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高齢者の背景因子を考慮した高血圧管理

公開日:2018年4月20日 15時48分
更新日:2023年5月31日 10時25分

山本 浩一(やまもと こういち)

大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学講師

楽木 宏実(らくぎ ひろみ)

大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学教授

はじめに

 高齢者の高血圧有病率は非常に高く、高齢者の脳心血管病発症に高血圧が及ぼす影響は大きい。一方、高齢者は身体的、精神的、社会的背景が多様であり、降圧療法の恩恵がすべての高齢者に同様にもたらされるわけではない。虚弱や認知症など高齢者特有の問題は降圧療法の服薬アドヒアランスや予後改善効果に影響を及ぼす。このため、高齢者高血圧においては、個々の患者が有する多くの背景因子を総合的に判断して降圧療法の適応や降圧目標を設定する必要がある。

 本稿では日本の「高血圧診療ガイドライン(JSH2014)」や2017年に日本老年医学会から発表された「高齢者高血圧診療ガイドライン(JGS-HT2017)」を踏まえた現状の高齢者高血圧の管理指針について概説する。

高齢者高血圧の特徴と診断

 高血圧は加齢とともに増加し、75歳以上の80%が高血圧に罹患している。高齢者の高血圧は以下の特徴を有する。

  1. 収縮期高血圧と脈圧の増大
  2. 血圧動揺性の増大
  3. 白衣高血圧の増加
  4. 夜間血圧のnon-dipper型(夜間に血圧が降下しないタイプ)が増加
  5. 早朝昇圧(モーニングサージ)例の増加
  6. 起立性低血圧や食後血圧低下の増加

 高齢者高血圧の診断においては、上記の特徴を踏まえて、以下の点に留意する必要がある。

家庭血圧の優先

 可能な限り、家庭血圧あるいは24時間自由行動下血圧を複数の機会で測定することが、積極的な治療対象となる仮面高血圧(診察室血圧が正常で、診察室外で高血圧を示す病態)、不必要な降圧薬治療をしないための白衣高血圧の同定に重要である。診察室血圧と家庭血圧に乖離があるときは、診断や治療において家庭血圧を重視する。

起立性低血圧

 初診時や降圧薬の追加・変更時には起立時の血圧も測定する。収縮期血圧20mmHg以上、かつ/または、拡張期血圧10mmHg以上の低下があれば起立性低血圧と診断する。

食後血圧低下

 食後1~2時間以内に血圧が低下する病態であり、加齢で増加する。一方、めまい、ふらつきなどの訴えに際しては食事時間帯や体位との関係を問診し、必要に応じて積極的に食後1時間程度あるいは症状がある時の血圧を測定する。血圧低下の程度や症状に応じて対応する。

偽性高血圧

 高度の動脈硬化を有する患者では、偽性高血圧(石灰化を伴うような高度な血管硬化により、カフで動脈を閉塞できず異常高値となる)に注意する。ただし欧米に比べ日本人では少ない。

血圧値以外の情報収集

1. 臓器障害や合併症の診断

 高齢者においては、無症候性の臓器障害を複数有することが少なくなく、慎重な評価が重要である。特に心房細動、大動脈弁狭窄症、大動脈瘤、頸動脈狭窄などは治療方針に大きく影響を及ぼす疾患である。

2. 認知症・認知機能障害

 高齢者の生活機能に大きく関わる認知機能について、中年期における高血圧に対する降圧治療は認知症発症予防に関係するとされている。高齢者に対する適切な降圧治療が認知症発症予防に働くかは一定の結論が得られていないが、少なくとも認知機能を悪化はさせない。

 認知機能障害のある高血圧患者について、認知症合併患者では降圧薬治療の有用性は証明されていない。MCIを含む認知機能障害の段階では、降圧治療が認知機能悪化を抑制することを示唆する報告が複数あるが、エビデンスレベルは低く結論できない。一方で、過度の降圧は認知機能低下と関連する可能性が高い。

 認知機能障害を有する患者への降圧薬治療は、現段階では認知機能にかかわらず行うことが勧められるが、服薬管理に注意する必要があり、介護者の理解が重要である。逆に、服薬管理不良による残薬は、認知機能障害の1つの兆候でありえることに注意する。

3. フレイル

 海外の大規模臨床試験であるSPRINTのサブ解析では、75歳以上の高齢者でフレイルの程度にかかわらず積極降圧が予後を改善させることが示されている。少なくとも歩行可能なレベルのフレイルであれば、降圧が予後改善につながる可能性が高い1)。一方、大規模臨床試験に参加できないほど身体能力の低下した高血圧患者に対しては、降圧療法による予後改善効果は示されていない。介護施設入所者を対象とした観察研究(大規模臨床試験よりエビデンスの質は低い)においては、降圧療法によりむしろ予後が悪化することを示唆するものもある。

 大事な点は、介入(栄養、運動、精神面など)によるフレイル予防とフレイルから要介護への移行の予防である。フレイルであれば、降圧薬治療の観点とは別に原因に応じて介入することが予後や生活機能維持に有用であり、積極的にフレイルの診断と対策を行うべきである。

4. 骨折リスク

 降圧薬治療を新たに開始する際には、転倒・骨折リスクが増加する可能性がある。少なくとも、起立性低血圧や食後血圧低下が明らかな患者においては、降圧薬開始時や変更時に特に注意を要する。

 一方で、サイアザイド系(類似)利尿薬を服用することで骨折リスクが減少することが複数の研究で報告されている。ただし、同じ利尿薬ではあるが、ループ利尿薬については骨折リスクを上昇させる可能性があり、注意が必要である。

5. 頻尿・尿失禁

 Ca拮抗薬は頻尿を助長する可能性のある降圧薬である。最も使用頻度の高い降圧薬であり有用性も高く、頻尿を一律に副作用として捉える必要はないが、頻尿の症状がある患者においては薬剤との関連を評価することが推奨される。サイアザイド系利尿薬では頻尿が続く可能性は低く、「塩分を尿に出す薬で、尿量はそれほど増えない」などを丁寧に説明することが必要である。腎機能低下時にサイアザイド系利尿薬の代わりに使用されるループ利尿薬は頻尿の原因となりえる。

高齢者高血圧の治療

1. 生活習慣の見直し

 生活習慣には、減塩、運動、適正体重への減量のように降圧効果や降圧薬の効果増強を期待するもの、肥満、飲酒、喫煙のように、それ自体が心血管病発症リスクのために管理すべきものがあり、高齢者であっても積極的に適切な方向に修正を行う。しかし、現実的にはこれまでの生活歴や、本人の嗜好、現在の生活環境などによって指導が困難な場合も多い。また、極端な生活習慣の変更はQOLを低下させる可能性がある。

 高齢者においては、その特殊性や併存合併症を考慮して、非高齢者高血圧で推奨されている目標値を参考に個別に対応する必要がある。本人だけでなく、家族や介護者を交えた指導、医師だけでなく栄養士、理学療法士など多職種が連携した指導も重要である。

2. 降圧目標の設定

 高齢者でも原則として積極的な降圧治療が推奨される。高齢者高血圧の降圧目標について、日本高血圧学会による「高血圧ガイドライン(JSH2014)」では、74歳までは140/90mmHg未満、75歳以上では150/90mmHg未満(忍容性があれば140/90mmHg未満)としている。

 JSH2014以降に発表された重要な大規模臨床試験としてSPRINTが挙げられる。SPRINTは糖尿病、脳梗塞の既往のない患者に対する積極治療(収縮期120mmHg未満)と標準治療(収縮期140mmHg未満)が心血管イベントや予後に及ぼす影響を比較検討した研究である2)。同研究では積極治療が標準治療に比べて心血管イベントや予後を改善させることが早期に示されたため、平均5年の追跡期間を3.2年に短縮して打ち切られたが、SPRINTにおける積極治療の優越性は75歳以上においても認められている1)

 ただし、SPRINTではAutomated office blood pressure(AOBP)という患者自身が静かな部屋で自ら血圧を測定する方法が用いられており、通常の診察室血圧測定法とは異なる。また、SPRINTのような大規模臨床試験においては介護施設入所者や認知症患者など、高度に機能の低下した高齢者が参加していないことから、SPRINTの結果を高齢者一般に当てはめることができるかについては結論が得られていない。JGS-HT2017においても降圧目標の推奨は、JSH2014と同様にとどめている。

 表1はJSH2014の推奨も参考に、個々の症例で検討すべき課題を示したものである。高齢者の多様性を理解し、積極降圧を行うべきか、緩徐なレベルに留めるべきか、個別判断を行うことが求められる。

表1 65歳以上の高血圧患者の降圧目標の原則

65~74歳 140/90mmHg未満

75歳以上 150/90mmHg未満(忍容性があれば積極的に140/90mmHg未満)

忍容性があれば、さらに130/80mmHg未満を目指す病態
(いずれも高齢者でのエビデンスは不十分で、安全性や経済性を含めて個別に判断する)

  • 心筋梗塞後や心血管イベントリスクが重積した心臓病合併
  • 蛋白尿陽性のCKD合併
  • 抗血栓薬服薬中(脳出血予防)
  • ラクナ梗塞、脳出血、くも膜下出血の既往
  • 糖尿病合併

降圧薬治療開始や降圧目標について個別判断が求められる病態

  • 自力で外来通院できないほど身体能力が低下した患者
  • 6メートル歩行を完遂できないような状態
  • 高度な身体機能低下を伴う介護施設入所者 
  • 認知症を有する患者
  • エンドオブライフにある患者

3. 降圧薬の選択

 第一選択薬はCa拮抗薬、ARB、ACE阻害薬、サイアザイド系利尿薬である。一部の積極的適応となる病態を表2に示す。降圧治療の目的である心血管病予防、腎臓病悪化予防の観点から積極的適応となるものを●で、合併する病態への好影響はあるがその患者群を対象として心血管病への影響が検討されていない積極的適応を〇で区別した。

 降圧目標達成には2剤以上を要することが多い。Ca拮抗薬、RA系阻害薬、利尿薬の3者から2つを選んだ組み合わせは、高齢者においてもいずれも有効と考えられる。

表2:高齢者高血圧に対する降圧薬選択
Ca拮抗薬ARB/ACE阻害薬サイアザイド系利尿薬β遮断薬
積極的適応がない場合
左室収縮性が低下した心不全 ※1 ※1
心筋梗塞後
狭心症 ※2
頻脈
(非ジヒドロピリジン系)
CKD(尿蛋白+)
糖尿病
骨粗鬆症
誤嚥性肺炎
(ACE阻害薬)
  • ※1 少量から開始し、注意深く漸増する
  • ※2 冠攣縮性狭心症には注意
  • ●:心血管病や腎臓病の抑制効果が示されている薬剤、〇:病態への好影響のエビデンスがある薬剤

高齢者における降圧薬治療の注意点

 高齢者では起立性低血圧や食後血圧低下の頻度が高く、また食事や水分摂取量の減少による血圧低下の程度が高い。家庭血圧を含めて、患者の血圧値を慎重に評価することが求められる。降圧薬治療導入と骨折リスクに関しては、新規に降圧薬を開始した高齢者において、転倒・骨折リスクが増加することに注意する。高齢者では原則として通常の半量から降圧薬を開始し、1~3か月かけて緩徐に降圧することが推奨される。また認知機能の低下などで服薬アドヒアランスが低下することがあり、一包化や合剤の使用、家族への服薬指導などの工夫が必要である。

おわりに

 高齢者高血圧を管理、治療していくうえでは、高血圧だけに目を向けるだけではなく、個々の高齢者の背景因子を把握して治療を行うことが重要である。特に、フレイルの有無、認知機能低下の有無、起立性低血圧の有無については、降圧治療の方針に影響を及ぼす因子として把握する必要がある。降圧治療の目標である健康寿命の延伸を意識した繊細な治療が求められる。

参考文献

  1. Williamson JD, Supiano MA,Applegate WB, et al. Intensive vs Standard Blood Pressure Control and Cardiovascular Disease Outcomes in Adults Aged >/=75 Years: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2016;315(24):2673-2682.
  2. Group SR, Wright JT, Jr., Williamson JD, et al. A Randomized Trial of Intensive versus Standard Blood-Pressure Control. N Engl J Med.2015;373(22):2103-2116.

筆者

山本先生_写真

山本 浩一(やまもと こういち)
大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学講師
略歴:
1997年:大阪大学医学部卒業、2009年:大阪大学医学系研究科老年・腎臓内科学特任助教、2010年:同助教、2013年:同講師(2015年に老年・総合内科学に改組)
専門分野:
循環器、老年医学。医学博士
楽木 宏実(らくぎ ひろみ)
大阪大学大学院医学系研究科老年・総合内科学教授
略歴:
1984年:大阪大学医学部卒業、1985年:桜橋渡辺病院循環器内科医員、1993年:大阪大学医学部老年病医学助手、2002年:同大学院医学系研究科加齢医学講師、2004年:同助教授、2007年:同老年・腎臓内科学教授(2015年に老年・総合内科学に改組)、2014年:同附属病院副病院長(兼任)
専門分野:
老年医学。医学博士

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.85(PDF:4.4MB)(新しいウィンドウが開きます)

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