健康長寿ネット

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高齢者・身障者の運動機能支援ロボット

公開日:2017年4月14日 14時08分
更新日:2019年8月 6日 13時32分

長谷川 泰久(はせがわ やすひさ)

名古屋大学大学院工学研究科マイクロ・ナノ機械理工学専攻教授

ロボットによる運動機能支援

 事故や疾病による運動障害や加齢などによる運動機能の低下は、トレーニングやリハビリなどによって回復することが望ましい。しかし、元の機能への回復がむずかしい場合には、支援機器による機能補完が必要となる場合がある。この機能補完によって社会へ復帰し、本人の能力を活かした仕事などの活動ができるようになることは、本人だけでなく社会にとって大変望ましいことである。

 この運動機能の低下や運動障害は、身体の部位・程度が個人で異なり、また加齢など経時的な変化、個人特有な症状がみられることもある。また、身体だけでなく、発達障害など知的な面の支援も機能補完であり、扱う対象は多岐にわたる。よって、補完アプローチや支援機器は、物理的なものから情報的な支援までさまざまである。

 身体機能の支援は、これまで介助者によって個々のニーズに応じて行われてきた。しかし、介助者の身体負荷の問題が顕著となる老老介護や、介護コスト増加などの社会問題の解決を目的として、ロボットへの期待が高まってきている。ロボットは、プライバシーの保護や個人の自立心・尊厳を維持するうえで介護者よりも望ましい場面もあり、さらには、障がい者が遠慮することなく、より細かな希望に沿った支援ができるものとして、その活用が望まれている。

 そこで、次項では高齢者や身障者を対象とした歩行機能の補完について、続いて、筋力が低下した方の上肢運動機能の補完について、支援事例を交えて説明する。

歩行機能の支援

 脳卒中患者や高齢者にとって歩行機能の維持・回復を目的としたリハビリテーション(以下、リハビリ)は、本人だけでなく、社会にとっても非常に重要なものである。歩行は人間にとって最も基本的な活動の1つであり、日常生活では不可欠である。歩行によって高齢者は肉体的・精神的な健康を保つことができ、生活の質(QOL)を高めることができる。

 また、ひとたび歩行が困難になると、日常生活の運動量が減り、本来の疾患は重症でないにもかかわらず連鎖反応的にその他の身体的機能も衰える「廃用性症候群」となり、最終的に寝たきりの状態に結び付く危険性も指摘されている。医療・介護・福祉のすべての場面において、人の歩行を支援するロボットの需要は今後ますます増加するものと考えられる。

 例えば、医療・リハビリにおいて、脳卒中後の歩行再獲得をめざした身体装着型の歩行支援ロボット(HAL医療用下肢タイプ)は、治験が開始されている。また、ゲーム感覚でバランス機能の向上や、歩行訓練ができる機器(トヨタ自動車)も研究・開発されている。

 歩行訓練時の最も高いリスクの1つとして転倒があり、この転倒を防止するには、回避と予防の2つのアプローチがある。歩行者が、何らかの原因ですでに体勢を崩し始めている状態からの回復は、高齢者にとって足腰に(さらに杖を持っている場合には腕にも)大きな負担となる。また、ロボットがすでに転倒し始めている人を回復させるためには、ロボットが瞬時に大きな支持力を発生する必要があるため、低出力のロボットでは身体を支えきれない。よって、転倒動作が検出されてから、その対処を行うのではなく、予め転倒の要因を排除しておく転倒予防が、転倒防止策として有効である。

 そこで、われわれは杖ロボット「Intelligent Cane」(インテリジェントケイン)の研究開発に取り組み、高齢者が直感的に使用でき、安全に歩行できるパートナーとなるべくロボットの研究を進めている。転倒要因の一因と考えられる「タンデムスタンス状態」(両脚が一直線に並ぶ状態)を回避することで、転倒を予防する技を研究・開発した。図1に示すように杖ロボットは、支援対象である高齢者にも親しみを持ってもらえるようテントウムシ(転倒無視)を模したカバーで覆い、任意方向に移動ができるよう駆動部に3つのオムニホイールからなる3輪台車を採用している。また、持ち手部分に6軸力覚センサを搭載し、使用者がロボットに加えた並進力とモーメントに応じアドミッタンス制御にて移動する。

 また、地面から高さ約20cmの位置にはレーザー距離計(LRF)を搭載し、人の両脚の位置を計測し、使用者との相対距離の制御だけでなく、その位置の変化履歴から現在の歩行フェーズ(両脚支持期〈右脚前or左脚前〉と単脚支持期〈右脚or左脚〉の4つのフェーズ)を推定する。転倒の要因の1つであるタンデムスタンス状態は、旋回時に外側の脚が内側に入ることで起きることが多い。そこで、この歩行フェーズに応じて自動的にアドミッタンス制御パラメータを変更することで、杖ロボットの横方向の動きやすさを変更し、使用者の上体の向きを拘束する。これによって下肢の向きも拘束され、タンデムスタンスを予防し、転倒を予防する1)

 さらに、パルスオキシメータを搭載し、歩行中の心拍数と血中酸素濃度を取得し、歩行負荷の把握および調節に使用する。また、タッチパネルディスプレイを用いたグラフィックユーザインターフェース(GUI)や音声ガイドを通してインタラクティブな操作が可能である。

 図1は、国立長寿医療研究センターにて高齢者が理学療法士とともにロボットを用いて歩行している様子である。リハビリの場において、入院患者 21名にご協力いただいた臨床試験では、リハビリ現場に与える効果を検証し、体力維持・回復への適度な運動負荷の提供とリハビリへのモチベーションの維持、患者によっては体力向上がみられた。

図1:杖型歩行補助ロボット「インテリジェントケイン」を用いて歩行している様子

 具体的なデータを紹介すると、インフォームド・コンセントを十分理解できる認知能力を有する平均76.4歳の男女が、4日間連続で通常の歩行器と杖ロボットを使用した際の歩行消費エネルギーを比較した。消費エネルギー指標としてPhysiological Cost Index(以下、PCI)を使用し、杖ロボットを使用した場合のPCIは通常の歩行器を使用した場合のPCIよりも高く、有意傾向がみられた。

 さらに、歩行訓練の前後において杖ロボットについての印象を被験者に伺ったところ、被験者の76%が杖ロボット自体に関心を示し、29%は杖ロボットの機械的部分に関心を示した。また、33%はユーザインターフェースに興味を持ち、これはロボット自体のものめずらしさや視覚的な目立ちやすさ、音声による呼びかけによる効果もあったと考えられる。さらに被験者の86%で再び杖ロボットを用いて歩行リハビリを行いたいと回答があり、被験者の歩行リハビリへの動機付けの維持・向上に貢献したと考えられる。

 高齢者にとって歩行は、その移動機能に加え、筋骨格系から循環器系まで健康維持によい効果が期待できる。さらに、病室間の移動や家庭から社会へ出ることで、人と人とのつながりを保つこともでき、認知機能へもよい影響が期待できる。つまり、歩行は高齢者の生活の質を維持する基本的な運動であり、本杖ロボットにより、歩行時の転倒リスクを低減しなら、歩行やリハビリが行える。また、この杖ロボットを導入することで、高齢者や疾患の軽い患者が安全かつ手軽にリハビリに取り組む環境整備に寄与できるものと期待している。

上肢の作業機能の支援

 デュシェンヌ型筋ジストロフィや脊髄性筋萎縮症(SMA)などの遺伝性疾患による筋力低下障害は、体幹や四肢の筋力低下・筋萎縮により、姿勢維持や上肢や下肢に力を入れることがむずかしくなる。症状の進行によって移動や食事といった日常生活に困難が伴い、介助者の支援が必要となるが、常に他者の介助を受けることによる患者の精神的負担や、介助者の負担が問題となっている。

 そこで、このような患者の自立した生活を支援し、生活の質の向上を目的とした上肢支援の機器が研究されてきた。上肢支援機器は「ロボットアーム型」と「身体装着型」の大きく2種類に分類できる。

 ロボットアーム型として、産業技術総合研究所のRAPUDAや、セコム株式会社のマイスプーン、早稲田大学・菅野らの車椅子用ロボットアームなどが挙げられる。これらは、手先や首の動きといった体の残存機能を用いて、ジョイスティックで車椅子や机に取り付けられたロボットアームを操作し、使用者の腕の代わりに作業を行うものである。重篤な障がい者にとって大変有効な支援となる。

 一方で、身体装着型は患者の障害部位に機器を装着し、身体の動作を直接支援するものである。この際、患者は自身の手が直接作業に参加できるため、運動機能を維持でき、さらに自身の体を動かすことで主体性を感じられる。

 さらに、身体装着型は、「能動支援型」と「受動支援型」の2種類に細分類できる。能動支援型機器は、アクチュエータ(電気・油圧・空圧などのエネルギーを並進・回転運動に変換する駆動装置)を用いて支援力を発生し支援するシステムである。例えば、筑波大学・山海らのHAL-ULや芝浦工業大学・田中らの上肢作業補助器がある。このアクチュエータを用いた能動支援型機器は、患者の本来の力以上の力を発揮できるため、作業できる対象動作が多いのが特徴である。

 受動支援型機器は、バネなどの受動要素を用い、主に重力を免荷することで、使用者の身体運動を支援するものである。例えば、Armon Products社 のArmonや北里大学・浅井らのPortable Spring Balancer、慶應義塾大学・森田らのトルク補償型肩装具が提案されている。受動支援型機器は、装着者の重力を補償するため、残存機能が少ない場合には使用できないが、アクチュエータを必要とせず、身体の本来が持つ巧みさ、特に手では巧緻性(こうちせい)を活かした作業を行うことができ、また機器のコストも抑えられる利点を持つ。よって受動支援型機器は、重力の影響を除いた状態で、身体を動かすことができる筋力が残存している場合の支援に適している。

 手が物体を操作する際には、物体を把持(はじ)する機能だけでなく、手首にもそれを支える筋力が必要となる。筋力低下者にとって手首に支援がなければ、把持物体を持ち上げ、移動することができない。そこで、従来はアクチュエータを用いず手首の安定保持を目的とした手背屈装具(カックアップスプリント)が用いられている。これは、手首を固定できる反面、掌屈(しょうくつ)・伸展ができず、手先や掌を目的の位置へ移動させる作業が制限される。そこで、われわれは前腕、上腕だけでなく手首を受動支援型と能動支援型のハイブリッドにて支援することで、作業時に手先を目的位置まで移動するような緻密(ちみつ)な作業を支援できる支援機器2)を研究開発した(図2)。この支援機器は手を手首支援フレームに置き、左手で球型のジョイスティックを操作することで手首の角度を調節できる。また、手首支援フレームに内蔵する板バネにより、自らの力で手首角度を変え、手先位置を微調節できる。さらに、手首支援フレームにノートや教科書といった薄型の重量物を把持するフックが付いており、把持時の手首の負担を大幅に軽減できる。

 脊髄性筋萎縮症患者にも本支援システムを使用してもらい、上肢の巧緻性評価であるAction Research Arm Testにて、すべてのテスト項目において、従来の支援機器よりも、大幅に作業効率、作業達成度の双方にて向上を確認した。患者さんへのヒアリングでは、「物を持上げるために支援があるとありがたい」、「手首支援により手先が伸びることがうれしい」など、手首の支援に対して好意的な意見をいただいている。

図2:Armon Pura3)に搭載したハイブリッド手首支援機器

今後の展望

 これらの支援機器を、現場への導入を推進していくために、安全性や使いやすさ、身体への親和性の向上など使用者である障がい者や高齢者の目線に立った開発を進めるとともに、ロボットの得意とする使用者の状態の精密な計測や制御技術、履歴管理やデータベース化などについても研究を進めている。

参考文献

  1. S. Nakagawa, et al., Tandem Stance Avoidance Using Adaptive and Asymmetric Admittance Control for Fall Prevention, IEEE Trans. on Neural Systems & Rehabilitation Engineering, 24(5),pp.542-550, 2016.
  2. Y. Hasegawa, et al., Development of Wrist Support Mechanism for Muscle Weakness Person to Work on Desk Work, International Symposium on Micro-NanoMechatronics and Human Science,pp.9-12, 2014.
  3. Armon Products(英語)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

筆者

筆者写真:長谷川泰久氏

長谷川 泰久(はせがわ やすひさ)
名古屋大学大学院工学研究科マイクロ・ナノ機械理工学専攻教授
略歴:
1996年:名古屋大学大学院修了、三菱重工業(株)入社、1998年:名古屋大学大学院工学研究科マイクロシステム工学専攻助手、2003年:岐阜大学工学部講師、2004年:筑波大学機能工学系講師、同大学院システム情報工学研究科講師、2007年:同准教授、2014年より現職、筑波大学システム情報系客員教授
専門分野:
上肢の作業支援

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.81

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