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第2回 がん患者・家族の支援

公開日:2020年8月 6日 09時00分
更新日:2022年12月 1日 10時23分

垣添 忠生(かきぞえ ただお)
公益財団法人日本対がん協会会長


「がん対策基本法」以降、日本のがん対策は大きく変わった

 2007年4月、「がん対策基本法」が施行された。その第4章に規定された「がん対策推進協議会」が厚生労働省により、直ちに組織された。協議会の委員は20名以内で構成し、厚労大臣が指名する、とあった。その中にがん患者、家族、遺族の代表も含めなければならない、と法律に規定されており、その意味でこの法律は極めて画期的だった。それは従来だったら、この種の会議はがん医療の専門家と有識者のみで構成するのが通例だったからである。事実、委員18名中、患者、家族、遺族の代表が4名加えられ、私は座長を務めた。彼らはチャンス到来とばかりに猛然と発言した。時間が限られる中で大変苦労したが、同年6月、がん対策推進基本計画をまとめ、当時の柳澤厚労大臣に提出した。

 第1期5年間の基本計画の全体目標に、①がんによる死亡者の減少、②すべてのがん患者及びその家族の苦痛の軽減ならびに療養生活の質の向上が掲げられた。②に「家族」が加えられたのは、患者・家族委員の発言による修文だった。

 以来、日本のがん対策は大きく変わった。現在、基本計画は第3期に入っているが、小児がんや希少がんも着目されるようになったし、治療成績が向上してきたことから、働きながら治療を続ける就労の問題、そして子どもに対するがん教育まで取り上げられるようになった。

 全国にがん診療連携拠点病院が400以上指定され、そのすべてにがん相談支援センターが設けられた。

 また、がんに関する三大学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会、日本癌学会とも、総会の折、がん患者や家族を含めた企画が普通になった。つまり、がん患者・家族と共に歩むがん診療、がん研究という概念が、ごく当たり前のこととして定着してきたのである。

 2019年、国立がん研究センターの情報センターによれば、がんの5年生存率は66%を超えた。つまり、がんは治る病気に変わりつつある。

 こうした事実の積み上げからも、がん患者・家族支援の重要性が大きくクローズアップされることとなった。これまで、がんを治すことに必死で取り組んできた医療者、特に医師はここにきて、漸(ようや)くがん患者だけでなく家族にも目配りするようになり、さらにがんを治すだけでなく、治療後の患者の生活の質(QOL)にも視線が及ぶようになった。

さまざまな「がん患者会」「がん患者・家族支援団体」

 人間は本来、個人として存在するが、ともするとその存在基盤は脆弱で、バラバラであり無力になりがちだ。そこで個人が同じような仲間と連帯して団体をつくって活動することで、時に国を動かすほどの力を持つ。

 がんに関する団体として、がん患者自身が中心となって組織し、情報交換や患者や家族が集うサロンの開催などを主な目的とする「がん患者会」がある。一方、がん患者をとり巻くさまざまな社会的課題の解決も含めて、がん患者・家族が安心して暮らせる社会をめざす「がん患者・家族支援団体」がある。もちろん、截然(せつぜん)とした区別のむずかしい中間的な団体もある。

 こうした団体が組織される背景には、がん患者やその家族が孤立しがちな現実がある。がんは今や、日本人の2人に1人が一生のうちにかかる可能性のある病気となった。仮になっても治る病気に変わりつつあるのに、世の中の理解は「がん=死」という旧(ふる)いイメージが続いていて、がん患者・家族は世の中の無理解・誤解ともあいまって、強い疎外感、孤立感にさいなまれている。

 そこで、がん患者と家族を孤立させないために、彼らに寄り添い支援することが世界の潮流となっている。その中心となるのが「がん患者会」であり、「がん患者・家族支援団体」である。

 まず、がん患者会から。

 わが国では、がんの種類を問うことなく、すべてのがんを対象とする患者会が多い。たとえば、全国の42団体が加盟し、がん医療の向上とがんになっても安心して暮らせる社会の実現をめざす一般社団法人「全国がん患者団体連合会(全がん連)」などがある。

 個別のがんを対象とした患者会は、乳がんがもっとも多い。約40年という長い歴史がある「あけぼの会」が代表的だ。この他にも、各地域で個別のがんを対象とした少人数の患者会もあり、その規模や構成はさまざまである。

 海外の患者会に目を向けると、日本に比べて、規模も大きく、活動も活発である。

 米国最大の乳がん患者支援団体「スーザン・G・コーメン乳がん財団」は1982年に設立された。以来、総額1000億円を超す資金を乳がん研究などに支出してきた。2026年までに乳がん死亡者数を現在の半分にすることを目標に、連邦政府、州政府に積極的な提言を続けている。

 この財団ほどの力を持ち得なくとも、日本の患者会も小異を捨てて大同団結し、勉強して力をつけて、自分たちの願いを行政や政治に訴えて、未解決の政策課題の解決に向けた提言をしてほしい。当事者が動かなければ、世の中は変わらないのだから。

 次にわが国の「がん患者・家族支援団体」のいくつかの活動を見てみたい。

 私が会長を務める公益財団法人「日本対がん協会」は1958年に設立された。当初よりがん検診に熱心に取り組み、現在全国42支部で毎年1200万人の検診を行い、1万4000人のがんを発見している。わが国最大のがん検診機関でもある。この約60年のうちにがんを巡る状況は大きく変わり、がん患者・家族支援のための情報提供、電話相談、がん征圧・患者支援を目的としたチャリティ活動「リレー・フォー・ライフ」や乳がん啓発の「ピンクリボン活動」など、多岐にわたる活動を展開している。年間予算は約5億円。

 その他、がん患者・家族支援に向けたフォーラム開催からヨガ教室まで多様な活動を展開する認定NPO法人「がんサポートコミュニティー」、科学的根拠に基づく正確な情報発信に向けたフォーラム開催やビデオ・冊子作成などの活動を行う認定NPO法人「キャンサーネットジャパン」、難治がんの代表である膵臓がんの新しい治療情報などを発信するNPO法人「パンキャンジャパン」、がん患者や家族が気楽に集まってお茶を飲みながら専門家のアドバイスを受けられる場を提供する認定NPO法人「マギーズ東京」など多数ある。

 情報発信の仕方も、電話相談や患者が集うカフェの開催など人と人を直接つなぐ方式、ネット重視など方法は多様だ。しかし、患者・家族支援という方向性は一致しているから、各団体が共通のプラットフォームに加わって対がん活動としての大きな絵を描くことが今後の重要な課題だろう。

 海外の「がん患者・家族支援団体」も患者会と同様、パワフルな団体が多い。

 世界170か国から1000を超す団体が参加する「国際対がん連合(UICC)」。UICCにも参加している「米国対がん協会」は世界最大規模のがん患者・家族支援団体だ。年間予算約950憶円で圧倒的な活動展開をしている。

 欧米人は個人主義者が多いといわれるが、他方で政治的な影響力を持つ会社やロビー団体の結成により、大きな成果をあげている。

 わが国のがん患者・家族支援のあり方を考えるうえで、海外の取り組みは大きな参考となる。

著者

写真:筆者_垣添忠生氏。
垣添 忠生(かきぞえ ただお)
1941年生れ。1967年東京大学医学部卒業。東大医学部泌尿器科助手などを経て1975年から国立がんセンター病院に勤務。同センター手術部長、病院長、中央病院長などを務め、2002年総長、2007年名誉総長。専門は泌尿器科学。公財)日本対がん協会会長。

著書

『妻を看取る日』『悲しみの中にいる、あなたへの処方箋』(新潮社)『新版 前立腺がんで死なないために』(読売新聞社)など著書多数。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.94(PDF:8.9MB)(新しいウィンドウが開きます)

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