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高齢者の低栄養予防・疾病重症化予防の取り組み──自治体の活動から

公開日:2019年7月26日 09時10分
更新日:2023年6月20日 11時57分

田中 和美(たなか かずみ)

神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部栄養学科教授


はじめに

 高齢者の栄養状態は、生命を維持し、QOL(Quality of Life:生活の質)や社会とのつながりにも大きな影響を与える。ところが、高齢者は老化による活動の低下や消化器などの機能低下、複数の慢性疾病による服薬の影響などにより、食事量・体重が減少し、低栄養状態になりやすく、日常生活に支障を来たすことが少なくない。一方、食事は極めて日常的な行為であるため、その危険性に気づきにくいことが多い。低栄養状態はADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)の低下をはじめ、要介護状態になりやすく、既往症の悪化やそれに伴う入院の頻度・期間が長期化する傾向があるため、早期の介入が必要である。

 さらに、高齢者は複数の疾患に罹患している場合が多い。その中でも日常生活の制限などが伴う透析導入者の平均年齢は年々上昇しており、男性は68.57歳、女性は71.19歳であり、最も導入が多い年齢層は、男性65~69歳、女性80~84歳である1)。透析導入に至る原因疾患の中で一番多いのが糖尿病性腎症であり、その予防は、多くの自治体にとって喫緊の課題としてとらえられている。

 高齢者の低栄養予防および糖尿病重症化予防は、個人の健康寿命の延伸に資するものであると同時に、医療費や介護給付費の抑制効果の側面も持つ。ここでは、自治体(市)における高齢者の低栄養予防と糖尿病性腎症重症化予防について、筆者が栄養活動アドバイザーを務める神奈川県大和(やまと)市の例を紹介する。

介護予防アンケート(地域支援事業)を活用した低栄養防止

 神奈川県の中央部に位置する大和市は人口約23万7,000人の中核市であり、2019年3月末現在の高齢化率は23.7%である。面積は約27㎢と小さな市であるが、8つの駅があり、交通の利便性に恵まれている。市は「健康都市やまと」を掲げ、保健師や管理栄養士の増員など保健事業実施体制を充実させており、そうした体制を基盤に、訪問型の保健事業を展開している。

1.経緯

 市では、2011年度より市内在住の要介護認定を受けていない65歳以上の市民(約4万人)を対象に地域支援事業における基本チェックリストを含む「介護予防アンケート」を実施し、低栄養またはそのおそれのある者(栄養改善対象者:BMI18.5未満かつ6か月間でkg以上の体重減少あり)を把握した。この栄養改善対象者は、追跡調査において回答後1年半後にはおよそ3人に1人、2年後にはおよそ半数近くが重症化(要介護認定・死亡)していることがわかり、他の対象者(運動機能向上、口腔機能向上)よりも深刻な状況がみられた2)

 そこで2013年よりこの対象者に対し、市の管理栄養士による訪問栄養相談を開始した。しかし、対象者(特に後期高齢者)の中にはすでに重篤な低栄養状態に陥っている者もいたため、2016年度より低栄養の早期予防として、介護予防アンケートの中でBMI20以下かつ食生活に課題がある後期高齢者(以下、低栄養予防対象者)への訪問栄養相談も開始した。

※ 食料品を買う店が近くにない/食費が十分にない/1人で食べることが多い/食べる気力や楽しみを感じない/食事量の減少ありのうち3項目以上に該当する者

2.対象者と方法

 2017年度は、2016年度「介護予防アンケート」結果より把握された栄養改善対象者235名(男性89名、女性146名、平均年齢75.2±6.5歳)と低栄養予防対象者113人(男性46名、女性67名、平均年齢80.7±4.3歳)に対し、市の管理栄養士が2017年5月~2018年1月の間で訪問栄養相談を実施した。

 訪問栄養相談は6か月に3回の訪問を1クールとし、初回訪問では、体重減少の理由、生活状況、食事内容、活動量、食材購入状況などを丁寧にアセスメントし、低栄養状態を改善するための個別目標を作成した。その3か月後に中間評価で状況を確認し、6か月後は目標(体重変動、食事量など)の達成度を評価した。

3.結果

(1)低栄養状態の原因と栄養相談内容

 アセスメントで把握した体重減少の主な原因と支援内容を表1に示した。体重減少の原因は「消費エネルギー増加」「生活上の課題」「疾病の治療」「知識不足」に大別され、その他「特に思いつかない」も多くみられた。年代別にみた場合、前期高齢者では特に「疾病の治療」による体重減少、後期高齢者では家族の介護ストレスや死別、食事環境(孤食)など、環境の変化による体重減少が多くみられた。

 栄養相談の内容は、体重が減少している状態を改善するために、具体的な助言をした(表1)。例として、食費が十分にない者には、低コストでエネルギーを確保できる調理法を伝え、糖尿病で食事量が極端に少なくなっている者には、血糖値を上げにくい食事方法を紹介し、誤った知識で減量している者には、低栄養のリスクを伝え、体重減少に気をつけることができるように助言した。また、配偶者との死別などで食欲がない者に対しては、まずは傾聴し、ストレスを緩和できるように支援した。

表1:体重減少の主な原因と支援内容
体重減少の原因支援内容
消費エネルギー増加スポーツジム通い、マラソン、畑仕事
  • エネルギー増加方法指導
生活上の課題(特に後期高齢者)夫の介護、関節の痛み、脚の痛み、独居のストレス
  • 傾聴(ストレス緩和)
  • 短時間でできる調理法指導
  • 低コストのレシピ指導
  • 市資源の紹介
生活リズム不規則、食事時間が確保できない
経済的理由で食費を減らしている
夫の他界後、食欲低下
疾病の治療胃がん治療中(味覚の低下) 3名
  • 疾患に応じた栄養指導(血糖値を上げにくい間食、頻回食の方法、味覚低下に配慮した献立)
糖尿病のため、食事を必要以上に減らしている 3名
心臓病のため、体重を増やしたくない 2名
パーキンソン病 4名
知識不足ベジファーストの実践
  • 知識の是正(低栄養のリスク説明、食事の適正量説明)
適正体重がわからない/食事適正量がわからない
太りたくない。太ることはよくないと思い込み
自然減活動量不足、食欲低下

(2)体重の改善

 初回訪問から6か月後の体重変化を図1に示した。6か月後の体重増加1kg以上を「改善」、体重変化1kg未満を「維持」、体重減少1kg以上を「悪化」とした。栄養改善対象者については、「改善」が73名(40.3%)、「維持」が71名(39.2%)、「悪化」が37名(20.5%)であった。低栄養早期予防対象者については、「改善」が32名(44.4%)、「維持」が33名(45.8%)、「悪化」が7名(9.8%)であり、いずれの活動も体重維持・増加に効果があることがわかった。

図1:栄養改善と低栄養予防が必要な者に対し、市の管理栄養士が訪問栄養相談を実施し、6か月後の目標体重の達成度を示した図。体重維持・増加に効果があることを示す。
図1:6か月後の体重変化

(3)重症化を予防

 栄養改善対象者の要介護認定・死亡への移行状況を図2に示した。ここでは要介護認定(要介護・要支援)と死亡を「重症化」とし、「介護予防アンケート」回答から2年後の重症化の状況について追跡したところ、訪問した場合(以下、介入者)の「重症化」は19人(10.3%)と約1割にとどまり、約9割が要介護認定、死亡せずに状態を維持することができた。一方、未訪問の場合(以下、未介入者)の「重症化」は44.0%にのぼった。このように訪問栄養相談を実施した場合には「重症化」の割合が4分の1以下にとどまった結果を得た。

図2:栄養改善対象者の要介護認定・死亡への移行状況を示す図。訪問栄養相談を実施した場合、重症化の割合が4分の1以下に抑えられる結果を得られた。
図2:要介護認定・死亡への移行状況

(4)社会保障費を削減

 訪問栄養相談の前後において、医療費は1か月当たり約2千円/人減少しており、全体に換算すると、訪問栄養相談を実施したことにより約500万円/年の削減効果があったと試算された。

 さらに介護給付費では、「重症化」の割合が4分の1以下に減少したことを踏まえ、介入者と未介入者との重症化を回避した人数(以下、重症化の差)から、介護給付費の抑制効果について試算した。「重症化」は介入者では19名の実績に対し、未介入者では81名であった。介入者と未介入者の重症化の差、62名に市の2016年度介護サービス費の年間平均104万円/年(入所サービスを除く2016年実績)を乗じると、介護給付費約6,500万円/年の削減効果があったと試算された(図3)。

図3:低栄養リスク者の介入者と未介入者の重症化を回避した人数から、介護給付の抑制効果について試算した結果を示す図。年間6,500万円の削減効果があった。
図3:低栄養リスク者の社会保障費(介護給付費)削減効果試算

 以上のことから、本活動により医療費、介護給付費を合わせ、約7,000万円/年の社会保障費の削減効果につながると考えられた。この社会保障費に与える成果については2018年5月の経済財政諮問会議でもフレイル対策の効果として紹介された。

市健診データを活用した糖尿病性腎症重症化予防

1.経緯

 健康寿命の延伸に向けて、糖尿病など生活習慣病の重症化を防ぐ取り組みが全国で推進されている。日本健康会議の「健康なまち・職場づくり宣言2020」では、2020年までに達成する目標のひとつに「かかりつけ医等と連携して生活習慣病の重症化に取り組む自治体を800市町村、後期高齢者医療広域連合を24団体以上とする」を掲げているが、すでにその目標値を超え、2018年の保険者全数調査では1,003市町村、31広域連合で取り組まれている。

 このような中で、大和市では糖尿病性腎症重症化予防の取り組みを国民健康保険加入者と後期高齢者医療加入者を対象に一体的に実施していることが大きな特徴であり、後期高齢者も含めて健康増進部門の管理栄養士が重症化予防に取り組んでいる。なお、事業開始(2013年度)にあたり、市医師会、健康づくり推進課・保険年金課・高齢福祉課、広域連合で合意している。

2.対象者と方法

 事業の対象者は、特定健診および長寿健診(75歳以上)の受診者で、HbA1c6.5%以上かつ空腹時血糖126mg/㎗以上かつ腎機能を示すeGFR50以下に該当する者とし、2017年度の実績では対象者は国民健康保険加入者44名、後期高齢者医療加入者131名、計175名であった。全員に訪問を実施し、94名(53.7%)(男性56名、女性38名、平均年齢80.1±6.7歳)の訪問が成立した。介入期間は6か月間とし、管理栄養士による3回の訪問栄養相談を実施した。

 訪問時には、通院・医療・服薬の状況や医師からの指示栄養量、食事・運動療法の取り組み内容などを丁寧に聞き取り、血糖コントロール改善と腎機能低下予防のための個別のアドバイスを実施したうえで、対象者と一緒に行動目標を設定した(表2)。

表2:血糖コントロール上の課題と支援内容
栄養診断(P)要因(E)人数支援内容
エネルギー摂取バランスの乱れ エネルギー摂取過剰 間食・菓子・果物・夜食習慣・その他 35人
  • エネルギーコントロール
  • 食事バランスの是正
  • 脂質適正摂取指導(食品の選び方)
  • タンパク質適正摂取指導
エネルギー摂取不足 主食を食べない、油脂類の不足 6人
糖質摂取過剰 主食の重ね食い・果物・間食・菓子 7人
タンパク質摂取不足・過剰 主菜を食べない/タンパク質食品を好む 9人
嗜好品過剰・好き嫌い 間食過多 チョコ・アイス・果物・菓子 15人
  • 間食の頻度・選び方指導
  • 減塩方法指導
  • 野菜適正量・調理法指導
  • 水分調整方法指導
飲酒過多 3合以上/日 3人
塩分摂取過剰 漬物・外食多・味が薄いと食べられない 7人
食物繊維摂取不足 野菜・海藻類摂取不足 5人
水分摂取不足 食事以外水分補給なし 1人
生活の乱れ 欠食・不規則な食習慣 朝食欠食・昼食欠食・食欲不振 4人
  • 市の地域資源(サロン・施設)の活用を案内
  • 食欲のないときの食べ方指導
活動量不足 外出する用事がない、膝・腰痛、脊柱管狭窄症、脳梗塞後遺症、寝たきり、引きこもり 34人
病識不足 服薬コンプライアンス不良 薬飲み忘れ、自己中断 2人
  • 医師の指示内容(治療方針)確認
  • 服薬指導
  • 病態/検診結果の説明
病識不足 自己流の食事療法 6人
その他 早食い・心臓病・ヘビースモーカーなど 1人
特になし 運動・食事療法良好 血糖コントロール良好 10人
  • 現状維持、見守り

 中間面談、最終面談ではその達成状況の確認と直近の検査値などの聞き取り評価を行った。前述のとおり、重症化予防の対象者の7割は後期高齢者であり、活動量の不足による筋肉量の低下と肥満が重なっている状態、いわゆるサルコペニア型肥満に陥っている者が多いことが特徴であった。

 また、認知症やフレイル等の進行など、糖尿病性腎症よりも優先される課題があり、家に閉じこもりがちの者も1割程度存在した。そのような状況の者については、ミニサロンなど高齢者の通いの場の紹介や、市立図書館で毎日実施されている健康講座への案内など、定期的に外出するきっかけづくりの支援を行った。

3.結果

 2017年度の介入では対象者の約6割に明確な行動変容が確認でき、その結果、HbA1cおよびeGFRが改善・維持した人の割合はそれぞれ71.9%、89.1%で、HbA1c6.5%未満(介入対象外)まで改善した人の割合は15.6%であった。また、対象者の中には、腎機能が著しく低く、医師から人工透析導入の話を告げられていた者もいたが、訪問による食事療法・水分管理の徹底と本人の意思により、導入が延長された事例が3例あった。このような事例から、介入による医療費の削減効果を試算したところ、年間約2,600万円にのぼった。

 かかりつけ医との連携には「健康相談連絡票」を用いた。医師が診察の中で栄養指導が必要と判断した際に、検査結果や指示栄養量などを書いて患者に渡すと、患者は市の管理栄養士による栄養相談を受けられるサービスである。最近では糖尿病だけではなく、フレイル・介護予防に関する健康相談の依頼に活用されるなど波及効果が現れている。

まとめ

 2013年に開始した訪問栄養相談は、低栄養予防と糖尿病性腎症の重症化予防に一定の効果をみることができた。最初は他職種から理解を得にくく苦慮したことも多かったが、縦割りされた業務の改善を図るべく、熱意を持って取り組んだことがよい結果を生んだと感じる。今後は健康・福祉部門だけの連携ではなく、自治体全体で取り組むという意識が重要であり、政策部門や街づくり部門などと同じ目的を持ち連携することにより、従来よりも大きな成果につながることが期待される。

 訪問栄養相談は、地域に積極的に出ていくことで新しい課題(口腔機能や認知機能など)の課題の発見にもつながり、管理栄養士の配置が2013年当時は2名だったが、2019年現在、7名まで増員された。

 今後は保健事業と介護予防の一体的実施に対して地区社協やミニサロンなどで行われている「通いの場」にも参加することが決まっている。一般介護予防事業全般においても積極的に関わりながら、PDCAサイクルに沿ったさらなる推進を図っていくことが求められる。

参考文献

  1. 一般社団法人日本透析医学会統計調査委員会 政金生人. 図説わが国の慢性透析療法の現況2016年12月31日現在. 日本透析医学会.2017, p.11, p.15.
  2. 長谷川未帆子 他. 大和市における二次予防栄養改善該当者への取組み. 神奈川県公衆衛生学誌. 2016, 第62号. p.32.

筆者

筆者_田中和美先生
田中 和美(たなか かずみ)
神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部栄養学科教授
略歴:
2011年:大和市役所健康福祉部健康づくり推進課(~2018年3月)、2013年:共立女子大学大学院家政学研究科修了、博士(学術)、2015年:千葉県立保健医療大学非常勤講師(~現在)、2018年より現職
専門分野:
介護予防、高齢者の保健活動(低栄養防止)、認知症の周辺症状と食行動に関する研究

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.90(PDF:8.3MB)(新しいウィンドウが開きます)

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