健康長寿ネット

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健康寿命延伸のための運動器の重要性

公開日:2020年8月 6日 09時00分
更新日:2023年8月 3日 14時12分

松井 康素(まつい やすもと)
国立長寿医療研究センターロコモフレイルセンターセンター長


超高齢社会における健康寿命延伸の課題

 2018年におけるわが国の平均寿命は男性81.25歳、女性87.32歳1)であり、世界の中でも最も長寿な国として記録を更新中である。しかしながら、振り返ってみれば第2次世界大戦以前の平均寿命は男女ともに40歳台であり、当時はまさに人生50年の時代であった。また、一見して人口構成がわかる人口ピラミッドをみると、前回の東京五輪が開かれる前の1960年頃はきれいな三角形構造をしていた。しかるに近年の少子化の傾向とあいまって、平均寿命がぐんぐん延びた結果、65歳以上の高齢者人口の割合(高齢化率)は増え続け(図1)2)、2019年では28.4%に達し3)、世界で群を抜いてトップである。そしてこの傾向は今後もさらに進み、2050年頃に高齢者の比率は40%に達すると推測されている。そのため、人口ピラミッドは相当な頭でっかちになり、非常に不安定な社会構造となることが避けられない。

図1:1950年から2040年までの高齢者の人口及び割合の推移を示すグラフ。2019年では、65歳以上の高齢化率は28.4%に達し、2020年以降も進んでいく様子を表す。
図1 高齢者人口及び割合の推移(1950~2040年)(総務省統計局.統計データ2)より引用)

 こうした超高齢社会という現状において、わが国が今後も活力ある社会を維持していくためには、高齢者が(たとえ超高齢者と呼ばれる年齢となっても)、健康で自立した生活をできる限り維持し続け、諸々の社会活動にも参加する生活を送る必要がある。最近よく耳にする「人生100年時代」をいかに生き抜くかは、われわれ1人ひとりの問題であるとともに、社会全体の大きな課題となっている。

 戦後わが国の医療は、平均寿命を延ばすことにもっぱら目を向けてきたが、近年では、健康面に支障がなく日常生活を送れる期間である「健康寿命」をいかに延ばすかに方向転換が必要となったのである。わが国の健康寿命(2016年)は男性72.14歳、女性は74.79歳で、平均寿命とは、男性でおよそ9年、女性では12年以上の差がある(図2)4)。この短からぬ人生最後の10年間をできるだけ自立して生活する、つまり健康寿命を延伸し、平均寿命との差をいかに短くするかが各個人のみならず社会的な課題である。

図2:男女別健康寿命と平均寿命の推移を示すグラフ。2016年では、平均寿命と健康寿命の差が、男性8.84年、女性12.35年であることを表す。
図2 健康寿命と平均寿命の推移(内閣府.平成30年版高齢社会白書(概要版)4)より引用一部改変)

資料:平均寿命:平成13・16・19・25・28は、厚生労働省「簡易生命表」、平成22年は「完全生命表」
健康寿命:平成13・16・19・22年は、厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」、平成25・28年は「第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会資料」

健康寿命延伸を阻害する運動器障害

 一方、介護を要する人口は増え続けており、2018年3月末の時点では641万人に達している(図3)5)。介護が必要(要介護・要支援状態)となった原因としては、2016年以降は認知症が第1位となり、18%を占めている6)が、詳細を見れば、第4位の骨折・転倒(12.1%)、第5位の関節疾患(10.2%)という2つの運動器の障害の割合の合計は22.3%となり、第1位の認知症をしのいでいる(図4A)6)。この傾向は、要支援の原因でみると、さらに顕著である(図4B)6)。すなわち、健康寿命の延伸を阻害する要因として運動器の障害が最も頻度が高いことが示されている。

図3:平成12年度から平成29年度までの要介護(要支援)認定者数の推移を表す図。介護を要する人口が増え続けている様子を表す。
図3 要介護(要支援)認定者数の推移(厚生労働省. 平成29年度介護保険事業状況報告(年報)のポイント5)より引用)

要介護(要支援)認定者数
(平成29年3月末現在)632万人⇒(平成30年3月現在)641万人(対前年度+9万人、+1.5%増)

(注)平成29年度から全市町村で介護予防・日常生活支援総合事業を実施している。

※東日本大震災の影響により、平成22年度の数値には福島県内5町1村の数値は含まれていない。

図4:要介護・要支援になった原因と要支援1になった原因をそれぞれ示す円グラフ。骨折・転倒、関節疾患という運動器の障害の割合は、要介護・要支援で22.3%、要支援1で31.4%となっており頻度の高いことがわかる。
図4 A 要介護・要支援になった原因、B 要支援1になった原因(厚生労働省. 平成28年国民生活基礎調査6)の第15表より作成)

 加えて、運動器疾患は、腰や膝などの機能障害と痛みで発症することも多く、健康に関する厚生労働省の国民生活基礎調査においても、男女とも腰痛や肩こり、関節痛などの運動器障害が自覚症状の上位を占める(表1)6)。運動器疾患の病的な変化は40代からすでに始まっており7)、50代以降に顕在化し加齢とともに増加する8)。そして要介護状態を来たす大きな要因となる。すなわち、運動器疾患による障害や健康寿命阻害の原因という状況は、高齢社会の到来により明らかになった新しい課題といえる。

表1 多い自覚症状(平成28年)
性別にみた有訴者率の上位5症状(複数回答)(人口千対)(厚生労働省.平成28年国民生活基礎調査6)の図19より作成)
男性女性
1 腰痛(91.8) 肩こり(117.5)
2 肩こり(57.0) 腰痛(115.5)
3 せきやたんが出る(50.5) 手足の関節が痛む(70.2)
4 鼻がつまる・鼻汁が出る(49.5) 体がだるい(53.9)
5 手足の関節が痛む(40.7) 頭痛(50.6)

注1 有訴者には入院数は含まないが、分母となる世帯人員には入院者を含む。

注2 数値は熊本県を除いたものである。

 疾患としては膝や股関節の変形性関節症、頚椎や腰椎の変形性脊椎症、骨粗鬆症と易転倒性が関係する大腿骨近位部の骨折が多い9)。そして、運動器疾患治療を扱う整形外科においてはこれまで重視されてこなかったが、他の専門診療科、特に老年内科から、筋肉の加齢に伴う減少、劣化であるサルコペニアの関与も、運動器の障害を考えるうえでとても重要であることがうたわれてきている10)。サルコペニアについては、当初は筋肉量の減少のみに焦点が当てられていたが、次第に筋力などの運動機能の低下が重要とされ、さらに近年では筋肉の質の低下の評価も注目されてきており11)、12)、あるいは「筋骨連関」から骨粗鬆症はサルコペニアを伴いやすく、この2つを合併したosteosarcopeniaが、高齢者の脆弱性骨折に対して最もリスクが高い状態として注目されている13)

運動器の健康で個々人の「自立」の実現を

 人口の高齢化は、介護保険や医療保険にも大きな影響を与えてきている。介護保険制度は2000年に開始されたが、前述のように要支援・要介護認定者数は年々増加しており、2017年度で641万人と急増し、介護保険の総費用は10兆2188億円に達している。その原因として運動器障害が重要な位置にある。

 さらに一般的な国民医療費(2017年)という観点からみても、筋骨格系及び結合組織の疾患が全医療費の7.9%(2兆4456億円)を占め、循環器系疾患、新生物(腫瘍)に続いて3番目である(表2)14)。運動器疾患・障害を減らすことは介護費および医療費の削減につながる可能性がある。

表2 傷病分類別医科診療医療費(上位5位)(厚生労働省.平成29年度国民医療費の概況14)の表7より抜粋して作成)
傷病分類(注1)順位医科診療医療費(億円)構成割合(%)
総数 308,335 100.0
循環器系の疾患 1 60,782 19.7
新生物<腫瘍> 2 43,766 14.2
筋骨格系及びその他の外因の影響 3 24,456 7.9
損傷、中毒及びその他の外因の影響 4 23,884 7.7
呼吸器系の疾患 5 22,895 7.4
その他(注2) 132,551 43.0

注1 疾病分類は、ICD-10(2013年版)に準拠した分類による。

注2 平成29年度の上位5傷病以外の傷病である。

 この状況の中で、2013年度にスタートした新しい「健康日本21(第二次)」の中心的テーマとして健康寿命の延伸が掲げられており、その数値目標の中にも運動器や運動器疾患に関する項目が含まれている15)。すなわち国はもちろん、運動器の健康に携わっている関係者全員が協力してこの課題に取り組むべきであり、国民が安心して豊かな生活を送れるよう、運動器の健康づくりに貢献することが重要である。運動器が健康で、"動ける"からだを維持することは各個人の「自立」を維持するために、認知機能と並んで、基礎的条件ともいえる。

 身体を動かす能力を維持するためには、運動器疾患を適切に治療するとともに、疾患の有無にかかわらず、筋力やバランス能力を保ち続けることが必要である。歩けることが最低限必要であると誰もが意識している。歩行についての指標としては、歩行速度が用いられることが多いものの、意外にも、加齢による顕著な低下は伴いにくいという事実がある(図5)。その一方で下肢の筋力は急速に低下し(図6)、またそれにもまして、バランス能力(閉眼、開眼片足立ち時間)は一気に低下する(図7)。知らず知らずのうちに、姿勢の維持に必要な下肢の筋力やバランス能力が低下して、転倒しやすくなっているわけである。そして、このような衰えを回復するためには、単に歩行するのみでは不十分であることは一般には知られていない。また、筋力やバランス能力の低下はいくつになっても自分の努力次第で回復させ得る。

図5:歩行速度の40代から80歳以上での加齢変化を示す図。加齢による顕著な低下は伴いにくいことがわかる。
図5 歩行速度の加齢変化
(国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)第5次調査結果)
図6:40代から80歳以上の年代別による握力と膝伸展筋力の加齢変化をそれぞれ示す図。加齢により下肢の筋力は急速に低下することがわかる。
図6 年代による筋力低下(握力の加齢変化、膝伸展筋力の加齢変化)
(国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA) 第5次調査結果)

・上肢より下肢で顕著に低下

・男性では、筋力が減少した。80代でも、40代女性と同等

図7:40歳代から80歳以上までの年代別による目を閉じての片脚立ちと目を開けての片脚立ちのバランス力の低下を示す図。
図7 バランス力の低下(年代による)(目を閉じての片脚立ち(秒数)、目を開けての片脚立ち(秒数))
(国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA) 第5次調査結果)

 本誌第4稿でも紹介されているロコモティブシンドローム(略称ロコモ)16)は、このような考え方に基づき、2007年に日本整形外科学会より提唱されており、移動能力の評価方法とともに個人でできるトレーニング方法もセットで考えられている。すなわち、加齢による体力の低下により早い段階で気づき、対処できるようなものになっている。

 2020年は全世界的にCOVID-19の感染が広がり、自宅で過ごすことが推奨された。このように社会的な活動が制限される時には、より一層運動不足に拍車がかかることであろう。しかしながら、運動不足による体力低下は自らの努力次第で可逆的であることを改めて各自が自覚し、併せて運動器の重要性が広く啓発され、健康長寿の実現のため国民全体に深く浸透するよう願って止まない。

文献

  1. 厚生労働省. 平成30年簡易生命表の概況.(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  2. 総務省統計局. 統計データ. 統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-(令和元年9月15日).(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  3. 総務省統計局. 人口推計-2019年(令和元年)10月1日現在).(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  4. 内閣府. 平成30年版高齢社会白書(概要版).(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  5. 厚生労働省. 平成29年度介護保険事業状況報告(年報)のポイント.(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  6. 厚生労働省. 平成28年国民生活基礎調査の概況.(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  7. 吉村典子:大規模住民調査からみえてきた運動器疾患の実態. 医学のあゆみ 2011; 236: 315-318.
  8. 公益社団法人日本整形外科学会. 整形外科手術調査2009概要報告.(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  9. 公益社団法人日本整形外科学会. 整形外科新患調査2012概要報告.(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  10. 日本サルコペニア・フレイル学会 国立長寿医療研究センター.サルコペニア診療ガイドライン2017年版.ライフサイエンス出版,2017.(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  11. Cruz-Jentoft AJ, Bahat G, Bauer J, et al.: Sarcopenia; revised European consensus on definition and diagnosis. Age Ageing.2019; 48:16-31.
  12. 松井康素:骨格筋量評価法について―骨格筋量評価法とエビデンス ―.Geriatric Medicine(老年医学)2019; 57 : 1047-1052.
  13. 松井康素:骨粗鬆症とサルコペニア.Medical Practice. 2020; 37: 735-738.
  14. 厚生労働省. 平成29年度 国民医療費の概況.(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  15. 厚生労働省.健康日本21(第二次).(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  16. ロコモチャレンジ推進協議会ホームページ.(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

筆者

写真:筆者_松井康素先生
松井 康素(まつい やすもと)
国立長寿医療研究センターロコモフレイルセンターセンター長
略歴
1984年: 名古屋大学医学部卒業、名古屋第一赤十字病院(研修医)、1985年:名古屋大学大学院医学研究科入学、1986年:Joint diseases laboratory, Shriners Hospital McGill University, Montreal, Canada留学、1991年:名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)、1992年:豊橋市民病院整形外科医長、1996年同副部長、2001年:国立療養所中部病院・長寿医療研究センター第2整形外科医長、2015年:国立長寿医療研究センター先端診療部部長、2017年より現職
専門分野
整形外科学(変形性膝関節症、骨粗鬆症、サルコペニア)

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.94(PDF:8.9MB)(新しいウィンドウが開きます)

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