健康長寿ネット

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健康長寿と生きがい-The spiritual well-being and the healthy life with "Ikigai"(meaning of life)

公開日:2020年5月29日 09時00分
更新日:2022年7月20日 11時26分

星 旦二(ほし たんじ)
東京都立大学・名誉教授、放送大学客員教授


1.高齢者の健康寿命

1-1.高齢者の願いは健康長寿

 高齢者の願いは要介護状況で長生きするNNK(ネンネンコロリ)よりも、健康長寿つまりPPK(ピンピンコロリ)です1)(図1)。しかしながら、最期までの要介護期間は約10年を要しているのが現実であり、その背景として長期入院が指摘できます。

 このような高齢社会の中で、疾病をもちやすい高齢者が、より豊かに生きている指標であるQOL(Quality of Life:生活の質)を高め、我が国特有の概念である「生きがい」をもって生きる意義が注目されています2)

 本稿では「生きがいある健康長寿」をめざして、食を含む生活習慣だけではなく、WHO が示した所得確保や屋内外居住環境が健康に寄与する各要因の因果構造として考察したいと思います。 

図1:ネンネンコロリとピンピンコロリの軽傷・障害・致死の時間の違いを示す図。
図1 NNK(ネンネンコロリ)とPPK(ピンピンコロリ)

1-2.高齢者の生きがいとスピリチュアル

 生きがいを体系づけた神谷3)は、「生きがいという言葉はいかにも日本語らしいあいまいさと、それゆえの余韻とふくらみがあり、一口には言い切れない複雑なニュアンスを、かえってよく表現しているのかもしれない」と述べています。生きがいは、meaning of life(人生の意味)、purpose in life(人生の目的)、self-actualization(自己実現)と英訳され、外国語に直訳できにくい我が国特有のQOL概念である可能性があります。

 WHOは1999年に健康概念として、ダイナミック(dynamic)とスピリチュアル(spiritual)という概念を提案しました4)。ダイナミックは、物事を一時点で小さく見るのではなく大きくしかも長い時間軸で捉えようという考え方です。人生のつらい体験や失敗にも全てに意味があり、適切な支援があれば様々な学びがあることが注目されています。スピリチュアルは、前向きに生きがいを持って生きると訳しても良いと思います4,5)。我が国のことわざ、「病は気から」がその本質を示しています。

1-3.高齢者の生きがいと健康長寿

 著者らが研究した健康長寿の基盤は、ほぼ半世紀前の学歴に支えられた年間収入でした。また、生きがいや生活習慣は健康長寿を直接には規定しません。学歴と収入に支えられ前向きに生きることと、生きがいを保てる人が健康長寿だったのです5)。好ましい生活習慣の確立と健康長寿との関連も、社会経済要因と健康三要因(身体的・精神的・社会的要因)が交絡要因である可能性がありました。

 高齢者の年間収入額が増えるほど平均生存日数は増加しますが閾値がありそうです。まだ解析段階ですが都市郊外居住高齢者では年間収入額300万円以上を確保する必要があるのに対し、地域高齢者では200万円以上でした。

1-4.健康長寿の決め手は「きょういく」と「きょうよう」

 著者らは、全国自治体18市町村に居住する高齢者3.6万人の生存を最大13年間追跡しました。その結果、健康長寿を規定する最大の要因は、一定の収入を基盤とした「口紅・化粧・身だしなみ」と連動する外出頻度を維持すること、知的能動性を代表する財布を自己管理すること、かかりつけの歯科医師を持つこと、それに社会経済要因に支えられる「自分は健康だ」と認識できる主観的健康感を高める、前向きに夢が持てること、つまり生きがいを持って生きられることと連動していることでした。その他の健康維持要因としては、肝臓病を持たないことでした5,6)

 「きょういく」と「きょうよう」は、心理学者の多湖 輝さんの提言です7)。外出をせず、趣味を手放し地域活動もしなくなった高齢者、つまり社会的に孤立していると、6年後に男性は7割が死亡し、女性は5割が死亡していました(図2)。今日行くところがあり、今日用事があることが大事でした。人が集まる建築学的な縁側が、健康長寿に大きく寄与しているのです8)

図2:社会的孤立群の生存率が大きく低下することを示す図。
図2 「きょういく」と「きょうよう」の意義を示す追跡研究
田城、星、編著.コミュニティヘルスケア. 放送大学教育振興会. 2019.p156-157

2.健康長寿と支援環境

2-1.早死に予防は子ども時代に身長が伸びる家

 還暦になると約半世紀ぶりに同級生が集うことになります。久々に会う同級生のうち、早死にする人を6つのポイントで推定することができます。まず、1.定職が無く収入が低い人、その背景は2.学歴です。制御可能な要因は3.残存歯数が少なく食の豊かさが確保できなく、4.痩せています。また、5.喫煙者です。最後は6.身長が低い人です。6項目を全て満たす人の約6割は早死にしています。

 何故ゆえに早死にする人は身長が低く痩せているのでしょうか。身長が高いほど長寿である根拠とメカニズムとしては、身長が伸びる生育期において、豊かな食卓を囲むダイニング効果が保障されてきた結果です9)(図3)。各臓器が成熟しその機能が充分に発揮できるための生育は、一定以上の身長延伸と不可分です。家庭の貧困が世代を超えて感染するのです。

 早死にの責任は本人だけではなく、家庭や地域や政策の貧困さにあるのです。ちなみに我が国の生活満足度や子どもの貧困度は、OECDの中では最下位レベルです。

図3:身長とBMIと3年間の死亡の関連を示すグラフ。
図3 身長とBMIと3年間の死亡との関連
星 旦二,他. 日本健康教育学会誌18(4)2010
都市郊外在宅高齢者における伸長とBMI区分別にみた3年間の生存日数との関係

2-2. 好ましい生活習慣は家庭による夢支援

 好ましい生活習慣を形成する基盤は何でしょうか。その基盤として、心豊かな生活のための住まいと住まい方と所得を支援環境として、夢を持って前向きに生きる生涯学習がとても大切です。子どもたちの好ましい生活習慣は、親が子どもと共に運動したり、豊かな食を囲み会話し、夢を持って生きることを経て規定されます。

 東京都都立高校174 校の1年生3,126人を解析したところ、夢ある高校生は、喫煙だけではなく、薬物にも手を染めないことを報告しました。子どもたちの望ましい生活行動にとっても、将来に対する夢ある生活が、その根源的な背景要因である可能性が高い事が示されました10,11)。家族の力量形成(Family Development)が、約半世紀後の健康長寿の基盤なのです。

 好ましい健康習慣へと行動変容することが早死にへ繋がることにも注目すべきです12)。フィンランドでの管理職男性3,490人を無作為に612人の介入群と610人の対照群を設定しました。教育を受け行動を変えるように促された群は15年間で67人が死亡し、放置群は46人しか死亡していません。行動変容しなくてもいい成人づくりが大切です。

2-3.早死に予防は暖かく快適な居住環境が基本

 我が国だけで今日一日で約50人が自殺をしています。冬期間の寒いトイレとお風呂で毎日約150人が尊い命を失っています。ヒートショックによる死亡者総数は交通事故死亡数の約6倍以上、熱中症死亡数の約20倍以上であることも克服すべき大きな課題です。インフルエンザでは高齢者を中心に毎年約1万人が死亡しています。

 結露によるカビとダニがアレルギーや呼吸器疾患を引き起こし、ワンシーズン使用したエアコンのほとんどはかびが充満しています。また、結露しない気密性の高い暖かい住宅でも、開放型石油ストーブや室内喫煙で、室内空気を汚染させ、肺がん死亡を増加させています。多くの人が予防可能な尊い命への対策は、後追いであり後手になりがちです。健康志向行動の成熟には、最新情報と共に一定の収入と「夢」がとても大切なのです。

 開放型石油ストーブが使用され続けていることは、室内空気汚染という公害が克服できていないことを物語っています。一方、蛍が舞っているような地域が最も長寿である傾向をみると、長寿のためには医療の整備だけではなく好ましい環境を維持する重要性が示唆されます。

2-4.長野県の健康長者は住宅対策の成果

 我が国における地域医療の先駆的な活動事例として岩手県沢内村や長野県佐久総合病院が推進されてきた主な健康づくり活動内容は、南向きに居間を設置し一部屋だけでも暖房に気を配り、それに加えて床からの防湿と防カビ対策でした13)。また、長野県では、屋外に設置されていたトイレとお風呂を屋内に移行させることにより、青壮年と前期高齢者の脳血管障害死亡者総数は1970年には3,043人でしたが、約半世紀後には825人にまで激減しましたが、逆に後期高齢者での死亡数は増加しました(図4、表)。世界的に見て先駆的な取り組みとして注目されました。

図4:長野県の壮年期の脳卒中死亡者数が激減していることを示すグラフ。
図4 長野県脳血管障害死亡者数の世代別に見た経年変化
(長野県と星研究室作成 2001年)
壮年期の脳卒中死亡者数激減している(長野県)
表 長野県脳血管障害死亡者数の世代別に見た経年変化(長野県と星研究室作成 2001年)
年少期青年期壮年期前期高齢期後期高齢期
1970年 6 61 1,098 1,884 2,300
1980年 3 37 569 1,101 2,744
1990年 3 24 385 498 2,503
1998年 2 23 271 531 2,769

2-5.要介護予防は快適な温湿度

 居住する高齢者施設部屋の湿度が低下する事で要介護度が厳しくなることが報告されています14)。一方、湿度が高すぎるデメリットとしては、カビが増殖しやすく同時にダニが増殖し、呼吸器疾患の一つである閉塞性肺疾患死亡率が増加する可能性です。沖縄県の平均寿命の全国順位が急速に低下した理由の一つは、閉塞性肺疾患死亡率が全国平均値の約3倍以上である事に注目したいものです15)

3.まとめ

 結局のところ、健康長寿は、学歴と所得に支えられた、前向きに生きることを示す精神的健康を含む健康三要因や望ましい生活習慣、それに生きがいに支えられた構造として捉える必要があります。特に子どもたちが、望ましい生活習慣が身につけられ、同時に高齢者が生きがいを持って生きられるような基盤は、一定の収入に支えられた前向きに夢を持って生きられる支援環境、つまりゼロ次予防なのです16)。健康三要因は、精神的健康が基盤となり、その後の身体的健康を経て、社会的健康が維持されていました6)。健康長寿を実現するには図5の再現性が求められます。

健康長寿を規定する社会経済要因と生活習慣と健康三要因の因果構造を示す図
図5 健康長寿を規定する社会経済要因と生活習慣と健康三要因の因果構造
健康長寿は、社会経済要因と屋内と地域健康環境が基盤となり、その後の食生活と生活習慣と健康三要因を規定することを経由した、社会経済要因が間接因果効果を持つことが推定される。

文献

  1. 櫻井尚子,星 旦二.健康日本21 がめざすもの.保健の科学. 2003;45:552-557.
  2. 長谷川明弘、 藤原佳典、 星旦二ほか(2003):高齢者における「生きがい」の地域差・家族構成、身体状況ならびに生活機能との関連、日本老年医学会雑誌、40(4)、390-6
  3. 神谷美恵子(2004):生きがいについて、みすず書房、10
  4. 健理学のすすめ.星 旦二著.ライフ出版.2014.
  5. 星 旦二(2006):高齢者の健康づくりにおける主観的健康感のすすめ、生きがい研究、財団法人長寿社会開発センター、12、46-72
  6. Hoshi T and Kodama S, editors, The structure of healthy life determinants - Lessons from the Japanese aging cohort studies, Springer Singapore, ISBN 978-981-10-6628-3, November. 24, 2017
  7. 多湖 輝. 100歳になっても脳を元気に動かす習慣術.日本文芸社.2011年.
  8. 星 旦二.ピンピンコロリの法則~おでかけ好きは長寿の秘訣~.2010年.東京、ワニブックス.
  9. 星 旦二 , 藤原 佳典 , 中山 直子 , 高城 智圭 , 他.都市郊外在宅高齢者における身長とBMI区分別にみた3年間の生存日数との関係. 日本健康教育学会誌 18(4), 268-277, 2010
  10. 平成17年度健康づくり支援のための基礎調査報告書. 東京都教育委員会. 平成18年3月.
  11. 東京都教育庁『平成19年度 児童生徒の健康に関するアンケート調査報告書』(東京都教育委員会)2009年3月
  12. Long-term mortality after 5-year multifactorial primary prevention of cardiovascular diseases in middle-aged men.JAMA. 1991 Sep 4;266(9):1225-9.
  13. 若月 俊一.プライマリー・ケアと農村医学.日本農村医学会雑誌 1979:28(3),168-178.
  14. 林 侑江, 伊香賀 俊治, 星 旦二, 安藤 真太朗.有料老人ホームの冬季室内温熱環境が入居者の要介護度の重度化に及ぼす影響-介護施設の室内温熱環境と入居者の要介護状態に関する実態調査-.日本建築学会環境系論文集.2018.(745):225-233.
  15. 日本学校歯科保健学会.沖縄大会報告集.2018.
  16. 星 旦二.ゼロ次予防に関する試論.地域保健 1989;20:48-51.

筆者

写真:筆者の星旦二先生の写真

星 旦二(ほし たんじ)
東京都立大学・名誉教授、放送大学客員教授
略歴
 1950年 福島県生まれ。福島県立医科大学を卒業し、竹田総合病院で臨床研修後に、東京大学で医学博士号を取得。東京都衛生局、厚生省国立公衆衛生院、厚生省大臣官房医系技官併任、英国ロンドン大学大学院留学を経て現職。公衆衛生を主要テーマとして、「健康長寿」に関する研究と主張を続ける。近著に『新しい保健医療福祉制度論』(日本看護協会・2014年)

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