健康長寿ネット

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今後の医療のゴールはADLとQOL(長谷川敏彦)

公開日:2025年7月18日 09時00分
更新日:2025年7月18日 09時00分

はせがわとしひこ氏とおおしましんいち氏の対談風景写真。

シリーズ第14回長生きを喜べる社会、生きがいある人生をめざして

 人生100年時代を迎え、一人ひとりが生きがいを持って暮らし、長生きを喜べる社会の実現に向けて、どのようなことが重要であるかを考える、「長生きを喜べる社会、生きがいある人生をめざして」と題した、各界のキーパーソンと大島伸一・公益財団法人長寿科学振興財団理事長の対談の第14回は、前回に引き続き、一般社団法人未来医療研究機構代表理事の長谷川敏彦氏にお越しいただきました。

高齢者医療はエンドオブライフのプロセス

大島:前号に続き、長谷川敏彦先生にお話を伺います。前号では、「超高齢社会となり、医療が急激に変わりつつある」という話の入り口で終わりました。長谷川先生の結びの言葉は、「ケアサイクルに入った高齢者に暮らしの中のケアが必要なのに、病院での治療が中心になっている。19世紀のドイツが近代医学を確立したように、人類のために新しい医学体系を確立することが21世紀の日本の使命」でした。今号ではこの話をさらに深掘りし、高齢者医療の在り方について探っていきます。

長谷川:高齢者医療が一般医療と際立って異なる点は、「要支援・要介護となり、亡くなっていく過程」、いわゆる「エンドオブライフのプロセスにおける医療」であるということです。私はアメリカで外科専門医として勤務した後に帰国し、滋賀医大で外科の臨床と研究に携わりました。その時に感じたのは、「高齢者はいったん治療して退院しても、また病院に戻ってくる。気がつけば亡くなっていることもある。自分はいったい何をしているのだろうか」ということでした。人生の最期、つまり死の時点から振り返ってみると、「医療を行っているのではなく、その人の人生のシナリオを書き換えているだけではないか」とさえ感じるようになりました。1980年当時、高齢者は入院患者の10%ほどでしたが、これからさらに高齢化が進めば半数以上を占め、「医療というよりも、人生のシナリオを演出する映画監督のような仕事になっていくだろう」と直感しました。

大島:若い人であれば、「何が何でも病気を治してほしい」という強い思いがありますね。治療の間は生活を一時的に棚上げにしても構わないから、とにかく病気を治して、元の元気な体に戻りたいという希望がある。暮らしの中から隔離されてでも手術を受けるのは、「治る」ということが前提にあるからです。医師も患者もその価値観を共有している。しかし、高齢者の場合は違ってきます。「死に向かっている」ということが具体的に意識されるからです。高齢になればなるほど、そのプロセスの中で「生活」というものを、特にQOLをどう考えていくかという視点がより重要になってきます。

多くの高齢者がケアサイクルの中で最期を迎える

長谷川:高齢の患者さんの立場に立って考えると、単発的に提供された医療では評価はできません。極論を言えば、人生の最期、死の直前になって初めて、医師から受けた医療の積み上げがケアの評価の対象になるのです。そう考えるようになり、私は福島県内の4つの市町村で、さらにその後は滋賀県東近江市で、一人一人、介護保険と医療保険をつなげて分析するという研究を行いました。健診データ、医療レセプト、後期高齢者医療のレセプト、介護保険のレセプト、介護認定データ、そして死亡データまで、すべて1本に結びつけることで、多くのことが見えてきました。

 高齢になり要支援・要介護となると、長期ケアに入ったとしても、また急性期に戻り、回復期へ進み、それを繰り返しながら最期を迎えるという過程をたどる。生活の場、医療の場、福祉の場をぐるぐるまわる。福島での研究によると、ほとんど、つまり70〜80%の方がこのサイクルに入り、亡くなっています。これこそが高齢者医療の特徴だと感じ、それを「ケアサイクル」と名づけました。

大島:「ケアサイクル論」という概念は、いつ頃から提唱されているのですか。

長谷川:2012年頃です。これまでのケアは、慢性期ケア、急性期ケア、回復期ケア、長期ケア、そして末期ケアへと、切れ切れに段階を踏みながら一方向に移行するものと考えられていました。医学部でも病院経営学でもそう教えられていましたし、行政システムもその前提で組み立てられています。しかし実際は、多くの人がケアサイクルの中に入り、亡くなっていくのです。

大島:そのお話を伺ったとき、正直なところ、あまりピンと来ていませんでした。というのも、医師として継続的に高齢者を診る機会がなかったからです。しかし、年齢を重ねるにつれて、病気から回復しても完全には元の体には戻らない、ということを実感しています。一度回復しても、また何かのエピソードが起きて入院し、また回復して......ということを繰り返しながら、やがて最期を迎える。これは非常にわかりやすく納得できる概念です。

 昨年、私は肺炎で2か月間入院し、退院後もなかなか体が元に戻りません。体力回復のために、自宅周辺の山道を午前と午後1時間ずつ歩いていますが、退院から半年以上経った今でも、以前の状態には戻っていません。「これがまさにケアサイクルの実態か」と実感しています。

 身体的にもそうですが、同時に精神的にも衰えを受け入れてしまっています。そのことも大きな意味を持つと思います。私も80歳になりますが、高齢になるにつれて、「何が何でも治りたい」という執着心が希薄になってくるように感じます。希薄になるのか諦めなのか、ある意味では生物としての自然なプロセスなのかもしれません。

はせがわとしひこ氏の対談の様子を表す写真。

ケアサイクルは高齢者医療の骨格をつくる概念

長谷川:ケアサイクル論は、高齢者の病態ケアの過程がある種のサイクルをたどる傾向にあるという理論的な概念です。病院の医師も、地域の医師も、ご家族も、その他の関係者がこの概念を共有することで、その人が最良の人生コースを歩むための設計が可能になります。もしケアサイクルの概念が共有されなければ、退院の機会があるにもかかわらず病院に留まる方や、病気の治療や障害の改善を目指す入院の機会があったのに地域で亡くなってしまう方も出てきます。言い換えれば、ケアサイクル論は、地域医療と病院医療との連携と継続を担保するために関係する人の間で共有する概念ともいえます。

大島:ケアサイクル論やライフコースアプローチのように、人の一生を継続して追っていくと、様々なことが見えてきます。さらに、今までは病院医療が中心とされていたものが、病院医療に限界がくれば、患者のQOLを考慮しながら、地域医療や在宅医療へシフトしていくという考え方も広がっていきます。

長谷川:ですから、ケアサイクル論は、高齢社会、あるいは高齢者医療の骨格をつくる思想・概念であるといえます。この概念を提案した際、最も喜んでくれたのは病院の医師、特に外科医でした。多くの医師が「治療して退院しても、なぜまた病院に戻ってくるのか」という疑問を抱いており、ケアサイクルの概念を知って納得していただけたのです。

 さきほど大島先生が「年を重ねて、自然な形で衰えを受け入れている」とおっしゃったことにも大変感銘を受けました。つまり、「何が何でも治してほしい」というのではなく、衰えや老化を自然な経過として本人が受け入れることに関しても、ケアサイクル論は有用かもしれません。

大島:改めて、このサイクルをどのように回していくかが重要だと感じました。病院医療から地域医療へ、いわゆる、治す医療から治し支える医療への転換が求められますね。

長谷川:今後の医療の最終ゴールは、ADLとQOLを高めていくところにあると思います。患者さんが自分の人生をどのように生き、どのように終えるのかを考え、それを医療者に伝え、医療者はそれを支援する。医療と福祉は単なる連携でなく、統合が必要になります。人生の過程全体を捉えて、死に至るプロセスをどう支えるかがカギとなります。

日本が「近代後医学」をつくる

長谷川:もうひとつ、高齢者医療で留意すべき点は、「多疾患」と「慢性疾患の急性増悪」です。高齢者は「複数の疾患」を抱えることが多く、常にそれらをどうコントロールするかが重要となります。「慢性疾患の急性増悪」とは、経過観察をしていた慢性疾患が急に悪化して、場合によっては積極的な医療介入が必要になるということです。つまり、高齢になると、認知症やがん、パーキンソン病など罹患する病気の種類も老人病に変わるだけでなく、病気の過程も変わってくるということです。

大島:診断上は、30代でも60代でも80代でも同じ病名が付きますが、同じ治療方針でいいのかというと違いますよね。例えば、80歳の人の身体機能は、若い人のそれを100とした場合、仮に平均で60程度とすると、60に対する治療と100に対する治療は当然異なります。

長谷川:まさにその通りです。現代医学では、身体機能をピークの状態に戻すことを医療の目的としてきたため、1回のエピソードで医療が完結していました。しかし、高齢者医療ではそれが通用しません。在宅医療を行う医師などは、治癒よりもADLやQOLの改善を優先すべきだと経験的に理解していますが、まだ言語化・理論化されていません。

大島:今こそ、それをきちんと言語化して教科書にすべきですね。

長谷川:同感です。ADLやQOLを新たな医療のゴールと位置づけて、ケアもシステムも変えていく必要があります。新たな医療体系を築けるのは日本だと思います。ドイツが"近代医学"を確立したように、日本が"近代後医学"をつくるのです。日本には介護保険や医療保険のデータベースが充実しており、特に65歳以上の方は亡くなるまでフォローされ、ADLが定期的に評価されています。そのADLデータをベースに、QOLを高める医学概念をつくる。さらにAIを活用して、新たなADLの方向性を予測できます。どのような医療介入がADLを向上させ、それがQOLにどうつながるのかというデータベースをつくり、それを新しい医学体系の基盤にするのです。

大島:これからの医療の目標は、やはりADLとQOLですね。大きな概念としては、治すこともQOLの一部ですが、治療のために入院した結果、QOLが低下することもあり得ます。常にQOLと治療の2つのバランスを取っていくことが重要になると思います。

おおしましんいち氏の対談の様子を表す写真。

Z世代の賦活化と高等教育の改革

大島:団塊の世代が後期高齢者となる2025年を迎え、今後2040年には団塊ジュニア世代が65歳以上となるため、高齢者数がピークに達すると予測されています。一方で少子化の流れは止まりません。次の大きな課題がはっきり見えている中で、これからの日本をどのように構築していくか、長谷川先生の考えをお聞かせいただけますか。

長谷川:もうそれは明確です。国としての政策の優先順位は、「Z世代が生き生きと生きられる教育と環境づくり」です。これからの40年間、日本の人口の中心となるのは1992〜2010年生まれの「Z世代」です。Z世代以降からが「スマホネイティブ世代」で、新時代の製品開発を担う中核ともなります。ところが、日本はこの30年の経済の低成長の間に、若い世代に対して厳しい状況を強いてきました。若者は非正規雇用で低賃金、特に女性が虐げられていて、女性の自殺率が非常に上がっています。このままでは未来に希望が持てず、少子化の流れは止まりません。若者の世論調査では、「暗い」「やる気がない」「意欲がない」といった結果が目立ちます。結局どこかで政府が方向性を誤ったのです。あえて言うと、高齢者にお金をつぎ込み過ぎた。高齢者の課題に政策が偏り過ぎて、気がついたら若者が取り残されていた。このままでは日本民族が滅びてしまうという危機感すら覚えます。

大島:若い世代が元気でないと、社会全体に不安が広がり、悪循環に陥ります。われわれの役割はZ世代の賦活化ですね。何か具体策はありますか。

長谷川:高齢者がZ世代を支援することです。日本では金融資産が高齢者に偏在していますが、経験や知識、資金を豊富に持つ高齢者がZ世代やその少し上のY世代をリードする。若者が高齢者を支えるのではなく、高齢者が若者を支える。これが今求められています。2040年までは高齢者人口は増えつつづけ、少子化は進行し、支え手の母数が減ります。この人口構造を変えることは難しいでしょう。だからこそ、可及的速やかにZ世代の教育改革や資源整備に取り組む必要があります。従来型の詰め込み教育ではなく、クリエイティビティを高め、やる気を引き出す教育に転換し、大学など高等教育の変革を図ることがカギです。

大島:大学側にも、超少子・超高齢社会の現状と課題をしっかり理解してもらい、変革を進めていく必要がありますね。

長谷川:実は、今年から私は大学でコメディカル分野の教育に携わることになりました。医学的な技術論とリベラルアーツを融合させた教育を目指しています。Z世代への新しい教育が必要であることに気づき、自分自身がその教育に関わることを決意したのです。

 この30年間、世界中で日本だけがGDPが停滞しているのは不思議なことですが、その間に溜め込んだエネルギーや精神的蓄積を掘り起こして、外に発信していくことが今後の重要課題だと思います。実際、若い世代のクリエイティビティを発掘する新しい取り組みも始まっています。例えば、三井物産が新規事業創出の場として立ち上げた「Moon Creative Lab」などです。高齢者をはじめ、社会全体で若者の優れた資質を支えていくことが、「失われた30年」からの脱却につながると信じています。

大島:世代を超えて高齢者と若い世代が共につくり出す共生社会が、ひとつの突破口になりそうですね。本日は、超高齢社会の日本が目指すべき医療のゴールから、新しい共生社会の提案まで、多彩なお話をありがとうございました。

対談者

はせがわとしひこ氏の写真。
長谷川 敏彦(はせがわ としひこ)
一般社団法人未来医療研究機構代表理事
1948年生まれ。大阪大学医学部医学進学課程卒業。外科医として3年つとめた後、アメリカ・聖ヨセフ病院で外科専門医となり、ハーバード大学公衆衛生修士課程卒業、同時に予防医学のレジデント。滋賀医大を経て、国立がんセンター企画室長、厚生省・老人保健課課長補佐、JICA(国際協力機構)課長、九州医務局次長、国立医療・病院管理研究所(後に国立保健医療科学院)医療政策研究部長、日本医科大学医療管理学教室教授を歴任。現在、一般社団法人未来医療研究機構代表理事、帝京科学大学教授。主著に『超少子・超高齢社会の日本が未来を開く』(集英社)などがある。
おおしましんいち氏の写真。
大島 伸一(おおしま しんいち)
公益財団法人長寿科学振興財団理事長
1945年生まれ。1970年名古屋大学医学部卒業、社会保険中京病院泌尿器科、1992年同病院副院長、1997年名古屋大学医学部泌尿器科学講座教授、2002年同附属病院病院長、2004年国立長寿医療センター初代総長、2010年独立行政法人国立長寿医療研究センター理事長・総長、2014年同センター名誉総長。2020年より長寿科学振興財団理事長。2023年瑞宝重光章受章。

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2025年 第34巻第2号(PDF:7.0MB)(新しいウィンドウが開きます)

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