健康長寿ネット

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心の遺伝子

公開日:2019年10月25日 09時00分
更新日:2019年10月25日 09時00分

サッポロホールディングス㈱ 名誉顧問
村上 隆男


 現代は、生まれてくる子供達の半分が100歳まで生きる、と言われる時代である。100歳まで生きるということが、私には想像もつかない。

 これまでの私は、趣味もないままに仕事に追われてきた。それでも、会社人としてのゴールを意識し始めた50歳頃から「リタイア後のライフスタイルはどうなるかな」「仕事以外の趣味を持たないといけない」などと朧気(おぼろげ)ながら考えていた。周囲にもそう見えていたようで、娘に「老後の趣味に」とソバ打ちセットをプレゼントされたことがあった。朧気なのだから、老後について100歳という具体的数値で考えたことはなかった。

 あっという間に74歳となったが、結構忙しく活動している自分がいる。まだまだ自分が高齢などとは考えたこともない。しかし冷静に考えてみると、間違いなく肉体的にはガタがきている。

 高齢であっても、心身共に若々しく居られることが理想である。しかし、身体は遅かれ早かれ、間違いなく劣化する。一方、心の若々しさを保つことは可能である。心と身体は表裏一体であるから、心が若ければ、肉体の劣化を遅らせることも可能ではないか、と私は考えている。

 無趣味ながらゴルフは楽しみである。いまだに「どうしたらもっと飛ばせるか」と考える。いろいろ工夫し挑戦する気持ちが若さにつながるのだ。90歳近くまで背中も丸めずに颯爽と歩き、80台のスコアで回るゴルフ仲間を見るたびに、日々挑戦だと思い知らされている。

 老化防止のために、毎日10,000歩のウォーキングをし、1,000文字を読み、100文字を書き、10人の人に会い、1回の快便を習慣づけることが望ましい、という話を聞いた。この中で最も難しいのは10人に会うことだと思う。かつて友人が「人から誘われた時に、生理的に嫌いな人は別として、絶対断らないことにしている」と語ったことがある。その時は違和感を覚えたが、最近は素直に同意できるようになってきた。私の年齢になれば、同世代は否応無しに減っていく。自分より若い人と積極的に交わる努力をしないと、知り合いがどんどん減っていき、気が付いたら一人ぼっちという結果になりかねない。これも老化防止のための挑戦である。

 話は変わるが、近ごろ遺伝子が気になっている。NHKスペシャル「シリーズ人体」に出演した山中伸弥教授によれば、遺伝子研究の最先端では新しい「宝物」が注目を集めているそうだ。これまでの常識では、身体に必要な「設計図」の役割を果たしているのは全DNAのたった2%で、残りの98%はゴミ、と言われてきた。ところが、このゴミの部分に宝物「トレジャーDNA」が潜んでおり、性格、才能、個性など、あるいは健康や長寿を決めているらしい。

 ダーウィンは、環境に適応したものが生き延びる、いわゆる「適者生存」を唱えた。その陰には、淘汰された多くのバリエーションがあったはずだ。その多様な変化を支えるのにトレジャーDNAが関わっているのかもしれない。

 平和と繁栄が続くと平和ボケの国ができる。会社も同じである。逆に会社がおかしくなると救世主が現れることもあるが、これもトレジャーDNAのなせる技か、と大いに興味をそそられている。

 私は、特に社会人になってから「困難な状況になればなるほど俺の出番だ!」と思うようになった。過酷な挑戦ほど変にモチベーションが上がるのである。こんな経験が蓄積されたので、私の信条は「困難から逃げず、工夫し挑戦することが人間の成長に繋がる」となった。

 遺伝子の話や自分の経験から想像しているのだが、自然環境だけでなく社会環境も含めたストレスに耐えて生き延びようとすることで、我々は強い遺伝子を作り上げているのかもしれない。

 これから100歳まで四半世紀もある。想像もできない長さであるが、その全てで挑戦し続ける日々を送りたい。そうしたところで、日本いや世界を支える若者たちに生物学的な遺伝子を残すことはできない。しかし「困難に挑戦せよ」という「心の遺伝子」なら残せるかもしれない。そんな生き方をして行きたいと思う。

写真1:バンベルグの街で黒ビールを飲んでいる写真。
黒ビールを飲んでる写真
世界遺産の街Bamberg(バンベルグ)の街で飲んでるRauchbier(燻蒸ビール)です

著者

筆者_村上隆男先生
村上 隆男(むらかみ たかお)
1945(昭和20)年8月14日生、出身地 神奈川県、1969(昭和44)年4月 東京大学農学部農芸化学科 卒業、1969(昭和44)年4月 サッポロビール株式会社 入社、1994(平成6)年3月 ビール製造本部製造部兼ミニブルワリー相談室担当部長、1996(平成8)年3月 理事 ビール製造本部製造部兼ミニブルワリー相談室担当部長、1996(平成8)年9月 大阪工場長、1998(平成10)年9月 製造本部製造部長、1998(平成11)年3月 執行役員 製造本部製造部長、2001(平成13)年3月 常務執行役員 営業本部商品開発部長、2002(平成14)年3月 ビール事業本部商品開発部長、2003(平成15)年3月 ビール事業本部副本部長、2003(平成15)年7月 純粋持株会社移行に伴いサッポロビール株式会社を新設取締役兼専務執行役員生産技術本部長、2004(平成16)年3月 サッポロホールディングス株式会社 常務取締役、2005(平成17)年3月 代表取締役社長 グループCEO、2011(平成23)年3月 代表取締役会長、2013(平成25)年3月 相談役、2018(平成30)年3月 名誉顧問

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