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オーラルフレイルの予防と改善

公開日:2023年1月13日 09時00分
更新日:2023年3月14日 14時01分

小原 由紀(おはら ゆき)

東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と精神保健研究チーム研究員

オーラルフレイルの予防・改善がめざすもの

 口腔は、食べることやコミュニケーションを介した人との関わりにおいて重要な役割を担う生活の根幹をなす器官である。口腔機能の低下は、初期段階では症状が致命的ではなく、日常生活への障害が小さいことから、本人の自覚がないまま進行しやすい傾向にあるため、早期発見・早期対処が重要となる。

 地域在住高齢者を対象とした研究報告では、口腔機能の軽微な低下の重複を意味するオーラルフレイルは低栄養のリスクとなるだけでなく、食品摂取の多様性、孤食や社会とのつながりとも関連することが報告されている1)-4)。口腔の健康状態は、心身の状態や生活習慣とも深く関わるため、オーラルフレイルへの対応では、口腔機能の改善だけでなく、十分な栄養摂取も含め、食べる楽しみやQOLなど、「こころ」と「からだ」の健康を支えることが目標となる。

「キュア」と「ケア」の両輪で考える

 口腔機能低下の兆候が認められた場合には、その背景に着目する必要がある。例えば、咀嚼(そしゃく)機能低下では、歯の欠損による咬合(こうごう)不全や義歯の不適合といった器質的な問題が関与する場合と、咀嚼筋の低下や口腔周囲の協調運動の失調といった機能的側面が関与する場合が考えられる。

 器質的な問題によって引き起こされる咀嚼機能低下に対しては、義歯の修理や作製等の補綴(ほてつ)治療※1により咬合を回復させることで口腔機能の改善を図る。また、う蝕や歯周病の適切な治療により歯の喪失を阻止することとなる。このように、器質的な問題への対応には、歯科医療(キュア:cure)の適切な関与のウェイトが大きくなる。一方、加齢や不活動等に起因する機能面が問題となっている場合では、筋力の維持・向上を目的とした訓練等を取り入れる。また、口腔機能低下に起因する口腔乾燥や口腔衛生状態の不良については、適切な口腔衛生指導によりセルフケアの確立を図るとともに、歯科衛生士による機械的歯面清掃(professional mechanical tooth cleaning)等プロフェッショナルケアの介入が必要である。すなわち、よりよい歯科保健行動の獲得と口腔環境の改善を目的としたケア(care)が主体となる。オーラルフレイルの予防と改善は、今現在生じている兆候に加えて、潜在的なリスクを踏まえて、キュアとケアの両輪で対応していくこととなる(図1)。

※1 「補綴治療」とは、歯が欠けたり、なくなった場合にクラウンや入れ歯などの人工物で補うこと(公益社団法人日本補綴歯科学会より引用)
公益財団法人日本補綴歯科学会(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

図1、オーラルフレイルへの対応はキュアとケアの両輪で対応することが重要であることを表す図。
図1 オーラルフレイルへの対応はキュアとケアの両輪

 フレイル予防のための「3つの柱」では、1)栄養(食・口腔機能)、2)身体活動、3)社会参加が掲げられ、栄養面については、食事と歯科口腔の定期的な管理が重要となる(図2)5)。キュアによる介入の必要性やタイミングの判断には口腔内の精査が必要であり、かつ本人によるセルフケアの励行のみでオーラルフレイルを予防することはむずかしい。また、口腔の健康管理は介護度が上がるほどニーズも高くなる。そのため、かかりつけ歯科医院における継続的な口腔健康管理が必要となる。

図2、フレイル予防のための3つの柱を表す図。
図2 フレイル予防のための3つの柱
(出典:飯島勝矢, Aging & Health. 20225)より引用改変)

口腔機能向上の具体例

 口腔機能向上を目的とした訓練は、口唇・舌・咀嚼筋の活動の賦活化を目的として実施する。トレーニング器具を用いる場合もあれば、特に道具等を要しない自動訓練もあり、これらは期待される効果に加えて、本人の興味や意欲に合わせて選択することとなる。さらにはガム・グミなど食品を用いた訓練、昔ながらの玩具を用いて楽しみながら実施する訓練など多様である(図3、4、5)。また、噛み応えのある食品を摂取することで咀嚼回数を増やすための工夫や多様な食品を摂取するための食生活への助言・指導も重要である。食には、食事を誰と食べるか、食事を準備するのは誰かといった生活背景に加え、本人の嗜好などの価値観が影響するため、コミュニケーションを通した情報収集が必須となる。

 オーラルフレイル対応では、「趣味のカラオケを楽しむ」「家族での食事時の会話が増える」といった、口腔機能が維持・改善した先にある目標設定が、生活に密着したものであることが重要である。これは、口腔の健康を維持すること自体が目的ではなく、本人が望む暮らしを実現するための「手段」のひとつにすぎないからである。

図3、口腔機能向上のためのトレーニング器具を用いる舌抵抗訓練と口唇閉鎖力訓練の様子を表す図。
図3 口腔機能向上のための訓練例(トレーニング器具を用いる訓練)
図4、口腔機能向上のための道具を用いない訓練例を表す図。
図4 口腔機能向上のための訓練例(道具を用いない訓練)
図5、口腔機能向上のための馴染みのある物を用いた訓練例を表す図。
図5 口腔機能向上のための訓練例(馴染みのある物を用いた訓練)

 また、口腔機能訓練を実施するうえで重要なのは「継続性」である。本人が口腔機能を向上することの必要性を理解し、訓練の実施方法を教わるだけでは行動変容にはつながりにくい。必要な保健行動を獲得し習慣化するためには、直後の結果に影響される(オペラント強化)とされている。行動をした直後に、「やって良かった」、「自分にもできそう」と自分にとってよい結果が得られると思える訓練の選択や生活上の工夫を実施することが、長期継続のカギとなる。

オーラルフレイル対応の今後の課題

 近年では、フレイル予防を担う専門職として歯科衛生士の通いの場等への参画が期待されている。長期にわたる通いの場での口腔に関わる健康教室への参加は、口腔機能低下を抑制するとの報告もあり6)、地域における住民主体の健康づくりの場における口腔機能向上への取り組みが、今後ますます重要となるであろう。しかしながら、オーラルフレイル対応の社会的フレイルや食生活等への改善効果についてのエビデンスは十分とはいえず、今後さらなる研究が期待される。

 また、口腔機能向上に関わる健康教育は単体での実施よりも、運動や栄養との複合的プログラムの実施による相乗効果が期待できるとされている7),8)。特に、森下らの報告では、18か月間の歯科衛生士と管理栄養士による教育プログラムの展開が、通所サービス利用者の嚥下機能、日常生活動作や意欲の改善に効果があったとしている(表)8)。特に、栄養面へのアプローチは、食べる楽しみを維持し、健康な体づくりにおいて必須であり、オーラルフレイル予防のプログラムとの親和性はきわめて高い。栄養と口腔の連携協働によるアプローチの推進が課題となるだろう。

表 口腔と栄養の複合効果
(出典:森下志穂 他, 日本歯科衛生学会雑誌 20178)より引用改変)
介護保険認定状況臨床認知症評価(CDR日常生活動作(Barthel Index)活力の指標(Vitality Index)BMI栄養スクリーニング(MNA®-SF)食欲(CNAQ嚥下機能(反復唾液嚥下テスト)舌口唇運動機能(オーラルディアドコキネシス)
口腔群 × × × × ×
栄養群 × × × × × ×
複合群 × × ×

〇:改善 △:維持 ×:悪化

まとめ

 オーラルフレイルへの対応のめざすべきゴールは、単に個々の口腔機能を改善することではない。口腔の健康を維持・向上することにより、栄養をしっかり摂ること、食べる楽しみや社会とのつながりを通じて、その人が望む暮らしを享受できる健康寿命の延伸がエンドポイントになると考えられる。

文献

  1. Iwasaki M, Motokawa K, Watanabe Y, et al.: A Two-Year Longitudinal Study of the Association between Oral Frailty and Deteriorating Nutritional Status among Community-Dwelling Older Adults. Int J Environ Res Public Health. 2020; 18(1): 213.
  2. Hoshino D, Hirano H, Edahiro A, et al.: Association between Oral Frailty and Dietary Variety among Community-Dwelling Older Persons: A Cross-Sectional Study. J Nutr Health Aging. 2021; 25(3): 361-368.
  3. Hironaka S, Kugimiya Y, Watanabe Y, et al.: Association between oral, social, and physical frailty in community-dwelling older adults. Arch Gerontol Geriatr. 2020; 89: 104105.
  4. Ohara Y, Motokawa K, Watanabe Y, et al.: Association of eating alone with oral frailty among community-dwelling older adults in Japan. Arch Gerontol Geriatr. 2020; 87: 104014.
  5. 飯島勝矢: 住民参加型のまちづくり. Aging & Health. 2022; 31(2): 6-11.(新しいウインドウが開きます)
  6. Miyoshi S, Shigeishi H, Fukada E, et al.: Association of Oral Function With Long-Term Participation in Community-Based Oral Exercise Programs in Older Japanese Women: A Cross-Sectional Study. J Clin Med Res. 2019; 11(3): 165-170.
  7. Iwao Y, Shigeishi H, Takahashi S, et al.: Improvement of physical and oral function in community-dwelling older people after a 3-month long-term care prevention program including physical exercise, oral health instruction, and nutritional guidance. Clin Exp Dent Res. 2019; 5(6): 611-619.
  8. 森下志穂, 渡邉裕, 平野浩彦他: 通所介護事業所利用者に対する口腔機能向上および栄養改善の複合サービスの長期介入効果. 日本歯科衛生学会雑誌. 2017; 12(1): 36-46.

筆者

おはらゆき氏の写真。
小原 由紀(おはら ゆき)
東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と精神保健研究チーム研究員
略歴
1998年:東京医科歯科大学歯学部附属歯科衛生士学校卒業、都内歯科診療所勤務、2008年:東京医科歯科大学歯学部口腔保健学科卒業、2009年:同特任助教、2010年:首都大学東京人間健康科学研究科修了・修士(健康科学)、2014年:東京医科歯科大学大学院修了・博士(歯学)、同口腔健康教育学分野講師、2019年:東京都健康長寿医療センター研究所自立促進と精神保健研究チーム専門副部長、2022年より現職、仙台歯科医師会在宅訪問・障害者・休日夜間歯科診療所歯科衛生士
専門分野
老年歯学・歯科衛生学

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2023年 第31巻第4号(PDF:6.3MB)(新しいウィンドウが開きます)

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