健康長寿ネット

健康長寿ネットは高齢期を前向きに生活するための情報を提供し、健康長寿社会の発展を目的に作られた公益財団法人長寿科学振興財団が運営しているウェブサイトです。

第3回 「人生の絶景」と仲間たち

公開日:2019年10月10日 10時27分
更新日:2022年11月30日 11時49分

沖藤 典子(おきふじ のりこ)

ノンフィクション作家


誰かと喋りたい

 1日中、誰とも喋らない日がある。

 そんな時は、お口の体操「パ・タ・カ・ラ」をやったり、友人にそそのかされて(?)しぶしぶ始めた詩吟の練習などで口を動かし、声を出す。

 あれこれやってみるが、お口の運動には、人様(ひとさま)とのお喋りが一番いいと、しみじみ思う。

 「誰かと喋りたいなあ」

 同じ分野に関心があって、言葉のキャッチボールのような会話ができて......。そんな日があると、ほんとうに胸が満たされ幸せである。

 ある人が、「女性は、なぜ長生きなのか」という問いに、「お喋りをして、よく笑い、よく食べるから」と教えてくれた。ひとり暮らしの難敵は、「お喋りと笑いがない」ことかもしれない。

 友人などとの連絡は、声よりもメールでのやりとりが多くなった。"文字会話"ともいうべき状況。安全であるし、嬉しいけど、淋しいような、物足りないような......。

お喋りの中に「人生の絶景」が

 ある有料老人ホームに住む93歳の女性の、お話ボランティアをさせていただいたことがある。

 彼女は80歳にして、病気で視力を失った。しかし愚痴をこぼすこともなく、そのお年とは思えないほど、背骨をきちんと立てた姿勢だった。口跡も明瞭、認知症は影もなかった。時に「家に帰りたい」ということもあったが、その「家」とは、近県に住むお嬢さんの家。続けて、「私がいれば、迷惑かけるからねえ......」と呟くのだった。

 月1回の訪問で1時間。いつも待っていてくれて、時間が過ぎても帰してくれないことがたびたびあった。彼女もお喋りに飢えていた。一緒に歌を歌うこともあった。

 話の多くは繰り返しで、昭和天皇がお泊りになったという生家の繁栄。少女の頃に亡くなったお姉様のこと、両親のこと、親族のこと。戦争中のこと。生家の誇りが彼女の背骨をピンとさせているのだろうか。夫さんのお話は、今思い出してみれば、ほとんどなかったなあ。

 話しているうちに、ご実家の跡取りさんと、私の大学時代の恩師とが、現在同じ区の同じ町内会にいると知った。現在も親交があるという。

 なんというご縁のふしぎ。私には時空を超えた出会い、まさに「人生の絶景」ともいうべき話がいくつかあるが、この時も「絶景」だと思った。

 「お喋りの中に、絶景あり」

 3年ばかりした頃、私の夫の突然の発病により辞退させていただいたが、心残りだった。

 お話ボランティアは人気で、この方の前には男性のお話を伺いに通った。元セールスマンで、現役時代のセールス・トークを見事に話してくださった。やはり人は、「会って、顔を見て話す」「自分の過去を語る」ことで、元気になると実感した。やがて入院されて、お別れとなったのだが。

「ママ友」と「大勢」

 元気にひとり暮らしするには、キーワードが2つあると、友人が教えてくれた。

 「ひとつは、ご飯を一緒に食べる仲間、つまり飯(マンマ)を一緒にする"ママ友"。もうひとつは月に1回でもいいから、"大勢"の中に身をおくこと。そういう時間を持つこと。この2つがひとり暮らしを元気にするのよ」

 これがお喋り欲求と笑い欲求を解消する秘訣。

 「つまりさあ、"心の栄養"よ」

 私も、10人程度の食事会が月2回はある。違うグループで、ひとつは昼食。ひとつは夕食。"大勢"のほうは、学習会や映画など、人様の「気」に触れるような場所へ。

 「持つべきはママ友と大勢」

 胸に染みる言葉である。

大勢の仲間と海外研修

 いろいろなご縁に恵まれて、学習グループや読書会などをやってきたが、その中でも忘れられないのは、地元の学習グループの女性たち20人ほどとのスウェーデン、ノルウェーの女性政策の研修旅行である。

写真:スウェーデンとノルウェーへの女性政策の研修旅行にて、ノルウェー国立女性博物館裏庭で撮った筆者と館長さんと仲間との集合写真。
ノルウェー国立女性博物館裏庭で館長を囲み。2列目、右から3番目が私

 感激したのは、ノルウェーの国立女性博物館。館長さんは気さくな方で、大歓迎してくれた。

 「大型バスで来たのは、あなたたちが初めてです」

 私たちを興奮させたのは、展示されている昔の台所用品の数々が、当時の日本とほぼ同じことだった。洗濯たらい、洗濯板、炭を入れるアイロンやコテ、調理器具のさまざま、過労のあまり囲炉裏端(いろりばた)で倒れている女性(模型)......。日本の前近代の女性と同じ苦しみ、激しい労働が、この国の女性にもあった。

 悲惨だったのは、むごい中絶用品の展示。中世から近代にかけて、中絶は死刑。犠牲になった女性の人形模型があった。兵士が首を槍(やり)の先に刺して、高くかかげており、その苛烈さに息を呑んだ。

 学習グループが発足して16年、会報も年4回発行、64号になった。自分の住む地域に仲間がいるということは、なんという幸せだろう。ただ問題はみんな忙しくて、ヒマ人の私をなかなか相手にしてくれないことなのだが。


 人生とは、ご縁によってつながっていくものと実感する。ふしぎなご縁もたくさんあった。

 ひとり暮らしになって以来、あれこれのご縁の渦の中から、あの方、この方、あの時、この時と思い出すことが多い。もちろんいやな出会いもあった。それらを全部ひっくるめて思う。

 「どの方とのご縁も、人生の絶景だったなあ」

 何よりも同じ思いの仲間がいる、程よい距離での励ましもある。これこそが人生の恵みだとしみじみ思い、誰とも喋らない1日も多彩となる。

著者

筆者_沖藤典子氏
沖藤 典子(おきふじ のりこ)
ノンフィクション作家
1938年北海道生まれ。北海道大学文学部卒業。ノンフィクション作家。日本文芸家協会会員。共同参画市民スタディ21代表。(株)日本リサーチセンター調査研究部、大学非常勤講師などを経て現職。
1979年、女性の社会進出をテーマに書いた『女が職場を去る日』(新潮社)を出版し、執筆活動に入る。以後、女性の生き方や家族の問題、シニア世代の研究、介護問題などに深い関心を寄せ、旺盛な執筆、市民活動を続けている。

著書

『介護保険は老いを守るか』(岩波新書・第8回生協総研賞)、『楽天力~上手なトシの重ね方』(清流出版)など多数。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.91(PDF:4.8MB)(新しいウィンドウが開きます)

無料メールマガジン配信について

 健康長寿ネットの更新情報や、長寿科学研究成果ニュース、財団からのメッセージなど日々に役立つ健康情報をメールでお届けいたします。

 メールマガジンの配信をご希望の方は登録ページをご覧ください。

無料メールマガジン配信登録

寄附について

 当財団は、「長生きを喜べる長寿社会実現」のため、調査研究の実施・研究の助長奨励・研究成果の普及を行っており、これらの活動は皆様からのご寄附により成り立っています。

 温かいご支援を賜りますようお願い申し上げます。

ご寄附のお願い(新しいウインドウが開きます)

このページについてご意見をお聞かせください