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高齢者の定義再検討と社会保障

公開日:2020年2月14日 09時00分
更新日:2022年11月30日 13時27分

権丈 善一(けんじょう よしかず)
慶應義塾大学商学部教授


本稿は、第31回日本老年学会総会における「特別招聘シンポジウム 人生100年時代における高齢者の今後─高齢者の定義再検討をどう生かすか」でシンポジストとして発表した報告に基づく。

高齢者の再定義提言のインパクト

 2017年1月、日本老年学会・日本老年医学会は合同で、75歳以上を高齢者として再検討するよう提言した。この提言の社会へのインパクトは極めて大きいものがあった。

 たとえば翌年2018年2月には、政府の「高齢社会対策大綱」においても両学会の提言が紹介され、「65歳以上を一律に"高齢者"と見る一般的な傾向は、現状に照らせばもはや、現実的なものではなくなりつつある」として、「70歳やそれ以降でも、個々人の意欲・能力に応じた力を発揮できる時代が到来しており、"高齢者を支える"発想とともに、意欲ある高齢者の能力発揮を可能にする社会環境を整えることが必要である」と記し1)、高齢者の再定義提言を新しい社会を構築していくうえでの基礎に据えるに至っている。

 さらに2018年5月には、自由民主党政務調査会の「人生100年時代戦略本部」がまとめた報告書では、「高齢者像も大きく変化している。関係の学会は、"最新の科学データでは、高齢者の身体機能や知的能力は年々若返る傾向にあり、現在の高齢者は10年前に比べて5~10歳は若返っていると想定される"としている」と論じることにより2)、政策を考える指針として両学会の提言を受け止めていることを示していた。

 本稿では、日本老年学会・日本老年医学会の提言を受け止めた政治という政策形成の川上、上流での動きが、社会保障という、人々の生活に直接大きな影響を与える制度にどのように方向性を与えようとしているのかを論じる。

日本老年学会・日本老年医学会、両学会WGの研究の構造

 まず確認しておきたいことがある。それは、高齢者に関する定義検討ワーキンググループ(WG)の研究内容である。WGの研究では、疾患の発生や受療、身体的老化、歯の老化、精神心理的老化、社会的老化という5つの次元の経時的データを分析している。その結果、「現在の高齢者においては10~20年前と比較して加齢に伴う身体・心理機能の変化の出現が5~10年遅延しており『若返り(rejuvenation)』現象がみられている」ことが明らかになり、「高齢者の定義再検討」として、65歳~74歳を准高齢者、75歳以上を高齢者とするべきであると提言している。

 こうした一連の活動を行ったWGの座長、大内尉義氏は、次のような文章を書かれていた。

 「実は、提言を出してから『70歳が落としどころとして適切なのでは』と言われたことがあります。『落としどころ』という言葉に驚きました。我々は科学者として、数々のデータが、いまの高齢者は以前より十歳ほど若返っていると示しているから、高齢者の定義を75歳以上にすることを提案したわけです。これは科学から導かれた提言であって、スローガンではありません」3)

 確かに、今流行(はや)りの「健康寿命」という概念はすばらしいのだが、それを測定する科学的方法は確立しておらず、政策にのせようとすると概念の意味とはかけ離れてしまう。

 ちなみに、2019年3月にまとめられた厚生労働省「健康寿命のあり方に関する有識者研究会」報告書では、「健康寿命は必ずしも指標と特定の施策との対応、因果関係が明確ではなく、また経時的な変化も緩やかである(施策に対する感度が悪い)ことから、施策の効果・進捗を評価するためのKPI※1としての適切性には欠ける」4)とされている。

 日本老年学会・日本老年医学会による高齢者の定義再検討を受けて先述のように、政府の「高齢社会対策大綱」や自民党の人生100年時代戦略本部の報告書で、WGの提言は肯定的に受け止められている。そうすると、今度は、WGの高齢者の再定義提言に基づいた形で、政治が各種の制度・政策の見直しを指示することになるわけであり、今はその段階に入っている。

 その具体的な話に入る前に、高齢者再定義が提言された時点でのメディアの受け止め方をいくつか紹介しておきたい。

※1:
KPIとは、Key Performance Indicatorの略称で、「重要業績評価」と訳され、民間の企業が経営目標を達成するために使われるさまざまな種類の業績評価指標の中でも、「キー(重要な)」となる指標のことである。最近では、経済財政諮問会議での議論を中心に、公共政策の指標としても使われ始めている。民間経営活動のように公共部門の活動も指標化されやすいのであればよいのであるが、公共部門の活動はOutcomeの客観的把握がむずかしい高度な対人サービスが集中している特徴もあり、民間での成功体験を持つ人たちによるKPIの公共部門への当てはめが、今後どのような推移を辿るのか、見守りたいところである。

メディアの反応と年金支給開始年齢引上げの問題

 日本老年学会・日本老年医学会は2017年1月5日に高齢者再定義の提言を行ったが、最初に提言を取り上げた新聞記事は、1月13日の毎日新聞の社説であった。そこには「定義の変更を年金支給開始年齢引上げなどの社会保障改革と直結させるべきではない」と書かれていた。

 2番目に扱った新聞は1月19日の読売新聞で、そこで大内座長が、「年金の支給開始年齢の引上げなど、社会保障の切り捨てにつながると危惧する声もあった。これは我々の本意ではない」と話されている。そして同じ記事の中では、有識者による「公的年金の支給開始年齢を65歳から引上げることも検討課題となり得る」という見解も紹介されていた。いわゆる、両論併記のつもりであったのであろう。

 このように高齢者の定義見直しの提言と年金の支給開始年齢を結びつけて論じられるのであるが、年金の世界では「支給開始年齢」は、給付算定式で増減額なく受け取ることができる年齢という意味で用いられている。

 次は、日本退職者連合という、公務員や民間企業のOBを中心に会員約78万人を擁する年金受給者たちの団体による「支給開始年齢引上げ」の理解である。

  • 支給開始年齢の引上げは、生涯年金額の減額であり、かつその減額影響は、すべてこれからの年金受給世代に負わされる(現受給者は逃げ切り)
  • 既裁定年金の抑制策を持たない国では例があるが、日本には不要で合理性を欠く手法

 正確に理解してもらえている。

受給開始年齢から受給開始時期へ

 公的年金と年齢については、広く「受給開始年齢」という言葉も使われてきた。年金局自身が、これまで「60歳から70歳まで受給開始年齢を選ぶことができます」と説明していたのだが、いつまで経っても「支給開始年齢」と「受給開始年齢」の違いがわからない学者や、いつまで経っても「支給開始年齢」の引上げを書くメディアに対して、厚労省は堪忍袋の緒が切れたのであろう、2018年11月、「受給開始年齢」という言葉を使うのを止めて、これを「受給開始可能期間(=実際に年金を受け取り始めることができる期間)」と「受給開始時期(=受給開始可能期間から受給者本人がいつから受け取るかを選択する時期)」との2つに分けると宣言した。

 そして、2019年6月の閣議決定、いわゆる「骨太の方針」には、「現在65歳からとなっている支給開始年齢の引上げは行わない」と記されている。これは妥当な決定である。

若返った、ゆえにWork Longerに向けて

 国民皆保険、医療の進歩、生活水準の向上、それこそさまざまな理由により、人が若返り、長生きを愉(たの)しめるようになれば、これまでのように標準的な引退年齢を引上げていく、そうした地道な努力を続けていけば、人類史上未曾有といわれる超高齢社会も乗り切ることができる。そして今この国は、標準的な定年退職年齢を65歳に引上げることをめざして環境の整備が進められている。その先も、希望する人たち皆が社会に参加することができる社会のあり方をめざして、前向きにやっていけばよい。

 この点、2019年6月の閣議決定では、高年齢者雇用安定法を改正し、70歳までの雇用確保について企業に努力義務を課すこととしている。そしてWork Longerを阻む壁を取り除くために、いろいろなところで説得、調整を図っているというのが現状である。

高齢者の定義再検討時代における留意点

 日本老年学会・日本老年医学会による高齢者再定義の提言を受けた、こうした動きがあるとき、どうしても邪(よこしま)な動機を持つ浅はかな人たちが参入してくる。

 彼らは、社会保障・財政、そしてビジネスの観点から、ギリシャ神話にあるプロクルステスの寝台しかり、高齢者の定義を自分の基準に無理やり合わせようと求めることになる。そして、彼らに共通することは、若返りがあたかも制御可能で、政策対象であるかのようにみなして、たとえば予防を行えば人を若返らせることができると論じる特徴、"予防教"ともいえる特徴を持っている。この考え方とセットになって、病気は自己責任、健康は自己責任、病気は罪悪という考えをベースに持つことになる(図)。そうした話はエビデンスベースの話とはほど遠いデマゴーグの世界でしかない5)

図:高齢者の定義再検討時代における留意点として、政策展開の経路に対しビジネス界、経済産業省から邪な動きが逆からくる様子を示す図。
図 高齢者の定義再検討時代における留意点

 こうした医療政策は、今や財務省、厚労省に取って代わって財政・社会保障政策を取り仕切っている経済産業省が主導している。彼らのポピュリズム医療政策は、不健康期間というものを敵視する特徴があり、行き着く先として、人間が潜在的に持っているのか、優生思想や生産性なき者は生きていく価値なしという人々の考えを刺激している。

 しかし、不健康期間というのは、そんなに悪いことなのか。高齢期になればいくつもの疾病を抱えて生きていくことになる。だから、そういう人たちのQOLを高めるために、「地域で治し支える地域完結型医療」に向けて改革をしようというのが、日本老年学会・日本老年医学会が掲げ、それを受けた社会保障制度国民会議が2013年に示した目標だったわけである。

 2019年4月1日に、日医総研は「日本の医療のグランドデザイン2030」をまとめている。そこに、元厚生労働省健康局長の佐藤敏信氏が「予防医療」について論じている6)

  • 嗜好品、食品や運動にターゲットを絞った一次予防は、一定の意義はあるものの「絶対ではない」(202頁)。
  • 「世界の動向」[ランダム化比較試験(RCT)の結果]に基づけば、二次予防(健診・検診)の健康増進効果は確認されていない(204-205頁)。
  • 「話を日本の健診に戻すと、本来ならある一つの健診の本格導入の前に、RCT等で一定の効果を確認してから開始すべきであったはずだが、『早期発見はできるし、それを早期に治療すれば、予後は必ずいいはず』との臨床的な経験に基づいて開始されたものがほとんどである。しかし、(中略)科学的には明確に健診・検診の効果を証明できないまま今日に至っている」(206頁)。

 こういうエビデンスは、今の日本では受け入れられないのであろう※2

※2:
佐藤氏はグランドデザイン2030の中で、OECD(2019)Reviews of Public Health : Japan[OECD(2019)]を参考としており、OECDのこの報告書には、日本の検査について、エビデンスに基づき、広範囲な利害関係者を含めたすべての健康診断の分野について包括的な見直しが必要、すべての経済的評価を行い、金額に見合う価値のない健康診断をなくすことに注力するが指摘されている。

おわりに

 本論では、日本老年学会・日本老年医学会の提言を受け止めた、政治という政策形成の川上、上流での動きが、社会保障という制度にどのように前向きな方向性を与えようとしているのかを紹介した。両学会の研究が、方法論的に科学的であり、提言も頑健なエビデンスに基づいたしっかりしたものであることを、我々、社会科学サイド、政策サイドにいる人々は理解しておくことは重要である。

 社会保障のほうから、高齢者の定義の再検討など求めていない。高齢者の定義再検討を求めているのは、科学的・医学的エビデンスであって、社会保障はそれに従うだけの話であり、より長く生き生きと就労やボランティアなどで社会参加できる世の中をつくっていこうとしているだけである。そして、これからも両学会には、WGが提案した高齢者再定義を都合のよいように利用しようとする人たちとは、一線を画し続けていってもらいたい。

文献

  1. 内閣府.高齢社会対策大綱(平成30年2月16日閣議決定)
  2. 自由民主党政務調査会.「2024年問題」:人生100年時代を生きる将来世代の未来を見据えて─「選択する社会保障」─2018年5月29日.
  3. 大内尉義:10歳若返っている日本人、高齢者75歳以上提言には科学的根拠がある. 中央公論 2017年6月号, 中央公論新社.
  4. 厚生労働省. 健康寿命のあり方に関する有識者研究会 報告書 2019(平成31)年3月.
  5. 権丈善一:喫緊の課題、「医療介護の一体改革」とは──忍びよる「ポピュリズム医療政策」を見分ける. 中央公論 2019年1月号, 中央公論新社.
  6. 佐藤敏信:医療提供の実態(1)予防医療 現状と検証. 日本の医療のグランドデザイン2030. 日本医師会総合政策研究機構, 2019,199-209.

筆者

写真:筆者_権丈善一氏
権丈 善一(けんじょう よしかず)
慶應義塾大学商学部教授
略歴
1990年:慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了、慶應義塾大学商学部助手、1994年:同助教授、2002年より現職、博士(商学)
専門分野
社会保障・経済政策──再分配政策の政治経済学

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.92(PDF:4.8MB)(新しいウィンドウが開きます)

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