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「究極の予防医学」である宇宙医学から学ぶ(大島 博)(第2回)

公開日:2017年10月17日 15時23分
更新日:2021年6月30日 11時19分

写真:第19回対談風景写真。祖父江理事長と大島博氏

シリーズ第20回生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして

 わが国がこれから超長寿社会を迎えるに当たり、長寿科学はどのような視点で進んでいくことが重要であるかについて考える、シリーズ「生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして」と題した各界のキーパーソンと祖父江 逸郎・公益財団法人長寿科学振興財団理事長との対談は前号に引き続いて大島博・国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)技術領域主幹の第2 回目をお届けする。

誕生の苦しみは大気圏突入と似ている

祖父江:前回に引き続き、宇宙医学の第一人者である大島先生にお話をうかがいます。宇宙飛行と加齢変化には骨量減少や筋肉萎縮などで多くの共通点がみられます。宇宙医学と健康長寿科学を相互に応用し活かしていくために、いろいろなアドバイスをいただければと思います。

 宇宙飛行士が国際宇宙ステーションでの6か月間の滞在を終えた後、帰還して大気圏に突入するときには、非常に危険があるそうですね。帰還の際にはものすごい温度になるのでしょう?

大島:何千度という非常に高い温度です。2003年のスペースシャトル「コロンビア号」の事故は、打ち上げの際にウレタンのタイルが落ちて、その損傷部分から熱が入り、帰還時に大気圏に再突入するときに空中分解するという事故につながりました。

祖父江:宇宙から帰還するときと人間が誕生するときの苦しみには、どこか共通するものがあると感じています。人間は胎児として初めてこの世界に生まれ出るときには、産道を通らなければなりません。産道を通過するということは、実はものすごく危険な状態であって、頭蓋骨はかなり動きます。もし頭の形が硬く固定されていれば、産道をうまく通ることができないし、産道を傷つけて難産になる可能性もあります。

 ところが頭蓋骨は変形し、同時に脳髄も変形する。胎児はその苦痛に耐えて初めてこの世界に生まれてくる。だから、生まれるときの苦痛は最初の苦で、人生の4つの苦、「生老病死」の"生"だというわけです。これはちょうど宇宙から地球へ帰還して大気圏内に入るときと似ていると思うのです。

大島:やはり打ち上げのときと帰還のときにリスクは多いですね。打ち上げのときはG(重力)が3Gかかります。その3Gが身体にかかると、血圧もぐっと下がってしまう。

祖父江:人間の身体への負担は相当でしょうね。

大島:低血圧を避けるために、胸から背中にGがかかるように座席を設定して打ち上げます。国際宇宙ステーションは地球の上空を周回し、打ち上げ後7、8分で宇宙ステーションの高度400kmまでたどりつきます。帰還のときは逆噴射しながら、だいたい30分ほどで戻ってきます。帰還の際に一番ひどいときは6GのGがかかります。ウェットスーツに似たタイツで下肢を圧迫し、少し息みながら、最後はパラシュートで地上に戻ります。

祖父江:パラシュートで降りた直後はほとんど立てない、歩けないですよね。

大島:帰還直後はなぜ立てないかというと、身体が無重力に適応したため、起立性低血圧となり、さらにバランス感覚がくるい、ふらっとしてしまう。転倒を防ぐため、帰還後は宇宙飛行士をすぐに歩かせないようにしています。

祖父江:人間も産道を通ってきて生まれたときには、骨も筋肉も未熟なため歩けません。歩けるまでには1年はかかりますね。胎内生活の10か月の間、赤ちゃんがどのような姿で活動しているのかをエコーで見ることができますが、あの姿は宇宙飛行士が無重力環境の中で動いているのとよく似ていると思います。

大島:胎児は羊水の中で浮いた生活ですからね。

祖父江:動き方がよく似ている。だから人間はもともと生まれるまでに無重力に似た状態を経験していると思います。だから無重力状態にもある程度適応できる能力を十分持っているのではないでしょうか。

大島:私は宇宙から帰還した飛行士を何人も見ていますが、みな宇宙に適応し、かつ大きな問題なく帰還しています。

筋力維持には適度な刺激と休養が必要

大島:日本人初の長期宇宙滞在した若田光一さんは、宇宙から帰還して1時間後にはもう歩くことができ、4時間後には記者会見をしたのには驚きました。当然その前に医師がチェックしているのですが。

祖父江:宇宙滞在期間にもよるのでしょうか。

大島:そうですね。滞在期間はスペースシャトルで1~2週間、国際宇宙ステーションで6か月です。地球なら医師などの支援要員がいますが、月や火星飛行では、地球の6分の1や3分の1の重力環境で、支援要員がいないところで体力維持しなくてはなりません。筋肉減少のリスクを軽減する、飛行前・飛行中の運動プログラムと帰還後のリハビリプログラムがすでに確立しています(表1、2)。

表1 飛行前の運動プログラム

目標

  • ミッションに必要な体力獲得(明確なモチベーション)
  • 体力低下を考慮し、あらかじめ向上させる

運動プログラム

  • 週3回、1回2時間有酸素運動と筋力運動

表2 飛行中の運動プログラム

方法

  • 週6日、1日2時間の運動
      1. 有酸素運動(自転車、トレッドミル)
      2. 筋力運動(抵抗運動)

目標

  • 体力/体調維持、帰還後歩行に備える
  • 飛行前期:微小重力での運動に慣れる

中期:体力維持

後期:再歩行準備

祖父江:宇宙飛行士の運動プログラムとはどういうものでしょうか。

大島: 飛行前の運動プログラムの目標は、宇宙での6か月のミッションを成功させるための体力を獲得することです。万一、不時着しても脱出するための体力をつけておく。週3回、1日2時間の有酸素運動と筋力運動を行います。

 飛行中の運動プログラムの目標は、体調維持と帰還後の歩行に備えることです。国際宇宙ステーションでは、有酸素運動には自転車とランニングマシン、筋力維持のための筋トレマシンの3つを使用して、週6日、1日2時間の運動を行います。

 宇宙に行った初期は、宇宙の微小重力での運動に慣れる、滞在中は体力を維持する、そして帰る前は地球で再歩行の準備のために運動を行います。3つのフェーズごとに目標を変更させて運動しています。

祖父江:かなりきつい負荷をかけるのですか。

大島:心臓機能を高める有酸素運動では、インターバルトレーニングといって、高い負荷と低い負荷を数分ごとに交互に繰り返しながら運動します。チェコスロバキアの長距離走の陸上選手で、オリンピック3種目の金メダルを取ったザトペック選手が開発したトレーニング法です。

 筋萎縮を防ぐ筋トレは、体幹・上肢・下肢のトレーニングを毎日45分間行います。10回でひと休みの負荷を1~3セット行うことが基本です。慣れてきたら負荷強度を変える。そして筋損傷予防のため、同じ運動を翌日は避けることもポイントです。同じ運動の繰り返しは、同じ筋肉しか刺激されないので、満遍(まんべん)なく鍛えるために運動の種類を変え、さらに負荷強度を変えながら筋肉を刺激します。

 筋トレ後に適切な休息をとることによって、筋肉がトレーニング前より強くなって修復されることを「超回復」といいます。適度な「刺激」と「休養」と「栄養」を、自分の体とボディトーク(体話)をしながら行うことが大切です。刺激と休息が不適切だと、疲労が蓄積し筋損傷が起きて長続きしません。

祖父江:それは高齢者の運動にも通じるアドバイスだと思います。やはり運動を継続するには、目標を持つこと、楽しみながら仲間と一緒に行うこと、そして決して無理をしないことが大切だと思います。

写真:大島博先生の対談写真

長寿社会に応用できる宇宙医学の知見

祖父江:宇宙医学を社会にどう活かすかについて、続けてお話しいただけますか。

大島:宇宙飛行では加齢現象と同じ変化が急速に起こります。「究極の予防医学」を実践する宇宙医学のリスク予防のノウハウは、高齢者の健康づくりに応用できます(表3)。

 現在、骨粗鬆しょう症の人は日本に1,300万人いて、70歳以上の女性の半分は骨粗鬆症です。若い人を100%とすると70%以下の骨密度となると骨粗鬆症と診断され、転倒すると骨折しやすい、あるいは背中が縮み、腰が曲がってQOLが低下します。毎年、約16万人が大腿骨頚部骨折を起こし、今後、倍増するのではないかと心配されています。

 高齢者の骨粗鬆症では年間1~2%骨密度が下がります。女性の場合、閉経期は年間2~4%下がるという報告もあります。これに対して宇宙滞在では1か月で1~2%、1年で12~24%減少します。

表3 宇宙の予防医学の成果を、地上の社会生活に還元
宇宙の予防医学等実施項目地上社会への還元
有人技術による他国のスピンオフ例 生理対策技術
  • 骨量減少対策
  • 筋萎縮対策
地上模擬実験・宇宙長期滞在 保健予防医学の実践
  • 高齢者の健康維持
  • 健康増進への活用
  • 予防医学への応用
  • 診断装置
    • 赤外線体温計
    • 錠剤型体温計
  • 小型治療機器
    • 体内外間データ通信・測定
    • ペースメーカー
  • その他
    • 食品加工管理法(HACCP ハサップ)
    • 空気/浄水浄化システム
    • 冷却スーツ
精神心理面対応
  • 人間心理学
  • 心理リスク管理
長期閉鎖実験 心の健康対策
  • ストレス対策への応用
  • 不眠対策など
軌道上遠隔医療
  • 高精細(HDTV)画像
  • ポータブル医療機器
JAXA簡易生体機能モニタ 医療の充実
  • 医療不足への貢献(遠隔地医療)
  • 災害医療、救急医療
日本の宇宙食
  • 和食を宇宙で
  • 機能性宇宙食
宇宙日本食 食の安全・安心
  • 健康機能食、災害食
  • 安全な食品製造
飛行士の健康管理技術
  • 過酷な環境下の健康管理
  • 長期宇宙滞在時のパフォーマンス維持
地上からの健康管理 産業保健の充実
  • 長時間勤労者健康管理
  • 有害環境リスクから保護
  • メンタルヘルス対策

祖父江:骨粗鬆症の人の年間の骨量減少と、宇宙飛行士の1か月の減少がほぼ同じということですか。それは驚きますね。

大島:宇宙での骨量減少は、骨粗鬆症の人の約10倍の速さで減少します。骨粗鬆症薬「ビスホスホネート」は、骨密度が増え骨折が半減する臨床エビデンスがあり、骨粗鬆症薬のファーストチョイスになっています。「この薬で骨粗鬆症を予防する」という研究をベッドレスト研究で試みた後、宇宙実験を行いました。週に1回、ビスホスホネートを予防的に飲んで、宇宙飛行前後に骨密度などを測定して効果を確かめたところ、骨量が減少せずに戻ってこられました。

祖父江:服薬が骨量減少の予防につながったということですね。薬だけで予防できるのでしょう。

大島:食事でカルシウムやビタミンをきちんととり、適切な運動を継続して骨に刺激を与え、さらに必要最小限の薬を活用することでリスク軽減が図れました。宇宙飛行では加齢と同じ変化が10倍の速さで起きますが、きちんと予防対策を行えば、骨量減少は予防できることが証明されたと思います。

規則正しい生活と照度調節で体内リズムを維持

祖父江:健康的な生活には「運動」と「栄養」と「休養」の3要素が欠かせないといわれますが、地球の環境とまったく異なる宇宙では、体のリズムをどのように整えるのでしょうか。

大島:国際宇宙ステーションの中は、飛行機の中と同じ300ルクス以下の薄暗い環境です。さらに90分で地球を1周します。そのため「昼間動いて交感神経、夜休んで副交感神経」という体内リズムが、宇宙環境の中では乱れるのではないか。もし体内リズムが乱れると、ミスや事故のリスクが高まるのではないかという懸念がありました。

 われわれは心電図で心臓の自律神経活動を調べて体内リズムへの影響を解析しました。24時間のリズムは、飛行前・飛行中・飛行後で調べると、飛行前や飛行後に比べて、宇宙滞在後期のほうがむしろ24時間周期に近くなるという結果で、仮説と反対でした。

祖父江:それは興味深いですね。宇宙のほうが地上にいるときよりも体内リズムが整う。

大島:われわれは宇宙に行ったら体内リズムは乱れると予想していたのですが、宇宙に行くと、地上よりむしろ規則正しい生活ができていることが原因でした。

 宇宙飛行士の宇宙飛行中のスケジュールは、週休2日制で1日6.5時間仕事し、睡眠には8.5時間あて、生活リズムを崩さないよう計画しています。食事を3食とって、運動の時間もきちんと計画どおりに実施する。光が大事なので、朝はコンピュータを明るめにしてブルーライトを活用し、夜はちょっと暗めにして照度環境を調節する。それから何かあればすぐサポートできる支援体制を整えて、ストレスがたまらないようにすることでパフォーマンスの維持向上につながります。

祖父江:「食事」と「運動」と「休養」をとって規則正しい生活をする。そして光をうまく味方にして、ストレスをうまくコントロールする。これは地上での体内リズムの維持や向上にも共通する方法ですね。

写真:祖父江理事長の対談写真

人類初の長寿の実現は宇宙開発の挑戦と共通

大島:宇宙ステーションの次は月や火星に向かうという有人宇宙飛行計画がある一方で、数年後には誰でも宇宙旅行できる時代になるといわれています。月周回の旅行チケットを売り出すニュースも先日ありました。

 宇宙エレベーターという提案もあります。カーボンナノチューブで地上と宇宙間を連結するエレベーターをつくり、それに乗って宇宙に行く。それができれば、低重力を活かして、足腰が弱った人もリハビリできるようになれますね。

祖父江:宇宙でリハビリとはスケールが大きいですね。ぜひ実現していただきたいです。

大島:地球の大きさは1億分の1のスケールでは自分の手と指でつくる直径12cm程度の球の大きさになります。国際宇宙ステーションの高さは400kmですから、球の表面から4mmのところをぐるぐる回っている状態です。だから数分で宇宙に行って、30分で戻ってこられるのです。

祖父江:将来、宇宙生活を長く行う計画はあるのですか。

大島:今のところ、月面で1か月ぐらい生活するとか、あるいは火星では1年半ほど滞在して、そしてまた7か月飛行して帰ってくるという計画があります。

祖父江:そのくらい長い期間ですと、宇宙の生活にかなり適応できないとむずかしいですね。

大島:昨年、宇宙に行った大西卓哉さんは「火星はまだ夢物語で、道のりは遠いな」と言っていました。

 地球の年齢は46億年ですが、人に生老病死があるのと同じように、ビッグバンの理論からいうと、地球や太陽も成熟して、あるときが来ると蒸散してなくなるかもしれません。人類が月や火星に向かって挑戦することは、生命と技術を伝えながら新たな挑戦を行う進化の営みではないでしょうか。

 今後100歳以上の方が多くなる中で、長寿医学もいろいろな課題に挑戦しています。長寿のトップクラスのロールモデルを提示したり、全体の平均値を上げたり、下の人たちを引き上げていく挑戦が大切だと思います

祖父江:人類史上初めて、この長寿社会を短期間の間に実現できたというところがやはりすばらしいですよね。

大島:そう思います。人間が宇宙に行って問題なく帰ってきているところからみても、やはり人間はリスクを想定して予防し、前に向かって進んでいくのではないかと思います。そういう意味でこの『エイジングアンドヘルス』の機関誌はいろいろなことへのチャレンジが掲載され、すばらしいですね。

祖父江:ありがとうございます。やはり宇宙医学と長寿医学、高齢医学には相通ずる部分がかなりありますね。最後に宇宙医学の立場から長寿医学、高齢医学に対するアドバイスをいただければと思います。

大島:宇宙医学は想定されるリスクを軽減し、個人やチームのパフォーマンス高める「究極の予防医学」を実践しています。私は若田光一さんや向井千秋さんと一緒に仕事をしていますが、彼らは「夢、探究心、思いやりを持って、自分が成し遂げたい夢に向けて日々邁進することが大切だ」と言います。

 現代の長寿医学は、人類の新たな挑戦の1つなので、宇宙医学とぜひコラボレーションができるといいと思っています。

祖父江:貴重なお話をどうもありがとうございました。

対談者

著者写真:大島博氏

大島 博(おおしまひろし)
1983年富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業。1989年富山大学大学院医学研究科修了(医学博士)。1990年Oxford大学 生理学研究所留学。1992年富山大学医学部整形外科講師。1996年宇宙開発事業団(現JAXA)に転籍。2012年JAXA宇宙医学生物学研究室室長。専門は 宇宙医学、整形外科学。長期ベッドレスト研究や長期閉鎖実験に参加。 ISS(国際宇宙ステーション)宇宙飛行士の骨量減少予防研究や、心臓自律神経研究などの共同研究者。若田飛行士、野口飛行士の長期宇宙滞在後リハビリに立ち会った。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.83

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