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健康格差対策としてのまちづくり

公開日:2018年7月13日 11時00分
更新日:2022年11月29日 13時20分

近藤 尚己(こんどう なおき)

東京大学大学院医学系研究科健康教育・社会学分野准教授

はじめに

1.閉じこもりのAさんに必要なケアとは?

 山梨県の過疎地に住むAさんは92歳の女性で、高脂血症の内服治療目的で私の外来診療に月1回通っている。やせ気味だが体重は適正、血圧は正常、背筋もしっかりと伸びているなど、高脂血症を除けば、身体はとても元気である。しかし、Aさんは孤独である。山間地で年金暮らしをしており、車の運転免許は持っていないため、1人ではなかなか外出できない。買い物はすべて宅配である。他界した夫が植えた庭木の世話をするのが慰めだという。

 Aさんは高脂血症も軽度なため、実際は外来通院も医学上は必要ないかもしれない。あるとき、通院打ち切りの話を本人に持ちかけたとき、Aさんは表情を曇らせた。「どうかしましたか?」と聞き役に回ってみて理解した。彼女にとってこの外来通院は大きな意味を持っていたようだ。つまり、通院が唯一の外出の機会なのである。聞けば、過去には近所の同世代の知人友人たちと趣味の集いや無尽講(むじんこう)(山梨や沖縄で盛んな金銭の互助活動)の集いを行っていたが、「みんな死んでしまって独りぼっち」だという。1人長生きすることの寂しさを打ち明けてくれた。

 一見健康で長生きなAさんだが、孤独な日々を送り、人と会う機会がなく生きがいを見出せない状況は、はたして健康といえるだろうか?Aさんに必要なケアとは?そのための「まちづくり」とは何か?

2.住んでいるだけで健康になるまちづくりを

 地域包括ケアシステムの構築が全国で進められている。これは「高齢者1人ひとりが生活圏域内で無理なく介護・医療・福祉のケアにアクセスできるような地域の連携体制のことであり、行政と民間のサービス、そして住民組織が連携してこれをつくる」とされている。地域包括ケアシステムづくりで先行しているのは医療・介護連携など、二次予防のシステムづくりである。すでに介護や医療が必要になった人に円滑に必要なサービスを届けるための連携体制づくりが進められている。

 しかしAさんのように、今のところ医療や介護サービスは必要ないが、孤立など将来要介護となる社会的なリスクを抱えている人に必要なケアは、現在の医療・介護連携の枠組みでは提供できない。Aさんは交通の便が悪く買い物できる商店もない過疎地に住み、自ら外出するだけの経済的ゆとりもない。本特集の他稿(斉藤)に書かれているように、健康は貧困だけでなく、孤立や地域の社会環境、たとえば、外出しやすさ・歩きやすさ・交通といった環境によって強く影響を受け、こういった個人を取り巻く社会的な状況は本人には対応できないことが多い。それがケアの格差となり健康格差へとつながっていく1)

 医療と介護の連携強化は喫緊の課題であるが、健康格差へ対応するためには、次のステップとして、孤独というAさんの社会的リスクへ対応するためのまち全体の環境や仕組みを整える広義の地域包括ケアをめざすべきである。

まちづくりによる健康格差対策の事例

1.楽しく集うだけで健康に:サロン事業の効果

 たとえば、Aさんに、月1回の外来通院以外の交流機会を届けたい。人との交流を促すことで介護予防を達成しようという、いわゆる「通いの場づくり」の施策が全国的な広がりを見せている。「憩いのサロン」といった名前で呼ばれることが多い。サロン活動は、市民ボランティアが月1、2回程度のペースで企画し、公民館や集会所で開催する。集まって行うことはサロンによりさまざまで、ただお茶を飲み、おしゃべりするだけのものから、健康体操や趣味の活動、歌あり踊りありの会など実にさまざまである(写真)。

写真:介護予防を目的とする人との交流の場「憩いのサロン」の様子を表す写真。
写真:あるサロンの風景。ボランティアと参加者が折り紙づくりをしている

 サロンへの参加には、要介護になるリスクを大幅に減らせる可能性が示されている。筆者らが参画する日本老年学的評価研究(JAGES)では、早期からサロン活動に注目し、行政との連携により実践と実証を合体させた活動をしてきた。愛知県武豊町で行われた「武豊プロジェクト」では、研究者と自治体、住民とが一体となってサロンづくりとその人材育成を核とした戦略的なまちづくり型の介護予防を進めてきた。地域のサロン開催場所を地図上に「見える化」して、約500メートル範囲に1つサロンの開催拠点をつくることをめざして拠点を増やしていった。同時に、サロンを運営するボランティア育成プログラムを標準化した。町の高齢者全体への3年ごとのアンケート調査、およびサロン参加者への調査を行い、客観的なデータ分析によりニーズ把握と事業の評価を行っている。

 家の近くにサロンができると、交通手段がない人でも徒歩でサロンに参加できるようになる。武豊町の高齢者2,490人を5年間追跡した研究では、サロンが家の近くにできて実際にサロンへ参加するようになった人は、そうでない人に比べて要介護となるリスクが実に半減するほどの効果があることが明らかとなった2)(図1)。

図1:愛知県武豊町の高齢者を対象としたサロン参加者とその他の要介護認定率を比較し、参加者の効果を表す図。

参加者とそれ以外とを追跡し、その後の要介護認定率を比較。操作変数法という手法を用いて追跡当初の健康状態やサロンへの行きやすさなど、結果に影響を与えるサロン参加以外の要因の影響は統計的に除いてある。3回以上参加した人を「参加者」と定義した。

図1:武豊町サロンの効果

 興味深いことに、保健センターなどによる従来のイベントと比べて、サロンへの参加者は圧倒的に低所得者層が多い(図2)。Aさんのように経済的な理由もあって外出しにくい人でも、近所に外出の機会ができることで、介護予防を無理なく行えるといった効果が期待できる。そのため、サロンというまちづくりの取り組みは、要介護リスクの経済状況による格差を縮小する可能性がある。

図2:武豊プロジェクトにおける所得水準別のサロンとその他イベントの参加者の割合を示す図。

所得は介護保険料を決定する所得区分データを介護保険のデータベースから抽出して決定した。

図2:武豊プロジェクトにおける所得水準別のサロン事業と従来のその他の事業の参加者割合

 集まるだけではたして要介護のリスクが半減するほど心身の健康を保てるものだろうか。研究者らも当初は不思議に思ったが、その後の調べで、それは「波及効果」にあることがわかってきた。つまり、サロンの参加者の実に4割前後が、サロン参加後にその他の地域活動へも参加していることがわかったのである3)。サロンでできた新しい「つながり」を通じて、地域で行われているさまざまな活動の場にも足が向いたということだろう(図3)。

図3:サロン参加者と不参加者の、その後のその他地域活動への参加の割合を表す図。
図3:サロン参加者および不参加者の参加後のその他の地域活動への新規参加割合3)

2.認知症への「社会的処方」

 認知症のケアも、まちづくりによる健康格差対策の典型例といえよう。現在、認知症を根治する医薬品や治療技術は存在しない。そのため、認知症は「早期診断・早期絶望」といわれることもある。認知症を告知された本人や家族は、進行していくしかない病気へと孤独に向き合い、今後どのような生活課題が出てくるのかという不安と恐怖にかられる結果となるからである。特に、貧困など社会的な困難を抱える人や家族は、そのようなときに、相談できる場所を知らなかったり、援助を求めるスキルが乏しいことが多く、途方に暮れてしまう場合が多い。

 全国に広がりつつある「認知症カフェ」は、そのような絶望感にさいなまれる本人・家族を対象とした、あるいは絶望しないように防止するためのまちづくりの活動である。多くの場合、認知症の方だけでなく誰でも参加できる形態で活動が行われている。「認知症になっても安心して暮らせるまち」づくりには、認知症か否かにかかわらず、地域の互いの顔の見える関係づくりが求められるのである。

 認知症カフェは、そのような「地域の人びとのつながり醸成の拠点」として機能している。「NPO町田市つながりの開(かい)」が主催する認知症の人を対象とした会「DAYS BLG!」では、常設のカフェ活動によって認知症の方やその家族と地域住民との交流機会を提供するだけでなく、地域の企業と連携して雇用機会につなげている。2017年に出版された認知症ケアの白書『認知症の社会的処方箋』には、まちづくり型の認知症ケアの事例が豊富に紹介されているのでご一読いただきたい4)

 ところで、この"白書"のタイトルにある「社会的処方」とはどういう意味だろうか。ご存じのように、処方とは、通常、医療機関において病気や症状に対して医師が投薬や治療法を指示する行為のことであり、通常「処方箋」でその指示を出す。ところが、認知症には特効薬がない。代わりに、認知症に必要なのは、認知症があっても安心して生活できるための地域のつながりであり、それを提供してくれる組織やサービスという「社会資源」の提供(すなわち「処方」)である。「社会的処方」とは、このように薬ではなく社会資源を紹介・提供する行為のことといえる。冒頭で登場したAさんは認知症ではないが、「孤独」という社会的なリスクを持っている。孤独へも社会的処方が必要であろう。

 筆者を含む3名の健康格差の研究者が監修をした上記『認知症の社会的処方箋』は、認知症の"治療"のあり方について、次の5点を強調している。

  1. 認知症のケアと治療のゴールを再定義すること
  2. 社会的かつコミュニティを基盤にした認知症予防、発見、ケア、サポートの重要性を広めること
  3. エビデンス(科学的根拠)に基づいて社会的・コミュニティをもとにした施策や早期診断・発見のプログラムを計画すること
  4. データや活動を共有するための仕組みをつくること
  5. 官民のパートナーシップを強化すること

「健康格差」への配慮で地域包括ケアシステムづくりは効率的・効果的に

1.「見える化」で選択と集中、多職種連携と活動評価を推進

 「まちづくり」による健康格差対策を進める際に重要なのは、前項(尾島)でも触れたように、「見える化」である。町のどこに、どの程度、健康の社会的なリスクが存在するか、また、まちづくり型ケアの拠点となる場所や施設があるかを客観的に評価し、可視化することである。見える化するための作業はひと手間かかるが、これをすることにより「まちづくり」の取り組みの効率を上げることができる。

 まず、見える化により、限られた資源(ひと・モノ・カネ)の選択と集中ができる。データに基づき、リスクが高い地域や集団を客観的に選び、そこに集中して資源を使うことができる。また、見える化したデータを使うことで、組織同士の合意形成が進む。まちづくりにはさまざまな組織や人びとが関わる。説得力のあるデータをもとに関係者間で話し合いを進めることで、誰もが納得できる取り組みの方向性を見出しやすい。さらに、継続的にデータをとっていくことで、取り組みの客観的な評価が可能になる。たとえばサロンづくりや認知症カフェなど、皆で行った活動にどのくらいの効果があるのかを評価することで、到達点を確認し、修正点を検討できる。つまりPDCAを回すことができるのである5)

 見える化したデータを活用することは、行政職員のスキル向上や連携強化にも役立つ可能性がある。JAGESに参加している32自治体のうち16自治体で、まちの課題や資源を見える化したデータの活用と組織連携づくりの支援を行ったところ、見える化したデータだけを提供したその他の16自治体に比べて、行政の専門職(保健師など)の組織連携の度合いが拡大した(図4)。

まちの課題などを見える化したデータの活用と連携支援を行った団体と、データ提供のみの団体との行政の専門職の組織連携の度合いの変化を表す図。
図4:見える化データ活用と連携支援を行った自治体(緑)とデータ提供だけをした自治体(青)の専門職(保健師等)の、地域の保健医療福祉分野以外の組織との連携の度合いの変化8)

2.「健康づくり」を言いすぎない工夫も大切

 健康づくりの意欲を常に維持するのは簡単なことではない。特に、社会的なストレスを抱えている人にとっては、遠い将来のことを意識した健康づくりよりも、目の前の苦しみやストレス発散の優先度が高い。そのため、「健康づくりをしましょう」というメッセージは届きづらい。

 まちづくりの成功事例の多くは、この点をよくわきまえている。武豊町のサロンの参加者にアンケートを取ったところ、参加する理由の多くは「健康のため」ではなく、「楽しいから」「友人に会えるから」「おしゃべりができるから」などであった。サロン活動は「介護予防」が重要な目的の1つであるのだが、表向きには、「楽しさ」「交流」など、多くの人が価値を見出しやすいことをアピールしていることで、うまくいっているのであろう6)

まとめ

 健康格差対策では、社会的なリスクを抱えた1人ひとりを見つけ出し、個別に対応をしていくハイリスク・アプローチも重要であるが、社会環境に目を向けたポピュレーション・アプローチ、すなわち「まちづくり」を重視したい。個別の対応をしていても、社会環境が変わらなければ、新たに社会リスクを抱える人、つまり第2のAさんのような人の出現を防止できないからである。

 孤独な生活を送る人、交通が不便で外出できない人など、社会的なリスクを地域ごとに見える化して、関係組織と連携してその解決を図り、誰もが住みやすいまちを創ることである。そのためには、医療と介護の連携にとどまらない、広義の地域包括ケアに向けた組織同士のネットワーク化が不可欠である。そのように地域が組織化されれば、その組織同士のつながり自体がまちの資源(すなわちソーシャル・キャピタル)となる7)。これが、誰もが自然と健康を維持できる、健康格差の少ないまちづくりへとつながる。

参考文献

  1. Holt-Lunstad J, Smith TB, Layton JB. Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review. PLoS Med.2010;7(7):e1000316.
  2. Hikichi H, Kondo N, Kondo K, Aida J, Takeda T, Kawachi I. Effect of a community intervention programme promoting social interactions on functional disability prevention for older adults:propensity score matching and instrumental variable analyses,JAGES Taketoyo study. J Epidemiol Community Health. 2015 Sep;69(9):905-10.
  3. 平井 寛. 高齢者サロン事業参加者の個人レベルのソーシャル・キャピタル指標の変化. 農村計画学会誌. 2010;28(Special_Issue):201-6.
  4. イチロー・カワチ, Viswanath K, 近藤尚己. 認知症の社会的処方箋:認知症にやさしい社会づくりを通じた早期発見と早期診断の促進に向けた白書: 日本イーライリリー株式会社; 2017.(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  5. 近藤尚己ほか. 介護予防活動のための地域診断データの活用と組織連携ガイド.「データに基づき地域づくりによる介護予防対策を推進するための研究」研究班. 東京. 2017.
  6. 近藤尚己. 健康格差対策の進め方:効果をもたらす5つの視点. 東京: 医学書院; 2016.
  7. 高尾総司, 藤原武男, 近藤尚己ほか(監訳). 社会疫学(上・下)(Social Epidemiology 2nd eds). 東京: 大修館; 2017.
  8. 長谷田真帆. 地域づくりによる介護予防推進のためのデータ活用と組織連携支援の効果:準実験研究. 東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻博士論文. 2018.

筆者

筆者_近藤尚己先生
近藤 尚己(こんどう なおき)
東京大学大学院医学系研究科健康教育・社会学分野准教授
略歴:
2000年山梨医科大学医学部医学科卒業、卒後医師臨床研修後、山梨医科大学助教、同講師、ハーバード大学フェローなどを経て、2014年より現職
専門分野:
社会疫学、公衆衛生学、健康の社会的決定要因。医師、医学博士

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.86(PDF:4.3MB)(新しいウィンドウが開きます)

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