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認知症リスクに対する多因子介入の効果:J-MINT研究

公開日:2024年5月 1日 09時00分
更新日:2024年8月13日 15時50分

櫻井 孝(さくらい たかし)

国立長寿医療研究センター研究所長

荒井 秀典(あらい ひでのり)

国立長寿医療研究センター理事長

はじめに

 わが国では今後とも認知症は増加する。レカネマブが早期アルツハイマー病の治療に承認され、病態修飾薬の開発は今後も進むと期待される。しかし、認知症の原因となる疾患は多様であり、高齢者では複合病理が基本である。非薬物療法による認知症リスク低減の方法を確立することは喫緊の課題である。

 Lancet International Commission on Dementia Prevention, Intervention and Care(ランセット国際委員会)は、2020年に認知症の改善可能な12の危険因子を報告した(低教育、聴力障害、高血圧、肥満、頭部外傷、過剰な飲酒、喫煙、うつ病、身体不活動、社会的孤立、糖尿病、大気汚染)1)。これらの危険因子について対策を講じることで世界の認知症発症の約40%を遅延・予防できると推計されている。しかし、危険因子に個別に介入を行っても認知機能低下・認知症の抑制効果は限られており、複数の危険因子に同時に介入する多因子介入研究が世界でも標準になりつつある2)。本稿では、わが国において2019年度より開始された「認知症予防を目指した多因子介入によるランダム化比較試験(J-MINT)」3)について概説する。

Japan-multimodal Intervention Trial for Prevention of Dementia(J-MINT)

 J-MINT研究は、認知症のリスクの高い高齢者を対象とした18か月間の多施設共同オープンラベルランダム化比較試験である3)J-MINT研究の目的は、1.多因子介入プログラムの認知機能低下抑制に対する有効性を明らかにすること、2.血液バイオマーカー・オミックス・脳画像解析を駆使して認知機能低下抑制のメカニズムを明らかにすること、3.民間企業と連携して研究を行い、新たな認知症予防のサービスの創出・社会実装を行うことである。

 対象は認知症のない65~85歳の高齢者で、National Center for Geriatrics and Gerontology-Functional Assessment Tool(NCGG-FAT)で評価した認知機能が同年代のレベルより低下している者である(操作的定義による軽度認知障害:MCI)。リクルートは、国立長寿医療研究センター、名古屋大学、名古屋市立大学、藤田医科大学、東京都健康長寿医療センターで行われた。

 図1にJ-MINT研究のフローを示す。18か月間にわたる多因子介入プログラムは、生活習慣病の管理、運動指導、栄養指導、認知トレーニングで構成される。

図1、J-MINT研究のフローを表す図。
図1 J-MINT研究のフロー
(出典:Sugimoto T, Sakurai T, et al. J Prev Alzheimers Dis. 20213)

 生活習慣病の管理は介入群・対照群とも、かかりつけ医によって、高齢者糖尿病、高血圧、脂質異常症に対するガイドラインに準拠した治療が行われた。対照群に対しては、2か月に1回の頻度で健康に関する資料(認知症、フレイル、低栄養、生活習慣病、睡眠、腰痛、転倒、活動量の向上、閉じこもり)を配付した。

 運動指導、栄養指導、認知トレーニングは民間企業に委託した。運動指導は、1回90分、週に1回の頻度で運動教室を開催し、有酸素運動、筋力トレーニング、コグニサイズ(運動と認知課題を組み合わせた2重課題)、行動変容を促すためのグループミーティングを行った。リストバンド型活動量計(Fitbit®)を活用し、歩数や活動量のセルフモニタリングを行い、運動に対するモチベーションの向上を指導した。

 栄養指導は、健康相談員による面談(1回60分)と1か月ごとの電話相談4回(1回10~15分)を1セットとし、3セット実施された。指導内容は、食事回数や起床・就寝時間などの生活リズムや、日本人の食事摂取基準(2020年度版)に基づいた食品摂取の目安量、多様性豊かな食事、認知症予防に対する有効性が示されている栄養素・食材の情報提供や摂取、禁煙支援、オーラルフレイルに対する口腔ケアである。参加者は健康相談員とともに行動目標および具体的な対応策を設定し、記録表を用いて、日々の体重や食事の多様性などのセルフモニタリングを行った。

 認知トレーニングはタブレットを配布し、タブレットの使用方法について十分な説明を行った上で、1日30分、週4回以上の認知機能訓練プログラム(Brain HQ)を提供した。認知トレーニングは実施強化期間を設け、3か月おきに実施と休止を繰り返した(図1)。

 神経心理検査を含むアウトカムの評価は、初回評価、6か月、12か月、18か月時に行った。主要アウトカムは、初回評価から18か月時点までの認知機能のコンポジットスコアの変化、副次的アウトカムは、各神経心理検査の変化や、認知症の発症、血液バイオマーカーの変化、日常生活動作やフレイルの変化などを設定した。

J-MINT研究の結果

 J-MINT研究は2019年11月よりリクルートを開始した。新型コロナウイルス感染症の影響を受け、リクルートや運動教室の介入は中断を余儀なくされた。2021年5月に緊急事態宣言が発出された際には、クラウド型のビデオチャットサービス「Zoom」を活用し、運動教室を実施するなどの研究計画の修正を行った。最終的に、目標症例数を超える531例を登録し、すべての介入および評価は2023年3月に終了した(継続率は76.5%)。

 主要評価項目の認知機能のコンポジットスコアは、介入群で12か月後から改善に向かったが、18か月では対照群との間に有意な差を認めなかった(図2A)4)。運動教室への参加率(アドヒアランス)で層別化した解析では、70%以上参加した群では70%未満の群、また対照群と比べて有意な認知機能の改善を認めた(図2B)4)

図2、認知機能の変化について、全体解析(A)と運動教室の参加率で分類(B)で示した図。
図2 認知機能の変化
(出典:Sakurai T, Arai H, et al.: J-MINT study group. Alzheimers Dement. 2024(in press)4)

 アルツハイマー病やレビー小体型認知症の遺伝的リスクであるAPOEε4の有無による層別解析を行った。APOEε4キャリアーでは、対照群は経時的に認知機能が低下したのに対して、介入群では認知機能はほぼ維持され、18か月で両群間に有意な差を認めた(図3)4)

図3、認知機能の変化について、APOEε4の有する者での効果を表す図。
図3 認知機能の変化:APOEε4を有する者での効果
(出典:Sakurai T, Arai H, et al.: J-MINT study group. Alzheimers Dement. 2024(in press)4)

 また、介入群において、食多様性スコア、社会参加の改善、収縮期血圧、BMIの低下、歩行速度の改善、身体フレイルの抑制が認められた。

まとめ

 J-MINT研究は世界で初めて、MCIにおける多因子介入の有効性を検証した。運動教室の参加率が70%以上を達成した介入群では、70%未満の群および対照群と比較し、認知機能の改善を認めた。また、APOEε4キャリアーでは、多因子介入により認知機能は18か月間ほぼ維持され、対照群との間に明らかな差を認めた。さらに、食の多様性、歩行速度の改善、身体的フレイルの抑制にも有意な効果を認めた。

 J-MINT研究のエビデンスは、地域の予防活動、認知症の診療、また、軽度認知症のリハビリテーションに応用が可能である。多くの自治体で介護予防のプログラムが提供されているが、認知機能への効果については全くエビデンスがない。J-MINT研究は認知機能の改善について、標準化されたエビデンス(ものさし)を与えるものである。一方、もの忘れ外来では早期アルツハイマー病の疾患修飾薬が登場したが、適応基準が限られており、多くのMCIが対象にならないと想定される。また、APOEε4キャリアーでは脳浮腫や脳出血などのリスクが高いことが報告されている。J-MINT型の非薬物療法は、MCIの治療の選択肢を広げることになる。

 J-MINTと連携した研究として、神奈川県(横浜市立大学)、兵庫県(神戸大学)においてもJ-MINTプライム研究が実施された。J-MINTプライムでは、地域の実情に合わせた比較的マイルドな介入を行うことで、認知機能低下抑制が可能であるかを検証した。J-MINTプライム研究と合わせた統合解析により、社会実装に向けた多くのエビデンスが明らかになると思われる。

 J-MINT研究のエビデンスを社会実装するため、私たちは多因子介入の要点を整理した「MCIハンドブック」と、自身で介入の実行をモニタリングできる「生活ノート」を公表した(図4)。いずれもPC版、スマホ版が国立長寿医療研究センターのホームページ(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)に登録されており、誰でも無料でダウンロード可能である。さらに、認知症のリスク低減を社会普及させるために様々な活動を展開している。わが国の認知症リスク低減のエビデンスが、世界の認知症の抑制にも寄与すると期待される。

図4、「MCIハンドブック」と「生活ノート」の画像。
MCIハンドブック」と「生活ノート」
(令和4年度厚生労働科学研究費補助金(認知症政策研究事業):「軽度認知障害の人における進行予防と精神心理的支援のための手引き作成と介入研究」)
(出典:国立長寿医療研究センターのホームページ(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

文献

  1. Livingston G,Huntley J,Sommerlad A,et al.:Dementia prevention,intervention,and care:2020 report of the Lancet Commission.Lancet.2020;396(10248):413-446.
  2. Kivipelto M,Mangialasche F,Snyder HM,et al.:World-Wide FINGERS Network:A global approach to risk reduction and prevention of dementia.Alzheimers Dement.2020;16(7):1078-1094.
  3. Sugimoto T,Sakurai T,Akatsu H,Arai H,et al.:The Japan-Multimodal Intervention Trial for Prevention of Dementia(J-MINT):The Study Protocol for an 18-Month,Multicenter, Randomized,Controlled Trial.J Prev Alzheimers Dis.2021;8(4):465-476.
  4. Sakurai T,Sugimoto T,Akatsu H,Arai H,et al.:J-MINT study group.The Japan-Multimodal Intervention Trial for the Prevention of Dementia:An 18-month,multicenter,randomized controlled trial.Alzheimers Dement.2024(in press)

筆者

さくらいたかし氏の写真。
櫻井 孝(さくらい たかし)
国立長寿医療研究センター研究所長
略歴
1992年:神戸大学大学院医学系研究科修了、岡崎国立共同研究機構生理学研究所研究員、1993年:米国ワシントン大学薬理学教室研究員、2001年:神戸大学大学院医学系研究科老年内科助手、2007年:神戸大学附属病院老年内科講師、2010年:国立長寿医療研究センターもの忘れセンター部長、2014年:同もの忘れセンター長、2016年:名古屋大学大学院医学系研究科認知機能科学分野連携教授(~現在)、2021年:国立長寿医療研究センター副院長、国立長寿医療研究センター認知症先進医療開発センター長(~現在)、2022年より現職
専門分野
老年病・糖尿病
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荒井 秀典(あらい ひでのり)
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転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2024年 第33巻第1号(PDF:5.8MB)(新しいウィンドウが開きます)

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