健康長寿ネット

健康長寿ネットは高齢期を前向きに生活するための情報を提供し、健康長寿社会の発展を目的に作られた公益財団法人長寿科学振興財団が運営しているウェブサイトです。

注目したい高齢者の心のケア(香山 リカ)

公開日:2019年4月15日 11:37
更新日:2019年4月22日 15:09

写真1:第26回対談風景写真。祖父江理事長と香山リカ氏。

シリーズ第26回 生き生きとした心豊かな長寿社会への構築をめざして

 わが国がこれから超長寿社会を迎えるに当たり、長寿科学はどのような視点で進んでいくことが重要であるかについて考える、シリーズ「生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして」と題した各界のキーパーソンと祖父逸郎・公益財団法人長寿科学振興財団理事長との対談の第26回は、香山リカ・精神科医、立教大学現代心理学部教授をお招きしました。

年を重ねることの意義を再確認

祖父江:長寿科学振興財団は今年でちょうど創設30年を迎えます。昭和の終わり頃、平成の初め頃に高齢化の問題がクローズアップされ始めました。平成の初めといいますと、きんさん、ぎんさんという100歳の双子の姉妹が有名でしたね。30年前は百寿者はまだめずらしく、"高嶺の花"の時代でした。しかし今は人生100年時代です。現在100歳以上の高齢者数は約7万人に上り、ゆくゆくは30万、50万人と、ひとつの社会をつくるまでになるでしょう。

 同じ100歳といっても千差万別で非常にバラエティに富んでいて個人差があります。100歳の中にもいくつかの層があって、元気そのものという人と寝たきりや認知症の人など、さまざまなグループがあります。しかし、高齢者をひと括りに捉えがちで、高齢者の心の問題についてはあまり注目されていないように感じます。今日は香山先生に精神科医の立場から、高齢者の心のあり方についてご意見をいただければありがたいです。

香山:私は精神科医の仕事をして30年以上になりますが、同じくらい長い期間、いわゆる一般の方向けの本を執筆しています。そういう意味では出版の世界にも片足を置いているのですが、そこで今の社会や文化を間近に見る機会があります。

 いつも感じているのは、「何歳だからこうしなくてはいけない」と、年齢で区切りを付けないほうがいいということです。たとえば、今の時代は大人も漫画を読みますし、ゲームをしてもいいという風潮があります。大人が子どもの遊びをするのはどうなのかとずっと議論されてきましたが、いつの頃からそれは当たり前になりました。

 ところが一方で、「より若いもの、より未熟なものがいい」という価値観も大きくなってきたのも事実です。今は10代のローティーンのアイドルグループが人気で、中年の男性たちも夢中になっていて、それが産業にまでなっています。たとえば、アニメや漫画は今や日本の世界に誇れる大きなコンテンツのひとつです。日本政府も「クールジャパン政策」として世界中で日本市を開催して、日本オリジナルのアニメや漫画を売り出しています。リオデジャネイロ五輪の閉会式では、安倍総理がスーパーマリオの格好で登場して日本をアピールしました。

 それはいいことではありますが、私が懸念しているのは、「より若いほうがいい」という価値観が非常に強くなったために、「高齢になること」「年を重ねること」に対するマイナスの考え方があることです。特に私は女性なので感じるのですが、「女性は年を取ると価値がない」という見方があります。ヨーロッパでは高齢の女性が堂々と華やかな洋服を着たり、バカンスで水着を着たり、人生を楽しんでいる。日本ですと、「いい年をした女性が派手な格好をするのは恥ずかしい」となります。日本には長い間、"敬老"の思想があったはずなのに、今は高齢になると価値が失われるという考え方が多く見受けられます。

祖父江:そうですね。日本には昔から「高齢者は威厳を保った、別の社会を形成している存在」という考えがありました。「高齢者を敬う」という思想は、東洋の、いわゆる儒教の基本的な思想ですね。以前、対談にお招きした宗教学者の山折哲雄先生は、「日本には老人を翁として尊重する伝統文化があった。老いは衰退ではなく成熟と捉えていた」とおっしゃっていました。老いてこそ価値があるという思想は、残念ながら今の社会ではなくなりつつあります。

香山:日本では「高齢者の価値」、「年を重ねることの意義」がまだ十分に確立できていないですね。一方で、最近、書店には高齢の方が執筆した本が並び、それが非常に売れています。佐藤愛子さん、下重暁子さん、瀬戸内寂聴さんなど、いずれも80代、90代の方です。年配の方の考え方や生き方を学びたい人が多いのだと思います。それはとてもいいことです。

祖父江:これから80代、90代で活躍する高齢者がどんどん増えて、高齢者の質も変わり、高齢者に対する見方が徐々に変わっていくでしょう。「新しい高齢者像」がつくられていくことを期待します。

写真2:祖父江理事長の対談風景写真。

高齢であることは寿(ことほ)がれること

祖父江:精神科の臨床には高齢の患者さんは多くいらっしゃるのですか。高齢者の訴えにはどのようなものがあるのでしょうか。

香山:自分に自信がなくなり、生きている意味がわからないなど、うつ的な高齢者が非常に多いです。残念ですが、高齢者の自殺もまだ多い状況です。「高齢の方にいかに自分の今の状態を受け入れてもらい、自信を持ってもらうか」が診療の一番のテーマになります。

 90代の患者さんも何人かいらっしゃいます。眠れないなど治療すべき問題を抱えている方たちですが、中にはかなりお元気な方もいらっしゃいます。そういう方たちを見ていますと、心の持ち方や性格の問題と、置かれている環境の影響の両方の問題があることに気づかされます。お元気な方はできる限り自分のことは自分でするという気概を持ち、何事も楽観的に捉えている方が多いような気がします。

 周りの環境も大切です。家族や周囲の人たちが高齢であることを否定的に捉えるのではなく、「長寿は喜ばしいこと」と捉えてくれることが重要になります。高齢になって手がかかって大変だという雰囲気ではなく、「長寿はすばらしい」と捉えるような周りの状況と本人の心の持ち方があわさった形が理想です。

祖父江:確かに周囲の人びとの考え方は大事です。「長寿は喜ばしいこと」と捉えてくれたら、高齢者の生きる自信につながります。

香山:長寿科学振興財団は平成の時代の歩みと同じくして活動されてきたと伺いました。平成時代の象徴というと美智子皇后ですが、美智子皇后が天皇陛下ご即位20年の記者会見でおっしゃった言葉が印象的でした。

高齢化・少子化・医師不足も近年大きな問題として取り上げられており,いずれも深く案じられますが,高齢化が常に「問題」としてのみ取り扱われることは少し残念に思います。本来日本では還暦,古希など,その年ごとにこれを祝い,また,近年では減塩運動や検診が奨励され,長寿社会の実現を目指していたはずでした。高齢化社会への対応は様々に検討され,きめ細かになされていくことを願いますが,同時に90歳,100歳と生きていらした方々を皆して寿(ことほ)ぐ気持ちも失いたくないと思います。
宮内庁ホームページ、天皇陛下ご即位二十年に際し(平成21年)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)、天皇皇后両陛下の記者会見より一部を引用)

 「高齢であることは寿がれること」。美智子皇后のお言葉のとおりだと思います。病気を治して寿命が延びるようにと医学は進歩を続けてきたのに、その結果として高齢者が増えたら、今度は「高齢化問題」と言って、長寿をマイナスであるかのように捉える。このこと自体が高齢者の心理に悪影響を与えると思います。

祖父江:高齢者の増加を社会がどのように捉えるのかということですね。

香山:そうですね。私は所属する大学で年金委員会の委員をしたことがあります。委員会に出席したところ、今一番の問題が「長寿問題」だというのです。この単語の意味が理解できず聞いてみたところ、大学の年金は終身年金で、退職した教員は皆長生きをされるので、年金の財源が乏しくなってきたというのです。「長寿は寿がれるものであって喜ばしいもの」なのに、長生きがいけないかのように「長寿問題」と呼ばれて議題にあげる。「長寿化による年金財源の不足問題」など、もう少し違う言い方があると思い、私は意見を申し上げました。「長寿」イコール、「介護の問題」「年金の財源不足の問題」など、"社会のお荷物"のように捉えることのほうが問題で、それに対して違和感を覚えます。

高齢者のほうが平静の心を見つけやすい

祖父江:長寿社会となり、高齢者の心のあり方について皆が考えていることです。高齢者の集まりなどで話題になるのが、「どういう気持ちで毎日を過ごしたらよいか」ということです。ストレスフルな現代社会では「平静の心」を保つことが大きなテーマとなります。平静の心は高齢者に限らず一般的に大切ですが、口で言うほど簡単ではありません。

香山:その点においては、若い世代よりもむしろ高齢の方のほうが平静の心を見つけやすいと思います。今の若い人はインターネットなどから得る情報があまりにも多く、世界中の人といつでもやり取りができるので、自分の生活空間がどこまでなのか境目がなくなっています。空間を世界中に広げることは、人間の脳のキャパシティを超えることだと思います。多くの情報によってストレスにさらされた不安定な若者たちが、診察の場面で大きな問題になっています。

 それに比べますと、高齢の方たちはご自身の生活を長いこと大切にされて、目の前の現実の中で何をすべきか、今日はどのように1日を過ごすか、自分の体を使って等身大の、眼に見える範囲の世界で丁寧に暮らす経験をどなたも持っていらっしゃいます。

 15年前の話になりますが、京都府舞鶴市で、兵庫県豊岡市から来た観光バスが雨で増水した道で進めなくなり、乗客36名と運転手がバスの屋根に上って励まし合いながら一晩を過ごして救助を待ったという出来事がありました。豊岡市の公務員を退職した高齢の方たちの旅行の集まりだったそうです。幸いなことに1人も命を落とすことなく助かりました。

祖父江:それは興味深い話ですね。どのようにして命をつないだのでしょう。

香山:私はその乗客の方に話を伺う機会を得ました。当時70代の高齢者です。寒い中どのようにして一晩を過ごしたのかというと、幼少時代の歌を次々と歌って励まし合ったそうです。迫り来る水の中でも、水遊びをした経験など身をもってした経験があるからこそ「これくらいなら大丈夫だ」と強い気持ちで一晩を乗り切ったということです。

 そこで私は考えました。今の20代、30代には皆で一緒に歌える歌はあるだろうか。若者たちはそれぞれ趣味を持ち、違うものを見てきました。若い世代は情報は多いけれど、皆で共有しているものが少ない。身をもって経験したことも少ない。

 そういう意味では、むしろ高齢の方のほうが丁寧な生活をすることで心の平静を保ちやすいと思います。ですから、高齢の方が診察にいらっしゃったら、「5年後、10年後はどうなるかとあまり考えずに、毎日の暮らしを、日々を丁寧に暮らしてください」と話します。簡単なものでもいいので心を込めて調理をして食すとか、洗濯物をできるかぎりご自身でたたむといった手を使うことを丁寧に行うだけでも心が落ち着くのではないでしょうか。美味しいものをいただいたら美味しいと、花が咲いたらきれいだと、日々を楽しむことが大事だと思います。

祖父江:1日1日を、"今"を大切に生きるということですね。しかし、高齢者には身体機能の衰えや環境の変化などがあって、気持ちを保つことがむずかしいのも事実です。

香山:そうですね。やはりどんなことがあっても自分を否定的に捉えないことが大事です。自分は老いてしまったと自信がなくなったり、家族や社会と疎遠になって孤独感に苛(さいな)まれたり、私の人生は間違っていたのではないかと悲観的になる方もいますが、それは心理的にも身体的にも健康を損なうことにつながります。高齢で身体機能が衰えるのは当然のことで、だからといってその方の生き方や人生に意味がなくなるわけではありません。

写真3:香山リカ氏の対談風景写真。

身体語を察知して健康維持を

祖父江:先生は精神科の臨床で、現代社会の病的な問題をたくさん経験されていると思います。人間の側からいうと、生理的な面でも考えるべき点が多くあります。「脳とこころの問題」、あるいは「精神の問題」。脳が体全体を支配している。江戸時代の儒学者・貝原益軒は「脳は体の主人である」と言いました。「体は脳の支配下である」ということです。

 サイコ(精神)、ニューロ(神経)、エンドクリン(内分泌)、イムノロジー(免疫)が大事だと言われますが、一番中心にあるのは精神で、それがうまくいくことによって神経、内分泌、免疫がうまく作動して体の機能をコントロールしている。複雑な機能のバランスが取れていることが「健康感」につながるのです。

 「身体語」、いわゆる「体が発する言葉」に気づくことが大事です。精神・神経・内分泌・免疫の中で、どこかのバランスが崩れると体が身体語を発する。ですが、ストレスフルな現代社会では、身体語を発しているのにそれに気がつかない人が多いのです。身体語を察知することで健康はかなり維持できると思います。

香山:私はいくつかの企業で産業医も務めています。中には残業時間が月100時間を超え、体からのメッセージを受け止められず、不眠不休で働く会社員もいます。それがしばらく続くと、大きなクライシスが訪れてうつ病や心筋梗塞のような病気を発症するのです。現代のストレス社会では、体からの信号が受け取りにくくなっているのも事実です。今の情報社会では24時間インターネットを使えば、昼も夜もありません。24時間ネット社会に体が対応できるわけがないので、持って生まれた体の仕組みを理解してその中で暮らしていかないと危機的な状況が訪れます。この春から「働き方改革関連法」が施行されましたが、残業時間を強制的に調整するなど、体の信号に気づいてもらえるように、社会の仕組みでバックアップすることが必要になると思います。

祖父江:昔からいわれる「快食」「快便」「快眠」は、健康のバロメーターと言われています。この3つがうまくいっていれば、代謝がうまく働いていることです。これがうまくいっていることはありがたいのです。

香山:「快食」「快便」は口から食べて出すという胃腸も含めた消化管の機能です。実は受精卵から分裂していく中で一番先にできるのは脳でなく、食べ物を通す口からお尻までの管だといいます。消化管の機能は生物にとって基本となるものです。脳の機能が大きくなりすぎたために、「食べて出す」という消化管の働きが矮小化(わいしょうか)されてしまって軽視されているかもしれません。

 患者さんが食べられない状態になったとき、現代の医療では点滴や胃ろう、鼻から管を入れるなどによって生命を維持します。元外科医で現在は施設の医師をされている石飛幸三先生は、「食べられなくなったら生命の終焉が近づいているということで、胃ろうなどで無理に栄養を体に入れることはやめよう。そのほうがむしろ穏やかに過ごせるのではないか」と言っています。体の自然な営みにもう少し眼を向けて、それを受け入れることが必要なのではないでしょうか。

写真4:対談者の祖父江理事長と香山リカ氏。

高齢者とともに生きていく

祖父江:最後になりますが、高齢社会について提案などご意見をいただけますか。

香山:今の情報社会では、高齢者などITを使わない人は時代遅れだとする風潮もありますが、私はいろいろな知識や経験を持っている高齢者、たくさんの歴史を見てきた高齢者の役割はこの社会で大事なものだと思います。

 これは高齢者だけの問題でなく、社会全体の問題でもありますが、高齢者の存在を否定的に捉えるのではなく、高齢者の知や経験を私たちが活かしていく姿勢が大事です。高齢者のお世話が大変だというマイナスの観点ではなく、「高齢者とともに生きていく」という考え方です。

 そして、高齢の方たちには自信を失うことなく、ご自身が歩んでこられた歴史を踏まえた意見をどんどん語っていただきたい。高齢の方たちが自分の思いをうまく発信できる仕組みづくりも必要かと思います。

祖父江:それは大事ですね。老健や特養などの高齢者施設では、心のケアなど精神科的なアプローチがまだ十分ではないと感じます。身体の問題に重点が置かれすぎて、心の問題にまで行き届いていないのです。

香山:施設に入居しながらも、社会とつながりを持って生活することが大切です。私の精神科の外来にも施設から通院してくる方がいらっしゃいますが、話を伺いますと、日々生活していくことで精一杯のようです。施設の中にいても、1人ひとりがその人らしく生きるためにはどのようにしたらよいかを考えなければなりません。

祖父江:ぜひ先生には精神科医の立場から、その点を強調していただきたいです。何千とある施設で高齢者の心の問題にアプローチを続けることによって、新しいデータが見えてくる可能性があります。私の経験から言いますと、何十年か前に企業が健康管理に力を入れ始めました。毎年の健康診断の巨大なデータから、健康維持に関する重要な事実が出てきたわけです。このように隠されていた有用なデータが施設の中にもたくさんあると思います。

 本日はお忙しいところ、貴重なご意見をありがとうございました。

対談者

写真:香山リカ氏
香山 リカ(かやま りか)
1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。精神科医、立教大学現代心理学部教授。豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。専門は精神病理学。 著書に『大丈夫。人間だからいろいろあって』(新日本出版社)、『女性の「定年後」~何をして、何をしないか~』(大和書房)、『「発達障害」と言いたがる人たち』(SB新書)など多数。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.89

Aging&Health(エイジングアンドヘルス)No.89(新しいウィンドウが開きます)

このページについてご意見をお聞かせください