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長寿社会の高齢医学と相通ずる宇宙医学(大島 博)(第1回)

公開日:2017年7月11日 10時19分
更新日:2023年8月 2日 14時07分

写真:第19回対談風景写真。左:祖父江逸郎氏 右:大島博氏

シリーズ第19 回 生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして

 わが国がこれから超長寿社会を迎えるに当たり、長寿科学はどのような視点で進んでいくことが重要であるかについて考える、シリーズ「生き生きとした心豊かな長寿社会の構築をめざして」と題した各界のキーパーソンと祖父江逸郎・公益財団法人長寿科学振興財団理事長との対談は、大島博・国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)技術領域主幹をお招きいたしました。今回のテーマは2回にわたって掲載します。

宇宙飛行と加齢変化の共通点

祖父江:今回、宇宙医学の第一人者である大島先生をお招きしたのは、宇宙医学と長寿科学の中の高齢医学とに共通点が非常に多いからです。高齢者になると骨や筋肉が衰えるばかりでなく、宇宙飛行士のように閉鎖的な空間で孤独になって精神的な不調を抱えることが多くあります。そこで大島先生からいくつかアドバイスをいただきたいと思います

大島:まず宇宙環境と人体リスクからお話ししたいと思います(表1)。微小重力環境の宇宙では、骨量が減少し、筋肉が萎縮する。自律神経の変調や前庭神経(平衡神経)の変調から宇宙酔いが起こる。また睡眠障害によるミスや事故のリスクも高まる。さらに6人という少人数で、ロシア人もいればアメリカ人、ヨーロッパ人もいる狭い空間で、「もう嫌だ」と飛び出すことができない閉鎖環境で6か月生活する。それから放射線被曝のリスクもあります。

 宇宙医学は過酷な宇宙環境の中で、心と身体に生じるさまざまなリスクをいかに軽減するか、そして個人とチームのパフォーマンスをいかに維持向上させるかを目的に、国際宇宙ステーションを利用して産官学連携で実験を行っています。地上の医学技術を用いて、宇宙飛行の人体リスクを軽減させ、よい成果があれば社会に役立てたいと考えています(表2)。

表1 宇宙環境と人体リスク

  1. 微小重力
    • 骨量減少筋萎縮自律神経変調、前庭神経/宇宙酔い
  2. 90分毎の地球周回
    • 睡眠障害、効率低下、ミスや事故
  3. 閉鎖、多文化
    • パフォーマンス低下、精神ストレス/抑うつ
  4. 宇宙放射線
    • 癌のリスク、免疫力低下
表2 宇宙飛行と加齢変化の共通点
表2:宇宙飛行と加齢変化の共通点を示す表。宇宙飛行と加齢変化では骨量減少、体内リズムの乱れ、筋萎縮で共通していることを示す。

祖父江:国際宇宙ステーションの中はどのくらいの重力になるのですか。

大島:国際宇宙ステーションは、高度400kmの上空を毎秒8km移動し、90分で地球を周回しています。国際宇宙ステーションは重力と遠心力がつりあい、0.00001~0.001Gの微小重力環境です。その中で宇宙飛行士の心身の変化の観察をしたり、あるいは微小重力環境で得られた良質なタンパク結晶が医薬品に応用できないかという研究も行っています。

祖父江:宇宙環境で血液の凝固性は変わりますか。凝固しやすくなるのか、あるいは梗塞が起こりやすくなるのかについてはどうですか。

大島:血液の凝固性についてはまだ詳細に調べられていません。しかし凝固機能の問題が起きた事例はないですね。人間の体液は地球上では重力によって足側に引っ張られます。宇宙では体液が頭側に移動して顔がむくんだり、頭痛や鼻づまりが起きるなど体液シフトの影響が生じます。

祖父江:それから、地上で長くベッドの生活をしている人と無重力の宇宙では、筋力をあまり使わないところで共通すると思いますが、この点はいかがでしょうか。

大島:1日のふくらはぎの筋肉の減り方は、地上でベッドレスト研究の場合の0.5%に対して、宇宙では毎日1%減ります。地上ですと寝返りをするときに重さのある体を筋肉が動かします。宇宙では筋肉を使わなくても移動できるので、筋肉減少は激しい。宇宙での筋肉の減少は地上の寝たきりの約2倍の速度になります。

環境変化に人の体はうまく適応する

祖父江:国際宇宙ステーションの中では、排泄はどのようにしているのですか。

大島:トイレで陰圧をかける装置、いわゆるバキュームで吸引しながら大便や小便をします。今後、月や火星に行く頃には、資源を有効活用することが必要になるので、小便を再生して真水にする装置もすでに搭載されています。

祖父江:宇宙では排尿や排便力に影響が出てくるのでしょうか。

大島:重力がある地上では、便は自然と体の下に落ちますが、宇宙では上下がないので排便しづらいのではないかと心配されていました。

 地上では食べたものはどんどん下へ下がります。一方、宇宙では、たとえばジュースを飲んだときも胃の中で広がります。お腹の腸も下に下がらず、上に上がるので、満腹感になりやすいといわれています。最初は「食べ物が下へ落ちるのか」と心配して固形物は避けるべきとされていたのですが、実際は宇宙でも腸の蠕ぜん動どう(消化に伴って起こる胃腸の運動)や排便・排尿もうまく適応できており、今は何でも食べています。

祖父江:人間の体の適応力というのはすごいですね。

大島:ビスホスホネート(骨粗鬆しょう症治療薬)は、「飲んだら30分起きていなさい」という注意書きのある薬です。寝たきりの方が飲んで薬が食道に留まると食道炎が起きるリスクが高まるからです。宇宙実験前には「ビスホスホネートは食道に刺激を与えるのではないか」という心配をたくさん受けました。宇宙で実際に飲んでみたら、まったく問題ありませんでした。宇宙に行くと上下はなく食道に留まることもない。人間の体はやはり適応し蠕動もきちんと働くのです。

 バランス機能は、地上では目と耳石と足からの情報を統合して無意識にバランスをとっています。宇宙に行くと、耳石と足からの情報がなくなるので、宇宙に行って1 ~ 2日目には、首を動かしたりすると、空間認識が混乱して宇宙酔いで吐くことがあります。宇宙飛行士は光があるほうを上と認知しながら、だいたい1週間ぐらいで宇宙酔いはおさまるようです。環境の変化に対して人間の体はうまく適応しています。

祖父江:では、宇宙に行った宇宙飛行士で健康上のトラブルなどはあるのでしょうか。

大島:すでに日本人も11人が宇宙で滞在していますが、大きな健康上の被害は起きていません。NASA(アメリカ航空宇宙局)やロシアの宇宙飛行士はすでに500人以上が宇宙飛行していますが、大きな健康上の被害や後遺症を残す人はいません。なぜならリスクを想定して、先手を打って「究極の予防医学」を実践しているからです。

 1961年の人類初の宇宙飛行を行ったソ連のガガーリンの頃は、「何が起きるかわからないから、とにかく生きて帰ろう」というサバイバル医学の時代でした。宇宙医学は逐次、想定される問題の対処を積み重ねてリスクを軽減しながら進歩してきました。

写真:第19回対談風景写真。祖父江逸郎氏

生活習慣の改善で老化のカーブを緩やかに

祖父江:長寿社会においてエイジング、いわゆる加齢現象を克服していくうえで、宇宙医学が行っている自律神経の変化や適応力の研究は、非常に参考になるのではないかと思います。今、高齢医学で問題になっているのは筋肉です。

大島:サルコペニアですね。

祖父江:加齢に伴う運動能力の低下に関係してサルコペニア、筋肉減少が起こる。これはもちろん廃用症候群もあるのですが、それ以外に自然な筋肉萎縮がある。加齢に伴って筋肉に限らず骨も内臓も脳も、体全体の細胞がどんどん少なくなっていき、死に至るわけです。

 若い人たちの体は3か月で体の組織が全部入れ代わってしまいます。筋肉や骨や脳細胞などあらゆる細胞は、ある程度死ぬと同時に新しく再生する。若いうちは「死と再生のバランス」がうまくいっているのです。

 しかし、高齢になるとそのバランスが負のほうへ傾いてしまい、あらゆる細胞が自然に少なくなり萎縮してくる。これがサルコペニアやロコモティブシンドロームの原因ではないかと思います。そして、サルコペニアはフレイル(虚弱)にもつながります。

大島:そういった問題に対して、祖父江先生自身は運動や栄養、脳を鍛えるという視点でどのような工夫をされているのですか。

祖父江:1つ気をつけているのは生活習慣です。人間は生物学的にエイジングに伴って、細胞は負のバランスに傾いてしまう。細胞は生成するよりも落ちていくほうがバランス上優位になり、小さくなり萎縮していく。

 これは愛知医科大学加齢医科学研究所におられた田内久先生によれば、「老化の本態というのは全身臓器、組織の萎縮だ」ということです。つまり、「先天的にエイジングに伴って起こる自然経過」ということです。

 それに対して「運動」や「栄養」などの毎日の生活習慣がどの程度、負のバランスを補っていけるのか。おそらく生活習慣が老化にかなり大きな影響を与えている可能性が高いと思います。

 年齢の過程で、20歳代までぐらいの発育時期には「プラス」のほうに傾いていますが、それがある一定の年齢になると「マイナス」のほうに傾いてくる。田内久先生の研究によれば、だいたい20歳代でそのピークは終わって、それ以降は負の影響を受け、老化はすでにそこから始まっている。最初は徐々に起こってくるが、年齢が高くなればなるほど、その影響力が大きくなってくる。その傾きが大きくなっていって、負の影響で老化現象が加速されるのではないか。

 だからそれを補うために、日常生活の中で、「運動」、「栄養」、「休養」の3つの要素が非常に大切になります。これらを意識的にバランスよく行うことによって、老化のカーブを緩やかにすることができるのです。それがいわゆる「予防介入」です。

大島:老化のカーブをなるべく緩やかに高く保って、そして垂直に落ちて死を迎える「垂直死」。先生の著作で読ませていただきました。

祖父江:そうです。垂直死が一番です。そのような最期を迎えられるように、意識しながら日常生活を送る。これは加齢に対する人間の知恵ともいえるでしょう。

大島:『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)という本によれば、2007年に生まれた人の半数が100歳以上まで生きると未来予測しています。日本はまさに少子高齢化の先進国です。この高齢化という課題に、現代を生きる人がどのように挑戦していくかということが非常に重要になってくると思います。

祖父江:そうですね。宇宙医学研究と高齢医学がますます密接な関係を持ってくるでしょう。

チリの鉱山の落盤事故にNASAが助言

祖父江:宇宙飛行士は狭い空間の中で共同生活を行っています。これは1つのコミュニティです。戦時中の潜水艦の中も非常に特殊な環境で、しかも海中ですから、精神的にも強いストレスを受けている。今の宇宙医学と非常に似ていないでしょうか。

写真:第19回対談風景写真。大島博氏

大島:似ていると思います。2010年にチリの鉱山で起こった落盤事故で、33人の男性鉱山作業員が閉じ込められました。そのときチリ政府はNASAに応援を頼んだのです。NASAの経験とノウハウを活用したいためです。

 NASAがアドバイスしたのは、まず1つは、「規則正しい生活をする」ことでした。具体的には、「食事、運動、睡眠を規則的にする」ということ。宇宙飛行士は、「食事、運動、睡眠」の時間を計画的に十分にとっているので、地上での生活よりも宇宙に行ったほうがむしろ規則正しい生活になります。

 2つ目には、「生活空間と光を大事にする」ということです。まず睡眠をとる場所は暗く静かにして、仕事や食事する場所は明るくする。休日や祝日を設けて生活環境のメリハリをつけることも大切です。老健施設などもそうですが、規則正しい生活とともにさまざまなイベントを行って、生活にメリハリを持たせていますね。

 大学時代に過ごした富山県は積雪の多い地域です。雪に閉ざされた冬の後には春祭り、稲刈りの後には秋の祭りが行われます。海の近くですと神み輿こしをぶつけたりする祭や、越中の「おわら風の盆」では3日3晩踊りをするなど、そういうお祭りで生活にメリハリをつけているのです。

祖父江:規則正しい生活にプラスしてイベントというのが大事な要素になるわけですね。

大島:それから3つ目は、「精神支援の担当者をつける」ことです。まず1つは、落盤事故の場合は閉ざされた地下ですので、家族との会話の機会をつくって精神的に支えていきました。

 そして、「個人空間」をつくってあげるというアドバイスもしました。私の父は最近、特養に入所したのですが、4人部屋なので、夜眠れないときにラジオを聞きたいと思っても、周りの人が眠っていると聞けない。やはり個人の空間を大事にして、個人の嗜好を尊重する支援も大切ですね。

祖父江:今、特養などの施設では個室型のユニットケアにするところも増えてきたようですね。やはり「個の空間」を持つことがいい影響をもたらすからでしょうね。

大島:それから集団生活ではいろいろな問題が生じるため、「こういう場合はこうしましょう」という事前の教育訓練の場を設けました。落盤事故も南極越冬でも、集団生活の中では必ず問題が起きる。問題を想定して方針と役割分担を決めておく。ストレスがあったら、はけ口になるように聞き役をつけるなどして感情を受容しています。みんなでスポーツやアドベンチャーの映像を観るとか、あるいは音楽を聴くなど、みんなで楽しめる時間を持つよう工夫しています。

 NASAはこのようなことを助言し、その結果、69日後に33人全員が無事に救出されました。

祖父江:あれは世界中が注目した事故でした。ずいぶんと地下深かったですね。

大島:634メートルの地下だそうです。

祖父江:地中の人がどういう環境にあるか、どのようなストレスを受けているのか。その問題は精神的なものが一番大きいでしょうね。しかし、閉じ込められたといっても、閉じ込められた条件によっても違うと思います。チリの事故の場合には絶対に助けが来るという安心感と希望がベースにあったわけです。地上と連絡が取れていたので、助けに来る可能性は高いということが、ある程度気持ちの中にあった。閉じ込められた環境は非常に悪いし時間もかかるけれど、いつかは解放されるという希望を持っていたことが大きかった。

生活の規制と自由性と希望のバランス

祖父江:軍隊ではかなり強い日常生活の規制が行われています。この規制のために自由が奪われて束縛される。人間はやはり自由を求めますから、"自由性"があるかないか、ある一定の希望があるかないかがカギになってきます。そして非常に強く規制されると、自由の抑圧に対する反発が出てくる。

 潜水艦は閉じ込められた環境ですが、いつかは海中から海の上へ出られるという希望が担保されています。魚雷などの攻撃を受けて浮上できなくなったときの心理状態と、航行しているときの心理状態はずいぶん違います。絶対に助けに来てくれる、あるいは浮上してうまく自由が保たれるという希望があるのとない場合は全然違うと思うのです。あのチリの事故のときも1つの希望があった。

 高齢社会として今問題になっているのは、高齢者が施設に入ると自由を規制されることです。みんなで同じ食事をして、歌を歌わされたり遊戯をやらされたり、嫌だと思ってもそれをやらざるを得ない集団生活の問題は大きいのではないかと思います。

大島:高齢者の方にお会いしますと、何人かの方の顔つきが違います。この方たちは夢や希望を持ち、自分なりの生きがいがきちんとある方たちだと思います。

 私は外来で高齢者を診ていますが、薬をたくさん出す先生に「きちんと飲みなさい」と言われて、それがストレスになってしまう患者がいます。私は「調子が悪いときだけ飲んで、薬をたまに休んでもいいですよ」と言うのですが、多くの高齢者施設では、規則どおりに出された多くの薬をすべて飲まなければいけないとなってしまい、患者は不自由を感じてしまうこともあります。

祖父江:それは臨床においても非常に大事なことです。一律に同じようにやらせようとするところに問題があるのではないでしょうか。現実には、服薬を忘れていることもかなりありますね。

 それではこの対談の前半はこのくらいにして、次号で後半をつづけたいと思います。どうもありがとうございました。

(次回は10月中旬に公開予定)

対談者

著者写真:大島博氏

大島 博(おおしまひろし)
1983年富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業。1989年富山大学大学院医学研究科修了(医学博士)。1990年Oxford大学 生理学研究所留学。1992年富山大学医学部整形外科講師。1996年宇宙開発事業団(現JAXA)に転籍。2012年JAXA宇宙医学生物学研究室室長。専門は 宇宙医学、整形外科学。長期ベッドレスト研究や長期閉鎖実験に参加。 ISS(国際宇宙ステーション)宇宙飛行士の骨量減少予防研究や、心臓自律神経研究などの共同研究者。若田飛行士、野口飛行士の長期宇宙滞在後リハビリに立ち会った。

転載元

公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health No.82

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