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国際的にみた日本人高齢者のプロダクティビティ

公開日:2019年10月25日 09時00分
更新日:2022年11月30日 12時53分

杉原 陽子(すぎはら ようこ)

首都大学東京 都市環境学部都市政策科学科准教授


はじめに

 プロダクティビティを直訳すると「生産性」という意味になることから、物や金銭的価値を効率的に産出する概念として一般的に理解される。そのため「高齢者のプロダクティビティ」というと、高齢者に「生産性」を求めるのは不適切と感じる人もいるであろうし、年金支給開始年齢引き上げや年金支給額削減などの老後の社会保障政策への不安と重ねて「年を取っても働かないと生活できないのか」と憤りを感じる人もいるであろう。

 確かにプロダクティビティは、いわゆる労働生産性を想起させる概念ではあるが、有償労働だけでなく、家事やボランティア活動などの無償労働も含めて、社会に役立つものやサービスを産出する行為を捉えた概念である。

 本特集のテーマである「プロダクティブ・エイジング」の概念を提唱したButlerらは、有償労働だけでなく、ボランティア活動や家庭内の無償労働もプロダクティビティの概念に含めるべきであると強調した1)。有償労働だけでは、高齢者や女性が行っている社会的な貢献を看過してしまうからである。Butlerらは、生産性の概念を広く捉えることによって高齢者の能力を過少評価するエイジズム(高齢者差別)を批判し、高齢者が増えると社会の負担が増すという悲観的な考え方から、高齢者の能力を社会的に活用しようという積極的な考え方へと発想の転換を促した。

 さらに、プロダクティブ・エイジングはエイジズムに対する反論という意味だけでなく、高齢者の心身の健康においても重要な概念として位置づけられている。RoweKahnは、「サクセスフル・エイジング(幸福な老い)」とは、疾病や障害を避け、高い認知機能と身体機能を維持し、積極的な生活をしている状態であるとし、積極的な生活の要素として「他者との交流(社会関係)」と「プロダクティブな活動」の維持を挙げた2)

 日本においても柴田は、「プロダクティブ・アクティビティ」を「社会貢献」と訳すことで、高齢者が行っている社会貢献への評価を促すとともに、特に日本人の「生きがい」につながる重要な要素であると指摘している3)

 このように、高齢者への偏見を払拭(ふっしょく)し、高齢者が活躍できる場を増やすことは社会にとって望ましいだけでなく、高齢者自身にとっても望ましい効果をもたらす可能性があるため、プロダクティブ・エイジングの推進は、少子高齢社会における重要な対応策の1つとして期待できる。

プロダクティブな活動とは

 プロダクティブな活動の定義についてはさまざまな提案があり、一致した見解を得ていない。概観すると、実証研究(調査などにより定量的に測定しようとする研究)では、「報酬があるか否かにかかわらず、物財やサービスを生産する活動」をプロダクティブな活動と定義し、具体例として「有償労働」「ボランティア活動」「親族や友人、近隣に対する無償の支援提供(家事、介護、子どもの世話など)」を指す場合が多い4)。これらは、基本的には経済的な価値を有する活動である。家事や介護など報酬を伴わないとしても、それをヘルパーなどに外注すれば有料となる場合は、経済的な価値を有する活動と考えられる(図1)。

図1:プロダクティブな活動の定義を示す図。報酬があるか否かにかかわらず、物財やサービスを生産する活動をプロダクティブな活動と定義する。家事、介護、子どもの世話など無償の支援提供は経済的な価値を有する活動とされる。
図1:プロダクティブな活動の定義

 このような定義は狭義のもので、より広義の定義では、上記の活動に加えて、学習活動やトレーニングなど「プロダクティブな活動を行う能力を高める活動」5)、セルフケア行動や日常生活行動のように「自立・自律を維持する活動」6)、趣味や宗教・政治活動などの「社会活動」7)もプロダクティブな活動に含める場合がある。広義の定義では、現時点で経済的な価値の創出に直接つながっていないとしても、将来的に人的資源として活用できる可能性や、社会や家族にかかる介護などの負担軽減に役立つ可能性を高める活動、さらには消費により経済の活性化につながる活動も、プロダクティブなものとして評価している。

 定義が拡大した理由として、高齢者をできるだけ「非生産的」とみなさないようにしたいという考えが作用しているのであろう。プロダクティブ・エイジングを強調することに対しては、高齢者が経済的な意味で生産的かどうかという価値基準で判断されかねないという批判がある8)。そうなると要介護高齢者などは非生産的とみなされ、結局、エイジズムにつながってしまう。このような批判への対応として、プロダクティブな活動の定義を拡大することで、高齢者が非生産的とみなされないように配慮したと考えられる。

 しかし、定義が過度に拡大すると、本来の趣旨とずれる危険性がある。本来、プロダクティブ・エイジングとは、高齢者は非生産的という社会の見方に反論し、高齢者が生産的な活動を行っている実態と可能性を示して、高齢者が活躍できる機会を拡大するよう社会に変革を求める概念であった。プロダクティブな活動の定義が過度に広範化して、あらゆる活動を含めてしまうと、「高齢者のプロダクティビティ(生産的な活動を行う能力)」に対する社会の評価を逆に減じてしまう。さらに、定義が広範すぎると研究知見の比較や統合を行ううえでも支障が生じる。プロダクティブ・エイジング研究の第一人者であるMorrow-Howellも、知識の迅速な発展を図るために狭義の定義に焦点化することを推奨している7)

高齢者のプロダクティブな活動の国際比較

 プロダクティブな活動の狭義の定義に基づき、有償労働、ボランティア活動、家庭内無償労働について、内閣府の「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」の直近のデータ(2015年)を用いて9)、日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデンの状況を比較した。

 有償労働(就労)については、60歳以上で、これまでに収入の伴う仕事をしたことがある人のうち、まだ仕事を辞めていない人の割合は、男女とも日本が最も高かった(図2)。男性は、いずれの年齢階級においても就労継続者の割合は日本が最多で、65~69歳で36.4%、70~74歳で27.1%、75~79歳でも15.1%が就労を継続していた。日本に次いで就労継続者の割合が高いのはアメリカだが、すべての年齢階級で日本より10ポイント前後低かった。女性は、60~64歳ではスウェーデンで就労継続者の割合が77.2%と顕著に高いが(日本は43.9%)、65歳以上の年齢階級では日本が概ね他国を上回っており、65~69歳で32.9%、70~74歳で14.3%、75~79歳でも14.9%が就労を継続していた。スウェーデンは、65歳以上になると就労継続者が激減していた。

図2:60歳以上で、これまでに収入の伴う仕事をしたことのある人を対象とした、日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデン各国の就労継続者の割合を比較した図。
図2:就労継続者の割合
(これまでに収入の伴う仕事をしたことがある人について)

 ボランティア活動については、福祉や環境を改善することなどを目的としたボランティア活動やその他の社会活動を行っている人の割合をみると、男女ともアメリカとスウェーデンで高く、日本とドイツは低かった(図3)。アメリカとスウェーデンは、男女とも60~84歳までは5~6割の人が福祉・環境関連のボランティア活動などを行っていたが、日本では、活動者の割合が高い60代でも4割前後で、それ以上の年齢階級では活動者の割合が低下する傾向がみられた。日本の高齢者のボランティア活動はアメリカやスウェーデンほど活発ではないが、65歳以上では男女とも就労よりもボランティア活動の割合のほうが高かった。

図3:日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデン各国の福祉や環境を改善することなどを目的としたボランティア活動やその他の社会活動を行っている人の割合を比較した図。
図3:福祉や環境を改善することなどを目的としたボランティア活動やその他の社会活動を行っている人の割合

 さらに、図には示していないが経年変化をみると、60歳以上でボランティア活動にまったく参加したことがない人の割合は徐々に減少しており(2005年53.4%→2010年51.7%→2015年47.6%)、日本でも高齢者のボランティア活動が増加しつつあるといえる。

 家庭内の無償労働については、家族や親族の中で「家事」「育児」「介護」のいずれかの役割を果たしている人の割合をみると、男女で大きく傾向が異なっていた(図4)。男性では、このような役割を果たしている人の割合が日本は他国に比べて顕著に低く、すべての年齢階級において1割未満であった。スウェーデンは、すべての年齢階級において5~7割の男性が家事などの役割を担っており、さらに女性よりも男性で割合が高かった。一方、女性では、60~84歳までの年齢階級では日本が最も割合が高く、7~8割の女性が家事などの役割を担っていた。次いで割合が高いのはドイツで、アメリカの女性はいずれの年齢階級においても他国と比べて家事などの役割を担う割合が低かった。

図4:日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデン各国の家族・親族の中で、家事、育児、介護の役割を果たしている人の割合を比較した図。
図4:家族・親族の中で、家事、育児、介護の役割を果たしている人の割合

 この調査結果から、アメリカ、ドイツ、スウェーデンと比べて日本の高齢者のプロダクティブな活動は、男性は「有償労働」、女性は「家庭内無償労働」が中心だが、「有償労働」に従事する女性も他国より多いという特徴を有することがわかる。ボランティア活動については、現状ではアメリカやスウェーデンをかなり下回っているが、参加率は経年的に増加しており、65歳以上では就労を上回っていることから、今後、日本の高齢者にとって重要な活動になるであろう。

 ボランティア活動は、心身の健康の維持・向上に役立つ可能性があること、さらに、職業から引退すると抑うつ的になる男性が多いが、退職後にボランティア活動をしている男性は抑うつ的になりにくいことが報告されている10)。このことから、高齢期に重要な役割を喪失することの悪影響をボランティア活動が緩和する可能性が示唆される。

 従来からの就労や家庭内無償労働だけでなく、ボランティア活動という形で高齢者の力を社会的に活用することは、高齢者自身にとってもよい効果をもたらす可能性があるため、高齢者が能力を発揮できるよう機会、場、情報などの提供や整備を図る必要がある。

おわりに

 高齢者はさまざまな形で、家族、地域、社会に貢献している。特に日本の高齢者は、国際的にみると男女とも就労の継続率が高く、加えて女性では、家族・親族に対する貢献度も非常に高い。ボランティア活動についても参加率が高まっており、地域における支え合いの仕組みを担う重要な資源として期待できる。

 いわゆる生産年齢人口(15~64歳)の減少に伴い、高齢者も社会を支える側に回ってもらうことが求められているが、これについては否定的な意見もあるだろう。年金など生活を維持するに足るだけの給付がないまま、働かないと生活できないから仕事を継続している状況を「プロダクティブ・エイジング」と言っても、反感を招くだけである。女性においても、高齢になっても家事や介護を女性のみが担わされる状況は、大きなストレスである。

 高齢者の力を社会的に活用しようとする場合、それが高齢者からの搾取であったり、高齢者への負担であっては「プロダクティブ・エイジング」を推進することはできない。プロダクティブ・エイジングは、サクセスフル・エイジングにつながるものでなければ推進することは不可能である。

 そのためにも高齢期の生活を保障できるだけの年金(特に国民年金による基礎年金)額を担保し、そのうえで高齢者が自らの特性に応じた社会貢献を選択できるようにすることが、将来的には医療・介護費用の削減や地域包括ケアシステムの推進などの社会的な効果につながると考える。

文献

  1. Butler RN, Gleason HP eds.:Productive Aging: Enhancing Vitality in Later Life. Springer, NY, 1985.
  2. Rowe JW, Kahn RL: Successful aging. The Gerontologist 1997; 37: 433-440.
  3. 柴田博:日本型プロダクティブ・エイジングのための概念整理. 応用老年学 2013;7:4-14.
  4. Herzog AR, Kahn RL, Morgan JN, et al: Age differences in productive activities. Journal of Gerontology: Social Sciences 1989; 44: S129-138.
  5. Caro FG, Bass SA, Chen YP: Introduction: Achieving a productive aging society. Achieving a productive aging society (Bass SA, Caro FG, Chen YP. eds). p.3-25, Auburn House, Westport, 1993.
  6. Butler RN, Schechter M: Productive aging. The encyclopedia of aging (Maddox GL, et al. eds). p.824-825, Springer, NY, 2001.
  7. Morrow-Howell N, Wang Y: Productive engagement of older adults: Elements of a cross-cultural research agenda. Ageing International 2012; 38: 159-170.
  8. Holstein M: Productive aging: A feminist critique. Journal of Aging & Social Policy 1992; 4: 17-34.
  9. 内閣府.平成27年度 第8回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査結果.(2019年7月1日閲覧).(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  10. Sugihara Y, Sugisawa H, Shibata H, et al: Productive roles, gender, and depressive symptoms: Evidence from a national longitudinal study of late-middle-aged Japanese. Journal of Gerontology: Psychological Sciences 2008; 63B: 227-234.

筆者

写真:筆者_杉原陽子先生
杉原 陽子(すぎはら ようこ)
首都大学東京 都市環境学部都市政策科学科准教授
略歴:
1998年:東京都老人総合研究所研究員、2002年:東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻博士後期課程修了、博士(保健学)、2004年:東京都老人総合研究所(2009年~東京都健康長寿医療センター研究所)主任研究員、2013年:鎌倉女子大学家政学部管理栄養学科准教授、2016年:首都大学東京 都市環境学部建築・都市コース准教授、2018年より現職
専門分野:
社会老年学、高齢者福祉、健康社会学

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.91(PDF:4.8MB)(新しいウィンドウが開きます)

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