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高齢者に対する整形外科分野の手術の実際 ─変形性膝(股)関節症など─

公開日:2020年8月 6日 09時00分
更新日:2022年12月 2日 10時06分

渡邉 剛(わたなべ つよし)
国立長寿医療研究センター整形外科部関節科医長
ロコモフレイル診療部ロコモ診療医長、骨粗鬆症科医長


はじめに~保存療法から手術療法へ

 日本における人工関節置換術は年々増えており、少なくとも年間12万例以上行われている。運動療法、薬物療法、装具療法など基本的な治療を行っても、疼痛、ADLの改善が見られない場合に手術療法が選択される。

種々の膝関節の手術

 膝に対する手術は膝の変形の重症度に応じて選択される(表1)。概略を下記に示す。

表1 変形性膝関節症の重症度と選択術式の違い
重症度初期中期末期
術式 関節鏡視下手術 膝関節周囲骨切り術 人工膝関節置換術
略称 AS AKO UKA,TKA

1.関節鏡視下手術(AS

 関節腔内に内視鏡を挿入し、病変を切除、縫合などを行う。比較的低侵襲であるが、変形の進行した関節には除痛効果が一時的であまり適さない。

2.膝関節周囲骨切り術(AKO

 関節の内反変形などに対し、骨切りを行うことで荷重の負担を変えることにより、疼痛を軽減する手術である。関節変形が限局的で靭帯が温存されている中期の変形性膝関節症に適応がある。

3.人工膝関節置換術(UKA、TKA

 人工膝関節置換術は、傷んで変形した膝関節の表面を取り除いて、金属やセラミック、ポリエチレンなどでできた人工関節を骨表面にかぶせる手術である。関節の一部のみを人工関節に置換する人工膝関節単顆(たんか)置換術(UKA)と、膝の全体を取り替える全人工膝関節置換術(TKA)がある。

 疼痛の軽減、歩行能力の改善に大変優れた手術である。Skouらは保存療法よりも人工関節置換術を施行した患者のほうが、手術関連の合併症は多いが、1年後のQOLの改善にTKAが優れており、除痛、機能回復に優れていることを示した1)

 高齢者においては、末期変形性膝関節症であることが一般的であり、全人工膝関節置換術(TKA)が選択されることが多い。

股関節に対する手術

 股関節に対する手術も、変形の重症度に応じて選択される(表2)。

表2 変形性股関節症の重症度と選択術式の違い
重症度初期中期末期
術式 関節鏡視下手術 寛骨臼回転骨切り術 人工膝関節置換術
略称 AS RAO THA

1.関節鏡視下手術(AS

 軟骨が温存されており、活動性の高い患者では関節唇損傷などに対して膝関節と同様、関節鏡視下手術が行われることがある。

2.寛骨臼回転骨切り術(RAO

 臼蓋形成不全などがあるとき、体重の負荷で軟骨摩耗が進行しやすくなる。軟骨摩耗の進行を予防し、関節被覆を改善するために初期、中期では本術式が適応となる。

3.人工股関節置換術(THA

 人工股関節置換術(THA)とは、傷んで変形した股関節の表面を取り除いて、金属やセラミックなどでできた人工股関節に入れ替える手術である。股関節は球関節であり、置換することによりスムーズな関節可動域が得られる。

 日本人では欧米人と比して臼蓋形成不全がもとになった変形性股関節症が多い。TKAと比較して、概して患者満足度が高く、膝関節よりも手術適応となる年齢が若くなる傾向がある。

 種々の手術方法があるが、高齢者に対する手術となれば末期変形性関節症が対象となるので、ここではTKATHAについて詳細に述べる。

TKAの実際

 人工膝関節置換術には、膝の一部を換える部分置換術と全体を置き換える全置換術がある。高齢者においては、安定した長期成績が期待できる全置換術(TKA)が選択されることが多い。

 手術時間は通常1~2時間程度で、手術は感染防止のためにクラス100のクリーンルームを使用して行う(図1)。

図1:クリーンルームでの人工膝関節置換術の全置換術をする様子を表す写真。
図1 クリーンルームでの手術風景

 図2は当院で実際に使用している人工関節の画像である。変形性膝関節症が進行すると、内側の関節裂隙(れつげき)(すき間)が狭くなり膝の内反変形が進行し、いわゆるO脚変形となる。歩行速度の低下、運動時の疼痛悪化を来たし、両膝手術となることもある。人工膝関節手術によりO脚変形も矯正可能であり、歩容、歩行速度の改善がみられる。

図2:変形性膝関節症の術前とTKA術後の症例を表す人工膝関節の写真。
図2 人工膝関節の画像(患者より症例提示の同意あり)

THAの実際

 人工股関節置換術(THA)の手術手技は、古典的な後側方アプローチや筋肉への侵襲の少ない前方アプローチなどがある。当院では、術後脱臼を少なくし、筋力低下を最小限にするために前方アプローチの一種であるALSアプローチを用いている。

 THAを受ける患者の例を図3に示す。右股関節の変形が強く、骨盤を傾斜させないと立位保持もむずかしいため、脊柱変形も来たしている。

図3:股関節変形に伴う脊柱変形の症例を表す写真。
図3 股関節変形に伴う脊柱変形(患者より症例提示の同意あり)

人工関節置換術の入院スケジュール

  • ①手術を受ける前に入念な術前検査を受けた後、THAでは800mlほどの自己血貯血を手術に向けて行う。
  • ②入院期間は併存症、年齢、社会的背景などによりさまざまである。急性期病棟のみで1週間の退院から回復期リハビリテーション病棟を経由して3か月ほどかかる場合もある。
  • ③高齢者は深部静脈血栓症(VTE)のリスク因子であり、早期離床を心がける。痛みに応じてリハビリを進めていき、安定した歩行、階段昇降を獲得して退院となる。

THA、TKAの合併症

1.血栓症・塞栓症

 深部静脈血栓症(VTE)とは、下肢の静脈に血栓ができる病気である。これがはがれて肺動脈に塞栓ができると、呼吸困難、胸痛など重篤な症状を示すことがある。

2.人工関節のゆるみ、破損

 金属部分のゆるみ、破損は少なく、ポリエチレン部分の摩耗がみられることがある。

3.骨粗鬆症

 高齢者では、骨粗鬆症を合併していることが多く、人工関節周囲骨折の予防のためにもしっかりと骨粗鬆症治療を受けることが必要となる。

4.脱臼

 THAは正常な股関節に比べて自由度が高いために、ある一定以上の角度を超えると脱臼することがある。ポリエチレンの耐摩耗性が改善したことにより、大径骨頭を用いることができるようになってきたため、脱臼率は0~0.8%と報告されるようになってきた。

下肢人工関節手術の費用

 人工関節置換術には公的医療保険が適用されるとともに、高額療養費制度の対象となる。所得区分によって自己負担限度額は変わる。平成30年(2018年)8月からは70歳以上の患者に対する負担額が以前よりも増えたが、米国などと比べて患者負担からみると費用対効果に非常に優れた手術といえる(参照:高額療養費制度を利用される皆さまへ2),p.4)。

 股関節、膝関節の疼痛により移動能力の低下、いわゆるロコモティブシンドロームとなり要介護状態になっている場合は術後に改善が期待でき、介護費用負担軽減が見込まれる2)

 人工関節置換術の入院、合併症、費用のまとめとして、表3にTKATHAの比較を示す。

表3 THA、TKAの比較
THATKA
自己血貯血800㎖程度不要
平均年齢 65歳 72歳
VTE発生 少ない 多い
特徴的な合併症 脱臼、坐骨神経麻痺 伏在神経障害
  • 入院期間:1週間~3か月
  • VTE予防:DOACなど内服、術後早期離床
  • 費用:3割負担で60万円ほど 高額療養費制度対象

人工関節の素材

1.金属

 整形外科インプラントではコバルト、クロム、チタン、タンタルなどが一般的に使われている。機械的強度を上げるために合金として使用される。CoCr(コバルトクロム)合金は、耐衝撃性や耐摩耗性に優れており、人工関節材料としてもっとも利用されている合金である。他にもTi-6Al-4VOxZr、Zr-2.5Nb合金などが用いられる。

2.セラミックス

 優れた耐摩耗性から人工関節の摺動(しゅうどう)面に用いられる。金属アレルギー患者に有用である。またMRI検査でアーティファクト(画像のノイズ)の影響が少ない優れた特徴がある。

3.ポリエチレン

 従来用いられていたポリエチレンは技術の進歩に伴い、超高分子ポリエチレン(UHMWPE)に置き換えられてきた。近年では長期耐久性を獲得するためにクロスリンクしたUHMWPEが市販されるようになり、耐摩耗性が飛躍的に向上した。生体内での酸化劣化の防止にビタミンE含有UHMWPEが開発され、さらなる耐久性の向上が期待できる。

4.セメント

 金属と骨を安定されるために用いられる。骨質がよい場合は、セメントを用いない手技も可能である3)

 図4に当院で使用しているTKA、THAのインプラント(人工関節)の写真を示す。

図4-1:TKAで用いるインプラントの写真。素材は金属、ポリエチレン、金属。
図4-1 TKAで用いるインプラント(金属、ポリエチレン、金属)(画像提供:Zimmer Biomet社)
図4-2:THAで用いるインプラントの写真。素材は金属、ポリエチレン、セラミック。
図4-2 THAで用いるインプラント(金属、ポリエチレン、セラミック)(画像提供:Zimmer Biomet社)

退院後の回復

 車の運転は手術後1か月は控えるようにしている。健康寿命を維持、延伸するためにも、①適切な体重を維持し、②転倒に十分注意し、③重量物の挙上などを避けることが大事になる。

人工関節の寿命

 最近の人工関節は、手術手技の進歩、手術材料の進歩に伴い耐久年数が延びており、15年以上の維持を期待できる。物理的な耐用年数は70~100年ともいわれているが、過度な負担や衝撃が加わることにより、早期に再置換術が必要となる場合もある。

人工関節手術を受けるメリット

 当院で手術を受けた患者のデータを示す(図5、6)。JOAスコアは日本整形外科学会が膝関節、股関節の治療効果判定に用いる指標である。JKOM、JHEQはそれぞれ膝関節、股関節の患者立脚型満足度の指標となる。ロコモ25はロコモティブシンドロームを診断するための3つの指標の1つであり、移動能力に対する不満、不具合を表している。THA、TKAを受けることで膝関節、股関節のJOAスコアが改善している。患者立脚型指標(JKOM、JHEQ)も改善しているうえに、移動能力に対する総合的指標であるロコモ25も顕著に改善がみられている。

 歩行速度についても改善がみられる。TKAにおいては術前に全身骨格筋量が少ない低骨格筋量のグループ(破線)では歩行速度が改善するも正常骨格筋量の群には及ばなかった(図5)。THAでは、歩行速度がもともと速く、筋量による差はみられなかった(図6)。

図5:TKA術前、術後でのJOA、歩行速度、JKOM、ロコモ25の成績評価を表すグラフ。
図5 TKA術前、術後1年での成績評価
図6:THA術前、術後でのJOA、歩行速度、JHEQ、ロコモ25の成績評価を表すグラフ。
図6 THA術前、術後1年での成績評価

おわりに

 膝関節や股関節での変形性関節症では、本来得られる身体活動量が関節の機能障害で著しく低下していることがある。これを改善する一助としてTKA、THAなどの人工関節手術は非常に有意義な手術である(図7)。しかしながら、筋力低下による身体機能障害を改善する効果は少ないため、筋力、筋量低下を来たす前に手術を受けたほうが術後の改善効果が期待できる。

 ナチュラルエイジングをめざして、膝や股関節の問題を抱えている方は、整形外科、特に関節外科を専門としている医師に相談されることをお勧めする。

図7:年齢と身体活動の関係と変形性関節症による関節の機能障害により身体活動が低下することに対し、人工関節手術の意義を示す図。
図7 人工関節手術の意義

文献

  1. Skou ST, Roos EM, Laursen MB, et al.: A Randomized,Controlled Trial of Total Knee Replacement. NEJM. 2015; 373; 1597-1606.
  2. 厚生労働省保険局.高額療養費を利用される皆様へ(平成30年(2018年)8月診療分から).(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  3. 北村信人:人工関節の素材.若手医師のための基本から理解する人工膝関節置換術[TKA](松本秀男編著),メディカ出版,2017,40-43.

筆者

筆者_渡邉剛先生
渡邉 剛(わたなべ つよし)
国立長寿医療研究センター整形外科部関節科医長
ロコモフレイル診療部ロコモ診療医長、骨粗鬆症科医長
略歴
1994年:名古屋大学医学部医科学研究科卒業、愛知県厚生連更生病院入職、1998年:名古屋大学医学部医学研究科、2002年:カリフォルニア州立大学サンディエゴ校、2004年:医療法人豊田会刈谷豊田総合病院整形外科医長、2015年:同整形外科管理部長、2016年:国立長寿医療研究センター整形外科部関節科医長(現職)、2018年:同ロコモフレイル診療部ロコモ診療医長、骨粗鬆症科医長(現職)。医学博士
専門分野
整形外科、リウマチ

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.94(PDF:8.9MB)(新しいウィンドウが開きます)

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