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第4回 笑い・ユーモアとホスピスケア

公開日:2022年1月14日 09時00分
更新日:2022年1月13日 13時40分

柏木 哲夫
淀川キリスト教病院名誉ホスピス長


はじめに

 上智大学の名誉教授であったアルフォンス・デーケン先生(2020年逝去)は死生学とユーモア学の大家である。先生は、ドイツのユーモアの定義は2つあると言われる。1つは「ユーモアとは愛と思いやりの現実的な表現である」というものであり、もう1つは「ユーモアとは、にもかかわらず笑うことである」というのである。臨床の現場で多くの患者さんに接してきて、デーケン先生のユーモアの定義は「まさにその通り」と腑に落ちる。臨床の現場で私が遭遇した川柳を紹介する。

医者にお守り

 若くて、やや頼りなさそうな主治医は患者にとっては不安である。まして手術の執刀医がそんな感じだと、患者はとても不安になる。しかし、「先生は大丈夫ですか?」と直接医者に尋ねるのはタブーである。ところが、ユーモアを用いればこのタブーへの言及ができる。関西のある病院で起こった実話を紹介したい。直腸がんの手術を受ける中年の男性患者が、若い(若くみえる)執刀医に対して、大丈夫だろうかとの不安を抱いた。手術の前日になって、不安が高まり、それを紛らわすために、1つの川柳をつくって看護師に渡した。

お守りを 医者にも付けたい 手術前

 看護師は思わず「クスッ」と笑った。そして、執刀医に「あの患者さん、これを先生に見せてほしいと言われて......」と言って、手渡した。医師も「クスッ」と笑った。彼は、幸いなことにユーモアのセンスを持っていた。すぐに患者さんのところへ行った。そして、「川柳みましたよ」と。患者は「先生、すみません、失礼だとは思ったのですが......」と。「いえ、いえ、いいんですよ。私は、若く見えるのですが、かなり歳はくっているのです。それに、自分で言うのも変ですが、直腸がんの手術にかけては、一応、関西では一番うまいと言われているんです」と大嘘をついた。患者はこの医師の対応にとても安心した。関西で一番うまいというのは冗談で、ただ、自分を安心させるために言ってくれたとわかったのである。デーケン先生の言う「思いやりの現実的な表現」ということになる。

トロなら通る

 もう1つ、私自身の経験を紹介したい。ホスピスを始めたばかりの頃、食道がんの末期で入院してきた中年の婦人があった。食道の狭窄が進んで、固形物がまったく喉を通らなくなってしまった。なんとかならないかと思いながら患者さんのベッドサイドへ行き、「いかがですか?」と声をかけると患者さんは、「全然モノが通らないんです」と悲しそうに答えた。

 その時、私はふと小さなユーモアが思い浮かんで、「トロぐらいなら、ひょっとするとトロトロと通るかもしれませんよ」と言った。すると患者さんは、「そうですね、私も1日トロトロ寝てないで、トロにでも挑戦してみますかね」とユーモアで返してくれた。さらにそばにいたご主人が「私もトロい亭主ですけれど、トロぐらいだったら買いに行けますよ」と言った。その後、ご主人がトロを買ってきて患者さんに食べさせてみたところ、トロが文字通りトロトロと喉を通ったのである。ほんの小さなエピソードにすぎないが、「思いやりの現実的な表現」としてのちょっとしたユーモアが起こした奇跡なのかもしれない。

 ある雑誌の対談でこの話を故河合隼雄先生(臨床心理の大家、元文化庁長官)にしたところ、先生から「これは、主治医のユーモアのセンスが患者の食道をトロかした貴重な症例ですね」とコメントをいただいた。私は、河合先生のユーモアのセンスに感動した。

四季(死期)がない川柳

 死期が迫っているにもかかわらず、すばらしいユーモアのセンスを披露してくれる患者さんに出会うと感動する。58歳の直腸がんの末期の男性の話をしたい。衰弱が進んで残り時間が1か月くらいかと思われるある日の回診でのことである。診察が終わり、趣味の話になった。彼は俳句が趣味で、これまでにも何回か新聞の俳句欄に当選したことがあるという。そんな彼が「先生、私この頃俳句よりも川柳のほうがいいと思いだしました。俳句というのは季語というように、春夏秋冬という季節に縛られるのです。四季にうるさい。その点川柳は季節を考えなくていいですよね。私のような末期の患者は四季(死期)がないほうがいいんです」と言った。私は、死が迫っていることを自覚しながら、このようなユーモアの心を失わない彼の心の強さに感動を覚えた。

 この日をきっかけにして彼と私の「川柳交換会」が始まった。回診のたびにお互いに一句ずつ川柳を交換するという約束である。たとえば、ある日私が彼に提供(?)した句は、以前患者から聞いた愚痴を題材にした「見舞客 身の上話 して帰り」という句であった。彼の句は「寝て見れば 看護師さんは 皆美人」であった。そばにいた看護師が「座ったらダメということ?」と間髪を入れず尋ねると、彼は「いえ、いえ、そんなことはないのですが......」とやや慌てて答えたので、病室は笑いの渦になった。

寝正月

 彼と私の川柳のやりとりを見ていた奥さんが、「先生、私も川柳の勉強をします」と宣言した。「どうぞ、どうぞ」と答えると、しばらくして枕元に『川柳入門』という本が置かれていた。彼の衰弱が進み、最後の正月を家で過ごせるかどうかが問題になった。患者はたとえ寝正月になっても最後の正月を家で過ごしたい、奥さんもなんとか家で最後の正月を迎えさせたい、われわれもなんとかそうしてもらいたいと思った。少し不安だったが帰ってもらうことにした。彼は2泊3日の外泊から無事帰院した。衰弱はさらに進んでいたが、何はともあれ、最後の正月を家で過ごせたのはとてもよかった。奥さんは「ほんとに、ありがとうございました。おかげさまで、寝正月でしたが、なんとか正月を家で過ごすことができました。主人の姿を見ていて、私も川柳を1つつくりました。私の処女作です」と言って、色紙にきれいな毛筆で書いた川柳を差し出した。すばらしい句であった。

がん細胞 正月ぐらいは 寝て暮らせ

 私はこの句を見て、初めプッと笑った。面白い句である。しかし、句をじっと見ていると、奥さんのつらさ、切なさ、やるせなさ、悲しさ、寂しさなどが句の背景にあることを感じ、熱いものがこみ上げてきた。「がん細胞よ、お前は自己増殖をして、どんどん大きくなり、私の大事な主人をこんなに弱らせ、寝正月の状態ではないか。お前もそんなに自己主張ばかりせず、正月ぐらいは寝て暮らしてくれよ」といった意味なのであろう。奥さんはこの句をつくることによって自分のつらさや、やるせなさを少し横へ吹き飛ばすことができた。川柳でつらさが解消するわけではないが、少なくともそれが軽減するのである。

著者

写真:柏木哲夫氏
柏木 哲夫(かしわぎ てつお)
 淀川キリスト教病院名誉ホスピス長、大阪大学名誉教授。1939年生まれ。1965年大阪大学医学部卒業。同大学精神神経科に勤務後、ワシントン大学に留学。1972年帰国後、淀川キリスト教病院に精神神経科を開設。1984年淀川キリスト教病院ホスピス長、1992年大阪大学人間科学部教授、2004年金城学院大学学長、2013年淀川キリスト教病院理事長を歴任。

著書

『死にゆく人々のケア―末期患者へのチームアプローチ』(医学書院)、『死を看取る医学』(NHK出版)など多数。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&HealthNo.100(PDF:6.8MB)(新しいウィンドウが開きます)

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