健康長寿ネット

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人生"二毛作"時代の新しいまちづくり(秋山 弘子)

写真:第2回対談風景写真。祖父江理事長と秋山弘子氏

シリーズ第2回 生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして

 わが国がこれから超長寿社会を迎えるに当たり、長寿科学はどのような視点で進んでいくことが重要であるかについて考える、新シリーズ「生き生きとした心豊な長寿社会の構築をめざして」と題した各界のキーパーソンとの対談が前号からスタート。第2回は秋山弘子東京大学高齢社会総合研究機構特任教授と祖父江逸郎公益財団法人長寿科学振興財団理事長との対談です。

新たに迎えた「人生90年時代」65歳以上の生き方が多様に

祖父江:現在、多くの国で高齢化のスピードが早まってきており、各国が長寿社会への対応に追われています。中でも、わが国は最初に超高齢社会を迎えた国として、先頭を切って長寿社会の対応をリードしていかねばならない立場にあると思います。

秋山:日本は長寿社会のフロントランナーですから、長寿社会が直面するさまざまな課題を最初に経験します。そのため、各国の注目度も高く、その対応が大いに期待されています。新しい長寿社会を切り拓くためにも、まずわが国は「人生90年時代」という"新時代"を迎えた事実を認識しなければなりません。

 従来は「人生50年時代」が主流でした。20歳前後まで教育を受け、就職、結婚、子どもを授かり、同じ職場で定年退職を迎え、50~60歳で亡くなるという時代でした。しかし、その後、日本人は驚異的な寿命の延長により「人生90年時代」を迎えました。

祖父江:この新時代では、65歳以上の方の生き方が多様になったことを強く感じます。多様化したことには、やはり高齢者の身体機能が大きく影響しているのでしょう。

秋山:鈴木隆雄国立長寿医療研究センター研究所長らが行った「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究」では、1992年から2002年の10年間で日本の高齢者は通常歩行速度が11歳若返っているという結果が示されました。2002年に75歳だった人は1992年の64歳の人が歩いていたのと同じ速度で歩いていたのです。つまり、日本人は単に長く生きるようになったのではなく、元気で長生きできるようになったということです。

長寿命化によって生じた「個人」と「社会」の課題

祖父江:健康寿命の延長は喜ばしいことですが、長寿命化したことによって認知症や寝たきりの高齢者が増加し続けているというのも事実です。

 また、私は現代の社会インフラが新しい時代の長寿社会に対応できるのか疑問に感じます。現在の社会インフラは人生50年時代につくられたものですから、長寿命化に成功した人生90年時代の社会には耐え得るものではないようにみえます。長年、老年学の専門家として高齢社会の諸問題を研究してきた先生は、現状をどう見ていますか。

秋山:たしかに長寿命化によって生じた課題があるのも事実です。現在の日本社会が抱えている課題を「個人」と「社会」の2つに分類して、整理してみましょう。個人の課題とは、90年の人生を自ら設計して生きることです。長寿命化によってリタイア後の人生が長くなったものの、その後のライフデザインが描けないため、長くなった人生を持て余している人は多いですね。旧来までは、リタイア後にあまり長い期間を空けずに亡くなる人が多かったので、その後のライフデザインを考える必要性が高くありませんでした。現在では、その必要性が必然的に高くなったのですが、多くの人はまだ90年時代での生活の仕方をよくわかっていないため、ライフデザインを描けないでいます。90年あればまったく異なる複数のキャリアを持つことも可能になります。1つの仕事を終えて、60歳代から次のキャリアのために学校で勉強し直すという"二毛作"の人生設計もあり得るのです。

 つまり、人生が倍近く長くなっただけでなく、選択も幅広く、自由度が高くなりました。今や、人生を自ら設計する時代となったのです。これは個人の課題です。

 そして、2つ目は社会の課題で、これは先ほど先生からご指摘のあった社会インフラの問題につながるものです。人が長生きするようになったのと同時に、出生率が低下し、人口における高齢者の割合が大きくなりました。現在、総人口で65歳以上の占める割合(高齢化率)は約24%といわれており、2030年には約32%、しかも約20%が75歳以上という時代を迎えます。現在の社会インフラは、交通機関や建物などハード面や、医療・介護制度などソフト面においても、若い人がたくさんいて高齢者があまりいないピラミッド型の人口構造だった頃のものですから、超高齢社会のニーズに耐え得るものではないのです。したがって、長寿時代のニーズに応えることができる社会インフラの整備を進めることが急務といえます。

祖父江:個人の課題では、われわれ一人ひとりの長寿社会への意識が大きく影響する印象を受けました。先生が冒頭でおっしゃったように、人生90年という認識をより深めることが大事になりますね。しかし、この問題は一個人の力で解決できる問題なのでしょうか。

秋山:ライフデザインを描けるかどうかを個人の課題として挙げましたが、これは完全に一人の人間だけで解決できる問題ではありません。頭ごなしに「さぁ、皆さん好きなようにライフデザインを描きましょう」と言っても、誰も新時代の生き方を知らないので、どうしてよいか戸惑ってしまいます。ですから、多様なライフデザインが描けるような社会の仕組みを整える必要があります。

祖父江:おっしゃるように自己責任ということで個人に責任を丸投げにしてはいけないと思います。もちろん個人の意識が欠如していてはいけませんから、個人と社会の両輪をうまく回していくことが必要でしょう。

「変わり続ける高齢者」を正確に把握する

祖父江:どちらの課題にしても対応する上で大事なことは、超高齢社会を生きる高齢者の特性、あるいは高齢者像を正確に把握することではないでしょうか。過去には、厚生省(当時)は平成12年版の厚生白書の中で「変わる高齢者」という言葉を用いて、画一的に高齢者を弱者と見る見方の払拭を呼びかけています。

秋山:高齢者は現在進行形で変化していますから、「変わり続ける高齢者」が適当ではないでしょうか。

祖父江:当時と比べて、高齢者の生活様相はさらに変化していると思うので、引き続き新しい高齢者像の認識を深めてもらうよう呼びかけるとともに、実態を把握する調査がより盛んに行われることを期待します。

写真1:秋山弘子氏の対談風景写真

秋山:私は学際的なグループで、高齢者の加齢に伴う生活の変化を理解することを目的に、1987年から全国の約6,000人を対象とした大規模な訪問調査を実施してきました。同じ人たちを対象に3年ごとの追跡調査を現在も継続しています。20年以上に及ぶ追跡調査の結果から、高齢者の自立度の変化にいくつかのパターンがあることがわかりました(図)。

 男性では、70歳になる前に健康を損ねて死亡するか重度の介助が必要になる人(長寿社会の若死群)が約2割、80~90歳まで自立を維持する人が約1割、大多数の約7割が75歳くらいを境にして自立度が徐々に落ちていく虚弱化という3つのパターンがみられました。

 女性では、約9割が70歳代前半から緩やかな虚弱化が始まり、残りの人たちは長寿社会の若死を迎えるという2つのパターンがみられました。若死群は心臓発生や脳卒中などの疾病によって急速に動けなくなったり、死亡したりする人が多いのですが、虚弱化群はもっぱら骨や筋肉の衰えによる運動機能の低下により自立度が徐々に落ちていきます。

 これらの結果から、男女合わせて約8割の人たちが75歳半ばから徐々に衰え始め、何らかの助けが必要になることが明らかになりました。75歳以上の後期高齢者には要介護・認知症というイメージがありますが、大多数の人たちは多少の助けがあれば日常生活を自立して続けることができるということです。

図:高齢者の加齢に伴う自立度の変化を表す図
図:自立度の変化パターン 全国高齢者20年の追跡調査(N=5,715)
秋山弘子 長寿時代の科学と社会の構想. 『科学』岩波書店,2010.より引用改変

祖父江:それは大変興味深い調査研究であると同時に、長寿社会における高齢者像を正しく理解する上で重要な指針となりますね。この調査研究のように、今後の長寿科学研究はこれまでの「いかに長生きできるようにするか」というテーマから「いかに豊かな生活を送ることができるか」というテーマへと移行していってほしいと思います。

秋山:たとえば、私が行った調査研究では自立度低下の要因が虚弱化であること、それが75歳以降の生活に大きく影響することがわかっています。したがって、今後はどのように虚弱化を予防するかがわかれば、私たちはより豊かな生活を送ることができるのではないかと期待しています。

祖父江:生活習慣病と同様、骨・筋力の低下を抑えることがこれからの長寿社会では大事になってくるでしょう。予防のいかんによっては、大病を患うことなく人生を全うすることができるようになります。現在では、体重計1つで多くの情報が手に入りますから、毎朝1回の計測を習慣化して、体調管理に努めていただきたいですね。

首都圏で急増する"ないないづくし"の高齢者

秋山:さまざまな視点で研究を行い、新しい高齢者像を理解する。それに併せて長寿社会対応のシステムをつくり、その中で生活してもらって住民一人ひとりの意識を高めていく。ほかの地域に住む人がそういったまちを見て、「あんなまちに住みたいな」と感じてもらう。そして、「私たちのまちもあのように」という思いが近隣の地域に広まり、その輪が日本中に広がればよいと考えています。

 しかし、国全体で一斉にシステムを変えることは大変難しいのも事実ですから、私はコミュニティーレベルで変えていくことが大事だと考えています。特に、人が生活している場ですので、ニーズがはっきりと見えます。そこでのニーズに応えて、一つひとつのコミュニティーを変えていくことが究極的には国という大きな枠組みにおける問題解決につながるのではないかと考えています。重要なことは、マクロな視点だけで長寿社会の設計を考えるのではなく、そういったミクロな視点と併せて課題に取り組むことです。

祖父江:ポイントは問題を多角的に捉えることなのですね。東京大学高齢社会総合研究機構(以下:東大IOG)は、高齢社会の諸課題に有効にかつ柔軟に取り組めるよう学際的なチームでさまざまな研究プロジェクトを立ち上げ、その中で、実際のコミュニティーを用いて長寿社会に対応できるまちづくりを進めていますね。

秋山:東大IOGでは、首都圏と地方のごく普通のまちを2つ取り上げ、1.健康長寿のまち、2.やがて心身が弱っても安心して生きがいを持って自分らしく暮らせるまち、3.人のつながりが豊かで人たちが自然に地域社会に参加するまち─にするためのいくつかのモデル事業を行っています。

 首都圏では千葉県柏市です。人口40万4,252人(平成24年4月1日現在)の典型的なベッドタウンで、1950年代以降の高度経済成長期を迎え、地方から上京する人が多くなり、都内では住宅不足になりました。そのため、都心から30キロメートル圏内に多くのベッドタウンができました。柏市もそうした潮流の中でできたベッドタウンの1つです。そこに住む男性住民の多くは、朝早くに都内へ出勤して夜遅くに帰ってくる、日中の多くの時間を都内で過ごす"柏都民"です。

 そうした人たちの多くが今まさに定年退職を迎えようとしています。しかし、これまで地域で過ごす時間があまりなかったため、「行くところがない。やることがない。話す人がいない」ということで時間を持て余してしまう"ないないづくし"の高齢者が急増しているのです。

祖父江:そういった人々は1日の多くを仕方なく自宅で過ごしていると聞きます。そうした生活ですと、頭や身体を使わないため、すぐに機能が低下してしまいます。せっかくの健康寿命の延長も、それでは宝の持ち腐れとなってしまいますね。

写真2:祖父江理事長の対談風景写真

柏市で始めた「生きがい就労事業」就労を通じて社会参加を図る

祖父江:柏市ばかりでなく大都市近郊地域でも同じ現象が起こっています。これは先ほどのライフデザインを描くには最低限の社会インフラの整備が必要であるという話につながっていくのだと思いますが、そういった事態を打開するためにはどのような仕掛けが必要なのでしょうか。

秋山:地域参加の形にはさまざまな方法がありますが、1つのカギは就労の場を設けることだと思います。"柏都民"をはじめ、多くの企業戦士は地域とのつながりが希薄であるため、リタイア後に自発的に地域のボランティア活動に参加するには敷居が高く、実際に参加する人は1割に満たないと聞きます。そんな彼らにとって抵抗のない外出理由は"仕事"ということが聞き取り調査からわかっています。

 そこで、私たちは就労を通じた社会参加促進を目的に柏市や独立行政法人都市再生機構(以下:UR)などと連携して「生きがい就労事業」を開始しました。これは地域にいろいろな働き場を創って、1.自分の都合や体調に合わせ、働きたいときに無理なく楽しく働ける、2.現役時代に培ってきた能力・経験を活かせる、3.高齢者が働くことでその地域の抱える課題を解決する─を基本に高齢者が社会の支え手となる新たな長寿社会のモデル事業です。

祖父江:就労というのは、多くの男性高齢者にとって長年慣れ親しんだスタイルだと思うので違和感なく参加することができるでしょう。また、雇用を通じて帰属意識や社会参加の意識が高まるので個人の生きがいにつながっていくと思います。

秋山:展開する事業は地域の特性に合わせればよいと思います。たとえば、柏市は利根川流域という立地のよさからもともと農業が盛んでした。しかし、農家の高齢化により多くの休耕地が目立つようになりました。農作物を生まない休耕地は農家や地方自治体にとっても悩みの種であったため、「農園事業」として生きがい就労事業に組み込み、団地の空きスペースを活用した「野菜工場事業」、団地の屋上を利用した「屋上農園事業」のほか、「コミュニティ食堂」「学童保育」など、計8つの事業を立ち上げました。

祖父江:地域ごとにそれぞれニーズがあると思うので、それに合わせた事業開発が大切ですね。そうした雇用のあり方は大変素晴らしく、これからの雇用制度によい効果をもたらしてくれればと期待が高まります。現在の雇用制度では、65歳という年齢だけで就労の機会を一方的に取り上げてしまうので、それについては疑問を感じます。現在の65歳は身体的にもまだまだ元気ですし、そういった経験豊富な人々の力をもっと活かすべきだと思います。

秋山:75~80歳になっても就労の場がある柔軟な雇用制度が望ましいと思っています。また現在、「65歳以下が支える人、65歳以上が支えられる人」という前提で議論を進めていますが、10年前の65歳と現在の65歳では身体能力も認知能力も異なります。65歳で線引きする科学的根拠はありません。実際、多くの65歳以上の人は、「支えられる」より、むしろ「支える」側でありたいと願っています。

祖父江:そのとおりですね。柏市でのモデル事業では、リタイアしてもすぐに就労の場が整備されているので、そういった人々の受け皿になるのですね。

ライフステージに合わせる新しい住宅政策を進める

祖父江:私は社会参加もさることながら、新しい長寿社会においては住宅政策の推進が必要なのではないかと考えています。大事なことは住居という箱だけではなく、住まいを中心に1つのまちが機能するような仕掛けが必要だと思いますが、いかがでしょうか。

秋山:私たちが柏市で行っているモデル事業では、「就労・社会参加・生きがい」のほかに長寿社会まちづくりの主要な領域として、「住宅」「包括的医療・介護システム」「移動手段」「情報システム」「人とのつながり」を掲げ、それぞれの領域で社会実験を行っています。

 住宅については柏市内の豊四季台団地で、ニーズに即した多様な住宅をテーマに社会実験を試みようとしています。この団地は、URが1960~70年代につくった賃貸住宅の1つです。戸数は約5,000戸、以前までは居住者数も約2万人に上りましたが、現在は子どもの独立などで1世帯当たりの人数も減り、総人口は1万人となっています。高齢化率は36%と高く、単身高齢者がおよそ900人います。住人の高齢化が進み、エレベーターがない理由からか外に出る人も少なくなり、地域コミュニティーの崩壊が危惧されています。

 これまで、この団地のような大きな集合住宅地では部屋の大きさや機能が単一で、「人が住まいに生活を合わせる」というスタイルが主流でした。しかし、私たちはライフステージに住まいを合わせる住宅政策を進めています。たとえば、子育てをしているときには大きなユニットで、子どもが就職して家を出た後には小さめのユニットに移り、一人暮らしが不安になってきたらサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に入ったり、特養に入所したりするなど─1つの敷地で生活に合わせて住まいを変えることができるようにすることをめざしています。ここで重要なのは、住まいが変わっても同じ地域に居続けられることです。同じ店で買い物をし、顔なじみに囲まれながら生活を送っていくというまちづくりを推し進めています。

祖父江:インフラ整備には民間企業も関わりますから、そこでのビジネスモデルが確立できれば多くの企業が参入し、競争の中でよりよいサービスが生まれることが期待できます。しかし、利潤ばかりを追求し、新しい長寿社会に対応できるまちをつくるという理念をないがしろにされるようなことがあってはなりません。そのためにも、参入する民間企業にも理念を共有してもらう必要があるでしょう。

秋山:URは2011年、柏市のサ高住の建設に当たり、土地賃借事業者を公募しました。現在、2つの企業と社会福祉法人が合同でサ高住を立ち上げるプロジェクトが進行中です。3つの法人が共同して事業に取り組むことで、有機的な連携を図り、他地域でも普及可能な先駆的ビジネスモデルにつながるのではないかと期待しています。公募による法人の選定というプロセスを経ていることで、その法人の信頼性を多少とも担保することができていると思います。

祖父江:それはとてもよい取り組みですね。特に普及可能なビジネスモデルというのが素晴らしいと思います。新しい長寿社会のまちを具体的な形として示すことで国民の意識はいっそう高まるでしょう。また、シルバービジネスの成功例が1つでもあれば産業界においても積極的に多くの企業が参入するでしょうから、よりよいサービスが生まれてくることが期待されます。懸念すべきは、参入する法人の高齢者福祉に貢献する姿勢をどのように担保するかについてですが、柏市のようなモデル事業がもっと出てくることでおのずと解決策も提示されるのでしょう。

産業界の参入によってより豊かな長寿社会が実現する

祖父江:私は先ほど企業の利潤追求の姿勢について述べましたが、決してそれは高齢者市場への参入に反対しているわけではなく、むしろ賛成しています。企業が参入することで、見えなかったものが見えるようになり、よりよいサービス・商品が生まれることに期待をしているからです。

 現在、日本の高齢化率は約24%といわれ、今後も膨らみ続けていくので魅力的なマーケットといえるでしょう。しかし、私は産業界がまだ本格的に高齢者市場に参入してきていないのではないかと感じていますが、いかがでしょうか。

秋山:おっしゃるように産業界が積極的に参入することはよいことです。高齢者のニーズに合わせた商品やサービスが開発され、生活者に提供されることでより豊かな長寿社会が実現されると思います。産業界が本格的に高齢者市場に参加してきていないと感じるのは、まだ一部の限られたターゲットのマーケットしか開拓されていないからです。

 一般的に高齢者市場は、1.虚弱なシニア(要介護)、2.普通のシニア、3.裕福なシニア(富裕層)の3つのターゲットに分類することができ、それぞれの人口比率は1:8:1といわれています。1.虚弱シニア向けには、医療・介護・福祉などの商品やサービスが中心で、3.裕福なシニア向けには、豪華旅行等の高額商品が用意されています。ところが、最大のターゲットである2.普通のシニア向けの商品・サービスの開発があまりなされていません。

 東大IOGは「ジェロントロジー・コンソーシアム」という産業界との連携事業を行い、合同研究会を継続的に開催しています。最近、そこで感じるのは、「産業界にようやく火がつき始めた」ということです。

祖父江:大きなマーケットであることはわかっていながらも、なぜ未開拓なのでしょうか。それは各企業が新しい高齢者像を正しく捉えられていないことと関係しているのでしょうか。

秋山:新しい長寿社会を生きる高齢者は新しい価値観・生活行動を持っています。人生90年時代の生き方がよくわかっていないのと同様に彼らの実態がまだよくわかっていないのです。

 70歳代半ばから徐々に体力が落ち始める8割の高齢者の多くは、これまでのような生活をずっと続けたいと願っています。たとえば、「90歳になっても温泉や外国旅行に行きたい」「血糖値が高いと言われたが、これまでどおり晩酌を続けたい」などで、こうした高齢者の生活を理解すればおのずとニーズが明らかになってきます。

新しい社会政策では個人・社会の双方からのアプローチ

祖父江:これまでのお話で共通しているのは、人生90年時代と、その新時代を生きる高齢者を正しく理解するということですね。現代の高齢者は身体・認知能力だけではなく、生き方も変化し、これからも変化し続けるでしょう。こうしたことは、50歳や60歳になってからではなく、もっと若い頃から教育の一環として、長寿社会への意識を植え付ける必要があるように思います。

秋山:そうですね。若い頃から「人生は50年」と言われるのと、「人生は90年」と言われるとでは思い描く将来設計も変わってくると思います。

祖父江:さまざまな課題が山積していますが、長寿社会の一番手として日本が新しい社会のモデルを示していかなければなりません。個人の課題は多くあるが、社会の仕組みができあがらないと新しいライフデザインを描いても実現することができない。だからといって、社会の仕組みにすべてを丸投げするわけにもいかない。その辺りのバランスが非常に大事になってくるでしょう。

秋山:どちらか一方からだけではなく、双方からのアプローチが重要になります。

祖父江:日本としてもまだ長寿社会への対応は手探り状態であるので、多くのモデル事業を手がかりにして、今後の長寿社会構築の足がかりにしていければと思います。

 本日はお忙しいところどうもありがとうございました。

対談者

写真:対談者秋山弘子氏
秋山 弘子(あきやま ひろこ)
1972年、東京大学教育学部教育心理学科卒業後、米国イリノイ大学Ph.D(心理学)を取得。以後、米国国立老化研究機構フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所研究教授、東京大学大学院人文社会系研究科(社会心理学)を歴任する。2006年に現職に就く。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.65

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