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第1回 がんとはどういう病気か?

公開日:2020年4月30日 09時00分
更新日:2020年7月16日 11時30分

垣添 忠生(かきぞえ ただお)
公益財団法人日本対がん協会会長


がんの生物学的意味

 人間の身体は60兆個の細胞で構成されている。1個の細胞を取り上げると、外側は細胞膜でくるまれ、内部に核がある。核の中には折りたたまれたDNA(Deoxyribo Nucleic Acid)が入っている。1個の細胞の中のDNAをつなぎ合わせると約1.8メートルとなるヒモ状の物質で、あたかもテープレコーダーのテープに当たる。この1.8メートルのDNAの上に約2万個の遺伝子が載っている。

 その2万個の遺伝子の中で、がんに関係する遺伝子がすでに100個以上知られている。がんという病気は、正常細胞の遺伝子の中にも含まれている「がん遺伝子」が活性化する。あるいは「がん抑制遺伝子」といってブレーキ役を果している遺伝子が不活化される。あるいはその両者がともに起きた結果、正常細胞ががん細胞に変わる、と考えられている。つまりがんとは「遺伝子の異常によって発生する細胞の病気である」ということができる。これががんという病気の本質であり、もっとも重要な理解といえよう。

 では遺伝子に傷をつける因子は何か?ここではDollPetoという有名な疫学者が書いた論文(Doll R, Peto R:オックスフォード大学出版局,N.Y., 1981)を見てみよう。1981年と若干旧ふるい論文に思えるが、十分に現代に通じる内容だ。たばこが30%を占める。ということは言葉を換えれば、この世の中にたばこがなかったら、がんは1/3減ることを意味する。食事が35%、ウイルスや細菌感染などの感染症が10%を占める。つまり75%は、がんの原因は私たちの生活習慣、生活環境にある。残る25%の中には、紫外線、活性酸素、クスリ、X線、職業、遺伝など、わずかずつ各種の原因が加わってくる。

 この約50年の時間経過の中で日本人のがんは、かなりダイナミックな変化をとげてきた。かつては男女ともに胃がんになり、亡くなる人が非常に多かったのが、胃がんは少しずつ減り始めている。代わって肺がん、大腸がん、乳がん、前立腺がんになる人が増えている。亡くなるという観点からすると肺がんや大腸がんが問題である。

 わずか50年ほどの時間経過のうちに、日本人という遺伝形質が大きく変わるとは考えにくいから、このがんのパターンの変化の背景には生活習慣、生活環境の変化、人口の高齢化が潜んでいると考えられる。

 次にがんの発生と進展には長い時間がかかる複雑な過程であることをお伝えするため、マウスの皮膚発がんの例を紹介したい。Dimethyl Benzanthracene(DMBA)と呼ばれる強力な発がん物質がある。DMBAは水に不溶なので、有機溶媒であるアセトンに溶いて塗る。DMBAをアセトンに溶いて1回だけマウスの背中に塗って40週観察しても見かけ上何の変化も起きない。この研究中に、発がんを促進する物質、発がんプロモーターが見つかってきた。この実験ではTetradecanoyl Phorbol Acetate(TPA)という物質が使われた。TPAをアセトンに溶いて週2回ずつ40週塗り続けてもマウスの背中には変化が見られない。ところが、DMBAを1回塗った後、TPAを週2回ずつ40週塗り続けると、マウスの背中に扁平上皮がんが累々と発生した。

 この実験が意味するものは、発がん物質に暴露されること、それに続いて発がん促進物質に暴露され続け、長い時間がかかってこの皮膚がんが発生したということで、これを「2段階発がん」と言っている。40週という時間は、マウスの寿命から考えてかなり長い時間で、皮膚がんが発生したとき、このマウスはかなり高齢のマウスになっている。

 では人のがんだが、これは多段階に発生すると考えられている(図)。上段左の端に、仮に正常細胞が3つあるとする。細胞の核内のDNAに1つの傷がついた細胞をX1で表した。このDNAに傷をつけた原因はたばこかもしれないし、活性酸素かもしれない。DNAに1つ傷を持つ細胞が分裂するうちに2つ目の傷がついた。X2つ。青い三角はエピジェネティックスといって、遺伝子の構造異常は伴わないが、発現の異常も発がんに関わっている。

図:がんの発生における多段階発がんモデルを表す図。
図 多段階発がんモデル

 こうした遺伝子の傷が5つほど加わってくると、正常細胞ががん細胞に変わり、さらにがん細胞が分裂を続けて性質の悪化を伴い、浸潤や転移能を身につけ、最終的に人の死を招く病態になるには10を超す遺伝子異常が加わってくると考えられている。

 駆け足でがんとはどういう病気か?に触れてきた。まとめると、①がんは遺伝子の異常によって発生する細胞の病気である。②遺伝子を傷つける因子としてはたばこ、食生活、感染症といったわれわれの生活習慣、生活環境が重要である。③がんは長期間かかって発生する慢性の病気である。

 この理解に基づき、日本も含めた世界のがん対策は以下の4本柱で構成されている。①予防できるがんは予防しよう。とりわけ、禁煙、感染症の制御は重要である。②早期発見できるがんは検診を受けよう。世界的には大腸がん、乳がん、子宮頸がんが対象で、日本ではわが国独自のエビデンスに基づき、さらに胃がんと肺がんも加えた5つのがんが対象である。③治療できるがんは治療しよう。④どうしても治らないがんには的確な緩和ケアを提供しよう。

 次に述べる経済問題を考えると、予防と検診に注力することがもっとも合理的ながん対策と考えられる。

がんの経済学的意味

 先述した世界のがん対策の3本目の「治療できるがんは治療しよう」は当然なのだが、最近承認された免疫治療剤、ニボルマブに代表される新薬を1年間使用すると数千万円と、極めて高額だ。個人の負担は高額医療費制度によって、その人の収入に応じて数万から十数万円だが、残りは最終的には国や保険者が負担することになる。すると、わが国が世界に誇る国民皆保険制度が崩壊するかもしれないという新しい問題に直面せざるを得ない。「がん医療にお金がかかって治療を継続できない」という患者の生の声を聞くことも多い。経済問題は簡単な解決はあり得ないが、われわれは常にこの問題を認識しておく必要がある。

がんの社会学的意味

 がんは日本人が一生のうち2人に1人が罹患する病気となった。つまり、誰でもいつがんになるかわからない時代にわれわれは生きている。一方、がんは今や治る病気に変わりつつあり、5年生存率は65%を超えた。それなのに世の中には依然として「がん=死」というイメージが蔓延している。この人々の誤解、無理解ががん患者・家族をどれほど虐(しいた)げ、苦しめていることか!このようにがんは医療問題であることは当然だが、同時に経済問題であり社会問題でもある。がん患者の数も多いことから、常にわが国の医療のモデル疾患として、国の研究体制や法整備が進められてきた。

著者

写真:筆者_垣添忠生氏。
垣添 忠生(かきぞえ ただお)
1941年生れ。1967年東京大学医学部卒業。東大医学部泌尿器科助手などを経て1975年から国立がんセンター病院に勤務。同センター手術部長、病院長、中央病院長などを務め、2002年総長、2007年名誉総長。専門は泌尿器科学。公財)日本対がん協会会長。

著書

『妻を看取る日』『悲しみの中にいる、あなたへの処方箋』(新潮社)『新版 前立腺がんで死なないために』(読売新聞社)など多数。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌Aging&HealthNo.93

Aging&Health(エイジングアンドヘルス)No.93(新しいウィンドウが開きます)

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