健康長寿ネット

健康長寿ネットは高齢期を前向きに生活するための情報を提供し、健康長寿社会の発展を目的に作られた公益財団法人長寿科学振興財団が運営しているウェブサイトです。

生きがいをもち、あるがままに今を楽しむ

公開日:2020年1月31日 09時00分
更新日:2020年1月31日 09時00分

井藤 英喜(いとう ひでき)
地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター 名誉理事長


 2019年9月に厚生労働省より、わが国の100歳以上人口が7万人を超えたことが公表された。また、厚生労働省の2017年の推計によるとわが国の100歳以上人口は2050年には53万人を超えるとのことである。このようなことから人生100年時代ということが人口に膾炙(かいしゃ)されるようになってきた。すごい時代になったものである。

 100歳以上の人のインタビュー記事などを読むと、それぞれに、その人らしい楽しみを持ち老後を過ごしておられるように思える。100歳以上生きるには、「生きがい」とか、その人なりの「生きる楽しみ」が重要な役割を果たすのであろう。しかし、はっきりしていることは、現在100歳以上になられた多くの人達は、自分が100歳以上生きるということを予想もしていなかったし、100歳以上生きることを目標とした人達でもなく、日々の生活をその人らしく楽しみながら過ごされ、結果的に100歳以上になられた方が大半であるということである。

 思い返してみると、1944年生まれの私が過ごした幼児、小学生時代の日本は貧しかった。私の育った京都には街のあちこちにスラムといえるようなところがあったし、ひどい服装をした同級生、兄弟のお下がりとすぐにわかるダブダブの服を着た同級生も多くいた。父親の故郷である徳島にいくと、町の食品店では週に2回しか牛肉を売っていなかった。わが国の街並みがきれいになり、舗装道路が多くなり、バスや電車がきれいになり、それなりに豊かになってきたと思えたのは、大学2年で迎えた東京オリンピックの頃からであろうか。このような環境で育ったので、人生いかに生きるべきかを考えた高校生、大学生の頃には、せいぜい60歳位が仕事人生のゴールであり、70歳位にあの世に行くのだろうと思っていた。人生100年といったことは発想の外にあった。

 大学を卒業し実際に医師としての仕事を始めてみると、人生いかに生きるべきかを考えるよりは毎日毎日をどうやり過ごしていくかで精いっぱいであった。そのような日々のなかで、私を支えたものは大学生の頃「いかに生きるべきか」を考えていた際の芯の部分、すなわち私の怠慢、不勉強、努力不足で、治せる病気で患者さんを死なせるようなことはしないという思いであった。100歳まで生きようなどといったことは考えたこともなかった。たまたま縁があって、東京都健康長寿医療センターに就職し、高齢者を診る日々を過ごす中から、高齢者では、「何を目標に、どこまで、どのように医療を行うか」ということを、科学的手法を使って明らかにすることを医師としての仕事の目標にしようと考えた。目標をたてても、その目標に向かって一直線に仕事をすすめていくというわけにも行かない。医師、研究者、あるいは病院、研究所管理者として、目標に沿った仕事をするということ以前に、毎日どうしようかと思うようなことに対処し続けたというのが私の人生であったような気がする。というといかにも楽しくない人生を過ごしたように思われるかもしれないが、悪戦苦闘した問題が解決した際の喜び、苦労を共にしてくれた多くの仲間がいたという喜びも多くあった。そのようなことから、差し引き、私なりに楽しい人生を過ごせたと思っている。しかし、このような生活の中でも、絶えず高齢者では「何を目標に、どこまで、どのように医療を行うか」ということを、科学的手法を使って明らかにするという目標は忘れないように努力した。人生、なるようにしかならないというのは一面の真理ではあるが、目標のない、流されるだけの人生はむなしいものであると考えたからである。

 高齢者医療を通してみる高齢者の状態も、私が医者となった1970年代と比較し大きく変わった。高齢者の健康状態、栄養状態は本当によくなった。高齢者のケアの仕方も随分よくなった。どうして、ここまでこの病気を放置しておいたのかと思うような高齢者も少なくなった。医学の進歩とともに、わが国の経済的成功、国民皆保険制度、介護保険制度の創設などが、わが国に「人生100年時代」をもたらしたのであろう。大変喜ばしいことであるが、今後いかにこれらのシステムを継続していくかは大問題であり、叡智(えいち)を絞る必要がある。

 自分自身で立てた仕事の目標のどれ位を実現できたかを自問すると忸怩(じくじ)たる思いも残るが、私も今年で75歳となった。これを契機として現役を引退することとした。暇になったら読もうと考えていた本も山積みになっている。また、暇になったら調べてみようと思っていたことも沢山ある。人類史のなかでの高齢者の果たしてきた役割、変化の激しい世の中に高齢者が今後どのように生きていけばよいか、病気と老化の関係、当センターの源流となった養育院の運営に心血を傾けた渋沢栄一と福祉の関係、私が中学・高校時代を過ごした同志社は明治時代わが国の福祉の基礎をつくった人材を輩出したのであるが、その同志社の創設者である新島 襄と福祉の関係など興味深く、調べたいテーマは多い。幸いなことに、頭の状態はともかく、現時点では身体の状態は悪くはない。今後、これらの身体や脳の機能は知らず知らずのうちに衰える、さらに大病を患うこともあろうかと思われるが、老年学の最近の成果がすすめるようにバランスの良い食事、適度な身体活動、適度な社会参加を心掛け、私なりの生きがいをつくり、無理せず、あるがままに今を楽しみたいと思っている。

 時間が出来たので今年の秋アメリカの紅葉を楽しもうと夫婦で旅行した。写真は、このアメリカ旅行中、若い頃の留学先であった米国国立老化研究所、老年学研究センター内分泌部門での同僚であったGeorge S Roth, Bruce J Baum博士夫妻と再会し、食事をした際のものである。私共夫婦も含め、お互いに健康で、再会できたことを楽しむことができた。旧友と時を超えて会い、語り合うことはうれしいものである。このような時間を、また80歳、90歳になっても持てるチャンスがあると思えることも人生100年時代の醍醐味なのであろう。

写真:アメリカ旅行で過去の同僚との再会記念写真
GS Roth, BJ Baum夫妻と共に(2019.10. Baltimore, U.S.A.

著者

写真:著者の井藤英喜先生
井藤 英喜(いとう ひでき)
昭和45年 京都大学医学部卒業、昭和47年 東京都健康長寿医療センター内科、昭和54年-56年 米国国立老化研究所老年病研究センタ-内分泌部門研究員、昭和56年 東京都老人医療センタ-内分泌科医長、平成4年 同部長、平成11年 東京都多摩老人医療センタ-副院長、平成14年 同院長、平成17年 (財)東京都保健医療公社 多摩北部医療センター院長、平成18年 東京都老人医療センター院長 兼 東京都老人総合研究所所長、平成21年 地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター理事・センター長、平成27年 同理事長、平成31年 同名誉理事長
研究分野
高齢者医療 老年学、糖尿病、脂質異常症
所属学会
老年医学会(名誉会員)、老年学会(2015年総会会長、名誉会員)、糖尿病学会(功労学術評議員)、日本糖尿病学会関東甲信越支部(功労評議員)、糖尿病合併症学会(名誉会員)、内科学会(指導医・認定医)
その他
長寿科学振興財団理事、東京都福祉保健財団理事、東京都後期高齢者医療広域連合「後期高齢者医療懇談会」座長、東京都千代田区医療・介護連携推進協議会会長、東京都千代田区高齢者総合サポートセンター評価委員会委員長

著書

トップ専門医の「家庭医学」シリーズースーパー図解 認知症・アルツハイマー病~予防・治療から介護まで、これで安心の最新知識(法研、東京、2010)、写真でわかる「生活支援技術」(インターメディカ、東京、2011)、噛みづらい・飲み込みにくいー困ったときの特選レシピ~一生"食"を楽しむために~(法研、東京、2013)、老年医学系統講義テキスト(西村書店、2013)、コレステロールの高い人がまず最初に読む本(主婦と生活社、東京、2014)、血糖値の高い人がまず最初に読む本(主婦と生活社、東京、2014)、おさえておきたい介護スタッフができる医療行為(学研、東京、2015)、保健師、医療・看護・介護関係従事者のための「認知症」ガイドブック(母子保健事業団、東京、2016)、高齢者糖尿病診療ガイドライン2017(南江堂、東京,2017)、高齢者糖尿病治療ガイド(文光堂、東京,2018)、要介護認定者のための「介護と保健ガイドブック30年版(日本保健情報コンソシウム、東京、2018)など

新型コロナウイルス感染症対策について

 新型コロナウイルス感染症の感染が再び拡大する可能性がある状況で、毎日ご不安に感じられている方も少なくないと思われます。特に高齢者の方におかれましては感染予防を心掛けながら健康を維持していくことが大事です。

 そこで高齢者およびご家族に向けて健康を維持するための情報をまとめました。ぜひご覧いただき毎日の健康の一助となれば幸いです。

高齢者版:新型コロナウイルスにかからない・うつさないための「新しい生活様式」

このページについてご意見をお聞かせください