健康長寿ネット

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生涯現役をめざして

公開日:2019年10月25日 09時00分
更新日:2019年10月25日 09時00分

東京都健康長寿医療センター 名誉院長
公益財団法人骨粗鬆症財団 理事長
折茂 肇


1. 健康長寿に欠かせないもの

 長寿の秘訣とは何であろうか?健康で長生きをすることは、人類共通の願いでもあり、そのための秘訣については、古くから多くの人々により探索されてきた。先ず第一に重要なことは健康であること。次に重要なことは、経済的基盤で、貧困は健康を損なうことにも関係し、QOLも低下する元となるからである。第三に重要なことは生きがい。ヒトは社会的動物と言われているように、社会とのつながりが大変大切で、孤独は健康を悪化させる危険因子であり、人生はヒトのネットワークにより支えられているのである。ヒトはそれぞれ異なった人生観、人間哲学を持っている。そのヒトの個性を生かした生きがいを見いだすよう、一人ひとりが心がけ、努力することが、最終的には健康長寿を達成する上で最も重要ではないかと思う。

2. 私の老化予防のためのストラテジー

夢を持って自然体で生きる

 年を取るに従って一日の過ぎるのが早く感じられるようになった。先日、同年配のある友人から40歳代では時速40㎞、50歳代では時速50㎞、60歳代では時速60㎞で時が経っていくという感想を聞かされた。それ以来、私も残された一日一日を大切に生きようという気持ちになっている。84歳になった今でも新しい仕事ができることに感謝している。

 人生には山もあり谷もある。人間万事塞翁が馬である。終戦後食糧事情が極端に悪いときに、闇米は食べないという信念を貫き通して餓死した人がいたということを、子供の頃に父親から聞いてショックを受けた記憶がある。それ以来、時の流れに逆らわず「自然体」で生きようと思うようになった。物事はなるようにしかならない。意義のある人の一生は短い。運命に逆らわず人生を楽しく生きようと思った。

 現在もこのような考え方は基本的には変わっていない。今までの人生を振り返ってみて、自分の心のよりどころとしたり、あるいは心がけてきた好きな言葉がいくつかある。その一つは「夢」。私はこの「夢」という言葉の響きが大変に好きである。なんとなくロマンティックで、前途に希望を持たせてくれる。「常に新しいことに夢を持ってチャレンジする」こと、これも私が心がけてきたことである。

「落ち目」の予防策

 月日の経つのは早いもので、私が昭和34年(1959年)に東京大学医学部を卒業してから早くも50年が経過した。過日、卒業後40周年を記念して同期の桜(うば桜)が集まり、クラス会が開かれた。クラスのメンバーの大半は定年退職し、各自が思うがまま考えるままに第二の人生を楽しんでいる様子で、現在の心境について語り合った。その中で、特に私の印象に深く残ったのは、旧友 髙田直行君の「落ち目考」で、人生という長い坂道を上りつめ下り坂にある男の心境を素直に表した、まことに味わい深いものなのでここに紹介する。

 髙田君は「落ち目」の深みにはまらないための秘策として次のことを行っているという。

  • 手抜きしないでオシャレをする。くたくたのズボンは履かない。ワイシャツは一日で取り替える。ネクタイの緩みは許さない。―これで背筋がしゃんとしてくるのだ。
  • 「落ち目」同士で群れない。―もっとも、これをあまり徹底すると三四郎会(昭和34年卒同窓会)に出られなくなる。
  • 異文化と付き合う。―たとえば外科医が外科医(同じ穴のムジナ)と付き合っても「目からウロコは落ちない」ということ。目にどんどんウロコが貼り付くと、これは大変な「落ち目」なのだ。
  • 適当に仕事をする。―適当にというのが結構難しい。集中力と手抜きのバランスをうまくとれればいいんだけど・・・・。
  • エスカレーターやエレベーターには間違っても乗らない。―人間への進化は脳から始まったわけじゃない。直立歩行すなわち下半身から始まったのだ。
  • 「落ち目」になったことを自覚する余裕を持つこと。

 髙田君の「落ち目考」を紹介した。これを読んで気がついたことは、私自身が無意識のうちに、これらの事項を実践していたということだ。エスカレーターやエレベーターには間違っても乗らないというところは別だが。

 まず、オシャレをすることである。くたくたのズボンを履かない、ワイシャツを一日で取り替える、ネクタイの緩みを許さないなどということは、私にとっては身だしなみのうちに入ることで、とてもオシャレといえるほどのものではない。

「おしゃれ」は老化予防の最大の秘訣

 「おしゃれ」とは、一般的には服装や髪形、身なりが垢抜けていること、と定義されている(広辞苑より)が、私は「おしゃれ」とはその人の人柄、生活環境、人生観、生き方などが総合的、複合的に反映された、極めて格調の高い概念であると考えている。とくに重要なことは、その背景として「ある程度の経済的な余裕」、「心のゆとり」、「遊び心」が必要であるということではなかろうかと思う。

 わが国では昔から「粋」という概念があり、九鬼周造氏は『「いき」の構造』(岩波文庫)の中で、「粋」とは異性に認めてもらいたいお洒落のことで、「粋」と言われるにはただその時代の流行をセンスよく取り入れるだけではだめで、一定の年季と教養が必要であると述べている。「粋」の対極にあるのが「野暮」で、これはダサい、洗練されていないことを意味する。

 私は若い頃から学会で海外に出張する機会が多かったため、身の回りのことは自分でするようにしている。できる限り毎日背広を取り替え、背広に合ったワイシャツとネクタイを自分で選ぶという生活をしている。朝起きたら今日はどの服にしようかと考え、服が決まれば後は全体としての調和を考え、シャツやネクタイ、その他の付属品はおのずと決まってくる。毎日のことで、これが楽しみの一つで、これで背筋がシャンとし、脳も刺激され、脳の若さを保つのにも役立っていると思っている。

 私の好みの色は緑と茶で、緑と茶の色の衣類を良く身につけている。日本人はどういうわけか紺とグレーの背広を着ている人が多く、なるべく目立たない服装をしているのではないかと思う。こんな現象は日本にしか見られない。他人に不快感を与えない限り、もっと自己を表し自分の好きな色の背広を身につけてもよいのではないかと思う。

 「おしゃれ」にはバランス感覚が必要ではないかと思う。私はきざな言葉かもしれないが、トータルファッションを念頭に置いて全体としての調和を常に考え、背広とワイシャツ、ネクタイ、カフスボタン、時計、メガネ、靴、ソックスなどを選ぶように心がけている。

 私は生来、使い捨ては嫌いで、気に入ったものは永く可愛がりながら使う習性が身についている。若い頃は海外に出張するたびに何か記念にと思ってカフスボタン、時計などを買い集めていた。身分柄あまり高価な物には手が出なかったが、いずれのものにも思い出があり、愛着がある。

 私が身なりに気を遣うようになったきっかけをつくってくれたのは義父で、義父は慶應大学出身の整形外科医で、いわゆる慶應ボーイらしい伊達男で、趣味豊かな心優しい文化人であった。

 「馬子にも衣装」という言葉がある。外見を若々しく整えると心もおのずと若々しくなるという事実がある。日本には「男は見た目じゃない。内面が大事」といった古い考え方が根付いている。確かに内面は大切であるが、それ以上に外見は大切。『人は見た目が9割』(竹内一郎著、新潮新書)という著書が売れている時代。人は何故おしゃれをするのだろうか?孔雀の雄が色鮮やかな羽を広げて雌の歓心を得ようとするように、男は「若く見られたい」、「素敵と言われたい」という気持ちから、外見が気になり、自然とおしゃれをしたくなるのではないだろうか。渡辺淳一氏はその著書『熟年革命』(講談社)の中で、異性の視線を意識することがおしゃれをするきっかけとなり、最も手っ取り早い方法は恋をすることであると言っている。川上義則氏は『男の品格』(PHP研究所)の中で、異性との付き合いが若々しさを保つ秘訣であると述べている。異性と付き合うことでお互いに緊張するから立ち居振る舞いにも気をつけるようになり、おしゃれにも気を配る。そんな神経の使い方がいつまでも若々しさを保つことにつながると言っている。

 老年学者としての私も彼らの意見には賛成で、高齢期を迎えた男性にとっておしゃれとは「心と身体の身だしなみ」と心得、無理せずに自然と身につけるべきものと考えている。

異文化と付き合う

 「異文化と付き合う」ということは、落ち目の防止策として極めて重要である。同じ穴のムジナと付き合っていると、いつも同じ発想でしか話が進まず、新しい発展がない。異文化と付き合うことは、論理や過去の経験で割り切れるようなものではない。もっと総合的な判断力を要求される。私自身、「常に新しいことにチャレンジする」ということをモットーとして今まで生きてきた。新しいことにチャレンジするためには、同じ穴のムジナと付き合っていてはダメで、異文化の人と付き合い「目からウロコが落ちる」経験をしないといけない。いわゆる専門家と称する人種には、必ずといっていいほど「盲点」がある。「盲点」とは「目に貼り付いたウロコ」のようなもの。異文化の人たちと接して「ウロコ」が剥がれると、新しい発想が生まれ、新しいことにチャレンジする心構えができる。私のこれまでの研究生活を振り返ってみても「異文化と付き合う」ことに重要性が明らかに証明されている。

脳の若さを保つ秘訣

 一般に年を取ると、左脳の機能である計算力や記憶力が低下してくるが、経験や学習により高まる右脳の機能はむしろ伸びてくる。したがって、脳に刺激を与え右脳の能力を高めることが脳の若さを保ち、認知症の予防に役立つものと考えられる。

 金子クリニックの金子満雄氏の調査によると、認知症の症状がある人の頻度は、一般の老人クラブでは13%であったのに対し、趣味を持つ高齢者のグループでは5%と少なく、なかでも囲碁倶楽部のグループは0%であったという。認知症があっては碁は打てないので当然の結果という人もいると思う。その解釈はどうあれ、大変興味ある事実で、私自身も脳の若さを保つために囲碁を楽しんでいる。何事も基本が大事なので、プロ棋士の石倉 昇 九段に師事し、かれこれ40年間月に1回のペースで勉強し、ようやくアマ七段の免状を持つまでになった。囲碁の局面には10の600乗もの膨大な変化があるといわれている。とても計算や記憶力だけでは打てるものではない。総合的な判断力、局面全体をみるバランス感覚など、右脳の力がものを言う。囲碁には脳に適度の刺激を与えるだけでなく、長年の経験で鍛えた右脳の機能を引き出す働きがあり、高齢者でも棋力が伸びる。70歳から囲碁を始めてアマ三段になった女性や、初段の男性が100歳からめきめき腕を上げ104歳で六段になった例もあるとのことである。プロの棋士がボケたという話はあまり聞いたことがない。ボケるどころか、故藤沢秀行氏はガンと闘病しながら、66歳で王座を獲得している。

 脳梗塞で倒れた人が、棋力を取り戻すに従って心身の健康も回復したという例も数多く報告されており、脳卒中のリハビリにも有効である。

運動は長寿の秘訣

 適度の運動が老化防止のために有効であることは疑う余地のない事実である。東京都老人総合研究所(現:東京都健康長寿医療センター研究所)が東京都小金井市住宅の高齢者について、ライフスタイルが寿命や生活の自立性に与える影響について10年間におよぶ追跡調査を行った成績では、スポーツ習慣のある人はない人に比べて男女とも高い生存率を示しており、基本的な生活機能(ADL)の低下が現れにくいことが明らかにされている。したがって、高齢期における運動習慣は余命を延ばすというよりも生活機能の自立維持に貢献しているものと考えられる。

 私自身も15年位前から家の近くにあるホテルのスポーツジムに週2~3回行き、毎回30~60分間ウォーキングマシンを使って速足歩行を定期的に行っている。運動とは不思議なもので、運動後は爽快な気分を味わえるばかりか、ストレス解消にも効果がある。

3.「百歳人生」を生き抜くには

 2017年に世界的にベストセラーとなった「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略」(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著、東洋経済新報社)という本がある。その日本版では衝撃的な事が述べられている。国連の推計によると2007年に日本で生まれた子供の半数は107歳以上生きることが予想されているとのことである。国連の推計というデータが明らかにしたことで、吾々(われわれ)はとんでもない長寿社会を迎えることになってしまったという思いに駆られてしまう。百歳人生と簡単に言うが、これは人類史が本当に大転換の時代を迎えることを意味する。百歳人生という言葉を聞いて「長生きできることはこれほど嬉しいことはない」と喜ぶ人は少数で、「これは大変なことだ」と感ずる人が多いのではないだろうか。健康面や経済面での不安が重くのしかかり、百歳人生、何がめでたいと思う人もいるであろう。百歳人生、天国か、地獄か?

 これまでの人類史での人生の価値観や精度は「人生五十年」を前提に築かれたもので、LIFE SHIFTの著者はこう述べている。「私たちはいま途方もない変化のただなかにいるが、それに対して準備ができている人はほとんどいない。その変化は、正しく理解した人には大きな恩恵をもたらす半面、目を背けて準備を怠った人には不幸の糧になる。」

 百歳人生を生き抜くにはこれまで信じてきた人生観や死生観の転換が求められる。「人生百年」時代にふさわしい生き方や人間性についての考え方をあらためて再構築し、新しい生き方、哲学を打ち立てることが必要ではないかと思う。

 私自身本年(2019年)で84歳になる。100歳まで生きる可能性が4%しかないと思われるが残された人生をどう過ごしたら良いか。思い悩んでも仕方がない。物事はなる様にしかならない。私としては、「夢を持って自然体で生きる」とのこれまでの私の人生哲学を全うさせたいと思っている。常に新しい事にチャレンジして脳の若さを保ち、自分の好きな事をして、美味しいものを食べ、おしゃれをして自分ファーストの生活を送り、一日一日を大切にして残された人生を過ごしたいと考えている。

写真:2005年にブラジルの国際老年学会にてアントニオカルロスソウザ教授と折茂先生と御夫人の写真。折茂先生の緑のジャケットが先生の身につけるものへの意識を物語っている。
2005年にブラジルのリオデジャネイロにて開催された国際老年学会にて故アントニオカルロスソウザ教授と

著者

著者_折茂肇先生
折茂 肇(おりも はじめ)
学歴
昭和34年 東京大学医学部医学科卒業、昭和41年 米国ノースカロライナ大学留学(薬理学)
学会活動
昭和53年~56年 国際老年学会事務局長、昭和57年 厚生省保険局産業政策会議委員、昭和61年 厚生省保険局老化研究班委員、昭和63年 第4回アジア・オセアニア老年学会組織委員会委員長、平成元年 日本老年医学会会長、平成2年 日本学術会議老年科学委員会委員長、同年 第4回アジア・オセアニア老年学会会長、平成3年 日本動脈硬化学会会長、平成4年 日本骨代謝学会会長、平成6年 日本学術会議会員、平成11年 日本学術会議会員、平成17年 第24回日本老年学会総会会長、平成18年 国際骨粗鬆症財団(IOF)理事(現職)
職歴
昭和43年 東京大学医学部老年病学教室助手、昭和46年 東京都養育院附属病院内分泌科医長、昭和56年 東京大学医学部老年病学教室助教授、昭和57年 ブラジル リオグランデカトリック大学医学部客員教授、昭和61年 東京大学医学部老年病学教室教授、平成7年 大蔵省印刷局東京病院院長、平成9年 東京都老人医療センター院長、平成13年 財団法人 骨粗鬆症財団理事長、平成15年 東京都健康長寿医療センター名誉院長(現職)、同年 健康科学大学学長(~平成23年3月)、平成18年 国際骨粗鬆症財団(IOF)理事(現職)、平成24年 公益財団法人骨粗鬆症財団理事長(現職)、平成25年 医療法人財団 健康院理事長(~平成28年2月)
受賞歴
平成5年 国際老年病学会会長賞、平成6年 日本骨代謝学会賞、平成9年 英国老年学会賞、平成10年 日本医学会賞、平成12年 日本動脈硬化学会大島賞、平成28年 日本老年医学会 尼子賞

著書

  • 折茂 肇:活気ある長寿社会を目指して, 日本老年医学会雑誌 43(1):27-34, 2006
  • Orimo H, Ito H, Suzuki T, et al :Reviewing the definition of "elderly". Geriatr Gerontol Int, 6:149-158, 2006
  • 折茂 肇:新老年学,折茂肇他(編),東京大学出版会, p321, 1999
  • 折茂 肇:21世紀の老人医療のあり方とその将来展望. Geriatric Medicine 37(3): 333-3 37, 1999
  • 折茂 肇:21世紀の高齢者医療. Modern Physician 19(6): 667-670, 1999
  • 折茂 肇:高齢者のための漢方薬ベストチョイス, 折茂肇監修, 医学書院, 1999
  • 折茂 肇:漢方治療のABC, 松田邦夫他編, 医学書院, 1992
  • 折茂 肇:「老い」を自覚したら読む本 心豊かに生き抜く知恵 三修社ライフサイクルブック, 2000
  • 折茂 肇:健康長寿のための老年学 医学と看護者 元気と美しさをつなぐヘルシー・エイジング・シリーズ, 2013

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