健康長寿ネット

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第2回 新しい危険因子のインパクト

柴田 博(しばた ひろし)

人間総合科学大学保健医療学部学部長


 かつて、わが国は栄養の不足やバランスの悪さにより心身の健康が損なわれることを「栄養失調」や「栄養不良」と呼んでいた。その後、それをアカデミックに「低栄養」と呼ぶことが一般的となり、定着していった。しかし、まだ一般の辞典には低栄養という言葉をあまり見ない。

 低栄養とは、英語の「Malnutrition」に由来するのだが、栄養失調という言葉の持つ「特定の栄養素の過剰」のニュアンスを持たない。なぜなら、別に過栄養という言葉があるからだ。そういった意味で、低栄養はより厳密な用語であるのだが、筆者のような古い日本人にはやや味気ない気もする。

 低栄養には、開発途上国型と先進国型の2つのタイプがある。開発途上国型とは、タンパク質(Protein)と総熱量(Energy)の不足(Malnutrition)のタイプで、頭文字をつないでPEMと呼ばれている。先進国型は、精製された食品に偏ることに起因するマグネシウム、葉酸、食物繊維の不足などを来すタイプである。

 興味深いことに、高齢者にみられる低栄養は先進国においても開発途上国型のものもある。しかも低栄養の高齢者の数は、栄養過剰といわれているアメリカのほうが日本より多いなど、その原因が単純でないことを示唆している。

 高齢者の低栄養は余命を短くするが、それは肺炎やがんなどを介するためであるとかつて考えられていた。しかし、1990年代に入ると、低アルブミン血症が高齢者の冠動脈疾患(心筋梗塞など)の危険因子として有意であることを示す報告がいくつも発表されるようになった。栄養過剰に起因すると考えられていた冠動脈疾患が高齢者においては、低アルブミン血症という低栄養によって引き起こされるという。これは何とも皮肉な話である。

 低栄養のスクリーニング方式や評価方法は、筆者も親しいフランスのトゥールーズ大学のVellas教授らが開発したMini Nutritional Assessment (MNA)がヨーロッパを中心に用いられている。これは、国際比較のために点数化するなど厳密ではあるが、やや使いづらい。筆者は、このMNAの基となったアメリカのセントルイス大学メディカルセンターのMorley教授の評価票が包括的でもあり、簡便でもあると考えている。それを筆者が日本人向きに修正したのが表のものである。体重はポンドで示してあったものをグラムの近似値に修正した。

表:低栄養の原因と兆候
  1. うつ状態がある。
  2. 体重が1か月に1kgまたは6か月で2.5kgくらい減る。
  3. 血中総コレステロール160mg/dl未満。
  4. 血中アルブミン(タンパク質)4g/dl未満。
  5. 身体的あるいは認知的な障害による摂食障害。
  6. 経済的理由、買い物不自由(徒歩圏内にスーパーマーケットがなく、車の運転もできないなど)。

注:Morley JE:J Am Geriatr Soc. 39(11), 1139, 1991. 引用改変
出典:柴田 博:肉を食べる人は長生きする.PHP研究所.2013.

 表中の項目の選択と基準値は誠に正鵠(せいこく)を射ているというのが、長年高齢者の栄養と健康の問題に取り組んできた筆者の実感である。まず、うつ病であるが最近の研究では、うつ病の原因として肥満や糖尿病のほか、脂肪組織から分泌されるアディポカイン(脂肪細胞から分泌される生理活性タンパク質の総称)なども注目されている。成因が何であれ、うつ病にかかったら食欲不振に陥ることは疑いない。疾患として完成したうつ病でなくとも、高齢者に多い抑うつ気分でも意欲が低下してしまう。

 次に体重の減少は、もっとも測定誤差が少なく普遍性のある低栄養の兆候である。人間の筋量や骨密度は20歳代前半にピークを迎え、その後は加齢とともに低下する。一方、脂肪組織は大きくなり、加齢に伴い体重は増加する。しかし、真の老化が始まるとダイエットをしなくとも体重が減少する。このライフステージでは一般的に皮下脂肪、血中アルブミン、コレステロールなども低下する。したがって、体重低下は本人が自覚できる確実な低栄養化のシンボルといえる。

 また、血中総コレステロール160mg/dl未満も低栄養の明らかな兆候である。コレステロールが基準値を下回ると死亡率が高くなり、寝たきりや認知症になる人も多くなるなど、健康寿命を低下させる原因ともなる。

 30年ほど前までは、「血中コレステロールは低いほどよい」とする欧米の一部の考え方が世界を席巻していた。もちろんこれは冠動脈疾患との関係性を敷衍(ふえん)した考えである。死亡率全体でみると中年期でも中程度の高さがよい。高齢者にとっては、血中コレステロールが高いほうが余命にも生活機能にも有利である。コレステロールは、タンパク質やリン脂質とともに細胞膜の三大精成要素であり、加えて高齢者の生活機能に関連するビタミンD、性ホルモン、副腎皮質ホルモンの材料なのである。

 血中アルブミンの重要性は、拙書『肉を食べる人は長生きする』(PHP研究所)でも詳しく述べたので繰り返しは避けたい。ともあれ、現在日本の特定高齢者のスクリーニング値3.8g/dlは低過ぎる。筆者たちの研究も低栄養の予防的な意味では4.0g/dlを意識する必要があることを示している。

 表中の6つの項目は、わが国が抱える高齢者の低栄養問題を考える上で、極めて重要であることを指摘しておきたい。先に述べたように、高齢者の低栄養は日本よりアメリカに多かった。その原因の1つは、アメリカの所得格差が日本より大きかったことである。加えて、アメリカは車社会であるため、生活機能の低下により車の運転ができなくなるとマーケットにアクセスできなくなるのである。

 一方、日本はこれまで多くの地域で徒歩圏にマーケットがあるか、宅配サービスが普及していた。しかし、最近過疎地域では徒歩圏にマーケットがないばかりか、採算に合わないため宅配サービスや出張販売もなくなるといった"食の砂漠化"が広がっている。これは新型の低栄養化とでもいえようか。

 さらに、都市部でもシャッター通り商店街の拡大により"食の砂漠化"が進んでいる。この問題については、岩間信之茨城キリスト教大学准教授がもっとも先進的に取り組んでいるため、今後の提言に期待したい。

 筆者たちは地域高齢者を対象に毎日摂食する食品の種類の多さ(多様性)と生活機能の関連について調査研究を行った。その際、食品摂取の多様性を計るための尺度をつくった(図)。10種類の主要な食品をほぼ毎日食べると10点となる尺度である。

図:地域高齢者を対象とした毎日摂食する食品の多様性と生活機能の関連における調査研究を行う際の食品摂取の多様性を計る尺度を表す図。肉類、魚介類、卵類、牛乳、大豆・大豆製品、緑黄色野菜、海藻類、イモ類、果物、油脂類の10種類の主要な食品をほぼ毎日食べると10点となる。
図:食品摂取の多様性得点の算出方法
出典:熊谷修・柴田博ほか:日本公衛誌.50(11),1171,2003.

 分析の結果、食品摂取の多様性が高いほど長生きをし、健康寿命も長いことが明らかになった。筆者たちが長い間調査をさせていただいたある地域の高齢者平均値は6点台で、東京都のある区の高齢者平均値は5点台であった。しかし、"食の砂漠化"となった地域では3点台である。

(2013年7月発行エイジングアンドヘルスNo.66より転載)

筆者

筆者_柴田博氏
柴田 博(しばた ひろし)
人間総合科学大学保健医療学部学部長
1937年生まれ。北海道大学医学部を卒業した後、東京大学医学部第四内科医員、東京都老人研究所副所長(現在名誉所長)、桜美林大学大学院老年研究科教授(現在名誉教授)を歴任。2011年より人間総合科学大学保健医療学部学部長、大学院教授。高齢者の寿命と高い生活水準・社会貢献を促すために、東京都、文部科学省、厚生労働省などの研究プロジェクトのリーダーを務めてきた。

著書

『肉を食べる人は長生きする』(PHP研究所)、『中高年健康常識を疑う』(講談社)など多数

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.66

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