 水溶性薬物の血中濃度が上昇しやすく、脂溶性薬物は脂肪組織に蓄積されやすい。血清アルブミンが低下すると、薬物がたんぱく質と結合する率が少なくなり、たんぱく質と結合しない薬物は組織へと移行するため、薬物の濃度が上昇する。

薬物代謝

 肝臓の機能低下によって薬物の代謝も低下し、肝臓での代謝率が高い薬物で血中濃度の上昇がみられやすくなる。

薬物排泄

 加齢によって腎臓の血流量が低下するため、腎臓から尿へと排泄されにくくなり、血中濃度が増加する。肝臓から胆汁に排泄される薬物は閉塞性黄疸がある場合は禁忌である。

長期投与や多剤併用による問題点1)

 薬を長い間投与し続けているうちに、加齢による腎機能や肝機能の変化が起こり、薬物中毒がみられることや、代謝・排泄機能が低下して有害事象が現れることもあるため、長期投与の場合は、投与量の調節や薬物の変更が必要とされます。

 高齢者は多くの疾患を抱えていることが多く、多剤併用する場合は、薬代が高くなり、経済的な負担が大きくなります。服用すること自体も大変となり、薬同士の相互作用や飲み忘れや飲み間違い、処方間違いなどが多くなり、薬物有害事象の発生へとつながります。

 東京大学病院老年病科の調査では、6種類以上の薬を服用していると薬物有害事象の発生頻度が高くなるという報告があります(図2)。

図2:投薬数と薬物有害作用発現頻度の関連を示す棒グラフ。6種類以上の薬を服用していると薬物有害事象の発生頻度が高くなることを示す
図2:投薬数と薬物有害作用発現頻度 引用:2)

高齢者の処方適正化スクリーニングツールについて

「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」と「開始を考慮するべき薬物のリスト」のリスト1)

 高齢者の薬物有害事象を防ぐために、主要な薬物と使用法について「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」と「開始を考慮するべき薬物のリスト」が、日本老年医学会、日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物治療の安全性に関する研究研究班編集の「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」高齢者の処方適正化スクリーニングツール26-33pで示されています。

 「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」は、有害事象の回避と、服薬数を減少してアドヒアランスの改善、医療費の削減を目的としています。リストにあげられている薬物は、「高齢者で重篤な有害事象が出やすい」または、「有害事象が現れる頻度が高い」、「効き目を考えると安全性が劣る」、「他に代わりとなる安全な薬がある」と判断されたものです。

 「開始を考慮するべき薬物のリスト」は、高齢者が十分な医療を受けられないこと(過少医療)の回避を目的としており、高齢者には有用性が高いと判断される薬物の中でも、医療の現場で使用されることが少ないものがあげられています。

リストの使い方1)

 「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」にあげられている薬物は基本的に、対象となる高齢者には処方しないことが望ましいとされています。

 しかし、「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」において、「リストにある薬物を服用していて薬物有害事象の疑いがある場合」、または、「リストにある薬物を新しく処方しようと考えている場合」と、「開始を考慮するべき薬物のリスト」において、「薬物有害事象の予防や服薬管理のために処方薬を見直したい場合」には、「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」と「開始を考慮するべき薬物のリスト」の2つのリストをスクリーニングツールとして用いることができます。

 実際に薬物の変更を行う場合は、図3~図5(図3「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」の使用フローチャート1、図4「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」のフローチャート2、図5「開始を考慮すべき薬物のリスト」の使用フローチャート3 参照)に従って慎重に検討を進めます。

 リストは医師が高齢者に薬物を処方する際や処方薬の見直しのために用いることを想定して作成されていますが、薬剤師や看護師、ケアマネジャーなどの高齢者にかかわるその他の医療専門職でも参照することができます。

図3:リストにある薬剤を処方している場合の使用フローチャート図。推奨されている使用の範囲内かどうか確認した上で、効果を評価。使用量の減量中止を検討、または患者の同意のうえで代替薬の検討を行う
図3:「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」の使用フローチャート 引用:1)23p
図4:薬物の新規処方を考慮している場合の使用フローチャート。非薬物療法に対応が困難、効果不十分である場合の代替薬を確認し有効性を評価する。代替薬がない、または効果不十分の場合は薬物の有効性と副作用を検討、禁忌を確認し、患者・家族に説明・同意の上、注意して使用を開始する
図4:「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」のフローチャート2 引用:1)23p
図5:薬物が対象となる病態があるのに未処方の場合の使用フローチャート。禁忌となる合併症の有無を確認のうえ、処方しない合理性が病歴から確認できるか検討する。確認できない場合は薬物によりQOLの改善が期待できるか検討する。改善が期待できない場合は処方しない。改善が期待できる場合は注意して処方を開始する
図5:「開始を考慮すべき薬物のリスト」の使用フローチャート3 引用:1)23p

服薬に不安がある場合はかかりつけ医や薬剤師に相談を1)

 薬物を服用している高齢者自身やその家族も「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」及び「開始を考慮すべき薬物のリスト」を参照することは可能ですが、「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」に服用している薬物があっても、自己判断で薬物の服用を急に中止することは避けましょう。自己判断で薬の服用を止めることで、症状が急激に悪化することもあります。服薬に不安を感じることがあれば、必ず医師や薬剤師に相談するようにしましょう。

 高齢者一人一人の症状や生活機能、生活環境、嗜好、考え方、合併症や服薬している薬物などは個々によって異なり、個人に合った薬物や服薬スタイルの決定が必要であるため、服薬する薬物の最終的な判断は、担当する医師によって行われます。医師とよく相談のうえ、判断を仰ぎ、服薬するようにしましょう。

参考文献

  1. 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 日本老年医学会、日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物治療の安全性に関する研究研究班
  2. 4.薬剤起因性疾患 鳥羽研二ら 日本老年医学会雑誌 1999; 36: 181-185

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