健康長寿ネット

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テニスで余生を楽しむ

公開日:2019年8月30日 09時09分
更新日:2019年8月30日 09時09分

齋藤 英彦(さいとう ひでひこ)
国立病院機構名古屋医療センター 名誉院長


 私は今年傘寿を迎えた。もう仕事はしないので、健康が許すかぎり趣味のテニスに専念するつもりである。学生時代に始めたテニスに60歳を過ぎてから真剣に取り組み始めた。目標は名古屋ローンテニス倶楽部の全国百歳テニス大会に出場することである。ダブルスのペアの年齢の合計が百歳以上(女性は10歳加算できる)であることが参加条件。参加者の年齢は様々で、テニス好きの素人から往年の名選手や現役のテニスコーチなどである。この大会は昭和25年(1950年)から始まった、我が国で最も古い大会で、毎年、関東、関西からも多くのペアが集まる。ちなみに昭和25年の日本人の平均寿命は、男性は58歳、女性は60歳であった。強いペアをつくるのは容易ではなかったと推定される。最近では、長寿社会を反映して、男性選手の最高年齢が90歳を超えることもある。

 ダブルスでは誰と組むかが勝敗を決定する。80歳の人が20歳の学生と組むペアもいるが、相手ペアが上手いと80歳にボールを集中されて勝ち進むことは難しい。歴代のチャンピオンは50歳前後の二人でバランスのとれたチームが多い。私は20年前からほぼ毎年参加している。これまでにペアを組んだのは友人、息子、息子のお嫁さん、孫である。一番勝ち進んだのは元全日本ランキングでベストフォーのお嫁さんと組んだときで5回戦まで行った。殆どは1回戦、2回戦負けである。また孫娘が15歳の時に75歳の私と出場したのも良い想い出である(写真)。一方、この大会は毎年ゴールデンウイーク中の5月3日にあるので、家内からは旅行に行けないと顰蹙(ひんしゅく)を買っている。

 現在、週末に少なくとも1回は朝に2時間ほどテニスをする。昔と比べるとラケットが格段に進化して球を楽に打てる。しかし、加齢とともに敏捷(びんしょう)さがなくなり、すばやく走ってボールの位置へ行くことが容易ではない。特に前後に走るのが難しい。浅い球が来たと思っても走り出すのが遅く届かなくて残念である。また走るのを途中で諦めてしまう。体力の衰えをどれだけ頭でカバーできるかが今後の課題である。さて、運動が健康によいことは常識であるが、「どんな運動がよいのか?」については結論が出ていなかった。8万人を超える30歳から98歳の男女(平均年齢 52歳)を追跡調査した英国の研究が発表されたのでここに引用する(Br J Sports Med 2017; 51:812-817)。

 水泳、サイクリング、エアロビクス、ランニング、ラケットスポーツ、フットボールの6種類の比較をした。ラケットスポーツはバドミントン、テニス、スカッシュである。最初にアンケート調査をする。「過去1ヶ月間に15分以上の運動を行った日は何日あるか?」、「1日に何時間したか?」、「その運動は息切れを起こしたか?または汗ばんだか?」。平均で9年間追跡調査した結果、運動しない人に比べて、死亡率を水泳は28%、サイクリングは15%、エアロビクスは27%、ラケットスポーツは47%下げた。心疾患による死亡に限るとラケットスポーツはリスクを59%減らした。一方、ランニングとフットボールは死亡率に影響を与えなかった。フットボールはシーズンがあり1年中やらないから効果がないのではという想像は出来る。しかし、ランニングの効果がなかったという結果は驚きである。

 この研究の弱点は二つある。一つは過去4週間の運動習慣を聞いているが、もっと長期間の履歴を調べるべきではなかったか?平均9年間の追跡中に運動をやめたり始めたりした人がいるのではないか?もう一つは観察研究であることである。ラケットスポーツをする人の方が寿命は長いという相関関係を見いだした。しかし、両者の因果関係は証明していない。証明するためには同じ年齢、性別、生活習慣の多数の人たちを無作為に2群(運動群と運動をしない群)に分けて長い期間にわたり追跡することが必要である。

 また、最近は体に着用できる小型のウェアラブル電子機器により1週間の運動量や心拍数などの記録が可能である。運動の健康に及ぼす影響を定量的、客観的に調べる研究が期待される。

 あと何年テニスが出来るか分からないが、少しでも上達したいと本を読んだり、YouTubeを見たり、努力している。これが今の生きがいである。

写真:第65回全国百歳庭球トーナメント出場時の孫娘15歳と著者75歳の記念写真。

著者

著者_齋藤英彦先生
齋藤 英彦(さいとう ひでひこ)
1963年名古屋大学医学部卒、1968年同大学院医学研究科修了。血液学・臨床腫瘍学を専攻。米国Case Western Reserve大学内科Associate Professor、佐賀医科大学内科教授を経て、1984~2001年、名古屋大学第一内科教授、同医学部長、病院長を併任、その後、国立病院機構名古屋医療センター院長(現名誉院長)、名古屋セントラル病院長、(公財)日本骨髄バンク理事長、さい帯血バンクネットワーク会長、AMED再生医療のプログラムディレクターを務める。米国Association of American Physicians名誉会員(1985年)、Robert Grant Medal(2009年、国際血栓止血学会)

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