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多様性・総合性が育む高齢者の居住環境

公開日:2017年6月 9日 16時18分
更新日:2019年2月 1日 21時58分

大月 敏雄(おおつき としお)

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授

人は住宅にも住むが、まちにも住む

 筆者は建築学の研究者であるが、特に住宅の計画や設計を専門としている。個別の住宅だけでなく、住宅が群として居住地を構成するものを主たる対象としている。具体的にいうと、アパートやマンションといった集合住宅であったり、戸建て住宅が一群としてまちを形成している団地であったりする。昨今流行りのサービス付き高齢者向け住宅も対象の範囲内であり、特別養護老人ホームや介護老人保健施設といった高齢者施設や病院なども集合的居住という観点から、考察の対象となる。

 通常、建築の業界というと、個別の敷地内における仕事や区分された建物区画内での仕事が多いので、個別の敷地の境界線を飛び越えるような提案や計画や設計は、まちづくりや都市計画といった領域とも重複することになる。したがって、筆者の仕事はたいてい建築と都市の中間領域が対象となっている。  筆者がよく使うフレーズに「人は住宅にも住むが、まちにも住む」というのがある。これは建築と都市の中間的立場を表現したものである。人間の望ましい居住環境を考えた場合には、その人が使う部屋の中の家具のレイアウトや色や照明や温度湿度を考察することはもちろん大事だが、その人が部屋から一歩外に出て、どのような環境のもとでどのような人とふれあい、あるいは1人で居場所を形成するのかということも同様に重要なことである。部屋や建物を出た先にどのような居住環境が待っているのかを計画することも、部屋や住宅そのものを計画することと同様に大事なのである。

 これを高齢者施設に引き寄せていうならば、例えば、「いつも手のかかる認知症のおじいちゃんによく話を聞いてみると、田舎の墓参りに行きたいということで、連れていったらとたんに落ち着くようになった」というようなことである。おそらく人間の精神が住まう場所というのは、部屋ばかりでなく家ばかりでもなく、身近なまちであったり、思い出の中の重要な場所であったりするのだろう。

 だが、これまでの建築系の専門領域は、部屋の中での最適化、建物内での最適化、敷地内での最適化、団地内での最適化といった、境界のわかりやすい場所での最適化ばかりを指向していたようである。そのことが、本来はもっと複雑で多様な空間にまたがって初めて最適化できるという、人間の心と体の領域性の本質を分断してきたのではないかという疑念を持っている。

居住環境の総合的機能の重要性:医職住

 戦後にできた多くの集合住宅や団地といった集住形態には、「人は住宅にも住むが、まちにも住む」ということがうまく実現できていないところが多い。家の中にいれば極めて快適だが、家の外に一歩出ると退屈であるような居住環境。家の中には居場所があるが、家の外には居場所がないような居住環境。家の中の環境を重視しすぎたために、まちとしての魅力のある居住環境に目がいっていなかったことに気付くだろう。だから、われわれは海外旅行で欧米の都市の住宅地を見るたびに、彼我(ひが)の埋めようもない隔たりを感ぜずにはいられないのであろう。

 逆に、戦前に計画された公共的な居住環境には、今われわれがめざすべき、もっとトータルな人間性の本質に近いところの空間形成の跡がみられる。日本で最初の公共住宅といわれる玉姫公設長屋は、明治44(1911)年に建設された。同年の浅草大火という大災害に寄せられた義援金を用いて、当時の東京府や東京市の外郭団体として設立した辛亥(しんがい)救済会が建設した復興住宅であった。その配置図(図1)をみると、単に住宅が並んでいるばかりではない。復興住宅として2階建ての木造長屋も並ぶのだが、店舗併用住宅や託児場、浴場、職業紹介所および宿泊所といった施設も小規模な敷地の中に設けられていた。

図1:辛亥救済会が建設した珠姫公設長屋の配置図。
図1:辛亥救済会玉姫公設長屋配置図(『浅草区史』1914年)

 これらの機能をあえて今風に解釈すれば、医の領域(託児場[チャイルドケア]、浴場[公衆衛生])、職の領域(店舗併用[就業の場]、職業紹介所[就業機会の提供])、住の領域(長屋、宿泊所)に分けられ、人間生活の基幹的な3つの領域である医職住の領域を網羅していることがわかる。

 この玉姫公設長屋を、そこから100年の経験の上に建設されたはずの東日本大震災の災害公営住宅という復興住宅の機能と比較すると、われわれ後輩たちの敗北は決定的である。なぜなら今建っている復興住宅のほとんどは、「住」の機能からしか成り立っていない。あっても小さな集会所くらいである。

 浅草の大火から12年後の大正12(1923)年に関東大震災が起きた。その時にも辛亥救済会と同様、集まった義援金を用いてつくった団体があった。財団法人同潤会である。

 同潤会では震災の翌年1924年度には仮住宅と木造復興住宅をほぼ完成させ、さらに1925年度には鉄筋コンクリートのアパートメント事業に着手した。そして、その後すぐに震災前から不良住宅として有名であった深川区猿江裏町において、日本で初めてのスラムクリアランス事業 ※1を実施した。被災した経済的弱者のためのハウジングである。

 そこでできたものは図2に示すようなものであった。復興住宅としてつくった鉄筋コンクリート3階建てのアパートの1階は、ほぼ店舗併用住宅(職)。医務室(医)、講堂(職:職のためには「教育」という意味で)、図書室(職)などが入った福祉施設(隣保館 ※2)として善隣館が計画された。

 そのほか、帝都復興区画整理事業によって、このアパートの隣にあそか病院(医)や保育園(医)を計画し、アパートだけでなく社会施設を一体的に整備して、福祉的まちづくりの拠点をつくるという計画意図が全うされていた。

 さらに同潤会では住宅の中庭にござ工場を3棟つくっている。実はこれは授産場※3(職)であった。アパート居住者の経済状態の改善のために、ござ工場で手に職をつけてもらうと同時に、多少のお給金を払って家計の足しにしてもらおうという意図である。

図2:深川区猿江裏町に計画された復興住宅の鳥瞰図。
図2:同潤会猿江裏町不良住宅地区改良事業鳥瞰図(中村寛 「住宅経営」『高等建築学第25巻』 常盤書房 1934年)
※1:
不良住宅が密集し住宅の老朽化が極限に達したため、取り壊して立て直す以外の手段では地区の再生が期待できない地区において、公共団体が事業主体となって土地を買収し、不良住宅を除去し、整地後、公共賃貸住宅を建設し、地区内の貧困層を低家賃で居住させる一連の事業。
※2:
貧困・教育・差別・環境問題などにより世間一般と比較して劣悪な問題を抱えるとされる地域(スラムや同和地区など)において、その対策を講ずることのできる専門知識を持つ者が常駐し、地域住人に対して適切な援助を行う社会福祉施設。
※3:
身体障害者や知的障害者、ならびに家庭の事情で就業や技能取得が困難な人物に対し、就労の場や技能取得を手助けする福祉施設。

 ここで生産されたござは、同潤会が復興住宅として経営していた数千戸の住宅の模様替えや管理のために使われた。住宅管理に不可欠な畳表やござを他所から高い値段で調達するより、自前の授産事業の産物を安く調達した方が同潤会の経営にとってもプラスである。このように猿江裏町では、医職住を総合的にプロデュースする計画が仕組まれていたのである。

 戦後、東日本大震災の災害復興住宅を含めて、こうした総合性を持つ集合住宅計画はまず現れていない。それは辛亥救済会や同潤会の時代の住宅事業が、福祉事業として営まれていたからである。こうした事業はすべて内務省社会局系(最初は内務省救護課)の仕事として営まれていた。

 しかし、戦時中にここから厚生省住宅課が枝分かれし、戦後には、住宅政策の所管が建設省住宅局に移った。その時から現在まで、住宅政策は建設政策として、さらに1980年代からは経済政策として認識されてきたのである。そのため、住宅と福祉を結び付けようという発想は1世紀近くも途絶していたと言っても過言ではない。

 今、このような多機能な集住環境をつくろうとすると、たくさんの縦割りの溝を埋めなければならず、誰もその溝をあえて飛び越えようとはしない。特に昨今の社会風潮では、一度失敗した人を決して許そうとはしないので、飛び越えようとして失敗すると二度と這い上がれない。結果として縦割りの溝は深まっていくばかりである。

医職住の復活を狙った東日本大震災仮設住宅計画:コミュニティケア型仮設住宅

 東日本大震災における応急仮設住宅は、世界に誇るべき迅速性を示した。一方で、外部空間の質については、阪神大震災で250人を超すといわれた高齢者の孤独死が、東日本大震災でも多発するのではないかという懸念を多くの人に抱かせた。なぜなら、住宅の並べ方がいかにも収容所的であったからである。

 筆者もこうした疑念を抱いた1人であり、阪神大震災の時の仮設住宅での高齢者の孤独な生活を目の当たりにしたことを思い出し、今回はそれを繰り返してはならないと思ったのである。さらに、前節で述べたような1世紀も前の建築の先輩方の人間生活の総合性を考えた計画について知っていたので、その医職住の計画を復活させねばと思い、東京大学高齢社会総合研究機構の仲間たちと提案したのが、 コミュニティケア型仮設住宅であった。

 その提案の骨子は、仮設住宅団地の中の住宅の一部分を向かい合わせにして、向かい合った玄関の間に木製のデッキを張り、その上部に簡単な屋根を架けるというものであった。われわれはこの空間を「縁側デッキ」と呼び、居住者同士がこの空間を介してお互いに見守りができ、なおかつコミュニティ形成ができるようになればいいと考えた。

 さらにこのデッキを延長して、バリアフリーのままサポートセンター(デイケアサービスもできる集会所、厚労省の補助の対象となった)につながることを提案した。当時、一般的な仮設住宅の前はアスファルト舗装されておらず、砂利敷きだったため、車いすやベビーカーはおろか、救急車のストレッチャーすらも通れないありさまであった。

 このデッキでバリアフリーの状態でつながった住宅ゾーンを「ケアゾーン」と名付けた。高齢者や震災を経て身体的・精神的にケアの必要となった人々を中心にここに入居してもらうことによって、緩い見守りの空間が確保された領域を計画した。これが「コミュニティケア型仮設住宅」である。

 ここで留意したのは、団地のすべてをケアゾーンとしなかったことである。とかく設計者や計画者というものは、ひとつのよいアイデアがあったら、そのワン・アイデアで全部の紙面を埋め尽くそうとする習性を持っている。それをグッと我慢し、3割程度をケアゾーン、残りの7割程度を一般ゾーンとして、普通の南面平行配置型のレイアウトとした。

 当時、被災地の平均高齢化率が3~4割程度であったため、3割程度はケアの必要な人だろうという見込みで3割をケアゾーンと決めた。また、仮設住宅を建設するのはあくまでも行政の仕事なので、彼らの仕事のやり方を真っ向から否定せずに、通常のやり方の中でのマイナーチェンジというように解釈してもらうことも、計画の実現性を担保するための重要なテクニックであった。

 この提案を採用してくれたのは岩手県釜石市と遠野市であった。特に釜石市の平田第六仮設住宅では、中央に被災した店舗やスーパーを入れた仮設商店街も計画され、医職住の計画の復活を果たせた(図3)。

岩手県釜石市の平田第6仮設住宅の配置図。中央にサポートセンターやスーパー、店舗を配置し、周囲を一般ゾーン、ケアゾーン、子育てゾーンが配置されている。
図3:釜石市平田総合公園仮設住宅の配置計画図

 

 しかし、もっと重要だったのは、「必ずしも全員が近隣とのコミュニケーションを優先したがっているわけではない」ということの再発見であった。大災害が起きるとマスコミをはじめ、多くの人々が住民同士のコミュニティの大切さを改めて実感し、とかく震災後は"コミュニティ帝国主義"といっていいほどのコミュニティ優先モードに染まってしまう。テレビ取材での「おばあちゃんたちと離ればなれで、おつらいでしょう」というレポーターのフリに、うんうんと頷いていたお嫁さんが、「実はやっとおばあちゃんと離れて暮らすことができて幸せだと思っていた」という聴き取り調査の例はよく聞く。

 コミュニティ形成に寄与する空間計画はどうあればいいのかという点は、人間が集まり暮らす環境を設計する際にはいつも課題になる。いつも24時間べったりコミュニケーションをしていればいいというものではなく、必要だと思った時に必要に応じて、選択的にコミュニケーションを取ることができるしつらえが求められる。

 写真は、釜石市で提案した縁側デッキでの住民の「お茶っこ」の様子をテレビの取材班が撮影している様子である。実は、これは住んでいる方に「いつもやっている感じでお願いします」と頼んで撮影したものである。すかさず「やらせではないか!」とそしりを受けそうであるが、重要なのはそこではない。やろうと思えばいつでも「お茶っこ」ができるという、ここに住む人々の人間関係のありさまが重要なのである。

写真:釜石市の縁側デッキでの「お茶っこ」の様子をテレビの取材班が撮影している風景写真。
写真:縁側デッキでのひとコマ

 つまり、コミュニティというのは常時コミュニケーションを行っているというのが大事なのではなく、必要に応じてコミュニケーションが取れるポテンシャルがあることが重要なのである。これは普通の集合住宅でも高齢者施設でも同様のことだと思われる。

 居住環境の計画において大事なのは、部屋以外の場所や住宅以外の場所において、どのような距離感で他者と一緒に過ごすことができるかを調整できることではないかと考えている。

著者

著者写真:大槻敏雄

大月 敏雄(おおつき としお)
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授
略歴:
1991年:東京大学工学部建築学科卒業、1996年:同大学大学院博士課程単位取得退学、横浜国立大学工学部建設学科助手、1999年:東京理科大学工学部建築学科講師、2008年:東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授、2014年より現職
専門分野:
建築計画学。博士(工学)

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.74

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