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第1回 世界最大級の睡眠負債大国日本

公開日:2022年4月15日 09時00分
更新日:2022年11月11日 09時51分

白川 修一郎
睡眠評価研究機構代表


睡眠負債の概念の定着

 「睡眠負債」という言葉を最近よく耳にする。しかし、一般に定着したのは、2017年からである。「睡眠負債」は英語のsleep debtの直訳で、睡眠の研究者間では古くから常識的な言葉であった。1960年代に出版された、睡眠研究者のバイブルのようなクライトマン教授の「睡眠と覚醒」にも出典がある。筆者らが企画した睡眠負債が、2017年6月の日曜日の「NHKスペシャル」で放映された。そのインパクトが強かったためか、その後、他の民放でも盛んに睡眠負債に注目した番組が放映され、週刊誌やネット記事でも取り上げられた。その結果、ユーキャン流行語の大賞トップ10に選ばれ、一般に定着していったと思われる。

気づきにくい睡眠負債

 徹夜や数時間の睡眠しかとれなかった翌日は、睡眠不足を自覚して危険な作業や重要な判断を避けることができる。また、筋肉疲労や過労では、疲労感が強く脳が気づくので、どうにかしようとする。怖いのは、気づきにくい程度の睡眠不足が蓄積する場合である。睡眠負債が蓄積すると脳の働きが低下し、そのような状態の脳は、脳自身の機能が鈍くなっていることを把握できないためである。

睡眠の時間不足や質的悪化の蓄積による睡眠負債

 睡眠負債は、「本来必要とされる睡眠時間の不足が累積した状態」として、まずは定義されていた。大多数の成人では、脳と体を健常に働かせるためには7時間前後の睡眠を必要とする。7時間の睡眠を必要とする人が、6時間未満の睡眠を続けていれば睡眠負債が蓄積することになる。

 中途覚醒や睡眠分断、あるいは閉塞性睡眠時無呼吸や不眠のような睡眠障害で、睡眠が質的に悪化し本来の役割を果たせない状態が続いたときにも睡眠負債が蓄積する。典型例は閉塞性睡眠時無呼吸で、睡眠中に呼吸が頻回に止まり睡眠が分断されてしまうと、どんなに長く眠っていても睡眠の役割を果たすことはできない。高齢者にしばしば見られる、数回以上の夜間頻尿による睡眠分断でも同様である。これらの疾患では、就床・起床時刻から算出する睡眠時間は長めのことが多く、睡眠の量だけでは睡眠負債が蓄積していることは見過ごされやすい。

 日本の労働者の20%以上にもなる深夜勤を含む交代勤務でも、体の内部の体温やメラトニン分泌のリズムと睡眠とが合致せず生体リズムの同調に不具合が生じて、睡眠の質的悪化が見られることが多い。このような状態が続けば、睡眠負債が蓄積することになる。

成人に必要な睡眠時間

 人間が脳と身体を健康に保つためにどのくらいの睡眠時間が必要かは、これまで数多くの睡眠の疫学研究や実験研究で明らかとなっている。公的機関がサポートする米国睡眠財団が、信頼できる多くの国際学術論文から睡眠時間の心身の健康への影響を検討して、年代ごとの推奨睡眠時間と限界範囲を2015年に報告している。推奨される睡眠時間は、18~64歳は7~9時間、65歳以上は7~8時間としている。また、18~64歳は6時間未満で、65歳以上は5時間未満で健康被害のリスクが高まると指摘している。

睡眠負債大国日本

 日本は睡眠時間が最も短い国の1つである。2020年からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行以降、一部の労働者はテレワークによる在宅勤務が増え、睡眠時間が延長したとの調査結果がある。一方で、就寝時刻の後退、睡眠習慣の不規則化、運動不足、光曝露量の不足、閉じこもりストレスなどにより不眠愁訴は増えているとも報告されている。また、テレワークによる在宅勤務は、一部の労働者に限られているのが日本の現状である。在宅勤務ができない多くの人は、COVID-19流行のストレスや生活の不安から、睡眠不足に加え、睡眠の質も低下した状況にあるものと推定されている。

 日本が世界最大級の睡眠負債大国である証拠はいくつも存在する。OECD(経済協力開発機構)が、2009年に加盟国の睡眠時間を国際比較して報告した。日本は韓国に次いで睡眠時間が短く、先進国でも特に睡眠が不足している国の1つであった。ちなみに、日本の自己申告による健康感は、OECD加盟国中スロバキアに次いで低かった。さらに、2018年のOECD加盟国の睡眠時間の国際比較では、睡眠時間の短さは、日本は韓国を抜きOECD加盟国中の第1位であった。

 厚生労働省の平成29年「国民健康・栄養調査」によれば、20歳以上の男性36.1%、女性42.1%の睡眠時間は6時間未満であるとされている。米国睡眠財団の報告で、18~64歳の成人において6時間未満の睡眠では健康被害のリスクが高まることを指摘しており、日本人の4割近くが問題となる睡眠時間しかとれていないことになる。また、同調査で、20歳以上の女性20.3%、男性20.1%がここ1か月間、睡眠で休養が十分にとれていないと報告していた。40歳代と50歳代の男女では3割近くが睡眠で休養がとれていなかった。

 このように、日本は世界最大級の睡眠負債大国であり、睡眠負債の社会への影響、あるいは健康へのリスクが極めて大きい国である。

著者

しらかわしゅういちろう氏の写真
白川 修一郎(しらかわ しゅういちろう)
 睡眠評価研究機構代表、日本睡眠改善協議会理事長、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所客員研究員。医学博士。専門は睡眠とメンタルヘルス。1977年東京都神経科学総合研究所研究員、1991年国立精神・神経センター精神保健研究所老人精神保健研究室長、2012年より睡眠評価研究機構代表、2016年より日本睡眠改善協議会理事長。主な著書に『ビジネスパーソンのための快眠読本』(ウェッジ)、『命を縮める「睡眠負債」を解消する』(祥伝社)などがある。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.101(PDF:27.5MB)(新しいウィンドウが開きます)

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