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認知症予防:リスク因子とウェアラブルデバイスによる評価(モニタリング)

公開日:2024年5月 1日 09時00分
更新日:2024年8月13日 15時49分

大渕 修一(おおぶち しゅういち)

東京都健康長寿医療センター研究所 デジタル高齢社会研究部長

はじめに

 第二次世界大戦以前の結核などの感染症の制御、戦後から1980年代までの脳卒中などの生活習慣病の制御を経て、現在はフレイルなどの老化の制御へと健康課題が変化してきている。これを疫学的転換と呼ぶ。認知症は年齢とともに急速に発症率が高まることから、代表的な老化現象といえる。老化はすべての種に普遍であり、必然的に生じ、経年的に蓄積され徐々に進行し、究極的には死に至る、罹患するものとそうでないものがいたり時には治癒する疾病とは違った特徴を持つ。

 これまでの疾病の制御では、いち早く異常を見つけ治癒を目指すことが基本戦略であったが、様々な予防的な介入によって老化を遅らせたり、症状のいくつかを改善することもできても、究極的には老化は避けることができず、さらに先にある死にも抗うことはできない。このようなことから従来の疾病とは異なる予防戦略が必要である。認知症基本法では共生社会の実現の推進を目指しているが、認知症の予防によって制御すると同時に認知症を受容するプロセスも併せ持たなければならない。

 アントノフスキーは、疾病など治癒可能なものへの戦略を疾病回避モデルとした上で、老化など抗えないものへの戦略として健康生成モデルを提唱した。この健康生成モデルはスクリーニング検査によって異常をいち早く見つけ取り除くものではなく、個人がライフコースの中で培ったストレスに対応する能力を十分に活用して健康によい行動を1つずつ増やすモデルである。すなわち老化というストレスへのコーピング行動の生成が重要であるとした。疾病回避モデルは人間を負の側面から見るものだとしたら、健康生成モデルは正の側面から見るものであるともいえる。これが認知症を予防するとともに受容を促すことにつながる。

 本稿の前段では認知症を予防するリスク因子について述べるが、認知症の危険因子を同定し早期の介入を目指すものではない。認知症のリスク因子への理解を深め、よりリスクの少ない生活習慣を促すものと理解してほしい。

認知症のリスク因子

 認知症のリスク因子には様々なものが同定されている。BarnesDE,Yaffe Kは認知症の修正可能なリスク要因に焦点を当てて罹患率とそれぞれの発症リスクを同定している1)。そのうち最も認知症の発症に影響が大きいのは身体的不活動であり、続いてうつ、喫煙、中年期の高血圧・肥満、低い教育、糖尿病であることを報告した。また、これに罹患率を加味して母集団への寄与危険割合も求めており、低い教育、喫煙、身体的不活発の順で社会的なアルツハイマー病の罹患を少なくし、これらのリスク要因を10%~25%削減することによって、数百万人のアルツハイマー病を予防可能と推計した。この報告をきっかけに、認知症は老化現象ではあるものの高齢期に予防行動をするのではなく、ライフコースの全てにわたって予防を考えていくものと考えられるようになった。ところでこのリスク要因には高血圧、糖尿病、肥満なども含まれており、脳血管性認知症ともリスク因子は共有すると考えられる。

 一方、認知症の保護因子についても様々な報告があり、若年期からの高い教育水準2)、社会的活動3)、身体活動4)、心血管リスク因子の管理5)、健康的な食事6)、認知的活動7)、禁煙8)が認知症の発症を抑制するとされている。また良好な睡眠は脳血管疾患の発生を抑制し、中年期以降の認知機能とも関連することが報告されている9)

 これらをライフコース全体で考えると、中年期の生活習慣病の発症を抑制する生活習慣、高齢期の老年症候群を抑制する生活習慣に加えて、すべてのライフコース共有の高い教育、活動的なライフスタイルを促すことが認知症の予防につながると考えられる(図1)。前述のごとく認知症の予防においては危険因子を減らすことを目指すのではなく、保護因子をいかに増やしていくのかの視点に立った予防戦略が求められる。

図1、ライフコースを通した認知症予防を表す図。
図1 ライフコースを通した認知症予防

ウェアラブルデバイスによる評価

 前述のように認知症のリスク要因は、生活習慣病リスク要因を除いては、医療機関で評価し、処方を加えるようなものではない。ライフコースを通じて、こうしたリスク要因が自然に把握できることが求められる。このようなことから我々はウェアラブルデバイスを用いた、ライフログの収集プロジェクトを開始した(Smart Watch Innovation for Next Geriatrics andGerontology,SWING-Japan,図2)。

 このライフログの収集プロジェクトは、我々の研究所で追跡研究を行っている複数のコホートからウェアラブルデバイスの装着に同意するものを約1,500名募り、1年間のライフログの収集と年に1回のコホート調査を繰り返し、人工知能によって高齢期の健康を増進するシステムを開発することを目指すプロジェクトである。このプロジェクトで採用したウェアラブルデバイスはSilmeeW22(TDK社製、東京)とWalkXAcos社製、長野)であり、Silmeeからは睡眠、会話時間、UVインデックス、皮膚温など、WalkXからは歩行速度、歩幅、歩調、歩数などを1分間隔で収集する。これらのデータをクラウドサーバーに格納し、1年ごとの包括的高齢者調査で認知的フレイルの発症、生活習慣病の発症を確認し、将来的には人工知能によって認知症によい生活を促すシステムの開発を目指している。

図2、ライフログ収集プロジェクトの進め方を表す図。
図2 ライフログ収集プロジェクト

身体活動の評価

 WalkXからの1分間の歩数をモニタリングし、60歩以上の歩数が記録できた場合は「しっかり歩行」、それ未満の場合は「せいかつ歩行」、歩数は記録されないが下肢が垂直位にある場合を「座っている」、それ以外を「横になっている」と定義し、1日の歩行関連活動を可視化したものが図3(a)である。また、図3(b)は歩行状態または座っている状態を「覚醒」、寝ている状態でも下肢の動きが多い場合を「体動が多い睡眠」、少ない場合を「体動が少ない睡眠」と定義して、20時~8時までを表示したものである。このようなライフログの解析によって、認知症の保護要因である活発な活動や良好な睡眠が可視化でき、こうしたよい行動を強化するアラームなどを発出することで認知症によい行動を増やしていくことができる。

図3、歩行パターン(a)と睡眠パターン(b)を表す図。
図3 歩行パターン(a)と睡眠パターン(b)

 こうした促しの老年的な活動を減らす効果は明らかになっていないが、活発な身体活動を増やす効果については多数報告されており、メタ解析によっても有効であることが報告されている10)。また、身体活動の量と効果の関係についてメタ解析を行った研究では、認知機能が低下した高齢者に対しては、負荷の強度は関係なく、短い時間で頻度を多く行う活動がより有効であることが示されている11)。歩行の負荷強度は低いが、この活動の継続時間と頻度がライフログデータで容易に可視化することができる。

社会活動の評価

 我々のプロジェクトでは社会活動を推定することを目的に会話量のモニタリングを行っている。正しくは会話の内容を記録し、実際の会話であるかを判定するアルゴリズムが必要であるが、個人情報に配慮して音データの周波数を解析し、会話に相当する周波数パターンがあるかどうかで会話の有無を1分ごとに判定している。図4は会話の有無を24時間30日分表示したものである。白が会話有り、青が会話なしの時間を示すが、被験者(a)と(b)を比較すると、一目で(b)は会話の時間が少ないことがわかり、孤立した状況にあるのではないかと推測できる。

 このような自動的に計測できるシステムを壮年期から装着することによって、壮年期以降のライフコースの保護要因となる行動を促すことができると考えられる。

図4、会話パターンを示す図。
図4 会話パターン

今後の課題

 今後の課題はこうしたライフログデータを自動解析し、認知症の保護要因となる行動を強化することにある。認知症の予防の保護要因となるアクティビティーの自動解析についての研究は不十分であるが、Mannini AIntile SS12)は、リストバンド型の加速度計によって歩行、自転車、絵画、座位など26のアクティビティーに分類するような課題の場合、88%程度の精度で分類できるとしている。Twomey N13)は、活動の加速度が公開されているデータセットを用いて6つの日常生活活動の分類を試みているが、座位と立位を除いては精度よく分類できることを報告している。このようにウェアラブルデバイスが汎用的に用いられることによって分析技術も向上してきている。近年は大規模データの自動学習により生成AIが格段の進歩を遂げたが、前述の分析はライフログデータとその状態のアノテーションデータを教師として学習した結果であり、生成AI技術のように学習方法にブレークスルーがあれば大きな発展が期待できる。

おわりに

 本稿では、認知症は老化現象の一部であるので、健康生成モデルで支援することを提案した。すなわち認知症を発症しやすくするリスク因子に注目するのではなく保護因子に注目して、こうした活動を本人の人生で培った、自分では抗えない状況に対する対応能力を最大限に活用して、少しでも保護要因を増やしていくことの重要性を指摘した。また保護要因は老年期だけの問題ではなくライフコース全体で考えるべきことも指摘した。このようなことから、近年マーケットが拡大しているウェアラブルデバイスを使って生活状況を把握し、保護要因を促進する我々のプロジェクトを紹介した。これらの介入の効果はまだ十分には解明されていないものの、近年のAI技術の進化とともに認知症を予防する大きな可能性があると考えられる。

文献

  1. Barnes DE,Yaffe K.:The projected effect of risk factor reduction on Alzheimer's disease prevalence.Lancet Neurol.2011;10(9):819-928.
  2. Valenzuela MJ,Sachdev P.:Brain reserve and dementia:a systematic review.Psychol Med.2006;36(4):441-454.
  3. Fratiglioni L,et al.:Influence of social network on occurrence of dementia:a community-based longitudinal study.Lancet.2000;355(9212):1315-1319.
  4. Ahlskog JE,et al.:Physical exercise as a preventive or disease-modifying treatment of dementia and brain aging.Mayo Clin Proc.2011;86(9):876-884.
  5. Gorelick PB,et al.:Vascular contributions to cognitive impairment and dementia:a statement for healthcare professionals from the american heart association/american stroke association.Stroke.2011;42(9):2672-2713.
  6. Scarmeas N,et al.:Mediterranean diet and risk for Alzheimer's disease.Ann Neurol.2006;59(6):912-921.
  7. Wilson RS,et al.:Participation in cognitively stimulating activities and risk of incident Alzheimer disease.JAMA.2002;287(6):742-748.
  8. Rusanen M,et al.:Heavy smoking in midlife and long-term risk of Alzheimer disease and vascular dementia.Arch Intern Med.2011;171(4):333-339.
  9. Leng Y,et al.:Association Between Sleep Quantity and Quality in Early Adulthood With Cognitive Function in Midlife.Neurology.2024;102(2):e208056.
  10. Li C,Chen X,Bi X.:Wearable activity trackers for promoting physical activity:A systematic meta-analytic review.Int J Med Inform.2021;152:104487.
  11. Sanders LMJ,et al.:Dose-response relationship between exercise and cognitive function in older adults with and without cognitive impairment:A systematic review and meta-anasis.PLoS One.2019;14(1):e0210036.
  12. Mannini A,Intille SS.:Classifier Personalization for Activity Recognition Using Wrist Accelerometers.IEEE J Biomed Health Inform.2019;23(4):1585-1594.
  13. Twomey N,et al.:A Comprehensive Study of Activity Recognition Using Accelerometers.Informatics.2018;5(2).

筆者

おおぶちしゅういち氏の写真。
大渕 修一(おおぶち しゅういち)
東京都健康長寿医療センター研究所 デジタル高齢社会研究部長
略歴
1986年:国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院理学療法学科卒業、東京警察病院多摩分院理学療法士、1993年:米国ジョージア州立大学大学院修了(理学修士号取得)、東京都老人総合研究所地域保健部門客員研究員、1994年:北里大学医療衛生学部専任講師、2000年:医学博士号取得(北里大学)、2001年:北里大学医療衛生学部助教授、2003年:東京都老人総合研究所介護予防緊急対策室室長、2009年:東京都健康長寿医療センター東京都老人総合研究所専門副部長、2016年より現職
専門分野
理学療法学、老年学、リハビリテーション医学

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第33巻第1号(PDF:5.8MB)(新しいウィンドウが開きます)

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