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高齢者の肥満とやせ

公開日:2018年4月20日 13時38分
更新日:2022年11月29日 11時36分

櫻井 孝(さくらい たかし)
国立長寿医療研究センターもの忘れセンター長

はじめに

 加齢に伴い腎機能・心機能・循環動態などともに代謝機能が衰えていく。これらの変化に加え、食事や運動における生活習慣の変化は、栄養の過剰状態、あるいは欠乏状態を生じ、肥満ややせの原因となる。若年者でのBMIと生命予後との関連における検討では、肥満とやせはともに死亡率を上昇させる。ところが65歳以上の高齢者になるとこの関連は希薄になり、85歳以上では、BMIが増加しても死亡率の増加はみられなくなる1)。また、肥満とやせを評価する指標としてBMIが一般的であるが、高齢者では、加齢に伴う身長の低下、年齢とともに進行する筋肉量減少と脂肪量増加が、BMIでは評価されないなどの問題点が残る。高齢者の肥満とやせは、生命予後を左右するのみならず、ADLや認知機能の低下にも影響する。

 本稿では、高齢者の肥満とやせの実態、合併症、特に認知症、ADL低下との関連について概説する。

国民健康・栄養調査に基づく肥満とやせの実態調査

 平成28年度の国民健康・栄養調査によると、男性では肥満(BMI≥25)の割合は、50歳代が最も多く(36.5%)、加齢とともに減少する。60~69歳で32.3%、70歳以上では28.6%である。女性では加齢とともに肥満の割合は増加傾向にあり、60~69歳で24.2%、70歳以上では23.7%となる(図1-1)2)

 一方、低栄養傾向の者(BMI≤20)の割合は、男性では加齢とともに増加し、70~74歳で10.7%、85歳以上で23.9%に達する。女性では85歳以上で34.3%であった(図1-2)2)。国民栄養調査でも10年ほど前には、肥満やメタボリックシンドローム(MetS)の意義に関する記載が多かった。最近では高齢者のやせに関する記述が取り上げられており、高齢者の体重減少の意義が関心を集めている。

図1-1:男女別の20代から70歳以上の国民のそれぞれの年代別の肥満者の割合を表したグラフ
図1-1 肥満者(BMI≥25 kg/m2)の割合(20歳以上、性・年齢階級別、全国補正値)
図1-2:男女別の20代から70歳以上の国民のそれぞれの年代別のやせの割合を表したグラフ。
図1-2 低栄養傾向の者(BMI≤20 kg/m2)の割合(65歳以上、性・年齢階級別、全国補正値)

高齢者肥満の合併症

 高齢者でも肥満(BMI≥25)は若年者と同様の合併症を併発する。肥満では股関節や膝関節への過剰な荷重のため、変形性関節炎や腰痛症の原因となる。閉経後の女性では肥満は乳がんのリスクであり、悪性疾患の予後不良因子である。また、肥満は大腸がんのリスクでもある。循環器系では左心腔拡張を伴う左室肥大、循環血液量の増大と心拍出量の増加がみられ、高血圧を高率に合併する。冠動脈疾患は肥満の生命予後に影響する重大な合併症である。

 代謝系では糖尿病の発症頻度が増大する。BMIで示される肥満の有無にかかわらず、腹囲の増大は、インスリン抵抗性を基盤とする高インスリン血症、耐糖能異常、高トリグリセリド血症、低HDLコレステロール血症、高尿酸血症、高血圧、いわゆるメタボリックシンドロームの原因となり、糖尿病や動脈硬化性疾患の危険因子となる。また、代謝量の増加に伴い、酸素消費量と二酸化炭素産生量が増加し、分時換気量も増加する。高度肥満例では胸郭コンプライアンスの低下のため、呼吸予備能や肺活量も減少し、低酸素血症や二酸化炭素の貯留もみられる。肥満に低換気を合併した病態として、閉塞性睡眠時無呼吸症候群は重要である。

 消化器系では、脂肪肝が多く、胆汁中へのコレステロールの排泄増加のため、胆石が発生しやすい。また肥満は女性のADL低下のリスクとなる。

高齢者肥満とADL低下

 中年期の肥満は、高齢期の下肢運動機能低下やフレイル、ADL低下のリスクとなる3)。高齢者の肥満も、歩行速度、階段上り、椅子からの起立といった運動機能を悪化させること、女性は運動機能低下を来たしやすいこと、BMIとウエスト周囲長が運動機能低下に関連することが示されている4)Schaapらのシステマティックレビューでは、BMI≥30では、ADL低下や歩行困難・階段上り困難などの活動能力が低下しやすいことが報告されている5)。また、高齢者肥満が閉経後女性で骨折と関連したとする報告もある。

高齢者のやせ

 一般に、やせはさまざまな疾患の一症状であることが多いが、やせそのものでも全身倦怠感、易疲労感、めまい、不眠、皮膚や毛髪の異常、体温低下、徐脈や浮腫などの症状を呈する。高齢者で注意すべき点は、やせが基礎疾患の増悪因子となること、感染に対する抵抗力を低下させ、やがてADL低下を来たし、生命予後不良となることである6)

 高齢者では健常な生活を営んでいる人でも、若年時に比べると食が細くなり、体重が減り、筋力が衰え、体力が低下する。70歳以上高齢者の食事摂取量は、50歳代と比較して約15%減少している。高齢者の食事摂取量の減少には、1.唾液分泌の低下や味覚、嗅覚の減退、嚥下障害、消化管運動の低下、過剰な飲酒などの身体的要因、2.脳血管障害後遺症、うつ、認知症などの神経・精神的要因、3.1人暮らしやADLの低下などの社会的・経済的要因、さらには4.基礎疾患に対して投与された薬物の作用や厳しい食事療法などの医原的要因──などが複雑に重なり合って関与する。さらに加齢やストレスホルモン、慢性炎症、成長ホルモンや性ホルモンの減退などのホルモンアンバランスに起因する炎症性サイトカインが高齢者の食欲を低下させる。

 高齢者では見かけ上の体重に変化がない場合でも、脂肪組織が増加し、体重から脂肪を引いた除脂肪体重の割合が減少する6)。除脂肪体重を構成する主要な成分は、骨格筋、結合組織、細胞内液、骨である。筋肉量は40歳以降、年に0.5%ずつ低下し、65歳以降は減少スピードが加速する。80歳までには筋肉の30~40%が失われる。この状態に栄養障害が加わると、除脂肪体重はさらに大きく減少する。

 高齢者が栄養障害に陥ると、筋肉組織の最小化、筋力の低下、皮膚組織の弛緩、骨塩量の低下、骨粗鬆症が急激に進行する。高齢者の筋肉の喪失と筋力の低下は、高齢者における日常生活度(ADL)や生活の質(QOL)を低下させ、自立障害を引き起こす大きな原因となる(サルコペニア)。高齢者の体重減少、サルコペニアはフレイルの主要な要因であり、要介護のリスクとなる。

中年期の肥満と認知障害・認知症

 肥満では、認知症疾患がなくても認知機能は少し低下する。肥満では、思考の柔軟性、構成能力、記憶、情報処理速度の低下が多い。また、肥満は年齢を問わず前頭葉(灰白質)萎縮と関連する7)。特に、前頭前野での萎縮が強い。中年~高齢期では、頭頂葉、側頭葉の萎縮とも関連する。

 近年、生活習慣病と認知症との関連が明らかになってきた。中年期の高血圧、肥満、中年期~高齢期を通した糖尿病、喫煙は認知症のリスクである(図2)8)。認知症の発症をアウトカムとした研究では、中年期の肥満(BMI≥30)、過体重(BMI:25.0~29.9)は、認知症のリスクを上昇させる9)

 肥満による認知障害の機序として、炎症、動脈硬化の危険因子、脳血管障害、インスリン抵抗性、グルココルチコイドなどの関与が指摘されている10)。脂肪組織からは、レプチンアディポネクチン、TNF-αなどのさまざまなアディポカインが分泌され、体循環中のアディポカインは血液脳関門を通過し脳に作用する。中枢神経において、炎症性アディポカインは認知機能の低下、脳の萎縮の原因となると考えられる10)。肥満によるアディポネクチンの低下と脳血管の機能障害との関連も示唆されている。また、高インスリン血症は脳萎縮や記憶障害とも関連する。また、肥満では視床下部・下垂体・副腎系が亢進しており、コルチゾールレベルが高いと、脳萎縮や認知障害が強まるという10)

図2:中年期(45歳から65歳)と高齢期(65歳以上)での糖尿病、高血圧、脂質異常、肥満と認知症の発症リスク割合を表した棒グラフ。
図2 生活習慣病は認知症のリスク(文献8)

高齢者ではやせが認知症のリスクとなる

 中年期の肥満は認知症のリスクであるが、高齢者では、肥満・過体重は認知症発症に抑制的に働くという(obesity paradox8)9)。その原因については明らかでないが、認知症では診断される10年前から、体重減少がしばしばみられることが関連するかもしれない10)。高齢者の原因不明の体重減少により認知症が発見されることも少なくない。認知症における体重減少では、除脂肪体重が減少するという。脳と筋肉との機能連関を示唆する現象であり、機序の解明が待たれる。

 最近、Sugimotoらはアミロイドイメージングでアミロイド蓄積がない認知機能健常者(CN)とアミロイド蓄積の確認されたMCI~早期アルツハイマー型認知症(AD)におい て、FDG-PETによる脳局所糖代謝とBMIとの関連を報告した。CNでは前部帯状回の糖代謝とBMIが正の相関を示し、MCI~早期ADでは内側前頭皮質・眼がん窩か回かいとBMIが正の相関を示した11)。BMIの代わりに腹囲身長比を用いても、同様の関連が示された。つまり、BMIや腹囲が低下するほど、脳局所の糖代謝が低下していることを示しており、脳の局在機能と体格には直接の関連があるかもしれない。

まとめ

 上記のように、高齢者肥満には特有の合併症があり、若年者肥満とはかなり違った考え方が必要である。また同時に、高齢者のやせ(体重減少)を避け、ADL低下、認知症 のリスクを軽減することが重要である。

参考文献

  1. Stevens J, Cai J, Pamuk ER, et al. The effect of age on the association between body-mass index and mortality. N Engl J Med. 1998 Jan 1;338(1):1-7.
  2. 厚生労働省HP 平成28年 国民健康・栄養調査結果の概要(PDF)(外部サイト)(新しいウィンドウが開きます)
  3. Vincent HK, Vincent KR, Lamb KM. Obesity and mobility disability in the older adult. Obes Rev 2010;11:568-579.
  4. Strandberg TE, Sirola J, Pitkälä KH, et al. Association of midlife obesity and cardiovascular risk with old age frailty: a 26-year follow-up of initially healthy men. Int J Obes 2012;36:1153-1157.
  5. Schaap LA, Koster A, Visser M. Adiposity, muscle mass, and muscle strength in relation to functional decline in older persons. Epidemiol Rev. 2013; 35: 51-65.
  6. 老年医学テキスト 日本老年医学会編.
  7. Willette AA, Kapogiannis D. Does the brain shrink as the waist expands? Ageing Res Rev. 2015 Mar;20:86-97.
  8. Kloppenborg RP, van den Berg E, Kappelle LJ, et al. Diabetes and other vascular risk factors for dementia: which factor matters most? A systematic review. Eur J Pharmacol. 2008 585(1):97-108.
  9. Loef M, Walach H. Midlife obesity and dementia: meta-analysis and adjusted forecast of dementia prevalence in the United States and China. Obesity( Silver Spring). 2013 Jan;21(1):E51-5.
  10. 櫻井 孝:肥満と認知症 ホルモンと臨床 63(2)53-57, 2015. 2.
  11. Sugimoto T, Nakamura A, Sakurai T, et al.; MULNIAD study group. Decreased Glucose Metabolism in Medial Prefrontal Areas is Associated with Nutritional Status in Patients with Prodromal and Early Alzheimer's Disease. J Alzheimers Dis. 2017;60(1):225-233.

筆者

写真:櫻井孝先生_写真

櫻井 孝(さくらい たかし)
国立長寿医療研究センターもの忘れセンター長
略歴:
1985年:神戸大学医学部卒業 1992年:岡崎国立共同研究機構生理学研究所研究員 1993年:米国ワシントン大学薬理学教室研究員 2001年:神戸大学大学院医学系研究科老年内科助手 2007年:神戸大学付属病院老年内科講師 2010年:国立長寿医療研究センターもの忘れセンター部長 2014年より現職 2016年:名古屋大学大学院医学系研究科認知機能科学分野客員教授
専門分野:
認知症、糖尿病、老年医学。医学博士

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.85(PDF:4.4MB)(新しいウィンドウが開きます)

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