認知症の人のウェルビーイングと社会参加を支える肯定的交流プログラムの開発
公開日:2026年7月13日 09時01分
更新日:2026年7月13日 09時01分
李 相侖(い さんゆん)
認知症介護研究・研修大府センター研究部長
国立長寿医療研究センター老年社会科学研究部特任研究員
こちらの記事は下記より転載しました。
はじめに
高齢化の進展に伴い、認知症を有する人(認知症の人)は世界的に増加している。204か国における認知症の有病率予測に関する研究によると、認知症の人は2050年までに現在の約3倍に増加すると予測された1)。日本においても2040年には高齢者の約15%が認知症を有するとされ、2050年には認知症または軽度認知障害(MCI)の人が約1,218万人に達し、全人口の約1割に相当すると推計されている2),3)。2024年には「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行され、認知症になっても地域でその人らしく暮らし続けられる社会の実現が重要な理念として示された4)。認知症は誰にとっても身近な課題となりつつあり、認知症の人を支援の対象としてのみ捉えるのではなく、地域社会を構成する一員として理解し、関係性を築いていくことが求められている。
認知症になると、「支援する側」と「支援される側」という関係性で語られることが少なくない。しかし、地域での暮らしは、本来そのような一方向の関係だけで成り立つものではない。認知症の有無にかかわらず、人は他者との交流や地域とのつながりの中で生活している。認知症になっても地域で安心して暮らし続けるためには、医療や介護の充実にとどまらず、人とのつながりや安心して交流できる場が必要である。近年では、認知症カフェや地域交流の活動など、多様な実践の場が広がりつつあるが、認知症の人が自然に笑顔になり、地域住民と対等な立場で交流できる機会はまだ十分とは言えない。
一方で、現状では認知症の人の社会参加を妨げる要因は少なくない。道路や施設のわかりにくさといった物理的環境に加え、認知症に対する偏見や無理解など、社会的・心理的な障壁(バリア)も大きい。特に認知症スティグマは、本人の外出や交流への意欲、孤立感、自尊心、身体的健康と関連することが指摘された5)。またBhattらは、認知症の人の多くが日常生活において差別的経験を有していることを報告した6)。認知症に対する社会的態度の改善は今後の課題である。
本稿では、認知症の人のウェルビーイングと社会参加に関する先行研究を概観し、筆者らが開発を進めている「肯定的交流プログラム」の背景、考え方、地域実装に向けた取り組みについて紹介する。
認知症の人のウェルビーイング(well-being)と社会参加
近年の認知症に関する研究では、症状への対応に加え、本人のウェルビーイングや生活の質(QOL:Quality of Life)をどのように維持・向上するかが重要な課題となっている。ウェルビーイングとは、単に病気のない状態ではなく、その人らしく、心豊かに生きられている状態を指し、「自分らしく生活できている」「人とのつながりがある」「生きがいを感じられる」といった主観的幸福感を含む概念である。
認知症の人のウェルビーイングを考える上では、その人をどのように理解するかが大切である。Kitwoodは、パーソン・センタード・ケアの考え方において、認知症の人を能力低下の側面のみで捉えるのではなく、一人の人格を有する存在として理解し、尊重することの重要性を示した7)。また、認知症の人のQOLに関連する要因には、他者との関係性や自己決定感などがあることも報告された8)。さらに、孤立や孤独感は認知症発症との関連が指摘されており9),10)、認知症にやさしい共生社会の実現に向けても社会参加や社会的包摂の重要性が示されている11)。このことから、社会参加や社会的包摂は、認知症の予防と共生社会の実現の双方に関わる重要な課題と考えられる。認知症になっても、安心して人と関わり、自分の思いを表現し、地域の中でつながりを持ち続けることは、本人のウェルビーイングを支える重要な要素の一つである。
非薬物的介入と笑顔・肯定的感情
認知症の人に対する非薬物的介入としては、回想法、音楽療法、芸術療法、運動療法、演劇療法など、多様な介入が実施されている。一部の研究では、介入による心理的安定やQOL向上への効果も報告された12)。一方で、認知症の人の肯定的感情やウェルビーイングを主要評価項目として検討した介入研究の知見は限られている。
笑いは、古くから健康との関連が指摘されてきた。近年では、その心理学的・生理学的影響についても研究が進められている。笑いはストレスホルモンとも言われるコルチゾールを低下させる可能性が報告され13)、心理的ストレス軽減との関連が示唆された。また、Fredricksonが提唱した「拡張・形成理論(Broaden-and-Build Theory)」では、肯定的感情は人の認知や行動の幅を広げ、人間関係や心理的回復力の形成につながるとされる14)。肯定的感情は、一時的な気分変化にとどまらず、人との関係形成や社会参加にも影響を及ぼす可能性がある。
笑いにはいくつかの種類があり、緊張からの解放による笑い、快い感情を伴う笑い、社会的コミュニケーションとして機能する笑いなど、複数の側面がある15)。笑いは単なる情動反応ではなく、人と人との関係性の中で生じる社会的行動と考えられる。一方、アルツハイマー病やMCIの人では、怒りや恐怖など否定的感情の認識能力は低下しやすいが、肯定的感情に関する表情認識は比較的保たれやすいことが示された16)。認知症になると、複雑な会話や情報処理は困難な可能性があるが、安心感や楽しさ、笑いを用いた介入は残存能力を活用した有効なアプローチとなる可能性がある。
認知機能低下に伴い、会話や社会的交流の機会が減少することで、誰かと会話することや一緒に笑うといった日常的経験が少なくなっている可能性もある。そこで筆者らは、笑いや笑顔が自然に生まれる交流をどのように構築するかに着目した。
肯定的交流プログラム(わらトレ教室)の開発
このような背景を踏まえ本研究では、NCGG-UniCo研究の一環として、「肯定的交流プログラム」を開発した。この取り組みは、公益財団法人長寿科学振興財団の研究支援を受けて開始された。同プログラムでは、ポジティブ心理学、表情認識等の知見を参考としながら、「笑顔」「笑い」「肯定的会話」に着目している。従来の認知症を有する人に対する介入では、認知機能訓練や機能維持が主な目的となることが多く、「支援する・される」という一方向的な関係になりやすい側面があった。これに対して筆者らは、人との交流や肯定的体験そのものがウェルビーイングに与える影響に注目している。
また、プログラムの設計にあたっては、認知機能低下を有する人に何かを提供することよりも、「ともに参加する」ことに焦点を当てた。日常生活においては、会話をすること、自分の思いを表現すること、誰かと時間を共有すること自体が大切な意味を持つ。参加者同士が安心して交流できるよう工夫された活動を取り入れ、自ら選択し、自分の気持ちを表現することで相互交流を促すことを重視し、プログラムを開発した。

現在の取り組みと地域社会との接点の再考
現在、筆者らは認知機能低下を有する高齢者を対象とし、心理的ウェルビーイングにおける効果検証のためのランダム化比較試験を実施している。大府市等の行政機関や学術機関と連携しながら参加者募集を進めるとともに、地域課題や実装方法についても定期的に意見交換を行っている。
認知症に対する偏見・スティグマに関する研究では、認知症に関する知識不足や交流経験の少なさが、偏見と関連することが報告されている17)。認知症について知識として理解することは重要であるが、実際に同じ場で過ごし、会話や活動をともに経験することを通じて、認知症に対する認識が変化する可能性がある。
認知症に対する地域理解を促進する観点から、本取り組みは地域実装研究へと発展している。介入プログラムを通じた日常的な交流の積み重ねは、認知症の有無を超えた地域とのつながりを再考するきっかけになるかもしれない。本研究の一部は、公益財団法人在宅医療助成勇美記念財団の助成を受けて実施している。今後は、行政、学術機関、地域住民、支援者など、多様な関係者と協働しながら、認知症の人が安心して参加できる場づくりと、地域社会における相互理解の促進を進めていく。
おわりに
共生社会の構築は、制度の整備だけで実現されるものではない。地域の中で自然に関わり合える機会や、日常的な関係性の構築が重要である。笑顔や肯定的交流は比較的取り入れやすい手法であり、人とのつながりや社会参加を支える方法の一つとなりうる。認知症になっても、笑顔で人とつながりながら地域で暮らし続けることは、共生社会の実現において大切な視点と考えられる。
筆者らは現在、笑顔や肯定的交流に着目したプログラム開発と実践を進めている。認知機能低下や認知症を有する人のウェルビーイングだけでなく、地域住民との相互理解や社会的包摂につながる可能性についても検討している。今後は、地域のさまざまな人々と協働しながら、誰もが参加できる認知症フレンドリーな交流モデルの構築を目指していきたい。
謝辞
本研究は、公益財団法人長寿科学振興財団令和5年度長生きを喜べる長寿社会実現研究支援(課題名:ユニバーサル・フレンドリ・ファシリティが認知症の人と地域住民の社会参加向上とスティグマ軽減、ウェルビーイング向上にもたらす効果検証、研究代表者:斎藤民)、JSPS科研費JP25K14554、および公益財団法人在宅医療助成勇美記念財団一般公募在宅医療推進のための研究の助成を受けて実施している。本研究の構想および推進に多大なるご尽力を賜った故・斎藤民先生に、謹んで感謝の意を表する。また、本研究にご協力いただいた研究スタッフ、関係機関の皆様、ならびに研究参加者の皆様に心より感謝申し上げる。
文献
- Nichols E, Steinmetz JD, Vollset SE, et al.: Estimation of the global prevalence of dementia in 2019 and forecasted prevalence in 2050: an analysis for the Global Burden of Disease Study 2019. The Lancet Public Health. 2022; 7(2): e105-e125.
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- Bhatt J, Brohan E, Blasco D, et al.: The development and validation of the Discrimination and Stigma Scale Ultra Short for People Living with Dementia (DISCUS-Dementia). BJPsych Open 2023; 9(5): e164.
- Kitwood T.: Dementia reconsidered: The person comes first. Open University Press, 1997.
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- Luchetti M, Aschwanden D, Sesker AA, et al.: A meta-analysis of loneliness and risk of dementia using longitudinal data from >600,000 individuals. Nature Mental Health 2024; 2(11): 1350-1361.
- Kuiper JS, Zuidersma M, Oude Voshaar RC, et al.: Social relationships and risk of dementia: A systematic review and meta-analysis of longitudinal cohort studies. Ageing Res Rev. 2015; 22: 39-57.
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- Luxton D, Thorpe N, Crane E, et al.: Systematic review of the efficacy of pharmacological and non-pharmacological interventions for improving quality of life of people with dementia. Br J Psychiatry. 2026; 228(1): 55-67.
- Kramer CK, Leitao CB.: Laughter as medicine: A systematic review and meta-analysis of interventional studies evaluating the impact of spontaneous laughter on cortisol levels. PLoS One. 2023; 18(5): e0286260.
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- Elferink MW, van Tilborg I, Kessels RP.: Perception of emotions in mild cognitive impairment and Alzheimer's dementia: does intensity matter? Transl Neurosci. 2015; 6(1): 139-149.
- Herrmann LK, Welter E, Leverenz J, et al.: A Systematic Review of Dementia-related Stigma Research: Can We Move the Stigma Dial? Am J Geriatr Psychiatry. 2018; 26(3): 316-31.
筆者

- 李 相侖(い さんゆん)
-
認知症介護研究・研修大府センター研究部長
国立長寿医療研究センター老年社会科学研究部特任研究員 - 略歴
- 2002年:東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2005年:東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(博士・保健学)、東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター研究所)リサーチレジデント、2007年:東京都健康長寿医療センター研究所研究員、2009年:大分大学福祉科学研究センター専任講師、2012年:国立長寿医療研究センター流動研究員、2014年:日本学術振興会外国人特別研究員、2016年:国立長寿医療研究センター予防老年学研究部室長(副部長)、2023年より認知症介護研究・研修大府センター研究部長、2025年より国立長寿医療研究センター老年社会科学研究部特任研究員
- 専門分野
- 老年学、公衆衛生学、疫学、健康科学
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