認知症の人の基本的人権の確保と社会参加の促進
公開日:2025年10月29日 09時00分
 更新日:2025年10月29日 09時00分
堀田 聰子(ほった さとこ)
慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科教授
はじめに
2023年6月14日に「共生社会の実現を推進するための認知症基本法(以下、認知症基本法)」1)が成立、2024年1月1日に施行され、同年12月には、同法第11条に定められる「認知症施策推進基本計画(以下、基本計画)2)」が閣議決定された。
 本稿では、認知症基本法・基本計画における認知症の人の基本的人権の確保と社会参加、関連する世界の動向、なぜ参加にかかわる施策が必要か、社会参加とは何かを確認したうえ、本人の権利を尊重し、社会とのつながりをつくる事業所の取組み事例と、それがもたらす変化を紹介する。
認知症基本法・基本計画における認知症の人の基本的人権と社会参加の確保
認知症基本法1)は、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるよう、認知症施策を総合的かつ計画的に推進し、共生社会の実現を推進することを目的とする(第1条)。全ての認知症施策に通じる考え方として、7つの基本理念を掲げ(第3条)、12の基本的施策を定める(第14条〜第25条)。基本理念の筆頭に「全ての認知症の人が、基本的人権を享有する個人として、自らの意思によって日常生活及び社会生活を営むことができるようにすること(第3条1)」、また「認知症の人にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるものを除去することにより、全ての認知症の人が、社会の対等な構成員として、地域において安全にかつ安心して自立した日常生活を営むことができるようにするとともに、自己に直接関係する事項に関して意見を表明する機会及び社会のあらゆる分野における活動に参画する機会の確保を通じてその個性と能力を十分に発揮することができるようにすること(第3条3)」があげられ、基本的施策は、「認知症の人の社会参加の機会の確保等(第16条)」及び「認知症の人の意思決定の支援及び権利利益の保護(第17条)」を含むものとなった。
基本計画2)では、まず、前文に、認知症基本法第3条の基本理念が「認知症の人」を主語として記されていることを踏まえて「認知症の人と家族等が参画し、共に施策を立案、実施、評価する」こと、基本的な方向性に、「認知症の人の声を起点として、認知症の人の視点に立って、認知症の人と家族等と共に推進することが重要」と明記された。そのうえで、基本的施策「認知症の人の社会参加の機会の確保等」については、「認知症の人が孤立することなく、必要な社会的支援につながるとともに、多様な社会参加の機会を確保することによって、生きがいや希望を持って暮らすことができるようにすること」を、基本的施策「認知症の人の意思決定の支援及び権利利益の保護」については、「認知症の人が、基本的人権を享有する個人として、自らの意思によって日常生活及び社会生活を営むことができるように、認知症の人への意思決定の適切な支援と権利利益の保護を図ること」を目標に掲げる。なお、基本的人権に関しては、基本的施策「認知症の人に関する国民の理解の増進等」の目標にも、「共生社会の実現を推進するための基盤である基本的人権及びその尊重についての理解を推進する(後略)」という一文が冒頭に加えられている。
世界の動き
2006年12月に、国連総会で、障害者の人権及び基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的として、障害者の権利の実現のための措置等について定める「障害者の権利に関する条約(以下、障害者権利条約)」3)が採択され、2008年5月に発効した。わが国は2007年9月に同条約に署名、2014年1月に批准書を寄託、同2月に同条約はわが国について効力を発生した。
障害者権利条約3)は、前文で「種々の文書及び約束にもかかわらず、障害者が、世界の全ての地域において、社会の平等な構成員としての参加を妨げる障壁及び人権侵害に依然として直面していることを憂慮(k)」したうえ、「障害が発展する概念であることを認め、また、障害が、機能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって、これらの者が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずることを認め(e)」「障害者の権利及び尊厳を促進し、及び保護するための包括的かつ総合的な国際条約が、(中略)障害者が市民的、政治的、経済的、社会的及び文化的分野に均等な機会により参加することを促進することを確信(y)」とあるように、障害の社会モデルを採用し、8つの一般原則(第3条)の中に、「固有の尊厳、個人の自律(自ら選択する自由を含む。)及び個人の自立の尊重(a)」とともに、「社会への完全かつ効果的な参加及び包容(c)」を掲げる。
2017年に世界保健機関(WHO)が公表した「認知症の公衆衛生対策に関する世界的アクションプラン」4)は、領域を横断する7つの原則の筆頭に「認知症の人の人権」をあげ、政策・介入・アクション等は、障害者権利条約及び国際的・国内的な人権に関する法律文書と軌を一にして、認知症の人のニーズ、期待と人権に配慮すべき、と記している。そのうえで、アクション領域「認知症の啓発・認知症フレンドリー」において、国際・地域・国レベルのパートナーに提案するアクションのひとつに、「認知症の人の自律を高めることによって、認知症の人が、より広範なコミュニティの活動に包摂され、文化的・社会的・市民としての参加を確保すること」を掲げる。
なぜ、参加にかかわる施策が必要か
社会参加は、全般的な健康とウェルビーイング、とくに認知機能の健康、認知症発症のリスクに影響を及ぼす潜在的な要因として関心を集めてきた5)6)。そこで得たつながりは、社会的支援の授受を可能にし、困ったときに助け合う資源にもなる7)。外出、社会活動への参加は、認知症の人の社会的健康8)9)と生活の質10)にも、大いに貢献することが知られている。
しかし、認知症になって日常活動に制限が出るようになると、社会参加にも深刻な影響がある11)。社会参加の減少は、認知症があり、さらに独居の場合、特に大きな意味を持つ。独居の認知症の人は、深刻な孤独を経験する可能性が高く、深刻な孤独は、抑うつ症状と社会的孤立のリスク増加と関連がみられる12)。
認知症発症リスクの低減だけでなく、社会的孤立リスクを低減し、必要な社会的支援を届けられるようにすること、そして認知症の人を含む一人ひとりの「市民としての権利」とウェルビーイングを守ることを目的として、個別支援と地域づくりの両面から、参加にかかわる施策を検討することが求められる。
社会参加とは何か
2001年5月に、WHO総会でICF(International Classification of Functioning, Disability and Health, 国際生活機能分類)が採択されてから、「参加」という概念がヘルス・ソーシャルケアの文献で広く用いられるようになり、その後、「社会参加」という概念が学術研究や政策文書にも頻繁に登場するようになった。しかしICFには「社会参加」の具体的な定義はなく、参加と社会参加の明確な定義にかかわるコンセンサス及び両者の十分な区別は存在しないとされる13)。
 基本計画においても、社会参加の定義は明記しておらず、脚注として、「国際生活機能分類では、『参加』を『生活・人生場面への関わり』と定義しており、その領域としてセルフケア、家事や他者の世話、教育、仕事、経済生活、対人関係、地域・社会・市民生活などが示されている。」
とICFにおける定義を紹介するに留めている。
こうした中、Levasseurら14)は、高齢者の社会参加に関する定義について、4つのデータベースで関連キーワード検索により43の定義を抽出、内容分析と活動の分析を経て、6つのレベルを特定した(表)。またその結果をもとに、「社会またはコミュニティにおける他者との交流をもたらす活動への関与・参加」を社会参加の定義とすることができるのではないかと提案している。
| レベル | レベルの説明 | 例 | 
|---|---|---|
| レベル1 | 他者とつながる準備段階として通常1人で行うすべての日常の活動 | 食事、着替え、料理、ラジオを聴く、テレビを観る | 
| レベル2 | 直接接触はないが、他者が周囲にいる活動 | 近所の散歩、映画に行く、入出金、(有人レジを使わない)買物 | 
| レベル3 | 他者と対面もしくはインターネット上で社会的接触はあるが、特定の活動を一緒にするわけではない | 買物のとき、欲しいものを見つけたり商品の支払いのために他者とやりとりする | 
| レベル4 | 共通の目標のため、他者と協働して活動する | テニス等のほとんどのレクリエーション | 
| レベル5 | 他者を助ける活動 | 介護・育児、ボランティア | 
| レベル6 | 社会貢献 | 政党や政治組織への関与 | 
「はたらく」を通じて当たり前を取り戻す
認知症の人が地域社会で仲間と一緒に役割を持って暮らすためのBLG(Barrier, Life, Gathering)と称する拠点が全国に広がっている。
原点は、東京都町田市にある「地域密着型通所介護事業所DAYS BLG!」である15)。認知症の診断により、「役に立つことがしたい」「能力を発揮したい」という権利を奪われがちになる認知症の人が、地域・社会・企業とつながり、役割を見出すことができるハブ機能を付加した居場所としてつくられた。当初は認知症の人が「はたらく」ことに理解が得られないこともあったが、自動車販売店の展示用の車の洗車、駄菓子屋の店番、コミュニティ紙のポスティング、地域の信用金庫の新人研修を認知症のあるメンバーが引き受けるなど、活動の領域も広がっている。一部の活動は有償ボランティアとして謝金が支払われ、地域に貢献して、時に謝金も得られることは、メンバーにとっての生きがいとなっている。「メンバーの想いをカタチに」という理念のもと、まずはメンバーに聞くことを徹底、自己選択・自己決定する権利を保障しており、どのような活動をしたいのかミーティングで一人ひとり聞きながら決め、昼食も日常生活では当たり前の、何が食べたいか考えることから始める。
ここでは、利用者とスタッフの区別なく集う人すべてを「メンバー」と呼び、賃金労働や有償ボランティアに限らず、「誰かのために、なにかのために日々すること」を「はたらく」ととらえる。活動を通じてメンバー間の絆を深め、失敗を共有し、笑い合える空間が、仲間と一緒に役割を持って活動して行ける場所、本来あるべき権利が行使できる場所となっている。
河野ら16)によれば、介護事業所が利用者の社会参加・「はたらく」を進めていくと、「スタッフの意識やチームワーク」「利用者」「スタッフと利用者の関係性」という3つの領域で変化が起きる。順序はさまざまでも各領域に変化が現れ、プラスの影響を及ぼし合うことにより、事業所によい「場」が生まれ、これが地域社会へと伝播してゆく。
はじめにポイントになるのは、管理者とスタッフが、利用者の自立と尊厳ある生活の継続の支援とそのもとでの社会参加の意義について「腹落ち」することである。利用者が介護事業所を「サービスを受ける場所」と考えていたり、新たなことをできると思えなくなっていること、スタッフが勤務先事業所の利用者には無理と思い込んでいること等がチャレンジとなる。まずスタッフの意識が変わることにより、スタッフと利用者の双方が「お世話する・される」という関係から、人として互いに関心を持ち、日常の小さな願いをともに形にしていく水平な関係へと徐々に変化する。利用者の意識の変化は、これを加速させる。互いに想いに耳を傾ける態度と、スタッフか利用者かにかかわらず、一緒に叶えようとする行動が、事業所の雰囲気やスタッフ・利用者に影響を与え、スタッフと利用者、さらに利用者同士が「仲間」(メンバー)となってゆく。
この過程では、スタッフと利用者、スタッフ間など、事業所内でのコミュニケーションを密にすることが意識されていることに加え、市役所、近隣のさまざまな組織、学校等への働きかけにより活動を実現することで、地域における認知症、認知症の人や高齢者に対する理解にもつなげている。
認知機能の低下とともに生きる人々が、自らの生活・人生場面に関わり、社会のあらゆる分野における参加を継続できるようにすることは、ウェルビーイングを守り、社会的孤立のリスクを低減するうえで、喫緊の課題である。認知症の人が生きがいや希望を持って暮らすことができるようにする手段として、なぜ、どのような社会参加の機会が必要かを、認知症の人と共に考えることが重要となる。さらに、認知症の人を含む、全ての人の社会参加の機会の確保について、社会的包摂と社会市民権の観点からも検討することが求められる。
文献
- (2025年9月22日閲覧)
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- Piškur B, Daniëls R, Jongmans MJ, et al.:Participation and social participation:Are they distinct concepts? Clin Rehabil. 2014;28(3):211-220.
- Levasseur M, Richard L, Gauvin L, Raymond E.:Inventory and analysis of definitions of social participation found in the aging literature:proposed taxonomy of social activities. Soc Sci Med. 2010;71(12):2141-2149.
- 前田隆行:若年性認知症の人の就労と社会参加権利. 医学のあゆみ. 2021;278(12):1044-1049.
- (2025年9月22日閲覧)
筆者

- 堀田 聰子(ほった さとこ)
- 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科教授
- 略歴
- 京都大学法学部卒業後、東京大学社会科学研究所助手・特任准教授、ユトレヒト大学訪問教授等を経て、2017年より現職。2016年より人とまちづくり研究所代表理事、2018年より認知症未来共創ハブ代表、日本医療政策機構理事等。国際公共政策博士(大阪大学)
- 専門分野
- ケアリングコミュニティ
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