健康長寿ネット

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第1回 80歳でエベレスト登頂の秘密

白澤 卓二

白澤抗加齢医学研究所所長


遺伝的要因25%、環境的要因75%

 2013年5月23日、三浦雄一郎さんと次男の豪太さんは、親子同時でエベレストの山頂に立つという快挙を成し遂げた。三浦雄一郎さんは80歳で、70歳、75歳で2回のエベレスト登頂という自己記録を更新して今回3度目のエベレスト登頂に成功、世界最高齢でエベレストの登頂という金字塔を打ち立てた。この10年間、主治医の1人として医学的サポートを続けてきた私にとっても輝かしい業績となった。

 そもそも、私が三浦雄一郎さんと抗加齢(アンチエイジング)の共同研究を始めたのは約10年前のことだった。当時、100歳で元気に山スキーを楽しんでいたお父様である三浦敬三さん(2006年に101歳で没)の「長寿の秘密」を探るという研究からスタートした。

 当時、東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター研究所)で百寿研究を推進していた私は、「寝たきり」の状態で100歳の誕生日を迎えることではなく、元気に100歳の誕生日を迎えることこそ老年医学の重要な課題であると考えていた。実際に全国で5万人を超えた百寿者の多くが寝たきり状態。慶応大学の広瀬博士の最近の研究調査でも生活が自立している「元気な百寿者」は百寿者全体の18%に過ぎないことが明らかとされている。

 そのような現状の中、三浦敬三さんが100歳で元気に山スキーを楽しんでいる姿は、日本の国民に大きな夢と希望を与えていた。私の研究者としての役割は、医学的な観点から敬三さんの長寿の秘密を解析し、国民の誰もが実践できる形で還元することであった。

 「ローマは1日にしてならず」という故事があるが、敬三さんのパフォーマンスもその通りであった。長年培ってきた努力の結果、元気な100歳の姿があったのだ。もちろん敬三さんは素晴らしい遺伝子の保有者であったに違いないが、南デンマーク大学のクリステンセン教授の双生児の研究からも寿命を決めている要因の中で遺伝的要因は25%に過ぎず、残りの75%は環境要因であることがわかっている。

  私は三浦敬三さんや聖路加病院の日野原重明先生(2017年に105歳で没)などの元気な百寿者の環境要因から、「食事」「運動」「生きがい」の3要素を抽出し、長寿の柱として研究を進めている。

 当時、70歳でエベレストの登頂に成功していた三浦雄一郎さんにも別の意味での医学的課題があった。75歳でエベレストの再登頂をめざしていた雄一郎さんに心臓の不整脈が発見されたのだった。循環器内科の専門医に相談し内科治療を試みたが、平地では薬は奏効するものの6,000メートルの高所ではどの抗不整脈薬も役に立たなかった。最終的に土浦協同病院の家坂義人院長に心臓カテーテル手術を施してもらい不整脈を克服して、75歳でエベレストに再登頂することに成功した。

 山頂に立った三浦雄一郎さんが「涙が出るほど辛くて、うれしい」とインタビューに応じる姿を見たときは、主治医としても涙が出るほどうれしかったことを昨日のように鮮明に記憶している。

テロメラーゼの活性化が若さを保つ

 今回の遠征では、さらに新しい研究プロジェクトも進行している。今回の登頂メンバーに協力を得て長寿バイオマーカーであるテロメアを測定し、登山が寿命に与える影響を検討している。テロメアは染色体の末端にある繰り返し配列で、加齢とともに短くなることが知られている。つまりテロメアは命の回数券のようなもので、テロメアが長いヒトは長寿の傾向があることが報告されている。一方、テロメアは活性酸素に弱いことが知られているので、極端な低酸素に曝(さら)さらされるエベレスト登山では、山頂アタック時に発生する活性酸素でテロメアが短縮する可能性が指摘されている。

 しかし、もし三浦雄一郎さん率いるアタック隊のテロメアが短縮していなければ、低酸素刺激によりテロメアを長くする働きを持つテロメラーゼが活性化した可能性、あるいは高所順化の遺伝子であるヘムオキシゲナーゼ-1(H0-1)の働きにより活性酸素が中和された結果、テロメアが保護された可能性が考えられる。

 いずれにしても、三浦雄一郎さんのお父様であった三浦敬三さんが100歳で元気に山スキーを楽しんでいたことを考えると、登山やスキーには逆にテロメアを保護する役割が唆され、今回の研究の結果に大きな期待が寄せられている。

写真:エベレスト山頂に立つ三浦雄一郎氏と豪太氏
写真:エベレスト山頂に立つ三浦雄一郎さん(右)と豪太さん

 最近、テロメアを長くするテロメラーゼ酵素を組み込んだウイルスを使って動物が長生きできる可能性が報告され話題を呼んでいる。スペイン・マドリードの国立がん研究所のマリア・ブラスコ博士らの研究グループは、高齢期のマウスにテロメラーゼを活性化できるウイルスを感染させ、動物の寿命が長くなるかどうか検討した。

 その結果、50週齢(ヒトの年齢換算で30歳相当)のネズミにウイルスを感染させた場合はマウスの生存率が24%も延伸し、100週齢(ヒトの年齢換算で60歳相当)のネズミにウイルスを感染させた場合はマウスの生存率が13%延伸することがわかった。テロメラーゼが活性化したマウスは高齢期になっても骨密度が保たれ、骨粗鬆症が予防されていた。内分泌機能を調べた結果、インスリンの効きが保たれていて糖尿病が予防されていることがわかった。

 さらに回転する鉄棒に捕まっていられる時間を検討した結果、ウイルスに感染していない野生型のマウスに比べて約2.5倍も長く鉄棒に捕まっていることができた。つまり、テロメラーゼが体内で活性化すると、高齢期になっても運動機能が保たれ、さらに高齢期の病気が予防されていることがわかった。

 テロメラーゼの活性化は萎縮した脳の若返りにも有効性が報告されている。ハーバード大学のロナルド・デピニョ教授(現テキサス州ヒューストンのMDアンダーソン癌センター所長)は、やはりネズミを用いた実験でテロメラーゼ遺伝子を高齢期に活性化させると、脳の機能を保てるだけでなく、老化に伴い萎縮した脳を若返らせる効果があると報告している。若返った脳を詳細に調べると、脳の中で加齢に伴い減少するミエリンの量が若齢のマウスと同じレベルに増加していることがわかった。

 50歳を過ぎると脳ドックのMRI検査で脳に白い斑点が観察され「隠れ脳梗塞」または「ラクナ梗塞」と指摘される場合があるが、このような微小脳梗塞の多くは無症候性で自覚症状がなく、脳のミエリンの量が減少しているという報告がある。もし、テロメラーゼを活性化する方法が見出されれば、将来的に隠れ脳梗塞を克服できるかもしれない。登山の効果に期待が寄せられている。

筆者

写真:白澤卓二氏
白澤 卓二(しらさわ たくじ)
白澤抗加齢医学研究所所長
1958年生まれ。1990年、千葉大大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。東京都老人総合研究所を経て、2007年~15年、順天堂大学大学院医学研究科加齢制御医学講座教授。米国ミシガン大学医学部神経学客員教授、獨協医科大学医学部生理学(生体情報)講座特任教授、白澤抗加齢医学研究所所長。専門は寿命制御遺伝子の分子遺伝学、アルツハイマー病の分子生物学、アスリートの遺伝子研究。

著書

『腸を元気にしたいなら発酵食を食べなさい』『100歳までボケない101の方法』など200冊を超える。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.81

Aging&Health(エイジングアンドヘルス)No.81(新しいウィンドウが開きます)

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