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非薬物療法のためのアザラシ型ロボット・パロによる神経学的セラピー

柴田 崇徳(しばた たかのり)

国立研究開発法人産業技術総合研究所人間情報研究部門上級主任研究員

はじめに

 筆者は、1993年から人と共存し、ペット動物のように、ふれあいにより楽しみや安らぎを提供する新しいロボットの役割を目的として、アニマル・セラピーを参考にして、セラピー用ロボットの研究開発を行ってきた1)

 ロボットの形態は、複数の動物型の候補があったが、心理実験などの結果から、人から受け入れられやすいように、あまり身近ではない形態の「アザラシ型」を「パロ」と称して、その改良を重ねた(写真1)。一般家庭における「ペット代替」と、医療福祉施設や学校などでのアニマル・セラピーを代替する「ロボット・セラピー」の2つが目的である。

写真1:セラピー用ロボット「パロ」

 これまでに、国内外において、認知症、発達障害、精神障害、高次脳機能障害、がん患者などを対象として、RCT(Randomized Controlled Trial:ランダム化比較試験)などのさまざまな臨床実験や治験により、非薬物療法としてのセラピー効果を示してきた。アメリカにおいては、FDA(Food and Drug Administration: 食品医薬品局)から「神経学的セラピー用医療機器」と認められた。

 超高齢社会を迎えた日本では、人口の約27%が65歳以上となり、介護保険を利用する要介護者は約600万人であり、そのうち在宅介護が約400万人、施設介護が約200万人である。要介護者は、身体的障害と認知的障害を原因としている。前者には、さまざまな支援機器として、杖や車いすなどから歩行や動作支援の介護ロボットまである。一方、認知的障害を支援する機器は、服薬支援、徘徊時の位置確認、見守りなどである。しかしながら、後者の認知的障害を支援する機器は十分ではなく、特に認知症者の介護は、介護者の介護負担の大きな原因となっており、また徘徊などによる転倒などのさまざまな事故の原因ともなっている。

 認知症者の数は、日本では約500万人であるが、世界では2015年に4,680万人で、その医療福祉サービス(家族による介護を含む)のコストは、米ドル818Billion(約82兆円)であり、2030年には7,470万人、米ドル2Trillion(約200兆円)になると見込まれ、社会的課題である2)

 今のところ、認知症を根治する薬はなく、進行を一時的に遅らせる薬が承認され投薬されているが、すべての人に効果があるわけではなく、副作用の問題がある。また周辺症状について、各症状に合わせた抗精神病薬が投薬されているが、対症療法であり、副作用や過剰投薬が問題である。医療福祉が進んでいる海外では、「1人に3種類まで」などの制約があるが、日本では10種類以上が投薬される事例など、十分に管理されておらず、寿命を縮めることにつながるなど大きな問題である。

 パロを用いたセラピーでは、副作用がまったくなく、安全に不安、うつ、痛みなどを改善することにより、認知症者の周辺症状を緩和・抑制し、抗精神病薬の投薬を低減することができる。本稿では、セラピー用ロボット・パロ、国内外でのパロの臨床研究や実際の活用状況、パロのセラピー効果のエビデンスなどについて紹介する。

セラピー用ロボット

 パロは、認知的なセラピーを目的として、2009年にFDAから「神経学的セラピー用医療機器(NeurologicalTherapeutic Medical Device( Class II))」の承認を得た、初めて、人の脳に働きかけを行う医療ロボットである1)。また、セラピストがパロを動機付けなどに活用することにより、身体的なリハビリテーションでもセラピー効果を示している。2017年にはヨーロッパでも医療機器化を予定している。ただし、日本では海外との医療福祉制度の違いにより、今のところ、パロは「福祉用具」としている。

ロボット・セラピー

 欧米で広く認知されているアニマル・セラピーは、楽しい時間を過ごす「アクティビティ」と、何らかの症状改善の目的を持って実施する「セラピー」に分類される。アニマル・セラピーには、

  1. 心理的効果(気分の向上、動機の増加など)
  2. 生理的効果(ストレス低減、血圧安定化など)
  3. 社会的効果(患者同士や介護者とのコミュニケーションのきっかけ、活性化など)

の3つの効果があり、パロについても同様である。しかし、多くの医療福祉施設は、動物アレルギー、人畜共通感染症、噛み付きや引っかきなどの問題から動物の導入が困難である。また、その実施に際しては、事故を未然に防ぐため動物のトレーニング(盲導犬や警察犬と同様に数百万円のコスト)や管理者(ハンドラー)の同席が必要である。

 パロを用いるロボット・セラピーの場合には、実際の運用時に動物が持つ問題がなく、また必要に応じていつでもどこでも使うことができる点でメリットが大きい。動物は、人とのふれあいによりストレスを受けて疲れてしまうが、ロボットの場合には、何時間でもストレスなく、人とふれあえる点でも利便性が高い。また、トータルのコストも動物よりはるかに少ない。

パロの機能

 パロはアザラシ型のふれあいやすい形態で、犬や猫などの身近な動物と比べて、本物と比較されず、人から受け入れられやすい。パロは、ふれあう人が人間の赤ちゃんやペットを連想や回想するように、長さ約55cm、重さは約2.5kgである。パロは感覚として触覚、視覚、聴覚、平衡感覚などと、7つの知的静音型アクチュエータを有し、人の感性を考慮した機能設計である。

 また、行動制御アルゴリズムとして、刺激─反応規則、内部状態、短期・長期記憶、適応、学習により、人や環境からの刺激と、パロの内部状態に基づいた行動を生成する。

 安全性・信頼性では、ペースメーカーの使用者でも安全なように「電磁シールド」を施し、2万ボルトの耐電圧試験、落下試験、10万回を超える「撫(な)で試験」などを行い、10年以上の利用を可能にした。また、おしゃぶり型の充電器や1か所のスイッチで利用できるようにするなど利便性を高めた。

 ロボット・セラピーでは、「バイオフィードバック」による「神経学的セラピー」として、身体的相互作用により、パロからの刺激が人の感覚を通じて人の脳を刺激し、人の動物に関する知識や経験を連想により引き出し、動物とふれあっているときに覚える情動を想起させたり、さらに自らの過去のさまざまな経験・記憶を連想させたりしている。

 パロとふれあう人の脳血流を計測することにより、前頭前野や側頭部の血流が増加し、活性化していることが明らかになった1),3)。これらにより、ふれあう人の気分が向上したり、言語機能が改善したり、回復した事例が多い1)。例えば、東ヨーロッパからデンマークに移民し、母国語とデンマーク語を話せた人が認知症になって母国語だけしか話せなくなっていたが、パロとふれあうとデンマーク語で話すようになり、介護者などともデンマーク語で会話ができるケースがあった。このように言語機能の回復事例は多い。

 パロの安全性については、「撫でる」「抱きしめる」など文字通り"ふれあう"ため、人に危害を与えない構造と、ロボットが壊れないようにする必要がある。さらに、病院では、白血病など免疫力が低下している患者向けの隔離病棟で利用する際の感染症対策のため、複数の患者間で使用する場合、ロボットが病原菌の媒体とならないように、パロには菌やウイルスを減少化する「制菌加工」を施した。ただし、利用時の注意や利用後のクリーニングなどの管理も重要である。アメリカ退役軍人省病院では、インフェクション・コントロール委員会で承認を受けた手順にのっとり、パロの衛生管理を行っている。

 パロを「セラピー」として積極的に活用する場合には、その効果を引き出すため、導入から運用に関わるパロの活用方法に関して、介護者やセラピストなどへの「教育」が重要である。一方、個人の利用もあるため、パロに対する特別な知識がなくても、誰でも簡単に扱えることが重要である。例えば、アメリカでは、複数の州において、「継続教育ユニット」のセミナーとして、パロについての教育プログラムを実施している。

パロによるロボット・セラピーの効果

 パロとふれあう人びとに対して、心理的な効果として、不安、うつ、痛み、孤独感の低減、生理的にストレスの低減、高血圧の低減、身体的リハビリ効果、社会的にコミュニケーションの改善などが確認された。これらにより、例えば、認知症者の徘徊や暴言・暴力などの周辺症状の緩和・抑制、会話機能の改善・回復などのセラピー効果があり、介護者の介護負担が軽減され、また本人のよい状態を保つことにより、抗精神病薬の使用量の低減化などが示された。

 間接的効果として、昼間に傾眠している認知症の人が、パロとふれあうことにより覚醒してよい状態を維持できると、夜に自然に眠くなり昼夜逆転が改善し、夜間の起き出しや徘徊が減り、睡眠薬が低減する事例が多い。

 さらに、身体的なセラピーとして、嚥下リハビリの事例では、座位でパロを抱っこして撫でたり見たりして体幹を保ち、顎を下に向けた姿勢を保持させたり、パロへの話しかけや歌いかけをすることにより誤嚥を予防したり、経鼻経管栄養から経口摂取に改善させたりなど、嚥下機能を維持・向上させた事例があった4)

国内外での動向

 産業技術総合研究所から知的財産権のライセンスを受けた(株)知能システムが、2005年から第8世代のパロの販売を開始し、2013年に大幅に改良して第9世代とした。これまでに世界約30か国以上で約5,000体が販売された。

 国内外のさまざまな医療福祉機関などでパロがロボット・セラピーに活用されるとともに、臨床評価されてきた。そこで、国内外でユーザ会議を開催し、臨床評価結果や事例の収集や意見交換を行ってきた。

 海外では、デンマークが国家プロジェクトとして2006 ~2008年にかけて、パロによる認知症高齢者へのセラピー効果を評価し、また国家倫理委員会によりパロが導入されることの是非や手続きについて議論された。それらの良好な結果をふまえ、2009年からライセンス制度(1日のセミナーの受講)とともに、高齢者向け施設などへの公的導入が始まった。これまでに、約80%の地方自治体がパロを公的導入した。なお近年の導入施設には、発達障害者向け、精神障害者向け、脳機能障害者向けなどを含んでいる。デンマークにおいては、セラピストなどのユーザにパロの利用記録を依頼し、ユーザ会議において発表してもらい、臨床データや今後の改良ポイントなどの情報収集を行った。

 さらに、オランダ、ドイツ、ノルウェー、フランス、イギリスなど、他の欧州諸国でも同様の仕組みでパロの導入が始まった。特にドイツにおいては、2012年からパロを用いた在宅認知症高齢者や発達障害児など向けの訪問介護サービスが健康保険適用になった。イギリスでも複数のNational Health Service( NHS)がパロを導入し、認知症ケアでのパロの臨床評価を行い、良好な結果を得た。NHSでは、認知症者の問題行動の際に、最初に「非薬物療法」を試し、効果がなければ、「抗精神病薬を投薬してよい」というルールになっており、パロが最初のステップで効果的であることが認められた。

 アメリカでは2009年末から販売が始まった。個々の施設などは、電子介護記録などを活用することにより、パロのセラピー効果の臨床評価を行っており、徐々に臨床データが蓄積されている。特に退役軍人省病院では、認知症とPTSD(心的外傷後ストレス障害)の患者に対するセラピー効果を評価し、周辺症状の抑制・緩和、抗精神病薬の低減を示した。これによりパロは「連邦政府調達品」の対象となった。

 テキサス州立大学とベイラー医療グループは、5か所の認知症ケア・ユニットにおいて、61名を対象にRCTを実施し、「パロあり」グループと「パロなし」グループを比較し、認知症者が1回20分間パロとふれあい、週3回、12週間実施した。結果として、「不安」「うつ」「痛み」「ストレス」について、「パロあり」が統計的に有意に低減・改善した。また、「不安」に対する抗精神病薬が30%低減した。また、不安薬よりも、パロは2時間以上効果が長く持続した。認知症ケア・ユニットでは、1か月あたり、認知症者に約1,500ドルの薬代がかかっており、パロを用いることにより、そのコストと副作用の低減が期待できる5)

 シンガポールでは、政府機関とアルツハイマー病協会がパロのセラピー効果を臨床評価し、その良好な結果をふまえて、高齢者向け施設での介護の質と生産性の向上を理由に、政府から70%の補助金が出されるようになった。

 わが国では、これまでに「アザラシ型ロボット・パロによるロボット・セラピー研究会」を7回開催し、主に認知症をテーマに、在宅介護、グループホーム、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、精神科病院、リハビリテーション病院などでの臨床評価結果について発表が行われ、非常に興味深いセラピー効果の臨床データや事例を得た4)。第4回では、小児がんなどの長期入院、児童精神科、発達障害などの子供たちの事例も発表された。

 神奈川県は、2010年度から介護ロボットの普及をめざして、パロなどの実証実験を複数の高齢者向け施設で実施した。その結果、認知症高齢者の気分の向上、行動の改善、会話の増加など、良好な効果が確認されたが、パロを活用するセラピストや介護者の運用スキルの違いにより、効果に差があったため、人材教育・育成の重要性が指摘された。これらの結果をふまえて、公益財団法人かながわ福祉サービス振興会による「介護ロボット活用ガイドライン 機種編メンタルコミットロボット『パロ』導入の手引き」が策定された。2012年度には、「介護ロボット普及推進センター」が設置され、啓発活動が行われ、2013年度にはパロに関する「研修」を毎月開催し、施設向けに30体のパロ導入を半額補助し、2014年度も同様に30体を補助した。

 富山県南砺市は、2013年から公益財団法人テクノエイド協会から厚生労働省の予算を得て、在宅介護でのパロの活用による、在宅介護の維持の評価を開始した。その結果、認知症の要介護者の問題行動を低減化し、また家族の介護負担を軽減化した。その後、南砺市の独自事業として、パロの無償貸出しを開始した4)。その結果の1事例として、認知症と統合失調症により「要介護5」で寝たきりの状態だった方が、パロと一緒に生活することにより統合失調症が治り、認知症は残るものの「要介護2」に改善した(写真2)。

写真2:在宅介護でパロと一緒に生活を始めて、要介護5(統合失調症と認知症)から要介護2(認知症のみ)に改善した女性

 同様に、岡山市は総合特区の取り組みとして、介護保険適用外の福祉用具に介護保険を適用する対象の1つにパロを選定し、要介護者本人がパロのレンタル費用の1割を負担し、実証実験を進めている4)

 2016年度には、AMED(日本医療研究開発機構)が、経済産業省「ロボット介護機器開発・導入促進事業」の一環として、介護現場で「パロ」などのコミュニケーション・ロボットの実証試験を行っており、関心が高まっている。

まとめ

 本稿では、パロの研究開発、国内外での利用状況、実証・臨床実験によるセラピー効果のエビデンスなどについて述べた。セラピー用ロボットは、社会に徐々に受け入れられ、利用が始まったところであり、今後、世界各地の医療福祉に関わる社会制度への組み込みが大きな課題である6)

参考文献

  1. T. Shibata, Therapeutic Seal Robot as Biofeedback Medical Device:Qualitative and Quantitative Evaluations of Robot Therapy in Dementia Care, Procs. of the IEEE, Vol. 100, No. 8,pp. 2527-2538, 2012
  2. World Alzheimer Report 2015
  3. Kawaguchi Y, et al., Investigation of Brain Activity during Interaction with Seal Robot by fNIRS,.Proc. of IEEE RO-MAN 2011:pp. 308-313, 2011
  4. 第1~7回「アザラシ型ロボット・パロによるロボット・セラピー研究会」抄録集 株式会社知能システム(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  5. S. Petersen, et al., The Utilization of Robotic Pets in Dementia Care, Journal of Alzheimer's Disease, 55, pp. 569-574, 2017
  6. D. Normile, Will humans be more comfortable living with robots that look less like machines and more like pets

筆者

筆者写真:柴田崇徳氏

柴田 崇徳(しばた たかのり)
国立研究開発法人産業技術総合研究所人間情報研究部門上級主任研究員
略歴:
1992年:名古屋大学大学院電子機械工学専攻修了、1993年:通商産業省工業技術院機械技術研究所研究官、1995年~1998年:マサチューセッツ工科大学人工知能研究所研究員兼任、1998年:通商産業省工業技術院機械技術研究所主任研究官、2001年:産業技術総合研究所主任研究員、2009年~2010年:内閣府政策統括官(科学技術政策・イノベーション担当)付参事官(情報通信担当)付、および社会還元加速プロジェクト(在宅医療・介護担当)兼任、2013年より現職、東京工業大学情報理工学院情報工学系特定教授、マサチューセッツ工科大学高齢化研究所客員フェロー
専門分野:
電子機械工学、ロボット、人工知能、高齢医療福祉。博士(工学)

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.81

Aging&Health(エイジングアンドヘルス)No.81(新しいウィンドウが開きます)

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