健康長寿ネット

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高齢夫婦の暮らしと住まいのあり方

公開日:2017年6月 6日 13時31分
更新日:2019年8月15日 13時17分

嘉規 智織(かき ちおり)
株式会社住環境研究所市場調査室長

倉片 恒治(くらかた つねはる)
株式会社住環境研究所所長

はじめに

 現在わが国では高齢社会を迎え、65歳以上人口は約3,100万人である。平均寿命をみると、1970年では男性69.3歳、女性74.6歳から、2013年では男性80.2歳、女性86.1歳となっており1)、43年間で男女とも10歳以上も寿命が伸長した。60歳で定年を迎えても、人生を終えるまでに20年間も長い期間を過ごすことになる。

 また、身体面でも昔の高齢者に比べ現在の高齢者の若返りも指摘されており、60歳では体力気力ともに元気に生活することができる。ライフステージでも定年や子どもの独立など、大きな変化を迎える時期でもある。平均寿命が延びたことで、現在の60歳、70歳は、高齢期を元気に過ごしながら第二の人生設計を模索し、新しい高齢者モデルを創造していかなければならない世代であるといえる。

 一方で65歳以上の高齢者の事故は、発生場所をみると77%は住宅内で起きている。内訳をみると屋内での事故が8割を占めており、うち居室が45%、階段18.7%、台所・食堂17%と居室での事故がもっとも多い2)。住み慣れた家が必ずしも安全ではないことがうかがえる。生活の基盤は住宅であり、新たな人生を楽しく過ごすためにも、ライフステージの変化を踏まえ、先のことをイメージしながら住まいを考える必要がある。

四住期から考える

 25年区切りの住まい  古代インドでは、人生を4つの時期に分けて生き方を示唆した「四住期」という考え方がある。その4つとは、「学生期(がくしょうき)」「家住期(かじゅうき)」「林住期(りんじゅうき)」「遊行期(ゆぎょうき)」である3)。  この四住期を25年区切りで人生に当てはめてみると、学生期は0~25歳、学業をし、自分自身が育つ時期である。家住期は25~50歳、就職、結婚、子育てを行う時期である。林住期は50~75歳、子育ての終了、定年、孫の誕生など社会的な役割を終え、次の世代に役割を引き継ぎ、自分自身をまた生き直す時期である。遊行期は75~100歳、後期高齢者となり身体機能も衰えはじめ、おだやかに余生を送る時期となる。人生をこのように区切ってみると、それぞれの時期の特徴が整理されて、ライフステージの変化をイメージしやすくなると思う。 住まいも同様に25年区切りで機能が変化している。0~50歳までは、ファミリー向けで子育てを中心とした住まいである。家事や育児を効率的にこなす設備や子ども部屋の確保といったことが住まいに求められる。また、人生後半(75歳以降)の住まいは、有料老人ホームや各種の施設、サービス付き高齢者向け住宅など、介護サービスを利用しバリアフリー仕様で安全な住まいが求められ、現在ではさまざまな形態が存在している(表1)。

表1:四住期から考える25年区切りの住まい

表1:古代インドの人生を4つの時期に分けて生き方を示唆した四住期から考える25年区切りの住まいを表す図。

 平均寿命が延び、この50~75歳(林住期)に当たる期間を活動的に過ごせる時代において、林住期の暮らしを支える住まいはまだ十分に考えられていない。

 そこで当研究所では、この50~75歳(林住期)にあたる期間に着目し、50~60歳代の暮らしや意識の実態を探ってみた。50~60歳代家族の最初の実態調査(2004年)からは、「自立した大人同士がお互いを尊重し配慮して暮しており、"一緒の時間"と"自分ひとりの時間"を充実させ、それぞれの個を基盤としたライフスタイルを持っている」という結果を得た。

 その後、2004年の結果を受けて、この年代の夫婦世帯に着目し、社会的な役割を終えた定年後の夫婦の意識と暮らしを明らかにするため、2012年に調査を実施した。

定年後の夫婦の意識と住まいへの要望

 ここでは、「定年後の夫婦の意識と暮らし調査」からデータを紹介する。調査方法はインターネット調査、実施時期は2012年。対象者は55歳以上の男女で1,009人。

1. 夫婦の意識

 夫婦の意識として、「A:夫婦といえども1人の時間が欲しい。それでこそ仲良く暮せる」「B:会話があってこそわかり合える夫婦になる。夫婦共有の時間を多く持ちたい」の2つの意見に対して、男女全体ではAの「夫婦といえども1人の時間が欲しい」が59%と半数以上を占めた。男女別でみると、女性は74%と男性に比べ高くなっており、女性は個の時間を大切にしていることがわかる。一方、Bの「夫婦共有の時間を多く持ちたい」は20%であった。

2. 暮らし全般(夫婦の趣味、友人との交流、社会との接点)

 「夫婦の趣味」、「友人との交流」、「社会との接点」についてそれぞれA、Bの2つの意見を聞いてみた。

 「夫婦の趣味」について、「A:夫婦といえども個人を尊重すべき。趣味は別々に楽しみたい」「B:夫婦で共通の趣味を持ち一緒に楽しみたい」の2つの意見に対して、男女全体ではAが67%であった。男女別でみても、ともに別々の趣味を考える人は半数以上を超えた。一方、Bは全体で13%であった。

 「友人との交流」については、「A:友人、知人との交流は大切にしたい。積極的に交流を行いたい」「B:友人、知人との交流はほどほどでよい。交流は最低限でよい」の2つの意見に対して、男女全体でAが50%であった。女性で 「友人との交流は積極的に行いたい」が55%であり、男性は48%であった。女性の方で男性に比べ、友人と積極的に交流を行いたい人が多いことがわかる。一方、Bは全体で15%であった。

 また「社会との接点」は、「A:定年後、老後も仕事やボランティア、地域活動などを行い、社会との接点を持ち続けたい」「B:定年後、老後は完全に引退し、特に社会との接点を持ち続けたいと思わない」の2つの意見に対して、全体でAが43%であった。女性で50%、男性で40%。男性では、Bの「定年後、特に社会との接点を持ち続けたいと思わない」が18%と女性に比べ多い。

3. 自分専用の空間

 「実際にある空間および自分専用に欲しい空間」について聞いたところ、「実際にある自分専用の空間」は、男性では書斎や仕事部屋が35%。女性では自分だけのくつろぎの部屋27%、趣味室25%。趣味やくつろぎの部屋の実現率は2割程度であった。

 一方、欲しい空間は、男女ともに現在では少ない「趣味室」や「自分だけのくつろぎ空間」を希望していた。

4. 将来の夫婦意識

 「将来、体が弱ったときの夫婦の意識」を聞いたところ、 「A:体が弱っても『個』を尊重し夫婦であっても比較的自分のペースを守って暮らしたい」が全体で31%、「B:体が弱ったら夫婦で助け合い、共有の時間を多く持って暮らしたい」が45%であった。

 夫婦意識は、元気な時は「1人の時間を大切にしたい」が、体が弱ったときは「助け合い共有の時間を多く持ちたい」へ変化していく。

5. まとめ

 元気な時の夫婦は、夫婦であってもお互いの個を尊重し、趣味は別々に行うことを望む。また女性はより積極的な友人交流や社会との接点を求めている。住まいに求めることは、男女とも「個」の空間として、「趣味室や自分だけのくつろぎ空間」。

 体が弱った時の夫婦意識は、「1人の時間が大事」から「助け合って共有の時間を持ちたい」に変化する。年齢を重ねるごとに、助け合い、共生の生活への配慮が必要である。

シングル・ミックスな暮らし

 2012年の調査から、夫婦といえども1人の時間が大事と「個」を尊重する意識がうかがえたが、50~60歳代家族の最初の実態調査(2004年)からも、「"一緒の時間"と"自分ひとりの時間"を充実させ、それぞれの個を基盤にしたライフスタイルを持っている」という結果が得られた。

 それは、あたかも自立した大人(シングル)が共生(ミックス)して生活しているようであったため、当研究所では、これら50~60歳代以降の夫婦の暮らし方として「シングル・ミックス」と命名した。

 シングル・ミックスな暮らしとは、お互いの個を尊重し合う「シングル(自立した個)」と夫婦2人が適度な距離感でコミュニケーションする「ミックス(共生)」の生活である。また社会的な役割が終わり、自分自身を生き直すためにも 「自立した個」とそれまで培ってきた夫婦の絆を大事にして「共生」していくことを重視した提案をしたい(図1)。

互いの個を尊重し合う「シングル(自立)」の暮らしと夫婦2人が適度な距離感でコミュニケーションする「ミックス(共生)」の生活の図
図1:シングル・ミックスな暮らし

 住まいにおいては、夫、妻のそれぞれのシングルスペース、両者の交流の場としてのミックススペース、コミュニティエリア(社会に開く)部分をバランスよく配置することが重要である。「個(シングル)」のみを重視するのではなく「共生(ミックス)」の両方のバランスが大切である。これらのシングル・ミックスな暮らしを実現するために住まいの計画時に必要な5つのポイントをまとめた。

シングル・ミックスな暮らしを実現するための5つのポイント

1.自分の場所をつくる(シングルスペース)

  • 個室、コーナーでもいいので自分の場所を確保する
  • 夫婦別寝室にすれば、寝室が自分の場所になる
  • ライフワーク実践の場として広さと備品を考える

2.夫婦別寝室を考える

  • 若さと健康を保つ質のよい睡眠を確保する
  • 生活リズムが異なっていても気を遣わない
  • お互いに気遣いや我慢のない就寝スタイルを考える

3.夫婦の場所をつくる(ミックススペース)

  • 趣味や就寝時間以外に一緒に過ごす場所を作る
  • 食べたり話をしたり、 2人で心地よく過ごせる場を考える

4.ほどよい距離を保つ

  • 夫婦のシングルスペースの距離感を考える
  • ミックススペースにおける夫と妻の居場所を考える
  • 心地よい距離感を確保する

5.社会につながる場をつくる(コミュニティエリア)

  • コミュニティとつながりやすい場の工夫
  • 社会とつながる場とプライベ-トの場をしっかり分ける

 またシングル・ミックスな暮らしを実現するためには、下記のような仕掛けも考えられる。

  1. 大きなテーブルで夫婦のいい距離感を保つ
    • 同じリビングダイニングにいても、大きなテーブル(例:6人掛け程度)を置き、テーブルの端と端に座るなどして視線をずらし距離感を保つ。
  2. 間取りや家具配置で視線をずらす工夫
    • リビングダイニングに3人掛けのソファを置くより、1人掛けのソファを2つ用意し、それぞれ妻のイス、夫のイスを決め、ホテルのロビーにあるようなソファとサイドテーブルを用いたコーナーを設定する。同じ空間にいてもそれぞれが居心地のよい場所で過ごす。

健康維持、介護予防ための4つのポイント

 これから先のことをイメージして住まいを考え見直す上で、健康維持や介護を予防すること、あるいは介護を想定することは必要不可欠である。健康寿命を伸ばす住まいとは、1.家の中に病気の原因をつくらない、2.家の中での活動を妨げない──の2点が挙げられる。

 1.については、要介護化の原因と死因のうち、脳血管疾患、転倒・骨折、高齢による衰弱死、肺炎は、いずれも住まいで予防することができる。これらの大きな原因としては家の温度差が挙げられ、家全体を均一な温度に設定することが求められる。また温度差がない屋内は活動がしやすく、日常生活行為を継続することが可能になる。日々の生活を継続できることは、健康維持にも有効である。

 2.については、活動量を妨げることの原因の1つに、外出がしにくい玄関や敷地内の仕様などが挙げられる。これらも「段差を少なくする」、「段差部分に手すりを設置する」、「福祉器具が利用できる広さを確保する」などが必要である。外出は「地域の友人と話をすること」、買物などは「社会との接点を持つこと」につながり、活動量が上がるとともに、認知機能の保持にも有効であると考えられる。

 健康維持・介護予防の住まいにおける4つのポイントを下記にまとめる。

  1. 温熱バリアフリー
    • 屋内での温度差を作らないこと。
  2. 段差バリアフリー
    • 屋内での段差を作らない。
  3. 外出バリアフリー
    • 外出しやすい玄関、玄関アプローチをつくる。
  4. 安全で機能的なサニタリー(浴室、トイレ、洗面所)
    • 排泄、入浴、洗面等がいつまでも継続できる仕様を持つ。

おわりに  

 最後にシングル・ミックスな暮らしと健康維持、介護予防に配慮したプラン例を提示する(図2)。モデルプランの家族像は、60歳代夫婦+30歳代の子の3人家族とし、結婚した娘が近所に居住し、親世帯(主に退職した夫)が育児の支援を行っている。妻は日中パートで働きに出ており、定年退職した夫は家にいる設定にした。夫、妻それぞれのシングルスペースとしての寝室を2階に計画した。

図2:最後にシングル・ミックスな暮らしと健康維持、介護予防に配慮した住宅設計のプラン例。想定家族は60歳代夫婦+30歳代娘の3人家族。
図2:モデルプラン例

 ミックススペースでは、1階のリビング、ダイニングとし、特にリビングダイニングに隣接する和室は、日常のくつろぎの場であり、かつ夫の居場所でもある。また孫や子供の来訪時は、親族の交流の場になる。この和室は将来、夫婦の寝室にもなるため、水まわりと近接させ、夫婦の体が弱ってもできるだけ排泄などは自立でき、介護のしやすさにも配慮した。

 住まいは高齢期の生活を支える重要な要素である。高齢期に向けて住環境を十分に整えることで、心も体も健康で活動的に過ごせる期間を長く保つことができる。人生の節目となる時期に次のライフステージを踏まえ、今一度、住まいを見直してみてはいかがだろうか。

参考文献

  1. 厚労省:簡易生命表 2013
  2. 独立行政法人国民生活センター:「医療機関ネットワーク事業からみた家庭内事故」2013
  3. 五木寛之:「林住期」.幻冬舎.2007

著者

筆者写真:嘉規智織
嘉規 智織(かき ちおり)
株式会社住環境研究所市場調査室長
略歴:
1988年:日本大学芸術学部卒業、株式会社住環境研究所入社、2014年より現職
専門分野:
高齢者・家族ライフスタイル
倉片 恒治(くらかた つねはる)
株式会社住環境研究所所長
略歴:
1978年:慶應義塾大学経済学部卒業、積水化学工業株式会社入社、1995年:積水化学工業株式会社多摩ハイム営業所所長、1997年:セキスイインテリア株式会社取締役東京支店長、2009年より現職
専門分野:
マーケティング

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.74

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