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第4回 睡眠負債への対策(2)

公開日:2023年1月13日 09時00分
更新日:2023年3月14日 13時56分

白川 修一郎
睡眠評価研究機構代表


睡眠負債の蓄積の原因

 睡眠負債の蓄積の原因は、①睡眠時間不足の連続、②睡眠障害、夜間頻尿や疾病などによる睡眠の分断や質的低下の持続、③不規則な睡眠習慣や交代勤務等の生体リズムの乱れによる睡眠の質の悪化の持続に大別される。①~③の場合それぞれで、睡眠負債蓄積の解消法は異なる。①と②の対策については前号で述べた。本稿では、③の対策について記述する。

乱れた生体リズムによる睡眠負債蓄積

 人間の生命現象の多くは、リズム現象で構成されている。自身で測って実感できるリズム現象に、心臓の拍動や呼吸のリズムがある。睡眠と密接に関係しているリズム現象は、約24時間の周期で変動する概日リズム(サーカディアンリズム)(新しいウインドウが開きます)である。概日リズムは体内時計により駆動され、その主時計は脳の視床下部の視交差上核に存在する。主時計は、深部体温リズム、メラトニン分泌リズム、副腎皮質ホルモン分泌リズム、抗利尿ホルモン分泌リズムなどを強く支配している。睡眠・覚醒リズムは主時計以外の脳内の体内時計が関与し、脂質や糖質の代謝リズムは肝臓や小腸に存在する別の体内時計が支配している。これらの体内時計が正常に同調して働いていれば、体の生命現象は適切に働く。不規則な睡眠習慣や交代勤務等で生体リズムに乱れが生じると、睡眠の安定性が損なわれ、睡眠の分断や持続困難性が生じ、睡眠の役割を十全に果たせなくなる。すなわち、睡眠時間が不足し、睡眠の質も悪化し、睡眠負債が蓄積することになる。

不規則な生活習慣や交代勤務による生体リズムの乱れ

 休日(休養日)を含め、夜毎の睡眠中点(就眠から起床までの中間点の時刻)に2時間以上の差がある不規則な睡眠習慣では、生体リズムが乱れる可能性がある。就寝時刻や起床時刻が大きく乱れると、体内に多数存在する体内時計に支配されるさまざまな生命現象の変動が、正常に同調して働かないことが多く、睡眠負債が蓄積する原因となる。したがって、深夜勤、遅出、早出の交代勤務のスケジュールでも、生体リズムの乱れが生じる。しかしながら、深夜勤を含む交代勤務者でも、海外旅行時の時差障害と異なり、明暗周期を同調因子(体内時計の調整を行う外部環境要因)とする視交差上核に支配される深部体温リズムの位相(最高・最低ピークの時点)は、日勤者と大きく異なることはない。一方で、深部体温の日内変動のメリハリは低下する(van Loon JH, et al., Ergonomics 1963)。完全に昼夜が逆転した常夜勤の労働者でも、日勤者と変わらぬ明暗周期に日常的に曝され、休養日には日中に活動し夜間に就眠することも多いからである。なお、深夜勤を含む交代勤務者の対策については、誌面の都合で割愛する。

乱れた生体リズムによる睡眠負債への対策

1. 生体リズムの規則性をできるだけ保つように努力する

 朝あるいは午前中に太陽光をできるだけ浴びることで、深部体温、尿量や一部のホルモン分泌および眠気のリズムを整えメリハリをつけることができる。交代勤務や不規則な生活習慣では、ある日は1食、ある日は4~5食というように食事のタイミングと回数が不規則になりがちである。朝食と夕食のタイミングの規則性をできるだけ保つことで、脂質や糖質等の代謝リズムを調整し強化することができる。休日に睡眠負債を返済するために、起床時刻が2時間以上遅くなると社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ)が生じる(Roenneberg T, et al., Biology 2019)。一方、1時間早く就寝し1時間遅く起床すれば、ソーシャル・ジェットラグを避け、睡眠負債を2時間返済できる。

2. 自分の睡眠履歴を記録し管理する

 毎日の眠った時間帯と食事の時間や排便の時間を記録しておくと、自分の睡眠負債蓄積レベルと生体リズムの状態を把握できる(第3回 睡眠負債への対策(1)(新しいウインドウが開きます)参照)。10日間の平均睡眠時間が6時間を超えるよう努力する。一般的に、10日間の平均睡眠時間が9時間を超える場合も、睡眠が不安定化し健康にとって望ましくない。5時間未満の日が2日以上続くと、ヒューマンエラー発生の危険性は急激に高まるので、注意を要する。

3. 睡眠環境を整備する

 蓄積した睡眠負債を返済するため昼間に眠る場合は、睡眠は浅く不安定な状態になりやすい。そのため睡眠環境を整備しないと睡眠が妨害され、睡眠の中断や質の悪化をより生じる恐れがある。

4. 仮眠の利用

 深部体温が最も低下する午前3時~4時前後の2〜3時間の睡眠が、生体リズムの乱れを軽減することが知られている。この現象はアンカースリープ(anchor sleep)と呼ばれる(Minors DS, et al., Int J Chronobiol. 1981)。睡眠不足を補うために仮眠をとる場合は、アンカースリープの推奨時間帯の対側、すなわち午後0時~3時の間にとれば、夜間の主睡眠への影響も少なく、生体リズムも乱れにくい。

連載のさいごに

 睡眠負債の蓄積は心身にさまざまな不調をもたらし、自身が本来持つ能力を低下させる。睡眠負債は、可能な限り早めに解消することが望ましい。

著者

しらかわしゅういちろう氏の写真
白川 修一郎(しらかわ しゅういちろう)
 睡眠評価研究機構代表、日本睡眠改善協議会理事長、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所客員研究員。医学博士。専門は睡眠とメンタルヘルス。1977年東京都神経科学総合研究所研究員、1991年国立精神・神経センター精神保健研究所老人精神保健研究室長、2012年より睡眠評価研究機構代表、2016年より日本睡眠改善協議会理事長。主な著書に『ビジネスパーソンのための快眠読本』(ウェッジ)、『命を縮める「睡眠負債」を解消する』(祥伝社)などがある。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2023年 第31巻第4号(PDF:6.3MB)(新しいウィンドウが開きます)

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