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認知症施策推進基本計画とこれからの認知症施策の概要

公開日:2025年10月29日 09時00分
更新日:2025年10月28日 13時23分

粟田 主一(あわた しゅいち)

東京都健康長寿医療センター 認知症未来社会創造センター センター長特任補佐
社会福祉法人浴風会認知症介護研究・研修東京センター センター長


はじめに

 2024年1月に「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(以下、認知症基本法)が施行された。この法律の大きな特徴は、第1条に、「認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会(=共生社会)」というビジョンを掲げ、このビジョンを実現するために「認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるよう、認知症施策を総合的かつ計画的に推進する」ことが法の目的であると明示した点である。また、第3条には認知症施策を実施する上での7項目の基本理念を掲げ、その筆頭に「全ての認知症の人が、基本的人権を享有する個人として、自らの意思によって日常生活及び社会生活を営むことができるようにすること」と記し、第4条~第8条に国、地方公共団体、保健医療サービス又は福祉サービスを提供する者、日常生活及び社会生活を営む基盤となるサービスを提供する事業者(公共交通事業者、金融機関、小売業者等)、及び国民の責務を示したことも注目すべき点である。

人権ベースのアプローチ

 2015年に開催された「認知症に対する世界的アクションに関するWHO大臣級会合」において、国連の「高齢者の人権享受に関する独立専門家」であるRosa Kornfeld-Matte氏がその講演の中で、「すべての国家及びその他のステークホルダーに、認知症に取り組む際には『人権ベースのアプローチ(RBA)』を採用することを求める」1)と述べ、同年にWHO2)は世界に向けて認知症とともに生きる人々に対する「RBA」の確保を求めた。

 「RBA」とは、人権に関する国際的な法体系の「基準」や「原則」を開発援助の「計画」や「過程」の中に採り入れようとする考え方である。認知症の場合、国連の「障害者の権利に関する条約」(以下、障害者権利条約)がそれに該当する。また、その特徴は、(1)ニーズが充足されていないことに注目するばかりではなく、ニーズが充足されていないことを権利が実現されない状況と捉え、(2)その構造を徹底的に分析し、(3)権利保有者と責務履行者の関係にフォーカスを当てて、(4)権利保有者が権利を行使できるように、責務履行者が責務を履行する能力を発揮できるように、包括的な戦略を練り、開発援助の計画を進める、といった点にある。認知症の場合は、認知症とともに生きる本人が権利保有者となり、国家・地方公共団体及びその他の関連するステークホルダーが責務履行者ということになる3)。認知症施策推進基本計画4)はこれに対応することを目指して策定されたものである。

認知症施策推進基本計画

 2024年12月に認知症施策推進基本計画4)が閣議決定された。12の基本的施策に関する計画が記されているが、ここでは国及び地方公共団体において実施することとされている8つの基本的施策について解説する。

1.認知症の人に関する国民の理解の増進等

 「共生社会の実現を推進するための基盤である基本的人権及びその尊重についての理解を推進する。その上で、『新しい認知症観』の普及が促進されるよう、認知症の人が発信することにより、国民一人一人が認知症に関する知識及び認知症の人に関する理解を深めること」を目標に、(1)学校教育における認知症に関する知識及び認知症の人に関する理解を深める教育の推進、(2)社会教育における認知症に関する知識及び認知症の人に関する理解を深める教育の推進、(3)認知症の人に関する正しい理解を深めるための、本人発信を含めた運動の展開を実施する、とされている。

 「『新しい認知症観』とは、認知症になったら何もできなくなるのではなく、認知症になってからも、一人一人が個人としてできること・やりたいことがあり、住み慣れた地域で仲間等とつながりながら、希望を持って自分らしく暮らし続けることができるという考え方である」と説明されている。これは、"認知症とともに生きる"という体験をしている本人の声である。そこには「私たちは客体ではなく、主体として生きる人間である。意味のある『人と人とのつながり』が希望と尊厳を持って生きるための源泉である。認知症や障害があってもそのことは決して失われない」という思いが込められている。「新しい認知症観」の理解は、認知症とともに生きる本人の基本的人権の尊重に連なるものである。本人の声の発信を通して、その理解を深めていくことが求められる。

2.認知症の人の生活におけるバリアフリー化の推進

 「認知症の人の声を聴きながら、その日常生活や社会生活等を営む上で障壁となるもの(ハード・ソフト両面にわたる社会的障壁)を除去することによって、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らせる社会環境を確保していくこと」を目標に、(1)認知症の人が自立して、かつ、安心して暮らすための、地域における生活支援体制の整備等、(2)移動のための交通手段の確保、(3)交通の安全の確保、(4)認知症の人にとって利用しやすい製品・サービスの開発・普及の促進、(5)事業者が認知症の人に適切に対応するために必要な指針の策定、(6)民間における自主的な取組の促進を実施する、と記されている。

 バリアフリーとは、障害の有無にかかわらず全ての人が同等の暮らしが営めるよう、自立生活や社会参加を阻む物理的・社会的・制度的・心理的バリアを除去するという考え方である。ここでは、「安心・安全」だけではなく、「自立・自由」という考え方が重視されている点に留意する必要がある。たとえば、「見守り」という用語がしばしば使用されるが、認知症の本人からは、それが「自由な暮らしを阻むもの」として体験される場合もある。「見守り」という用語は「生活支援」の一要素として使用されてきた用語であるが、「生活支援」とは「尊厳ある自立生活の支援」という意味を持つ。尊厳ある自立生活を推進する「地域づくり」を分野横断的に進める必要がある。

3.認知症の人の社会参加の機会の確保等

 「認知症の人が孤立することなく、必要な社会的支援につながるとともに、多様な社会参加の機会を確保することによって、生きがいや希望を持って暮らすことができるようにすること」を目標に、(1)認知症の人自らの経験等の共有機会の確保、(2)認知症の人の社会参加の機会の確保、(3)多様な主体の連携・協働の推進による若年性認知症の人等の就労に関する事業主に対する啓発・普及等を実施する、とされている。

 社会参加とは、社会から排除されることなく、社会の中で孤立させられることなく、社会を構成する大切な一員として、意味のある人と人とのつながり(社会的ネットワーク)が確保され、多様な活動に参加し、自らの生活に関わること(利用するサービスの決定、地域づくり・施策づくりなど)に関与していることを意味している。それは、障害者権利条約第3条(一般原則)にも規定されている権利であり、それを確保できる社会をつくることは国家及び地域社会の責務である。

4.認知症の人の意思決定の支援及び権利利益の保護

 「認知症の人が、基本的人権を享有する個人として、自らの意思によって日常生活及び社会生活を営むことができるように、認知症の人への意思決定の適切な支援と権利利益の保護を図ること」を目標に、(1)認知症の人の意思決定支援に関する指針の策定、(2)認知症の人に対する分かりやすい形での意思決定支援等に関する情報提供の促進、(3)消費生活における被害を防止するための啓発、(4)その他(虐待防止の推進、成年後見制度の見直し等)を実施する、とされている。

 認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン5)はすでに策定されているが、それが実践されるような教育は十分になされていない。日常のサービス提供体制の中に意思決定支援を組み込む必要がある。また、今日の公的な権利擁護支援制度(日常生活自立支援事業、成年後見制度)は、認知症の人の日常的金銭管理支援サービスとしては使い勝手が悪い。新たな権利擁護支援サービスをつくりだすことは喫緊の課題である。特殊詐欺や強引な訪問販売等の消費者被害は、認知症高齢者を標的とするものが目立ってきている。高齢者虐待判断事例の被虐待者の多くも認知症高齢者である。それらの構造を徹底的に分析し、実効力のある対策を講じなければならない。

5.保健医療サービス及び福祉サービスの提供体制の整備等

 「認知症の人が、居住する地域にかかわらず、自らの意向が十分に尊重され、望む場で質の高い保健医療及び福祉サービスが適時にかつ切れ目なく利用できるように、地域の実情に応じたサービス提供体制と連携体制を整備し、人材育成を進めること」を目標に、(1)専門的な、又は良質かつ適切な医療提供体制の整備、(2)保健医療福祉の有機的な連携の確保、(3)人材の確保、養成、資質向上を実施する、とされている。

 これまでに認知症疾患医療センター、認知症サポート医、かかりつけ医、地域包括支援センター、居宅介護支援及び介護保険サービス事業所等の連携による医療・介護連携体制が圏域単位に構築されてきた。しかし、実際には、地域の人口規模、地理的条件、現存する社会資源等から、地域の実情に応じた実現可能なサービス提供体制の構築が求められている。また、認知症であることを理由に、併存疾患に対する適切な医療や救急医療へのアクセスが阻まれることのないように、関係機関における人材育成と連携体制づくりを進める必要がある。

6.相談体制の整備等

 「認知症の人や家族等が必要な社会的支援につながることができるように、相談体制を整備し、地域づくりを推進していくこと」を目標に、(1)個々の認知症の人や家族等の状況にそれぞれ配慮しつつ総合的に応ずることができるようにするための体制の整備、(2)認知症の人や家族等が互いに支え合うための相談・交流の活動に対する支援、関係機関の紹介、その他の必要な情報の提供及び助言を実施する、とされている。

 「相談支援」とは、信頼を基盤にして、個人の支援ニーズを把握し、現存する社会資源の中で必要な支援を統合的に調整しながらパーソナルな社会的ネットワークをつくりだしていく「個別支援」である。一方、それを可能にするためには、そのような支援につながりやすい地域社会の構造をつくること、すなわち「地域づくり」が不可欠である。そのような「相談支援・個別支援」「地域づくり」「施策デザイン」の連結が求められる。

7.研究等の推進等

 「共生社会の実現に資する認知症の研究を推進し、認知症の人を始めとする国民がその成果を享受できるようにすること」を目標に、(1)予防・診断・治療、リハビリテーション・介護方法等の研究の推進・成果の普及、(2)社会参加の在り方、共生のための社会環境整備その他の調査研究、検証、成果の活用、(3)官民連携、全国規模調査の推進、治験実施の環境整備、認知症の人及び家族等の参加促進、成果実用化環境整備、情報の蓄積・管理・活用の基盤整備を実施する、とされている。

 共生社会の実現に資する研究の領域は広範であり、産官学の協働を含む学際的研究が必要である。また、これらの研究の多くは国レベルで実施されるものであるが、地方公共団体においても、それぞれの地域の実情に応じて、地域が直面している課題を把握し、その解決に向けた研究を進める必要がある。

8.認知症の予防等

 「認知症の人を含む全ての国民が、その人の希望に応じて、『新しい認知症観』に立った科学的知見に基づく予防に取り組むことができるようにすること、また、認知症の人及び軽度の認知機能の障害がある人が、どこに暮らしていても早期に必要な対応につながることができるようにすること」を目標に、(1)予防に関する啓発・知識の普及・地域活動の推進・情報収集、(2)地域包括支援センター、医療機関、民間団体等の連携協力体制の整備、認知症及び軽度の認知機能の障害に関する情報提供を実施する、と記されている。

 認知症と非感染性疾患の生活習慣関連リスク因子(中年期の高血圧症、糖尿病、身体的不活発、肥満、偏った食事、喫煙、過度な飲酒)の間には相互関係がある。また、より認知症に特異的とされるリスク因子(社会的孤立、低い教育歴、認知的不活発、中年期のうつ病)は小児期からはじまりライフコース全体に及ぶものである。そのようなことから、WHOは、リスク低減の活動は、年齢・性・障害の有無・文化を考慮したプライマリ・ヘルス・ケアシステムの中で、他の健康づくり事業とリンクさせて行うべきであるとし、その方法は、認知症の人も含む全ての人の健康的なライフスタイルをサポートする包摂的なポピュレーション戦略とすべきであるとしている6)

おわりに

 「共生社会」の実現に向けて、分野横断的な対話を重ね、誰一人取り残されることなく、すべての人の人権が守られる社会環境を整備していくことが、これからのわが国の認知症施策の方向性である。

文献

  1. Cahill S: Dementia and Human Rights(English Edition). Policy Press, 2018, 3-4.
  2. World Health Organization: Ensuring a human rights-based approach for people living with dementia(PDF:293KB)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2025年9月22日閲覧)
  3. 粟田主一: 権利ベースのアプローチ 地域をつくる取組み. 老年精神医学雑誌 2021; 32(2): 165-172.
  4. 厚生労働省: 認知症施策推進基本計画(PDF: 555KB)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2025年9月22日閲覧)
  5. 厚生労働省: 認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン(第2版)(PDF: 2.2MB)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2025年9月22日閲覧)
  6. World Health Organization: Global action plan on the public health response to dementia 2017-2025(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2025年9月22日閲覧)

筆者

あわたしゅいち氏の写真。
粟田 主一(あわた しゅいち)
東京都健康長寿医療センター 認知症未来社会創造センター センター長特任補佐
社会福祉法人浴風会認知症介護研究・研修東京センター センター長
略歴
1984年:山形大学医学部卒業、東北大学医学部附属病院神経科精神科研修医、医員、助手、講師、医局長を経て、2001年:東北大学大学院医学系研究科精神神経学助教授、2005年:仙台市立病院神経科精神科部長(兼)認知症疾患医療センター科長、2009年:東京都健康長寿医療センター研究所研究部長、2013年:同センター認知症疾患医療センター長、2020年:同センター研究所副所長、同センター認知症未来社会創造センター長、2023年:認知症介護研究・研修東京センターセンター長(現職)、2025年:東京都健康長寿医療センター認知症未来社会創造センターセンター長特任補佐(現職)
専門分野
老年精神医学

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2025年 第34巻第3号(PDF:5.7MB)(新しいウィンドウが開きます)

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