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第2回 日本人のあの世(よ)観

公開日:2021年7月 9日 09時00分
更新日:2021年7月14日 14時28分

柏木 哲夫
淀川キリスト教病院名誉ホスピス長


 元検事総長伊藤栄樹氏は、62歳のときに盲腸がんになった。医者との会話から、早くて数か月、長くて2~3年の命だと判断する。そして、『人は死ねばゴミになる』という書籍の中で、彼はこう語る(伊藤栄樹著,小学館文庫,1998,70-72)。

 「ぼつぼつ一番大事なことに決着を付けておかなければならないと思い至った。つまり、私自身、まもなく間違いなくやってくる自分の死をどのように納得するかということである」

 自身の家は浄土真宗の門徒であると前置きして、「しかし、仏教という宗教を信じているわけではない。僕は、神とか仏とか自分を超えたところに存在するものにすがって心のなぐさめを得ようという気持ちには、とうていなれそうにない」

 「僕は、人は、死んだ瞬間、ただの物質、つまりホコリと同じようなものになってしまうのだと思うよ。死の向こうに死者の世界とか霊界といったようなものはないと思う。死んでしまったら、当人は、まったくのゴミみたいなものと化して、意識のようなものは残らないだろうよ」と、霊魂や死後の世界を否定する。

 それに対して妻は、「でも、あなたのような冷たい考え方は、いやよ。死んでからも、残された私たちを見守っていてくれなくては、いやです」と言うのだが、伊藤氏はあくまでも霊魂を否定する。

 人は死ねばゴミになると思っている人はそれほど多くはないと思うが、死後の世界はないと思っている人はかなり存在する。それと同時に死後の世界の存在を信じている人もある。

「あの世」の存在が曖昧な日本人

 日本人は、どんな「あの世(よ)観」を持っているのだろうか。それは時代の流れとともに変化するのだろうか。40年ほど前に約5千人の一般の人々を対象にあの世観を調査したことがある。「死後の世界はあると思いますか」という問いに対して「はい」と答えた人が32.4%、「いいえ」が23.9%、「わからない」が43.7%であった。2000年の電通総研の調査によると、それぞれ31.6%、30.5%、37.9%となる。統計数理研究所の最近の調査によると、「はい」と答えた人が約40%に増えている。

 この数字をどう解釈するかはむずかしい。数字のうえでは、死後の世界はないと思う人がやや増え、「わからない」が減ったといえる。死後の世界の存在を信じている人が40%もいるのかと思う人もあれば、40%しかいないのかと思う人もあるであろう。

 ただはっきりしているのは、「わからない」と答えた人の比率が高いということである。これは世界一なのではなかろうか。ちなみにアメリカ人の場合、「はい」は77%、「わからない」は7%である。日本人は、神の存在や死後の世界に対して、存在するともいえるし、存在しないともいえるという立場をとっているようにみえる。悪くいえば、どっちつかずの見方で他国から理解不能な民族と捉えられる傾向があるともいえるし、よくいえば、存在を証明できない以上、どっちでもよいではないかと柔軟に考えている民族であるともいえる。

母が向こうで待っている

 多くの看取りの中でさまざまな「あの世観」に接した。奥さんを数年前に亡くした80歳代の末期胃がんの患者さん。衰弱が進み、周りの声は聞こえるが、ほとんど自分では声が出せない状態になった。献身的な看護をしていた娘さんが、とても優しい声で患者さんに「お父さん、お母さんが向こうで待ってるから、心配せんでええのよ」と言った。患者さんは小さく、しかし、はっきりとうなずいた。言葉にはならなかったが「うん、わかった」という意味のうなずきと感じた。

 彼女は「あの世」のことを「向こう」と言った。その表現の中に「向こう」はこの世と地続きである感じがあった。ひょっとすると「向こう」は西の方なのかもしれない。私は「西方浄土」という言葉を思い出した。「あの世」では、先にこの世を去った人たちが、この世とそれほど変わらない生活をしており、この世から来る人を待っている。死という言葉を直接使わず「お迎えが来る」とよくいうが、人がこの世で死を迎えたときに、あの世から使者が来てあの世に連れていくということで、日本人の「あの世観」につながるものである。

死は門

 多くの日本人はそれほどはっきりしたイメージではないが、西の山のずっと向こうに「あの世」があるような感覚を持っているような気がする。葬儀のときの弔辞を聴いていると、もうこの世にはいないが地続きのあの世へ旅立った故人に対して話しかけている感じがする。

 アカデミー賞を取った映画『おくりびと』の中に、日本人の死の捉え方、あの世観が見事に示された場面があった。銭湯を経営していたお母さん(吉行和子さん)を亡くした息子さん(杉本哲太さん)と、銭湯の常連客だった火葬場の職員(笹野高史さん)が火葬場の火葬炉の前で会話する場があった。職員は「門」という言葉で死を語った。

 「死というのは、門だと思う。みんなこの門をくぐって向こうへいく。私は門番として、この門からたくさんの人を向こうに送った。私もこの門から向こうに行く。そしたら、私が送った人と向こうで会えるだろう」

 これは日本人の代表的な死生観だと思う。母親を失くした幼稚園児に父親が「ママはお星様になってお空からボクを見守ってくれているからね」と言った。「ボク」は納得したようにうなずいた。

アニミズム

 先述の電通の調査では、30.5%の人が死後の世界はないと思っている。言い換えると、約70%の人は死後の世界はあると思っているか、あるかもしれないと思っている。この意味では、伊藤氏は少数派に属するのかもしれない。しかし、死後の世界の有無と死んだ人はどのようになるのかとは少し違うように思う。「お母さんが向こうで待っている」と言った娘さんは、明らかに死後の世界(あの世)を信じている。伊藤氏の妻は「死んでからも、私たちを見守っていてほしい」と言っている。死んだ人が「あの世」に行くかどうかは別にして、なんらかの存在様式(たとえば霊魂)をとり、見守ってほしいと希望している。

 このような一連の考えはアニミズム(あらゆる現象・事物に霊魂の存在を認める考え方)に通じる。日本の文化の中にアニミズム的要素がかなり存在するといわれている。かつてアメリカに留学中、このことが話題になり、私はその例として2つのことを話した。「一寸の虫にも五分の魂」と「針供養」である。虫にも針にも魂が存在するという考えである。アメリカ人の友人は目を丸くして私の説明に興味深そうに聴き入った。

著者

写真:柏木哲夫氏
柏木 哲夫(かしわぎ てつお)
 淀川キリスト教病院名誉ホスピス長、大阪大学名誉教授。1939年生まれ。1965年大阪大学医学部卒業。同大学精神神経科に勤務後、ワシントン大学に留学。1972年帰国後、淀川キリスト教病院に精神神経科を開設。1984年淀川キリスト教病院ホスピス長、1992年大阪大学人間科学部教授、2004年金城学院大学学長、2013年淀川キリスト教病院理事長を歴任。

著書

『死にゆく人々のケア―末期患者へのチームアプローチ』(医学書院)、『死を看取る医学』(NHK出版)など多数。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.98(PDF)(新しいウィンドウが開きます)

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