健康長寿ネット

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高齢者の健康と運動

島田 裕之(しまだ ひろゆき)

国立長寿医療研究センター

老年学・社会科学研究センター 予防老年学研究部部長

健康寿命と認知症

 疾病や事故および犯罪などがどれだけ社会に損害を与えているかを測る指標として、障害調整生命年(disability adjusted life year:DALY)が国際比較のために用いられている。これは、死亡が早まることによって失われたであろう寿命(生命年)の概念を、健康でない状態、すなわち障害によって失われた健康寿命換算の年数を含めた健康指標として世界保健機関(WHO :World Health Organization)にて定義された。病気、健康状態のDALYは、総人口について死亡が早まることによって失われた年数と、人びとの健康状態に生じた障害によって失われた年数の合計として計算される。

 2016年における日本のDALYに関連する主要な疾患は、腰頚部痛、アルツハイマー病と他の認知症、虚血性心疾患、脳卒中、感覚器障害の順に上位を占め、アジア以外の高い水準の社会人口統計学的特性を持つ地域と比較してアルツハイマー病やその他の認知症による影響が大きい(表1)1)

表1:DALYに関連する主要な疾患 日本と世界の比較1)
北アメリカオーストララシアアジア・パシフィック西ヨーロッパ南ラテンアメリカ日本
1 虚血性心疾患 腰頸部痛 腰頸部痛 腰頸部痛 虚血性心疾患 腰頸部痛
2 腰頸部痛 虚血性心疾患 アルツハイマー病と他の認知症 虚血性心疾患 腰頸部痛 アルツハイマー病と他の認知症
3 肺がん 皮膚および皮下組織の疾病 脳卒中 アルツハイマー病と皮下の認知症 脳卒中 虚血性心疾患
4 薬物乱用 抗うつ障害 虚血性心疾患 感覚器障害 皮膚および皮下組織の疾病 脳卒中
5 糖尿病 偏頭痛 感覚器障害 脳卒中 下気道感染 感覚器障害
6 慢性閉塞性肺疾患 感覚器障害 皮膚および皮下組織の疾患 肺がん 感覚器障害 皮膚および皮下組織の疾病
7 皮膚および皮下組織の疾病 他の筋骨格系障害 自傷 皮膚および皮下組織の疾病 交通事故 肺がん
8 脳卒中 脳卒中 肺がん 偏頭痛 糖尿病 自傷
9 抗うつ障害 肺がん 糖尿病 抗うつ障害 偏頭痛 下気道感染
10 アルツハイマー病と他の認知症 アルツハイマー病と他の認知症 抗うつ障害 転倒 他の筋骨格系障害 糖尿病

 今後の日本の人口動態をみると、高齢者に占める後期高齢者の割合が上昇し、加齢に伴い有病率が上昇する認知症の問題はますます大きくなるものと想定される。また、平成25年国民生活基礎調査の結果では、要介護状態の原因の約16%が認知症であり、脳血管疾患に次いで第2の原因となっている。女性に限ってみれば、18%が認知症を原因として要介護状態となり脳卒中を抜いて第1の原因となっている(図1)。これらから、認知症は高齢者の健康な生活を阻害する主要な原因と考えられ、予防のための取り組みが必要となる。

図1:要介護状態の原因の約16%が認知症であり、脳血管疾患に次いで第2の原因となっている。女性に限り、18%が認知症が第1の原因となっていることをしめす円グラフ
図1:要介護の原因疾患

認知症の予防

 認知症の多くは高齢期において発症するが、認知症の予防は高齢期のみではなく、人生を通した取り組みが必要であるとの提言がなされ、可変因子の制御により35%の認知症が予防可能であるとされた2)。それらの因子は、年代により分類され若年期においては低い教育歴が影響し、その影響度は8%であると試算された。中年期には難聴(9%)、高血圧(2%)、肥満(1%)が影響力を持ち、その改善によって12%の認知症予防が可能であるとされた。高齢期には喫煙(5%)、うつ(4%)、身体活動の低下(3%)、社会的孤立(2%)、糖尿病(1%)が危険因子と同定され、これらの解消によって認知症の15%を抑制可能であるとされた2)

 また、これらの因子を削減するための対策として脳のダメージや炎症の抑制、認知的予備力の向上に有効である聴力の保護、教育、認知的トレーニング、社会ネットワークの構築、うつの抑制、肥満の減少、禁煙、糖尿病、高血圧、脂質異常症の治療、非ステロイド系抗炎症薬利用、地中海食の摂取、運動の必要性が示された2)。特に運動については、脳のダメージや炎症の抑制、認知的予備力の向上すべての要素に対する有効性が確認され3)、取り組む必要性の高い介入内容の1つであると考えられる。

運動による脳の健康に対するメカニズムの多様性

 運動を含む環境要因は、脳の健康保持に対して影響していることが多くの動物研究によって明らかにされてきた。運動が脳に及ぼす効果の潜在的なメカニズムをまとめたレビューをみると、一般的な危険因子の低減として、脳血管疾患のリスクや炎症の抑制、脳の成長因子の増加に伴う脳構造の強化や損失の減少、アミロイド蓄積の減少、電気生理学的特性の強化や遺伝子転写の変化などが想定されている4)(表2)。このように、運動による脳の機能保持や向上のメカニズムは多岐にわたり、これらの要因が独立して、もしくは相互作用をしながら効果を発揮するものと考えられる。

表2-1:運動を含む環境因子による脳機能改善のメカニズム4)より作成
一般的な危険因子の低減
  1. 心血管危険遺伝子の減少:高血圧、耐糖能、インスリン抵抗性、脂質プロフィール、太りすぎ
  2. 脳卒中のリスクを低減
  3. 脳の血流および酸素供給の向上
  4. 内皮の一酸化窒素産生の促進
  5. 炎症の減少
  6. ラジカル酸化タンパク質の蓄積の減少
  7. 脳の可塑性の促進
  8. 認知的予備力の向上
  9. より高い社会活動
表2-2:運動を含む環境因子による脳機能改善のメカニズム4)より作成
脳の細胞構築の強化
  1. 樹状突起長の延長、神経前駆細胞増殖、樹状の複雑化
  2. 海馬における血管の成長
  3. 皮質の血管の成長
  4. 小脳における血管の成長
  5. ミクログリアの増殖
  6. 歯状回における強化された短期および長期増強
  7. 増加した脳の毛細血管密度
  8. 神経線維の拡大の推進
  9. 皮質におけるミクログリアの増殖
  10. 神経新生および増殖
  11. 海馬組織の損失の減少
  12. 分化したニューロンの数の増加
表2-3:運動を含む環境因子による脳機能改善のメカニズム4)より作成
脳の成長因子の増加
  1. 脳由来神経栄養因子(BDNF)の増加
  2. インスリン様成長因子-1(IGF-1)の増加
  3. 血管内皮細胞由来増殖因子(VEGF)の増加
  4. セロトニンの増加
  5. アセチルコリンの増加
  6. 性線維芽細胞増殖因子の誘導
表2-4:運動を含む環境因子による脳機能改善のメカニズム4)より作成
アミロイド蓄積への影響
  • アミロイド蓄積の減少
  • 上昇したAPPのレベル下での海馬の機能の強化
表2-5:運動を含む環境因子による脳機能改善のメカニズム4)より作成
強化された電機生理学的特性
  1. 高頻度刺激の応答における増強
  2. シナプシンとシナプトトロフィンレベルの増加
  3. グルタミン酸受容体の増加(NR2BとGluR5)
表2-6:運動を含む環境因子による脳機能改善のメカニズム4)より作成
他のメカニズム
  1. 遺伝子転写の変化
  2. 中枢神経系におけるカルシウムレベルの上昇

運動による認知機能向上のフロー

 運動が認知機能に対して良好な影響を及ぼすメカニズムは複雑であり、生物学的、行動学的、社会心理学的レベルの各階層において脳機能に影響を及ぼし、これらの総体として認知機能向上効果が発揮されると考えられる(図2)。

図2:生物学的、行動学的、社会心理学的レベルの各階層において運動が脳機能に影響することをしめす図
図2:運動による認知機能向上のフロー 

 生物学的レベルでは、インスリン抵抗性の改善からシナプス機能の向上、脳容量の増加へとつながり、それが認知機能の向上に寄与すると考えられる。また、運動により脳血流量が増加し、それとともにBDNFやIGF-1などの神経栄養因子の増加によるシナプス機能の向上5)6)や脳容量の増加を介して認知機能の向上がもたらされると考えられる。 

 行動学的レベルでは、運動による睡眠状態の向上による身体活動の向上、もしくは疲労感の低下を介して身体活動レベルが向上する。そして、身体活動の向上から認知機能の改善が期待できる。運動の実施そのものによる身体活動量の向上、および身体機能の向上による身体活動の向上や、疲労感の解消から認知機能の向上に資する刺激量が担保されると考えられる。

 また、社会心理学的には、運動によるうつ症状の解消による認知機能の向上効果が期待できる。また、うつ症状の緩和により社会的ネットワークの再構築が期待でき、その社会的ネットワークの向上による認知機能の向上効果が認められる。さらに、うつ症状の緩和により認知的活動性が向上し、それが認知機能向上に寄与する。また、運動による自己効力感の向上から社会的ネットワークの構築が促進され、認知機能向上につながると考えられる。

まとめ

 運動の習慣化は認知症のリスク削減に効果的であり、認知症予防を目的として運動を推奨することは妥当であると考えられる。しかし、現時点において運動の実施が認知症の発症遅延に有効であることを証明した研究はなく、今後の研究成果が待たれる。ただし、運動の実施は、DALYに影響する虚血性心疾患、脳卒中、糖尿病、疼痛、抑うつ障害、肺がん、慢性閉塞性肺疾患、転倒、筋骨格系障害などのリスクを軽減し症状の改善も期待できることから、認知症予防以外の観点からも推奨すべきであろう。

参考文献

  1. DALYs GBD, Collaborators H. Global, regional, and national disability-adjusted life-years (DALYs) for 333 diseases and injuries and healthy life expectancy (HALE) for 195 countries and territories, 1990-2016: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2016. Lancet. 2017;390(10100):1260-1344.
  2. Livingston G, Sommerlad A, Orgeta V, et al. Dementia prevention,intervention, and care. Lancet. 2017.
  3. Livingston G, Sommerlad A, Orgeta V, Costafreda SG, Huntley J, Ames D, Ballard C, Banerjee S, Burns A, Cohen-Mansfield J, Cooper C, Fox N, Gitlin LN, Howard R, Kales HC, Larson EB, Ritchie K, Rockwood K, Sampson EL, Samus Q, Schneider LS, Selbaek G, Teri L, Mukadam N: Dementia prevention, intervention, and care. Lancet. 2017 Jul 19. pii: S0140-6736(17)31363-6.
  4. Rolland Y, Abellan van Kan G, Vellas B. Physical activity and Alzheimer's disease: from prevention to therapeutic perspectives. J Am Med Dir Assoc. 2008;9(6):390-405.
  5. Kang H, Schuman EM. Long-lasting neurotrophin-induced enhancement of synaptic transmission in the adult hippocampus. Science. 1995;267(5204):1658-1662.
  6. Figurov A, Pozzo-Miller LD, Olafsson P, Wang T, Lu B. Regulation of synaptic responses to high-frequency stimulation and LTP by neurotrophins in the hippocampus. Nature. 1996;381(6584):706-709.

筆者

島田裕之先生

島田 裕之(しまだ ひろゆき)
国立長寿医療研究センター
老年学・社会科学研究センター 予防老年学研究部部長
略歴:
2003 年:北里大学大学院医療系研究科臨床医学リハビリテーション医学専攻博士課程修了、東京都老人総合研究所研究員、2005 年:Prince of Wales Medical Research Institute 客員研究員、2006年:東京都老人総合研究所日本学術振興会特別研究員、2010年:国立長寿医療研究センター室長、2014 年より現職
専門分野:
老年学、リハビリテーション医学。博士(医学)

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.84

Aging&Health(エイジングアンドヘルス)No.84(新しいウィンドウが開きます)

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