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第3回 認知症の人の会話促進 CANDyの開発と意義

公開日:2025年10月27日 13時49分
更新日:2025年10月29日 11時31分

佐藤 眞一
大阪大学名誉教授、社会福祉法人大阪府社会福祉事業団特別顧問


 ある日、知り合いの女性の神経内科医が、「今日も患者さんに叱られちゃった!」と言うのを聞いた。なぜ叱られたのかと尋ねると、MMSE(Mini-Mental State Examination)という認知症の有無を判定する検査を初診の高齢男性に行ったところ、「なんで俺にそんなことを尋ねるんだ、馬鹿にするな!」と言われたとのことで、そのようなことは頻繁にあるというのだ。

 そこで私は、大阪大学で私の指導下で認知症の研究によって博士の学位を取得したばかりの大庭輝先生(現・弘前大学大学院保健学研究科教授)に、日常会話を分析して、認知症の有無を判定する検査を一緒に作成をすることを提案した。幸いにも日本生命財団から研究助成を得ることができ、精神科や神経内科の医師や心理士、施設の介護士、一人暮らし高齢者との会話を事業化していたベンチャー企業などにも協力を仰いだうえで、日常会話式認知機能評価CANDy Conversational Assessment of Neurocognitive Dysfunction)を作成して、2016年に公表し1)、その後、和文2)と英文3)の論文として発表した。世界初の認知機能検査をしない認知症のスクリーニング(判定)検査である。

 CANDyは、対象者との日常的な会話中に認知機能障害の特徴がどの程度見られるか評価する尺度である。公開しているCANDyのマニュアルには、全15項目とその項目が測定する内容、神経認知領域、および各項目の会話の例と評価のポイントが示されている。CANDy全項目をここに示す紙幅がないため、例として最初の5項目とその項目が評価している神経認知領域を示す。なお、日常的に会話をする関係性であれば、印象による回答でもその精度が確認されている。

  1. 会話中に同じことを繰り返し質問してくる(記憶障害)
  2. 話している相手に対する理解が曖昧である(人物誤認)
  3. どのような話をしても関心を示さない(興味・関心の喪失)
  4. 会話の内容に広がりがない(思考の生産性・柔軟性の障害)
  5. 質問をしても答えられず、ごまかしたり、はぐらかしたりする(取り繕い)

 以下には会話の例として「項目5.取り繕い」に関して作成した施設スタッフと利用者の会話を示す(大阪弁ですが......)。会話のやり取りがちぐはぐになっている程度と頻度を評価することになる。

スタッフ:ご気分はどうですか。

利用者:良くないわ。もうすぐ、あっこ行かなあかんやろ。

スタッフ:そうですか。どこに行くんですか?

利用者:どこ、いうこともないけど、行かなあかんやろ。みんな行けいうし。

スタッフ:誰が行けっていうんですか?

利用者:誰ということはないけど、みんな言うわな。

 このような経緯から作成したCANDyだが、意外な副次的な意義のあることがわかった。ひとつは、シカゴで開催された国際アルツハイマー病協会の世界大会でCANDyを発表した時のことである。中東のある国の精神科医が近寄ってきて、私の国は、今は産油国として豊かになったが、高齢者はきちんとした教育を受けたことのない人が多いため、MMSEのような「テスト」を実施できなくて困っていたが、CANDyなら可能なのでとても助かるとのことだった。

 もうひとつは、ある病院の心理士から言われたことである。その病院の神経内科では大学院在学中の新人医師が派遣されて認知症の臨床を行っているが、高齢者と上手に話ができないことに悩んでいるようだったので、CANDyを試してみることをアドバイスしたところ、話題に困らなくなった、と感謝されたとのことであった。高齢者施設でも新人職員にCANDyを実施してもらうと、認知症の人との会話の練習になるので研修用にも役立つと言ってもらえた。また、特養の職員からは、利用者と話をしていると仕事をサボっているように思われるのが心配だったが、CANDyを実施していれば、業務の一環として利用者との会話ができると喜んでもらえた。

 文献を調べてみると、認知症の人は、普段、家族からも施設の職員からも介護の指示を受けることはあっても、日常的な何気ない会話をすることがほとんどないことがわかった。認知症の人は、会話がないことによって「ひとりぼっち」になってしまっていることの問題に気づき、共同研究者の大庭先生とともに心理学的な調査と考察を重ねて、これまでに書籍4)5)や論文6)として、あるいは講義や講演でも認知症の人にとっての会話の重要性を指摘するようにしている。

 ところで、作成から9年を経た今頃になって、CANDyへの問い合わせが急に増えてきたことに驚いている。高齢者を顧客とする企業や、AIを搭載するロボットやアプリの開発事業者からの問い合わせが、国内だけでなく、海外からも複数あった。超高齢社会では、認知症は他人事ではない。その人なりの意思と個性を有する隣人である認知症の人の心の内を、会話を通じて知りたいと思う人が増えてきたのだとしたら、とても嬉しく思う。

 なお、CANDyのダウンロードは、CANDy(日常会話式認知機能評価)公式ホームページ(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)から可能(要登録、無料)。

文献

  1. 佐藤眞一(研究代表者): 日常会話形式による認知症スクリーニング法の開発と医療介護連携. 第24回ニッセイ財団高齢社会ワークショップ研究助成成果報告, 2016 (PDF:1.5MB)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2025年9月22日閲覧)
  2. 大庭輝, 佐藤眞一, 数井裕光 他:日常会話式認知機能評価(Conversational Assessment of Neurocognitive Dysfunction;CANDy)の開発と信頼性・妥当性の検討. 老年精神医学雑誌 2017;28(4): 379-388.
  3. Oba H, Sato S, Kazui H, et al.:Conversational assessment of cognitive dysfunction among residents living in long-term care facilities. International Psychogeriatrics 2018;30(1):87-94.
  4. 佐藤眞一, 認知症の人の心の中はどうなっているのか? 光文社新書, 2018.
  5. 大庭輝, 佐藤眞一, 認知症plusコミュニケーション 怒らない・否定しない・共感する. 日本看護協会出版会, 2021.
  6. Oba H, Sato S, Narumoto J, et al.:Inter-Rater Reliability of the Conversational Assessment of Neurocognitive Dysfunction(CANDy). Psychogeriatrics 2023;23(4) 667-674.

著者

さとうしんいち氏の写真。
佐藤 眞一(さとう しんいち)
 早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(医学)。東京都老人総合研究所研究員、マックスプランク人口学研究所上級客員研究員、明治学院大学心理学部教授、大阪大学大学院人間科学研究科教授などを経て、現在、大阪大学名誉教授、社会福祉法人大阪府社会福祉事業団特別顧問。専門は老年心理学、老年行動学。『心理老年学と臨床死生学』(ミネルヴァ書房)、『老いのこころ--加齢と成熟の発達心理学』(有斐閣)、『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』(光文社)、『心理学で支える認知症の理論と臨床実践』(誠信書房)など著書多数。

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2025年 第34巻第3号(PDF:5.7MB)(新しいウィンドウが開きます)

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