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高齢者の生活行為と住環境-転倒予防に配慮した住宅の改修方法-

公開日:2017年6月 7日 16時39分
更新日:2019年2月 1日 21時59分

橋本 美芽(はしもと みめ)

首都大学東京大学院人間健康科学研究科准教授

はじめに

 高齢者に限らず、住み慣れた環境で最期まで過ごしたいと望む人は多い。そのために住宅の新築時にバリアフリーに整備し、転倒予防や身体機能の低下に備え将来を見据えた環境づくりが普及している。その一方で、高齢者が現在の住まいを身体機能の低下に合わせて整備する場合には、比較的簡易な住宅改修で対応する場合が多い。住宅改修は、特に歩行能力の低下が顕著になり転倒予防への配慮が必要になった時期や、見守りや介護が必要になり在宅生活継続のためにさまざまな生活行為の場面で整備が必要になった時期に実施されることが多い。

 ここでは、現在住んでいる住まいを対象とした住宅改修、特に転倒予防に配慮した住環境の改修方法について、基本的な考え方を紹介する。

住まいの観察と転倒予防の環境づくり

 転倒予防を目的とした住宅改修で最も一般的な方法は、段差の解消や手すりの取り付け、床の滑りやすさの改善などであるが、その前にまず環境の観察と評価を行い、問題点を把握することが重要である。特に、当事者である高齢者やその家族には見えにくい潜在的な問題点は、住宅改修を実施しても放置される場合が多い。その多様な問題点の把握は、専門職による環境評価によって可能となる。

1. 段差の評価

 写真1は、よく見られる3cm程度の敷居の段差であるが、段差の大きさだけではなく、見分けにくさについても観察する。木材の特徴として時間の経過とともに日焼けして色が濃くなり、木目がわかりにくくなる。したがって、段差の上面と側面、廊下の床面の境目は見分けにくくなりやすい(写真1は段差を立体的に見せるため、斜めから撮影)。

写真1:床面の見分けにくい敷居段差を示す写真
写真1:見分けにくい敷居段差の例

 通行時に段差の正面に立つと、段差の大きさは目測が難しい。さらに、老化とともに進行する白内障では、ものが霞かすむ、はっきり見えにくいなどの症状が生じる。通行時に大きさを確認して通行することが困難になると、つまずく危険性は高くなる。歩行が不安定になったと自覚した場合や家族が気付いた場合、また転倒が心配される場合には、特に介護が必要ではない高齢者であっても、転倒予防を目的とした住宅改修が必要な時期を迎えたと考えるべきである。

 さらに、暗がりは段差の見分けにくさを助長する。暗がりは夜間の環境で生じやすいが、ここでいう暗がりとは、照明を付けた状態で生じる影を含む。写真2は、廊下の隅に立ち足元にできた影の例である。天井の照明から投影される影は常に対象者の動きとともに移動し、足元に身体の影ができる。天井の照明が歩行する向きの正面にあればよいが、廊下の隅のように照明が身体の後方に位置する場合は、足元に大きな影ができる。トイレや寝室の入口に向かって立つと、影は体の正面を覆い段差をさらに見分けにくくする。

写真2:廊下の隅にできる身体の影を示す写真。身体より後方に照明がある場合、身体の影が床面にできることで段差を見分けにくくすることを表す。
写真2:廊下の隅で足元にできる影

 このように段差の評価では、天井の照明位置と身体の影、段差の位置関係の観察が必要であり、床面の状況だけで環境の改善を図れるものではない。なお、照明が複数個所に分散配置されている場合は、足元の影が分散して段差は立体的に見えやすくなる。転倒予防の住宅改修では、天井照明を分散配置、または増設して暗がりの緩和を図り、立体的に見えやすくすることが望ましい。

2. 屋内段差の解消

 敷居や戸の下枠の立ち上がりで生じる3. 5cm程度の段差はつまずきの原因となりやすく、段差解消による転倒予防効果は高い。しかし、新築時に予めバリアフリーにする場合と異なり、住宅改修では段差を完全に撤去して平坦にする工事は、工事規模と費用面から難しい場合が多い。また、賃貸住宅では許可を得にくいので、工事を実施できる可能性は低い。そのため簡易な改修工事により小規模で安価な整備を行うことが多い。

 代表的な方法としてはミニスロープ(図1)の取り付けにより、つまずく危険性を抑える方法がある。ミニスロープは既製品を段差高さに合わせて選択し、既存段差を残したまま取り付けられるので、即時性があり賃貸住宅にも対応可能である。

図1:屋内の段差をなくすミニスロープを取り付けたイメージ
図1:屋内段差に取り付けるミニスロープ

 ただし、歩行能力が低下して杖、特に多脚杖を使用する場合には、杖先が傾斜面で不安定になり、体重をかけると歩行のバランスをくずしやすい場合があるので注意する。

 廊下の突き当たりにミニスロープ状の板を取り付ける場合には、身体の向きや進行方向と傾斜面の方向が一致するので、比較的安定しやすい(図2-1)。

図2-1:4点に割れた多脚杖の進行方向の正面にスロープが位置する場合の図
図2-1:杖とミニスロープの関係と安定性(杖の進行方向の正面にスロープが位置する場合)

 これに対して、廊下側面の出入口を通行しようとすると、身体を回し向きを変えながら杖を傾斜面に乗せて通行するので、杖をスロープに対して斜めに乗せる(図2-2)。この場合、傾斜方向と一致しにくいため杖の安定性は低くなる。特に杖先が4点に割れた多脚杖は傾斜面でのコントロールが難しく、著しく不安定になりやすい。ミニスロープが適さない場合は、段差を撤去する工事が適する。

図2-2:多脚杖の進行方向とスロープが斜め方向に位置する場合の図
図2-2:杖とミニスロープの関係と安定性(杖の進行方向とスロープが斜め方向に位置する場合。廊下の側面に面する入口を通行する際に生じやすい)

3. 廊下の手すり

 廊下の歩行用の横手すりは、手に持つ杖が連続しているものと考える。手すりの高さは杖の長さに揃えるが、リハビリテーション科の医師や理学療法士・作業療法士に処方を受けることをお勧めする。

 なお、この高さは手すりに体重をかけて歩行するときの高さの目安である。手すりの使い方としては、歩行能力が低下し脚の負担を減らすため手すりに体重をかける場合とともに、歩行バランスの安定を目的とする場合がある。バランスの安定には、軽く手首や前腕を乗せやすいように、若干高めが適している。

4. 階段の手すり

 階段用の手すりは、廊下の手すりの高さと揃える。ただし、高さを測る位置が重要で、各段の先端(この部分を段だん鼻ばなという)の位置で測る(図3)。段板の中央で測ると手すりは低くなり適さない。また、階段の最下端では、下階(1階)に足が付く位置まで手すりを長く取り付ける。手すりが短いと、最下段を下るときに身体は前へ進むが、握る位置は身体の後方になり、後方に引っ張られ転びやすくなる。

図3:階段の手すりの取付位置を示した図
図3:階段の手すりの取り付け位置

 なお、手すりはできるだけ階段の両側に取り付けることが望ましいが、どちらか片側のみの場合は、外周側の壁面に取り付ける。ただし、脳血管障害による片麻痺者のように常に決まった半身の手で手すりを握る人は、階段の上りと下りで反対側の壁面の手すりを使用するので、両側に取り付ける必要がある。

5. トイレの手すり

 トイレの手すりで最も重要なのは、便器からの立ち上がり動作用の手すりである。立ち上がる動作は自立できるのに、立ち上がろうとして尻餅を何度も繰り返す理由は、主に脊柱の円背により身体の前方に位置するべき重心が、かかとや臀部(でんぶ)側に偏っているためである。頭を下げて身体を前傾させて立ち上がろうとする動作は、無意識に重心位置を身体の前方に移そうとする意味を持つ。したがって手すりを取り付ける際は、身体の重心位置をつま先側へ移動させて立ち上がりやすくすることを考える。

 この場合の手すりを握る位置は、身体を前方方向に引き上げるために用いるので、身体よりも前方で前傾姿勢のときに頭部横のあたりである。おおむね便器先端から20~30cm離れた位置が目安である(図4)。便器で座位のまま重心を前方に移動させるには横手すりでも適するが、立ち上がり動作には縦手すりが適する。縦手すりと横手すりを組み合わせたL型手すりが便器からの立ち上がり動作に適する。また、縦手すりは、衣服の脱ぎ着の際に寄りかかって立位姿勢を保つことにも役立つ。

図4:トイレのL型手すりの取付位置を示す図
図4:L型手すりの取り付け位置

 便器からの立ち上がり動作は、介護が必要になりやすい動作である。この動作が自立できれば、排泄動作全体が自立できる例が多くみられる。また、手すりの有効活用で介助の軽減を図ることができる。このように立ち上がり動作用の手すりは自立や介護にかかわらず、高齢者の排泄場面では重要な手すりである。

6. 浴槽出入り用の手すり

 入浴動作で最も難易度が高い動作は浴槽の出入りである。浴槽の深さは階段の2、3段分の高さに相当し、動作は不安定になりやすい。したがって、出入り動作が自立できる場合であっても、浴槽をまたぐ動作を安定させるために手すりを取り付ける。手すりは浴槽を立位でまたぐ、または座位で(腰かけて)またぐ、いずれの場合でも取り付ける。

  立位でまたぐ場合には、縦手すりを取り付ける場合が多い。手すりを両手で握り、縦手すりを中心に身体を回しながら浴槽をまたぐ動作を想定して、浴槽の縁の垂直線上に取り付ける(図5)。

図5:浴室内の立ちまたぎ動作用の縦手すりを示す図
図5:立ちまたぎ動作用の縦手すり

 横手すりの場合には、壁の方向を向いて両手で横手すりを握り浴槽をまたぐ。縦手すりよりもバランスを保ちやすい動作で安定性が高い。横手すりは両手を広げて手すりを握りやすいように洗い場と浴槽上を横断させ、長さ60~80cmの手すりを取り付ける。浴槽に入る動作と浴槽から出る動作を考慮して、浴槽縁を中心に両方向に均等に取り付ける(図6)。

図6:浴室内の立ちまたぎ動作用の横手すりを示す図
図6:立ちまたぎ動作用の横手すり

 手すりを用いても立位でまたぐ動作が不安定な状態や介護が必要な場合には、浴槽を座位でまたぐ動作が適する。座位でまたぐ動作の環境では、浴槽上の横手すりの取り付けとともに、浴槽の縁の高さはまたぎやすい40cm程度の高さに設置すること、片足を浴槽内に入れたときに左右の足がどちらも床面(洗い場床面と浴槽の底面)に届きやすくするために洗い場と浴槽の底面の高低差を10~15cm程度に押さえることのすべてが重要である(図7)。

図7:浴室内の座位またぎ動作を安定させる浴槽の設置の高さを説明する図。浴槽は和洋折衷式浴槽で深さは50cmから55cm。浴室の床は浴槽の底から10cmから15cm高くし跨ぎやすくしている

図7:座位またぎ動作を安定させる浴槽の設置高さ

 住宅改修後の環境にも留意  高齢者の住環境の整備では、最後に仕上げの確認が不可欠である。写真3は、高齢者自身や家族が無意識につくり出した障害物の例である。住宅改修後にも習慣となった生活用品類の配置や置き方は、依然として整備前と変わらない場合が多い。住宅改修とともにこれらの配置も改善しなければ、転倒の危険性は残るので安全な環境を維持することは難しい。床を這うコード類、ストーブや扇風機、マット類などの生活用品の配置や置き方にも留意し、住宅改修の仕上げとして配置の見直しと整理を忘れずに行うことが重要である。

写真3:居間の電気カーペットから伸びる床を這うコンセントのコードが転倒の障害物となることを示す写真
写真3:障害物となる電気コードの例

著者

著者写真:橋本美芽

橋本 美芽(はしもと みめ)
首都大学東京大学院人間健康科学研究科准教授
略歴:
2000年:日本大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。1991年:横浜市総合リハビリテーションセンター企画研究室、2002年:東京都立保健科学大学保健科学部(現・首都大学東京健康福祉学部)助教授、2005年より現職
専門分野:
高齢者・障がい者の住環境整備、福祉用具の適合環境。博士(工学)

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.74

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