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高齢期の就労と健康

公開日:2019年12月27日 09時00分
更新日:2019年12月27日 09時00分

岡本 翔平(おかもと しょうへい)
東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加と地域保健研究チーム
(慶應義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター兼務)


1.はじめに

 日本を含む多くの高齢化を経験している国では、退職時期を遅らせることに政策的な重点が置かれている。その主なねらいは、社会保障の中で大きなウエイトを占めている年金について、財政の健全化を図ることである。現在、我が国の社会保障給付費は約120兆円であり、その半分弱に相当する約55兆円を年金が占めている1)

 退職時期が遅らされ、高齢期の就業期間が長くなると、年金に頼らず、給与によって生活を賄う期間が長くなる。さらに、就業期間中は、所得税や社会保険料などの支払いを通じて、財政の支え手としての役割も担ってくれることになる。すなわち、社会保障財政からみると、働く高齢者が増えることは、税・社会保険料を払う人が増えると同時に、年金を受給する人が減ることにつながるため、大きなインパクトを持つ。労働市場においても、シニア人材の活躍により、少子化に伴う人手不足への対応などを通じて、経済成長への寄与にもつながると考えられる。

 高齢期以外にも当てはまることであるが、働くことは国の経済・財政のみならず、個人の暮らしにも大きな影響を与え、その結果、個人の健康状態にも影響を与える。しかしながら、それは良い側面と悪い側面の両方が存在しており、一意に決まるものではない。そこで、本稿では、高齢期の就労と健康の関係性について概説し、高齢期における就労が人々にとって利をなすための方策について示唆を提示することを目指す。

2.退職に影響を与える要因

 人々が仕事を辞めて余生を過ごすというのが一般的になったのは、比較的最近のことである。すなわち、寿命が延び、農業以外の職業や年金制度が普及した20世紀以降のことであると考えられており、人類史上は、死ぬ直前まで働く「生涯現役」であった時代の方が長かった2),3)

 何歳まで働くか、ということは最終的には本人の意志に基づいて決定するものであるが、個人の退職を後押しする要因が存在している。退職に至るまでの過程を理解することは、退職が個人の生活や健康へ与える影響を理解し、また、高年齢者雇用促進の障壁を取り除く上で重要である。以下に紹介するのは退職を後押しする代表的な要因である4)-6)

1.「定年」の存在

 日本における退職慣行において、「定年退職」の存在を無視することはできない。定年退職は、mandatory retirement(強制退職)と英訳され、ある一定の年齢に達したことを理由に、雇用主が雇用者との契約関係を終了することを意味する。定年到達後に新たな雇用契約を結んだり、自営業を始めるなど、仕事を継続する者も一定数いるが、定年退職をきっかけに仕事を完全に辞めるという者も少なくない。日本における定年退職の起こりは19世紀末の海軍工場における「停年」制度(55歳が停年)であり、その後、公務員や民間企業および官営企業にも広がっていった7)。しかしながら、熟練したスキルを持ち、健康である者は雇用を延長されており、「停年」への到達が強制退職と必ずしも結びついているわけではなかった。さらに、当時の平均寿命は男女ともに40歳を超えた程度であったことから、停年を超えて働くことができる者は限られていたと考えられる。

 現在の日本の退職制度は、高年齢者雇用安定法により、雇用主が定年を設定する場合には60歳をその下限とし、さらに65歳未満を定年とする事業主には、65歳までの雇用確保措置として、1.定年の引き上げ、2.継続雇用制度の導入、3.定年の廃止、のいずれかを実施することが義務付けられている。現在の我が国の平均寿命は、男女ともに80歳を超えており、9割前後の人が65歳まで到達する8)ことを考えると、個人の心身の状態に関わらず、65歳前後という「数字」だけを区切りに、引退を後押しするのは時代に見合っていないであろう。

2.退職後の経済状況:年金の受給

 退職後の計画が立てられており、十分な収入源を確保できることは、人々の退職を後押しするが、特に年金給付は重要な役割を担っており、年金支給開始年齢への到達は退職を促す。年金支給開始年齢のデフォルトが何歳であるべきかは、社会・経済の状況、平均寿命・健康寿命などに基づいて決定されるべきものであるが、これらに見合わないタイミングで年金が支給されると、不必要に人々を早く退職させてしまったり、老後の生活苦を生み出すことになってしまう。

 現在、日本の年金支給開始年齢は、国民年金が65歳、厚生年金は2025年(女性は2030年)までかけて、65歳へと引き上げられている段階である。図1は、平均余命と年金支給開始年齢を用いて、年金受給期間の推移を示したものである。支給される金額などについては一切考慮しておらず、単に平均的な受給期間を示しているものである点には留意が必要であるが、約70年前の高齢者と比較すると、現在の高齢者は約6~10年間、長く年金を受給しており、「隠居生活」は伸長傾向にあるということになる。

図1:男女別の平均余命と年金支給開始年齢を用いた年金受給期間の推移を示した図。
図1. 年金受給期間の推移(年)
a. 著者作成。「年金受給期間」は、各年の年金支給開始年齢における平均余命から計算している。平均余命は、厚生労働省「簡易生命表」、国立社会保障・人口問題研究所「日本版死亡データベース」から得られた値を、厚生年金の支給開始年齢は、報酬比例部分の支給開始年齢を用いている。

3.仕事の性質

 退職前の仕事の性質も、退職を決定する上で重要である。例えば、肉体的な労働をしている場合、加齢に伴う身体機能の衰えにより、仕事を辞める決断が、肉体労働以外の場合よりも早く下される傾向にある。また、仕事の満足度が低かったり、ストレスや負担を強く感じるような仕事である場合も、個人が早く退職したいと思うようになる要因である。

 さらに、高齢期でも本人の望む職に就くことができるかどうかは個人の持つ技能にも依存している。例えば、長年のキャリアで培ったスキルや経験が重宝されるような専門的な仕事や人材育成に関わる仕事では、高齢であっても活躍する場が多くあると考えられる。一方で、高齢期には身体機能や一部の認知機能が衰える傾向があることから9)、これらの機能に強く依存するような仕事においては発揮できるパフォーマンスの低下が就労継続や納得のいく待遇を得られることの阻害要因になる可能性がある。

4.健康状態

 健康状態も退職の意思決定において重要な要素である。個人が心身の衰えを強く感じていたり、仕事を続ける上で障害となるような重大な疾患や日常生活動作に制限がある場合は、退職を早める要因となる。Healthy worker effectという用語もあるように、そもそも健康だから働くことができているという可能性もあり、健康状態は退職の決定に強い影響を与える。

3.高齢期の就労が健康に与える影響

3-1.長寿社会における中高年者の暮らし方の調査(JAHEAD)からの研究成果

 これまでは退職に至るまでの要因について述べてきたが、ここでは高齢期に就労(または退職)することが健康にどのような影響を及ぼしうるかを整理する。

 先にも述べた通り、Healthy worker effectなどのバイアス(内生性バイアス)が存在していることで、就労が健康に与える影響についての研究は一筋縄ではいかない。ここでは詳しく述べないが、内生性バイアスへ対処するために、制度や政策の変更などを利用した差分の差分法、操作変数法、回帰不連続デザインや、傾向スコア解析といった準実験的アプローチを用いて、統計的因果推論を行う必要がある。

 著者らの研究10)では、東京都健康長寿医療センター研究所が調査主体である「長寿社会における中高年者の暮らし方の調査(JAHEAD)」の1987年~2002年(第1回~第6回)の調査において、60歳以上の就労がその後の健康状態に与える影響を、傾向スコア解析を用いて推計した(女性では就労者数が少なく分析が困難であったことから男性のみに限定)。その結果、高年齢期の就労は、図2中に示す健康アウトカムについて、寿命と健康寿命を延ばす効果があることが示唆された。

図2:高年齢期の就労が寿命と健康寿命を延ばす効果があることが示唆している図
図2:高齢期の就労が健康に与える影響
a.Okamoto et al. (2018)10)より著者作成。
b.就労の平均処置効果とは、非就労者と比較した場合に、就労していることで各アウトカムまでの発生期間にどのくらい差が生まれるかを表している。
c.図中の誤差は95%信頼区間を表している。

3-2.高齢期の就労と健康をつなぐメカニズム

 上記の研究以外にも、退職が認知機能や身体的健康などを悪化させる、または高齢期の就労は健康に好影響を与えるとする研究は報告されているが11)-18)、逆の結果を報告している研究も少なくない19)-25)。以下では、退職に影響を与える要因の中でも特に、経済状況や仕事の性質に着目し、退職が健康に影響を及ぼすメカニズムについて、健康行動と社会・心理的側面の2つから整理する。

1.健康行動

 まず、退職をきっかけにして、所得や加入する健康保険、健康意識、生活時間の配分などが変化することで、健康行動に影響が及ぶと考えられる。人的資本に関する経済理論(グロスマン・モデル)26),27)に基づくと、退職によって、収入の低下や生産性の維持・向上へのインセンティブが弱まることで、健康投資水準・効率が低下する可能性が考えられる。一方で、仕事に割かれる時間が少なくなり、健康投資に使うことができる時間が増加するという逆の結果が存在する可能性も示唆される。

 実証研究では退職後の健康行動の変化として、身体活動、飲酒、喫煙、食習慣や体重、診療行動などが研究されることが多いが28)-30)、経済理論の示すとおり、必ずしも一致した見解が得られているわけではない。

2.社会・心理的側面

 退職は人生の一大イベントであり、就労から退職へと移行する複雑な過程を通じて、人々の社会・心理的側面や健康状態に影響を与える31)。退職をきっかけに、仕事を通じて得られていた社会関係や役割などが失われることで、健康に悪影響が及ぶと考えられる。特に、個人が仕事中心の人生を送ってきた(work centralityが高い)場合には、退職生活への順応がなかなかうまくいかないこともある。

 一方、退職により、仕事のストレスや職業上の危険から解放されることで、傷病リスクが低下することも考えられる。さらに、様々な余暇活動に従事する時間が増えることで生活満足度が高まり、それが健康の維持・改善に寄与するとも考えられる32)。退職からある程度時間が経つと、個人は、過去の経験や社会との関わり方などを維持しようとし(continuity theory)、地域活動やボランティアなどへの参加を通じて、新たな「仕事」を見つけることもあるだろう。以上のように、退職が個人に与える社会・心理的側面に関しても両面的な影響が存在している。

4.まとめ

 本稿では、高齢期の就労・退職と健康の関係性について論じてきた。退職は、制度や社会・経済の状況、個人の健康や価値観など多様な文脈の中で位置付けられるものであり、その複雑さがゆえ、健康への影響は一様ではない。寿命や健康寿命が伸び続けていることや、少子高齢化により経済・財政が厳しい状況にあることを考えると、長年のキャリアで培った貴重な経験やスキルを持つ高齢者には、可能な限り労働市場に留まってもらうことが望ましい。

 しかしながら、仕事に対する考え方は時代とともに多様化しており、それに応じて、個々が柔軟な選択ができるようにすることも重要である。さらに、高齢期のみに限定されることではないが、スキルの再開発やジョブマッチング、労働条件や職場環境などの改善により仕事の持つ負の側面を最小化しなければならない。研究のさらなる蓄積が必要ではあるが、個人の健康に資する形で高齢者就業を促進するためには、退職に至る前までの過程および退職や就労継続により個人にもたらされる変化を包括的に理解するとともに、どのような仕事・働き方であれば健康に好影響が及び得るのかを十分に明らかにし、実際の制度や政策に反映していくことが必要不可欠である。

文献

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筆者

写真:筆者の岡本翔平先生
岡本 翔平(おかもと しょうへい)
東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加と地域保健研究チーム
(慶應義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター兼務)
最終学歴
2017年 慶應義塾大学大学院 医学研究科 衛生学公衆衛生学教室 修士課程修了
略歴
2014年 慶應義塾大学 経済学部卒業、2016年 慶應義塾大学大学院 経済学研究科 修士課程修了、2019年現在 慶應義塾大学大学院 経済学研究科 後期博士課程在籍、慶應義塾リーディングプログラム(オールラウンド型)「超成熟社会発展のサイエンス」リサーチアシスタント、キングス・カレッジ・ロンドン社会科学・公共政策学部 国際保健・社会医学学科 訪問研究員などを経て現所属。
専門分野
社会疫学、社会政策。修士(経済学)、修士(医科学)。

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