健康長寿ネット

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高齢者に使いやすいユニバーサルデザインの製品・サービス

公開日:2024年1月30日 09時00分
更新日:2024年2月22日 09時38分

関根 千佳(せきね ちか)

株式会社ユーディット会長兼シニアフェロー


95歳独り暮らしの父の生活を支える技術とは

 のっけから私事で恐縮だが、福岡の95歳の父は、3年前に母が亡くなった後もずっと1人で暮らしている。私は月1~2回、福岡に帰省して買い物や掃除をするのだが、その間は自立している。足腰は弱ってきたが、補助カートを使えば徒歩5分のコンビニまで移動できる。何度、要介護認定を受けても要支援2のままだ。視聴覚・認知・記憶力をキープしたまま規則正しい生活を送っているのだが、驚くのはその「脳の鍛え方」である。

 毎日、朝刊2紙、夕刊1紙の新聞を、1時間以上かけてすみずみまで読む。午後はテレビで映画や野球を観る。この観方が面白い。NHKならそのままだが、民放だとCMが気に入らない。音が大きく集中が途切れるからと、CM開始と同時に「消音」のボタンを押すのである。CMが終わると速攻で元に戻す。まさに瞬間芸である。本人に言わせると「動体視力と反射神経の訓練になる」のだそうだ。

 野球観戦はさらに複雑になる。父は巨人とソフトバンクの2つを応援している。どっちもテレビ放映ならリモコンボタンで双方を行き来するが、片方がラジオ放送のときは聖徳太子モード?になる。例えばラジオで巨人戦を聞きながら、テレビは音を消してソフトバンクの試合を観るのである。テレビでは「ホームラン!」と沸き立っているのに、ラジオでは「三者凡退で~す......」とぬるい解説が流れたりするので、たまにつきあう私はかなり混乱する。だが父は「脳トレになるぞ。認知症予防だ」と涼しい顔である。

 週に1度、ヘルパーさんがお掃除に入る以外は、洗濯も炊事も基本的に自分でこなす。まさかこんなに長生きするとは、そしてこんなに元気でいるとは、誰も予想していなかった。父の人生を振り返ってみよう。

20代:ミットをつけずにキャッチャーをして、野球のボールを受けて片目を失明する。

40代:かなりやんちゃで酒好きで、わらじのようなとんかつを食べるのが好きだった。

60代:大吐血をして胃を8割切除する。このとき集まって葬式の相談をしてくれた友人たちは、みんなもう先に逝ってしまった。

80代:母が倒れてから家事全般を担当するようになる。若い頃とは別人のように、まめにかつ真面目になる。

 こうして見てみると、視力も聴力も認知能力も、衰えていないというのが不思議である。決して健康的な生活を送ってきたわけではない。むしろ周囲からは絶対早死にするぞ、と言われるハチャメチャな生活を送ってきたのだ。最期まで母に手厚い介護をしてくれた施設に、「お父さんも行かない?あそこなら気心がしれていいんじゃない?」と誘ったが、がんとして動かなかった。タバコも酒もやめたくない、というのが理由である。朝の一服と、テレビを見ながら昼から呑むのが至福らしい。

 お風呂もトイレも、母が在宅介護だったときに手すりをつけてあるので、父の体力が落ちてきても問題なく使えている。住宅のユニバーサルデザイン(Universal Design)は重要である。PCでは、メールやWord、インターネットを使う。スマホはニュースを見るために使っている。新聞、テレビ、ネットで情報を収集し時事問題にも詳しいので、ウクライナ情勢や日銀の金融緩和策について意見を求められることもあり、私は焦る。

 しかしPCやスマホの使い方に関しては、時々SOSが入る。プリンターが動かない、この種類の添付ファイルだけが開けないなど、さまざまである。かなりの家電を使いこなしてきた父にとっても、やはりICTは少しハードルが高いのだ。取扱説明書が読みづらかったり、手順がわかりにくかったりする。日本のものづくりやサービスが、ユニバーサルデザイン(以下UDと略す)を前提としていないからである。

UDの構成要素:アクセシビリティとユーザビリティ

 UDとは、年齢、性別、能力、環境などにかかわらず、できるだけ多くの人が使えるよう、まち、もの、情報、サービスなどをデザインするプロセスと、その成果のことである。バリアフリーは主に高齢者、障害者を対象とするが、UDは子ども、女性、外国人、LGBTQなどの多様な人々を含み、かつ若年層にとっても使いやすく、普通に利用できる製品やサービスである。

 UDには重要な構成要素が2つある。それはアクセシビリティ(Accessibility)とユーザビリティ(Usability)である。アクセシビリティとは、「使えるかどうか」である。「世の中の文字は小さすぎて読めない!」というのは、「アクセシビリティが低い」例である。市役所へアクセスするというのは、市役所の玄関に到着して終わりではない。用事のある担当課にたどりつき、必要な書類に記入し、何らかの処理が完了して、初めて目的のタスクが遂行された、アクセシブルであったといえるのである。駅から市役所まで、または市役所の中が車いすや杖ユーザーの高齢者でも問題なくアクセスできたか、書類は高齢者にも読めるフォントやポイントか、老眼鏡は準備してあったか、聞こえにくい高齢者のために筆談は可能か、などがアクセシビリティの観点から重要だ。自治体のウェブサイトも同様だ。目指すページにたどり着き、例えばワクチン接種の予約が完了して初めて「使えた」ことになる。

 ユーザビリティとは、それが「使いやすいか」どうかである。新しく買った家電のユーザーインターフェース(操作ボタンなど)が、いまいちわかりにくいなあと感じたことはないだろうか?福岡の実家のトースターは、電源の隣に枚数を指定するボタンがあり、それを押さないと加熱開始のボタンが押せないというルール?になっていた。デフォルトがゼロなので、枚数を指定しないと加熱が始まらないのだ。その枚数指定もトグルなので、焦げ目をつけたいときは4回もこのボタンを押す必要があるのだ!これは「ユーザビリティが低い」事例である。まったく使えないというわけではないのだが、とても使いにくい。新しい製品の使い方に慣れることが難しい高齢者にとって、このユーザビリティの低さは致命的なものとなる。二度と使わなくなるからだ。このトースターに変わってから、母はそれまでできていたトーストやお餅を焼くことができなくなってしまった。次に行うべき行程が直感的にわからないので、先へ進めないのである。とても悲しそうだった。

 このアクセシビリティとユーザビリティは、ICTを中心にISOJISで明確に規定されている。特にウェブサイトのアクセシビリティは、JIS X 8341-3:2016※1として、公的機関では必ず確保すべきものとされている。災害時の避難情報や救急病院のウェブサイトなどが、もしアクセシブルでなかったら、命に関わることにもなりかねない。音声ブラウザーで聞いている視覚障害者にとって、また視認性の下がっている高齢者にとって、アクセシブルであることは大変重要なのである。デジタル庁に視覚障害のデザイナーが参加してから、電子政府や電子自治体は、以前よりUDになってきたようだ。以下のガイドはとても読みやすいので参考にしてほしい。

※1 日本産業規格 JIS X 8341-3:2016「高齢者・障害者等配慮設計指針─情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス─第3部:ウェブコンテンツ」。

 2024年4月から改正障害者差別解消法が施行され、障害者に対する合理的配慮が事業者も義務化されるので※2、企業でもウェブサイトのアクセシビリティは必須となる。そもそも自社の出している情報がUDでないために、それを受け取れない顧客を悲しませるのは、良識ある企業としてやってはならないことだ。SDGsの中に「誰一人取り残さない」という考え方がある。環境と同様に、人間を苦しめない、悲しませない、取り残さないというのは、最低限の良識なのである。

UDに関する海外の動向

 この考え方は、実は欧米では30年以上前から法律でも規定されている。米国で、教育・雇用を含め公的機関のサービスは障害を理由に排除しないという「リハビリテーション法504条」ができたのは、1973年である。またアクセシブルなICTしか公共調達しないとする「リハビリテーション法508条」ができたのは1986年だ。その後、公的機関だけでなく民間も含めて、アクセシブルな製品やサービスを義務化したADA(障害を持つアメリカ人法)が1990年に制定され、この意識が世界各国に広まっていった。UDなもの以外は、存在が許されなくなったのである。レストランやカフェ、映画館やホテルに車いすで行けて、映画やテレビ番組に字幕が付き、ATMや券売機がアクセシブルなのは、これらの法律が機能しているからである。

 ICTに関しては、インターネットの普及等に伴い技術的な改定が何度も行われた。米国ではアクセシブルでないウェブサイトへの訴訟が、年間5,000件近く起きているという。ハーバード大は映像コンテンツに字幕がなく勉強できないと聴覚障害の学生から訴えられ、2年かけてすべての映像を修正した。

 各国もこれにならい、UDを前提とする方向へと進んだ。EU各国やオーストラリア、カナダなどは、それぞれ障害者差別禁止法を制定し、UDな製品やサービス以外を禁止してきた。2019年にはEU全体を統括するEAA(欧州アクセシビリティ法)が制定され、EU各国は22年までに国内法を整備し、25年から施行を行うことが義務付けられている。

 こうして欧米では機器、ソフト、サービス、コンテンツはUDであることが前提となり、「デジタルアクセシビリティ」と呼ばれている。ウェブサイトや携帯アプリだけでなく、ファストフードの注文端末、図書館の予約機器、駅や空港の発券機、飛行機内の情報パネル、銀行ATM、コインロッカーの操作盤、電子書籍など、あらゆるデジタル機器やそのコンテンツは、アクセシブルであることが必須である。EAAでは、UDでない製品やコンテンツは、開発も販売も購入も輸入も禁止されている。

 書籍も電子化が進み、例えばKindle Fireを使えば、拡大も音声読み上げも、フォントや背景色の変更も自在である。本が好きな高齢者は、電子化で多大な恩恵を受けている。視覚障害者へのアクセシビリティを確保するということは、トム・クルーズのようなディスレクシア(識字障害)の人や、紙の本ではページをめくるのが困難であった肢体不自由者にも、読書の権利を保障するものとなった。Born Digital =Born Accessible(初めからデジタルなものは、初めからアクセシブルに)という概念が浸透しているのである。

日本はこれからどうすべきか

 日本は世界最高齢国家である。人口の半分が加齢の影響の出る50歳を超した。日本のすべての建物、公共交通、行政サービス、ICT機器、コンテンツが、UDを前提にすべきなのは明白だ。だが日本は504条も508条もADAも持っていない。高齢者も、UDでないものに対し人権侵害と訴えることはできない。Kindleが読み上げ機能を持たなくてもコロナワクチンの予約サイトがUDでなくても、訴えることはできないのだ。これは高齢者が日本で生きていく上で、大きな課題となっている。

 2021年の9月に、日本政府は国連で障害者権利条約の状況説明を行った。だが世界の常識と比べ、意識も制度も30年近く遅れている状況に、諸外国の審査委員からは失望の声が上がった。「日本の行政機関や企業のアーキテクト、デザイナー、エンジニア、プログラマーは、アクセシビリティとUDをもっと勉強すべき」と厳しく指摘されたのである。

 だが少しずつ状況は変わってきている。芥川賞を受賞した市川沙央氏が読書バリアフリーを訴えたことで、日本ペンクラブや日本文芸協会は勉強会を頻繁に行うようになった。アクセシブルでない本が一部の読者を苦しめていたことを初めて知り、状況の改善に動いている。

 EAAが発効すると、米国のみならず欧州の市場も閉ざされてしまうと気づいたソニーは、2023年3月に、世界中の製品をUDでしかつくらないというプレスリリースを出した。2023年のCEATECでは、すべての展示をアクセシビリティに絞り、今後の製品展開の方向性を示している。グローバルな観点からみれば、環境や人間を悲しませるような企業は、存続が許されないのである。

 95歳の父のような人が100歳を過ぎても1人で元気に生きていけるかどうかは、日本という社会がUDを前提にすることにかかっている。住宅も店舗も交通も、家庭内で使うさまざまな家電も、情報受発信の機器や情報サービスも、最初からUDであれば、すなわち高齢者に使える(アクセシブルな)もので、かつ使いやすい(ユーザブルな)ものであれば、私たちの多くは、健康で楽しい人生をまっとうできるはずなのだから。

文献

  1. 広瀬洋子,関根千佳:情報社会のユニバーサルデザイン(放送大学教材). 放送大学教育振興会,2019.
  2. 関根千佳:スローなユビキタスライフ. 地湧社, 2005.
  3. 関根千佳:ユニバーサルデザインのちから. 生産性出版, 2010.
  4. 関根千佳:「誰でも社会」へ--デジタル時代のユニバーサルデザイン. 岩波書店, 2002.
  5. 株式会社ユーディット(情報のユニバーサルデザイン研究所)ホームページ(外部サイト)(新しいウィンドウが開きます)(2023年12月18日閲覧)

筆者

せきねちか氏の写真。
関根 千佳(せきね ちか)
株式会社ユーディット会長兼シニアフェロー
略歴
1981年:九州大学法学部卒業、日本IBM入社(~98年)、1998年:株式会社ユーディット設立、代表取締役に就任、2012年:同志社大学政策学部教授(~17年)、株式会社ユーディット会長兼シニアフェロー(現職)、2017年:同志社大学大学院総合政策科学研究科客員教授(~23年)。2023年現在、放送大学・美作大学客員教授、東京女子大などで非常勤講師を務める。
専門分野
ユニバーサルデザイン、ジェロントロジー

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第32巻第4号(PDF:5.1MB)(新しいウィンドウが開きます)

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