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免疫とは何か?

公開日:2020年8月31日 09時00分
更新日:2024年2月 8日 13時23分

写真はCC BY-NC-ND のライセンスを許諾されています

 新型コロナウイルス感染症においては事態収束を目的に集団免疫獲得に向けたワクチン開発と実用化が喫緊の課題です。また、政府は「新しい生活様式」の実践により感染拡大防止に努めるよう国民に求めています。コロナ禍において、人間がもともと持つ免疫の仕組みを理解することは、感染防止対策について正しく判断し行動することに役立つと思われます。そこで、国立長寿医療研究センター研究所バイオセーフティ管理・研究室 室長の錦見 昭彦 先生に免疫やワクチンについてお話を伺いました。

新型コロナウイルス感染症 何がどうなったら「収束」なのか?

財団:2019年12月に中国湖北省武漢から発生した新型コロナウイルス感染症COVID-19ですが、現在も世界中で猛威を振るっております。我が国では4月に非常事態宣言が発令されたのち、5月末に解除され感染状況が落ち着いたものの、7月に入ってから東京を中心に感染者が増加傾向にあります。これから第二波・第三波の感染拡大が危惧されているところですが、新型コロナウイルス感染症の収束のシナリオは何がどのようになれば「収束」と言えるのか、先生のご見解をお聞かせください。

錦見先生:「収束」といいますと、一般の皆さんがウイルス感染に心配せずに安心して生活ができる状態になることだと思います。病原体によってどういう形が収束かは異なりますが、インフルエンザの場合、毎年感染のリスクはあり、感染した人のうち、お亡くなりになる方も少なくありません。しかし、インフルエンザは流行シーズン前に接種できるワクチンがあるため、ある程度予防ができます。また、感染したとしても症状を緩和する対症療法が確立され、ウイルスを増やさない抗インフルエンザ薬があるため、皆さんの日々の社会生活を完全に止めずにある程度安心して過ごせます。このように私たちがウイルスと共存して生活している状態が「収束」していると言えるのではないでしょうか。

 新型コロナウイルスと共存していくまでには、多くの人がウイルスに対して防御する免疫記憶※1を持つ「集団免疫」の状態を作り出すことが必要です。60%以上の人が免疫記憶を持っていれば、感染が蔓延する速度が劇的に低下していきます※2。集団免疫の状態を作り出すことを目指しているのが「ワクチン」になります。

 また集団免疫の獲得以外の対策としては、感染している人を徹底的に隔離し、ほかの人に感染しないまでに感染経路を断ってウイルスを追い詰める方法もあります。しかし、今回の新型コロナウイルス(SARS COV-2)の感染拡大対策で隔離が難しい状況がこのウイルスの厄介なところだと思います。

※1 免疫記憶
ウイルスに対して再度感染したときに防御・排除するために体を整えておく免疫機能。後天的に獲得する免疫機能の一つ。
※2
新型コロナウイルスの基本再生産数(Ro:1人の感染者が何人の人に感染させるかを示す数)はWHOの発表によると1.4から2.5と見積もられています1)。Ro=2.5だとすると、集団免疫閾値は(1-1/2.5)x100=60%となります。つまり、6割の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要であることが示唆されます。
ウイルスと共存して生活している状態が「収束」していると言えると錦見先生

SARSやMERSが収束したのはなぜか?

財団:今回の新型コロナウイルス(ウイルス名:SARS-COV2)は2003年に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)や2015年の中東呼吸器症候群(MERS)と同様にコロナウイルスの仲間ですが、SARSやMERSは治療法や実用的なワクチンが確立されていない中で収束宣言がだされましたが、なぜですか?

錦見先生:SARSやMARSは感染すると重篤な症状が出ること、致死率が高いことが特徴です。そのため、感染して発症した人を見つけ次第、すぐに隔離することができます。また、感染者が亡くなってしまうとウイルスがそれ以上に感染することができなくなるため、発症した人を隔離・感染経路を断つことでウイルスの感染拡大を封じ込めることができました。

 一方で、今回の新型コロナウイルスは感染しても多くの人は症状が軽いか、症状が出ないことが特徴です2)。感染した本人も自分が感染したことがわからないため、そのまま街に出ていろいろな人と接触して人に移すことでどんどん広がっていきます。感染した人を見つけ出して、隔離し、感染経路を断つことで収束させることが難しいのが今回のウイルスの厄介なところです。また、感染しても無症状、軽症のまま感染が広がるだけなら良いのですが、一部の人には重い症状が出るといったところが、怖いところです。そういった意味でウイルスの増殖戦略としては大変賢いと言わざるを得ないと思います。

免疫とは何か

免疫とは?

財団:新型コロナウイルス感染症の収束の鍵を握るのが「集団免疫」の獲得になるとのことですが、そもそも「免疫」とは何でしょうか?免疫の仕組みや免疫の働きについて解説をお願いします。

錦見先生:免疫とは簡単に言いますと「病原体・ウイルス・細菌などの異物が体に入り込んだ時にそれを見つけだして、体から取り除くという仕組みのこと」です。重要なのは自分の細胞と外から入ってきた異物を見極めて、自分の細胞は攻撃せずに、外から入ってきた異物のみを攻撃するという性質があることです。それを実現するためには私たちの体にはいろいろな特徴をもった免疫細胞がお互い協力し合いチームプレイで体を守っています。

財団:ラグビー日本代表のワンチームのように多種多様な免疫細胞が異物と戦って体を守っているんですね。

錦見先生:そうですね。漫画・アニメの「はたらく細胞」(清水茜著,月刊少年シリウス,講談社)が大変わかりやすいです。体に存在するさまざまな細胞を擬人化して、それぞれの性格や特技を人に見立てて、その人たちが住んでいる街(身体)を守る設定のアニメです。ウイルスや細菌など異物が体内に入り込んだ時、アレルギー反応が起こった時、ケガをした時など、白血球と赤血球を中心とした体内細胞の人知れぬ活躍を描いた内容です。

免疫細胞の種類と役割

財団:免疫細胞の種類はどれくらいありますか?

錦見先生:細かく分類すると非常にたくさんあります。大まかには自然免疫を担当する細胞と獲得免疫を担当する細胞に分けられます。

 自然免疫は原始的な生物から備わっており、細菌・ウイルス・寄生虫などの病原体に特徴的なものを見つけ出し、攻撃する免疫機構です。病原体が体内に入ってきたらすぐに自然免疫が働きます。自然免疫に関わる細胞として代表的なものにマクロファージ、NK細胞、好中球、マスト細胞があります(図1)。

 獲得免疫は、自然免疫で排除できなかった特定の病原体に対し、免疫細胞を選抜して感染した細胞を攻撃したり、特徴に合わせて武器(抗体)を作り出して攻撃する免疫機構です。病原体が入ってきてから1週間から2週間かけて抗体を作ります。病原体の情報を記憶し、一度作った抗体や選抜した免疫細胞をいつでも使えるように備えることができるのも、獲得免疫の特徴の一つです。代表的なものに樹状細胞、T細胞(キラーT細胞・ヘルパーT細胞・制御性T細胞)、B細胞があります(図1)。

 大雑把に言うと、自然免疫はレディメイド(既製)の免疫系で、獲得免疫はオーダーメイド(特注)の免疫系と言えます。

図1:自然免疫と獲得免疫の仕組みを表すイラスト。
図1 自然免疫と獲得免疫

自然免疫

マクロファージ

 マクロファージはアメーバ状の細胞です。体内に入り込んできた異物を発見すると、自分の中にそれを取り込んで分解します。また感染を他の免疫細胞に知らせる役割があります。

NK細胞(ナチュラルキラー細胞)

 NK細胞(ナチュラルキラー細胞)は警官のように体の中をパトロールしていて、がん細胞やウイルスに感染した細胞を発見するとその細胞を攻撃し殺す役割があります。キラーT細胞とは異なり、異物の情報(抗原)を受け取らず、自ら異物を攻撃するため、生まれつきの殺し屋(ナチュラルキラー)という名前が付けられています。

好中球

 好中球は白血球のうち骨髄系の細胞である顆粒球の一つ。細菌やカビを攻撃する免疫細胞です。

マスト細胞

 マスト細胞は気管支、鼻粘膜、皮膚など外界と接触する組織の粘膜などにひろく存在する免疫細胞です。寄生虫に汚染された食物を食べるなどして体内に入り込んだ寄生虫に感染された細胞を攻撃します。

獲得免疫

樹状細胞

 樹状細胞は鼻腔、肺、胃、腸管、皮膚などに主に存在している細胞です。枝のような突起があり、異物が体内に入り込んだ時、自分の中にそれを取り込んで感染を他の免疫細胞(主にT細胞)に知らせる役割があります。

キラーT細胞

 キラーT細胞は名前のとおりウイルスに感染した細胞を攻撃し殺す役割があります。樹状細胞から知らされた異物の情報(抗原)を受け取り、ウイルスに感染した細胞やがん細胞を攻撃します。

ヘルパーT細胞

 ヘルパーT細胞は免疫の司令塔の役割があります。マクロファージや樹状細胞から知らされた異物の情報(抗原)を受け取り、サイトカインなどの免疫活性物質を産生し、免疫を促進します。

制御性T細胞

 制御性T細胞は問題のない細胞が攻撃されないよう、ヘルパーT細胞やキラーT細胞の働きを抑制したり、免疫作用を終了させたりする役割があります。

B細胞

 B細胞は骨髄に存在して異物を攻撃する抗体を作る免疫細胞です。Yの形をした抗体を発射して異物を排除します。

獲得免疫:抗体とは?

財団:獲得免疫の「抗体」とはどういった働きをするものですか?

錦見先生:抗体とはB細胞が作り出すアルファベットのYの形をしたたんぱく質です(図2)。Yの先の部分がウイルスや細菌などの特定の病原体と結合する特性があります。ウイルスに対して抗体がどう働くかというと、ウイルスは細胞の中に入り込んで細胞に感染して増殖する性質がありますが、抗体はウイルスが細胞に感染する前に妨害する役割があります。

 また、抗体はYの形をしていることからウイルスに結合して絡め取り、抗体がついたウイルスの固まりをマクロファージに取り込んで消化してもらう役割があります。

図2:B細胞が作り出す抗体の仕組みと働きを表すイラスト
図2 獲得免疫のB細胞が作り出す抗体

獲得免疫:キラーT細胞とは

錦見先生:獲得免疫でもう一つ重要なのが「キラーT細胞」です(図3)。キラーT細胞はウイルスに感染した細胞を殺す役割があります。自然免疫機能ではNK細胞がその役割を担っています。そのため、抗体の効果が低くてもキラーT細胞ができていれば、ウイルスを退治できると考えらます。また、キラーT細胞を一旦獲得すると免疫記憶として残るため、再感染してもすぐに働くことができます。

 しかし、一般の報道で言われる抗体検査ではキラーT細胞の活性を測ることはできません。キラーT細胞の活性を測るには専門の研究機関で行う必要があります。

図3:ウイルスの感染後の増殖の仕組みとキラーT細胞の働きを表すイラスト
図3 キラーT細胞とNK細胞

ウイルスなどの異物はどこから侵入してくるか?

財団:ウイルスなどの異物は体のどこから侵入してくるのでしょうか?

錦見先生:いろいろなところから体に入り込んできます。皮膚や粘膜がはじめの第一防御ラインになります。皮膚に傷があれば、傷口から入ってきます。また、粘膜をかいくぐって入ってくる性質のウイルスはたくさんあります。

獲得免疫は持続する?

財団:獲得した免疫は持続するのでしょうか?

錦見先生:キラーT細胞やB細胞は体内にウイルスや細菌などの病原体がいなくなったら、収束していきます。ただし、獲得免疫の特徴の一つとして免疫記憶があるため、抗原(病原体の特徴)が記憶されると、同じ病原体が再び体内に入ってきたら数日のうちで獲得免疫が働き攻撃を行います。抗体の量は1度目に感染したときよりも数百倍~数千倍の抗体を一気に作ることができます。この抗体を増産できる体制を多くの人が持つようになれば集団免疫につながり、感染が広がる力が大幅に弱くなっていきます。

免疫を持っていたら再感染しない?

財団:免疫を獲得した後は再感染することはありますか?

錦見先生:病原体によっては、再感染することはあります。はしかは一度免疫記憶を獲得すれば二度とかかりません。インフルエンザは特徴としてきちんと記憶されないということと、毎年形を変えてくるため、獲得した免疫記憶が完全には使えず再感染することがあります。

免疫を持っている人は病気をうつさない?

財団:獲得免疫を持っている人の飛沫は他の人に飛散しても感染したりしないですか?

錦見先生:感染することはあります。問題は獲得した免疫がウイルスの活性をちゃんと抑え込めているかどうかです。ウイルスの活性を抑え込めていれば、飛沫に含まれるウイルスの量は少なくなるため、感染を広げる可能性は著しく低くなります。

財団:アメリカ合衆国の女性歌手がSNSで「私には抗体があることがわかった。明日は長いドライブに出かけ、窓を開けて新型コロナの空気を吸おう。」と投稿しました3)。抗体を持っていれば安心してもよいものでしょうか?

錦見先生:抗体はウイルスに結合するものですが、抗体検査によって陽性だからと言っても、その抗体がウイルスの活性を抑える(中和する)抗体なのかはわかりません。結合するけれど、ウイルスには何も影響しない抗体もあります。また、場合によっては結合することによってウイルスが増殖しやすくしてしまうということもあります。ウイルスの活性を抑える中和抗体を作れているかどうかを抗体検査で見分けることは、今のところ難しいのではないでしょうか。インフルエンザと同じように治ってからも再び感染することから、獲得免疫があるからと言って100%安心することはできません。

「免疫力」を測ることはできるのか?

財団:「免疫力」というキーワードが使われています。免疫機能の強さを計測したりすることは可能なのですか?

錦見先生:「免疫力」というキーワードはそもそも医学用語にはありません。では「免疫力」とは何かと専門的な立場から考えますと、病原体に対する抵抗性を指すのかもしれません。しかし、具体的に何を意味しているのか分からないのが正直なところです。なぜなら免疫機能は、さまざまな免疫細胞が連携してチームプレイで動いていますので、ある免疫細胞の活性が高いだけでは機能しません。ですので、チーム全体がきちんと連携して良い形を作っている状態が一番抵抗力が高くなりますが、その抵抗力を特定の指標で測定することは非常に難しいです。

歳をとると免疫は弱くなる?

財団:免疫機能は加齢とともに老化しますか?

錦見先生:自然免疫・獲得免疫ともに免疫機能は加齢とともに落ちてきます。獲得免疫のうち主要な免疫細胞のT細胞は胸腺※3という組織から供給されます。加齢とともにいろいろな臓器は萎縮していきますが、胸腺は20歳すぎると急激に萎縮します。そのため、新しいT細胞の供給が減っていきます。そうしますと、ある程度年齢が進みますと、すでに持っている免疫記憶を頼って獲得免疫の機能を動かしているような状態になります。ですから、免疫記憶にない新しい病原体に抵抗するのが加齢とともに難しくなってくると考えられます。

※3 胸腺
胸腺は胸腔に存在し、T細胞の分化、成熟など免疫系に関与する一次リンパ器官。胸小葉とよばれる二葉からなっており、胸骨の後ろ、心臓の前に位置し、心臓に乗るように存在します。

財団:20歳までの若いうちにいかに免疫記憶のバリエーションを増やしておくかという点が、新しい病原体に対する抵抗力の強さに関わってくるということでしょうか。

錦見先生:そうかもしれません。我が国は非常に衛生的であり、人間の進化の歴史から考えると、短い間で急激に細菌・ウイルス・寄生虫と接触する機会が減ってきています。そのため、アレルギーが非常に蔓延していることは知られているところです。これは「衛生仮説」として知られ、完全に証明されているわけではありませんが、子どものうちに微生物(細菌・ウイルス・寄生虫)と接触する機会がなかった分、きちんと免疫系がトレーニングされないことがアレルギーの原因だと言われています4)

 自然免疫のマスト細胞は体内に入ってきた寄生虫を攻撃しますが、寄生虫との接触する機会が全くないと上手く働かず、花粉などの病原性のないものを寄生虫と間違えて攻撃してしまいます。これはいわゆる花粉症です。

 また、ほかにも自己免疫疾患といった自分の正常な細胞を攻撃してしまう免疫系の異常があります。これは制御性T細胞がきちんと育ってないため、全体をコントロールするのが難しくなって暴走するためだと言われています。清潔にしているという事が良いように見えて実は免疫系がきちんと構成されないという欠点もあるのではないでしょうか。現在新型コロナウイルス感染症拡大防止においてマスク着用および手指消毒が推奨され多くの方が実践しています。感染の拡大を防ぐには不可欠なのですが、これが10年~20年経ってから何か影響が出てこないか心配しています。

財団:これから発生する課題になるかもしれませんね。

錦見先生:幼少期に家畜の世話で牛小屋に頻繁に出入りしていた子どもは大人になってからアレルギーなりにくいとも言われています5)

免疫は遺伝する?

財団:免疫機能の特徴は親から子に遺伝しますか?

錦見先生:親の体質などによって炎症性疾患を起こしやすい体質、アレルギーになりやすい体質は遺伝します。しかし、生物と感染症との闘いの歴史から現在の人類を見た時に、我々はいろいろな免疫機能が備わった防御力が高い個体の生き残りと言えます。

新型コロナウイルス感染症は体質に関係する?

財団:新型コロナウイルス感染症にかかっても8割の人が軽症または無症状で経過し、自然治癒することが報告されています。一方、高齢者や基礎疾患を持っている方は重症化のリスクが高いと言われています。症状の重さは感染した人の体質が影響しているのでしょうか?

錦見先生:新型コロナウイルスに感染した方のうちどういう人が軽症もしくは無症状で済んで、どういう人が非常に重い症状になるのかというのは、今のところわかっていません。京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長が指摘されている「ファクターエックス」6)に関わってくる話題で多くの研究者が興味を持っているところで、解明が急がれるところです。

財団:欧米では若い方が重症化する、また死亡する例が多く報告されております。この点について先生はどのようなご認識ですか?

錦見先生:今回の新型コロナウイルス感染症の重い症状の一つに肺炎という肺の炎症性疾患があります。肺炎は免疫機能がものすごく強く働いている状態で、病原体だけではなく自分の体を攻撃することで発症します。そういったことから、もともと炎症を起こしやすい体質の方は重症化しやすいかもしれません。炎症を起こしやすい体質とは、生活習慣病や基礎疾患があり、体の中が慢性的に炎症を起こしている状態のため、外的な要因で簡単に炎症を起こして重篤化するものと考えられると思います。

 高齢者については仮説の域を超えないのですが、新たに獲得免疫ができにくい反面、外部からの病原体による刺激があると炎症を起こして対応する自然免疫が働くため、炎症を誘導しやすいと考えられるのではないでしょうか。

ワクチンとは何か

ワクチンとは?

財団:新型コロナウイルス感染症に対して世界各国でワクチンの開発が進んでいます。日本でも産学連携で開発が進んでいるようですが、そもそもワクチンとはなんでしょうか?ワクチンの効果と併せてお伺いいたします。

錦見先生:社会を構成する人の6割が免疫の記憶を持てば、ウイルスの感染のスピードが著しく遅くなります。免疫記憶は通常、ウイルスなどの病原体が体に入って感染しない限り形成されません。いまの新型コロナウイルス感染症の感染防止のためにマスクを着用したり、手指消毒すると、逆説的ではありますが、当然免疫記憶は獲得できません。そのため、人工的に免疫の記憶を獲得する役割として「ワクチン」が不可欠となります。

 ワクチンは免疫記憶の獲得を誘導する物質を体内に入れて、免疫記憶を形成させます。実際にウイルスが体内に入ってきたときにワクチンによって形成された免疫記憶をもとに獲得免疫がすぐに働き、ウイルスから身を守ります。

写真はCC BY-SA-NCのライセンスを許諾されています

ワクチンの種類

財団:ワクチンにはどういった種類のものがありますか?

錦見先生:ウイルスに対する代表的なワクチンには生ワクチン、不活化ワクチン、DNA(デオキシリボ核酸)ワクチンがあります。これらのワクチンに免疫細胞を活性化する物質(アジュバント)を混合して接種します。

生ワクチン

 生ワクチンは人に対して病原性の低い微生物を体に入れるタイプのワクチンです。実際に病原体に感染するので、しっかりとした免疫記憶を作ることができるという特徴があります。代表的なワクチンに結核のBCG、はしか、おたふくかぜ、風疹、ポリオ、水痘のワクチンがあります。

不活化ワクチン

 不活化ワクチンは化学処理、加熱、紫外線照射などにより処理した活性のない状態の病原体や、病原体の一部分を精製して体に入れるタイプのワクチンです。

 不活化ワクチンは生ワクチンと違い、実際に感染しないため安全性は高いですが、生ワクチンに比べて免疫の記憶の獲得の誘導は弱いです。抗体はできますが、キラーT細胞の記憶を誘導する力が弱いと言われています。そのため、複数回接種しなくてはならないことがあります。代表的な不活化ワクチンにはインフルエンザワクチン、B型肝炎、小児用肺炎球菌、日本脳炎があります。

DNA(デオキシリボ核酸)ワクチン

 DNA(デオキシリボ核酸)ワクチンは、病原体の設計図にあたるDNAを体内に入れて、体内で病原体のたんぱく質を作り、免疫能を誘導するという仕組みのワクチンです。実際に感染したときと同様に、自分の体の中で病原体が作られるので、生ワクチンと同じような強い免疫誘導が期待できます。

 DNAワクチンは従来のワクチンに比べて非常に安価で簡単に作ることができるため、量産体制が整えやすいという特徴があります。現在、大阪大学発のバイオ企業であるアンジェスと大阪大学らが新型コロナウイルスに対するDNAワクチンを開発しています。しかし、今のところ人に対するDNAワクチンとして実用化された例はありません。

ワクチンはどのように作られるのか

財団:新型コロナウイルス感染症に対する実用的なワクチンの提供が待たれるところですが、ワクチンはどのような過程を経て作られるのでしょうか?

錦見先生:ワクチンの開発過程を簡単に言いますと、まず実際に動物にワクチンを投与して感染を防ぐ力があるかどうか、副作用が起こらないかを確認します。そのあと、小規模から段階的に健康な人に投与して免疫が獲得されるか、健康被害が起こらないかなど、ワクチンの効果と安全性を確認します。最終的に国家検定を受けて承認され製造許可が下りたのち、はじめて実用化に向けて製造されます。

財団:ワクチンが完成して我々に接種されるまでどのくらい時間がかかるものなのでしょうか?

錦見先生:ワクチンの開発から製造・実用化までは安全性を考慮すると年単位でかかります。5年から10年かかることも珍しくありません。HIVウイルスやSARS、MARSのワクチンの開発は長年続けられていますが、まだ実用化されていません。

ワクチンの年齢による効果の違いや副作用について

財団:ワクチンの効果は接種時の年齢によって変わるのでしょうか?

錦見先生:ワクチンの効果は免疫機能に依存するので、個人としてみれば加齢とともに効果が低下する可能性があります。しかしながら、集団接種によって周りの人々が免疫記憶を獲得することで間接的に高齢者を守ることができます。ワクチンの効果は、社会全体に対する効果としてとらえた方がよいと思います。

財団:ワクチンの接種において副作用を心配する方もいらっしゃいます。ワクチンの種類によって副作用がでやすいもの、でにくいものはあるのでしょうか?

錦見先生:多かれ少なかれ副作用はあると思いますが、多くの健康な人に接種するものなので、副作用はできるだけないようにしなければなりません。しかし、接種するワクチンによっては体内で予期しない免疫応答が起こり、自分の体を攻撃してしまう例があります。そのためワクチンの実用化までに徹底的に副作用反応がないことを確認して安全性を確保しなければなりません。

結核予防のBCGワクチンを接種した人は新型コロナウイルスに感染しにくい?

財団:日本の新型コロナウイルス感染症の死亡者数が欧米諸国と比べて異常に少ないことから日本の感染症対策は「ミステリー」とも言われています。「結核予防のBCGワクチンを接種した人は新型コロナウイルス感染症に感染しにくい」「日本人の古来からの清潔な生活様式がコロナウイルスに対してそもそも抵抗力があった」などさまざま推察があります。先生はこの点についてのご認識はいかがでしょうか。

錦見先生:BCGワクチンを接種した人が新型コロナウイルスに感染しにくいという仮説は非常に興味深いです。結核菌と新型コロナウイルスは大きさや性質が全く違う病原体なので、もし本当に効果があるとすれば、良い意味での副作用だと思います。研究結果の一つとしてBCGワクチンを接種することで自然免疫の細胞の性質が変わることが言われています7)8)。BCGワクチンによって自然免疫が強化されていることによって新型コロナウイルスに対して抵抗性ができているのではないかと言われていますが、科学的に証明されているものではありません。

 欧米諸外国の方に比べて、日本人は入浴、手洗い、マスク着用などの衛生的な生活を昔から自然と取り入れられていることが新型コロナウイルスの感染状況に影響していると思われます。

 また、遺伝的に日本人の免疫の応答が欧米の方と違うことも考えられますが、それこそ「ファクターエックス」の領域ではないでしょうか。研究が進めば、ある特定の遺伝子を持っている人が新型コロナウイルスに強いことがわかってくることが期待されます。

感染を防ぐために何をどうすればよいか

財団:新型コロナウイルスの感染防止対策としてわれわれの生活の仕方についてアドバイスをいただきたいと思います。

錦見先生:免疫力を測ることはなかなか難しいことは先に述べましたとおりですが、何をやったから抵抗性が上がる、何を食べたから大丈夫というものではないと思います。免疫はさまざまな免疫細胞が外部から侵入するウイルスや細菌などの異物から体を守るために総合的なチームとして働きます。だからこそ、免疫機能をチームとしてきちんと働く状態に保つためには、1.栄養バランスのよい食事をとる、2.十分休養を取る、3.ストレスをかけない生活をする、4.適度に運動するという生活が有効だと思います。

 また、そもそもですが、ウイルスを体の中に入れないこと、つまり、感染しない、感染させないように手指消毒、マスク着用、ソーシャルディスタンシング、3密防止などの感染防止対策を徹底して行うことが大事です。

読者へメッセージ

財団:健康長寿ネットをご覧になられている読者の皆様にメッセージをお願いします。

錦見先生:私たちはもともと、自然に存在するいろいろなウイルスや細菌とともに生きています。ウイルスや細菌を完全になくせば健康に良いかというとそうでもありません。腸内には非常に多くの細菌が存在し、健康に重要な役割を担っていることもわかってきています。また、皮膚や粘膜には常在菌が存在し、細菌やウイルスの侵入を防ぐ働きをしています。それらの細菌が感染防止に役立っています。だからこそ、ウイルスや細菌だからと言ってすべてを敵対視する必要はありません。

 新型コロナウイルスに関してはわからないことが多くて不安な面があるかと思いますが、現在、ウイルスの性質や病気の特徴の解明が進められていますし、重症化を防ぐ方法や治療法も確立されつつあると思います。感染防止対策と健康を維持する生活を心がけることで、ウイルスがいる環境でも健康的に生きていける「ウイルス共生社会」になってほしいと思います。

文献

  1. Statement on the meeting of the International Health Regulations (2005) Emergency Committee regarding the outbreak of novel coronavirus (2019-nCoV) WHO(英語)(2020年8月13日アクセス)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  2. 新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け) 厚生労働省(2020年8月13日アクセス)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  3. マドンナさん、新型コロナ抗体検査で陽性 日経新聞 2020年5月11日(2020年8月13日アクセス)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  4. 斎藤博久:衛生仮説,呼吸25(4)7:373-377, 2006(2020年8月13日閲覧)
  5. 子どもを「花粉症にさせない」ためにできること シカゴ大教授が説く「最強の免疫力」の育て方 東洋経済オンライン(2020年8月13日アクセス)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)
  6. 解決すべき課題 山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信
  7. BCG Vaccination Protects against Experimental Viral Infection in Humans through the Induction of Cytokines Associated with Trained Immunity. Cell Host & Microbe, 2018(2020年8月13日閲覧)
  8. 新型コロナウイルスとBCG(2020年8月13日アクセス)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)

話し手

写真:話し手の錦見昭彦先生。
錦見 昭彦(にしきみ あきひこ)
国立長寿医療研究センター研究所 バイオセーフティ管理・研究室 室長
最終学歴
1999年 京都大学農学研究科 博士後期課程 修了
略歴
2000年 国立療養所中部病院長寿医療研究センター流動研究員、2002年 長寿科学振興財団リサーチレジデント、2004年 日本学術振興会特別研究員、2005年 九州大学生体防御医学研究所助手、2013年 北里大学理学部准教授、2019年より現職。
専門分野
免疫学、生化学

聞き手・著者

(公財)長寿科学振興財団 事業推進課担当 山口 貴利

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