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安否確認・コミュニケーションアプリで安心つながる地域づくり(千葉県浦安市 ベイシニア浦安 (浦安市老人クラブ連合会))

 

公開月:2022年11月

災害時の安否確認アプリをIT企業と老人クラブが共同開発

 自然災害大国の日本では、今後30年間に70%の確率で南海トラフ地震や首都直下地震が発生するとされている。近年は台風や集中豪雨による河川の氾濫など、多くの災害が発生しており、速やかな避難情報の伝達や安否確認が課題となっている。大規模災害では消防や警察など公的機関の「公助」にも限界があり、自治会、老人クラブなど地域コミュニティにおける「共助」を強化していくことが今後の防災のカギとなる。

 千葉県浦安市の49の老人クラブで構成される「ベイシニア浦安」(浦安市老人クラブ連合会)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年9月15日閲覧)では、「共助」を強化する取り組みとして、災害時に安否確認ができるスマートフォン(以下、スマホ)アプリ「Metell LIFE-ミテルライフ-」の運用を始めた。このアプリは、ベイシニア浦安と地元のIT企業・株式会社アップリーチ(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)(2022年9月15日閲覧)が共同で開発を進めている。ミテルライフには、災害時の安否確認機能のほか、平時でも会員間で連絡が取れる「コミュニケーション機能」が付いており、今後は健康管理に役立つ「ヘルスケア機能」が加わる予定である。

 浦安市は2011年の東日本大震災で液状化の被害を受けた背景もあり、住民の防災意識がもともと高い地域である。ミテルライフ開発のきっかけは、浦安市在住のアップリーチの原康則社長(写真1)のこんな気づきからだった。「自治会などの防災訓練では、高齢の役員がマンションの階段を駆け上がって一軒ずつ声をかけなくてはならない。スマホアプリを使えばもっとスムーズに安否確認ができるのではないか」。

写真1、株式会社アップリーチの原康則社長の写真。
写真1 株式会社アップリーチの原康則社長

 そこで、原社長はアプリ開発に高齢者の意見を取り入れたいと、ベイシニア浦安の相原勇二会長(写真2)に相談を持ちかけた。高齢者の安否確認の重要性を感じていた相原会長は、「災害時の安否確認機能」に加え、「コミュニケーション機能」と「ヘルスケア機能」を加えた3本柱での開発を提案し、共同開発を進めるに至った。アプリ開発担当のアップリーチの橋本里華専務は宮城県仙台市出身で、東日本大震災で友人2人を津波で亡くした経験がある。災害から1人でも多くの命を救いたいという強い思いが込められている。

写真2、千葉県浦安市の49の老人クラブで構成されるベイシニア浦安の相原勇二会長の写真。
写真2 ベイシニア浦安の相原勇二会長

アプリがもたらす"人とつながっている安心感"

 行政が出すホームページなどの避難情報は、「住民に伝わっているか」「避難したか」を把握するまでには至らず、情報が一方通行となりやすい。一方、ミテルライフでは、災害時、老人クラブの役員の管理者から一斉に、「今すぐ助けは必要ですか?」「ケガ人はいますか?」など安否確認メッセージが送信され、登録者はそれに対して「はい」「いいえ」で答えるだけ。それによって、管理者は「未回答者」や「助けが必要な人」を瞬時に把握することができる(図1、2)。「未回答の人」は一覧となって表示され、回答のあった人は一覧から消えていくという具合だ。

図1、災害時に安否確認ができるスマートフォンアプリ、ミテルライフの安否確認メッセージ画面を表す図。登録者は「はい」「いいえ」のワンタッチで答えられる。画像提供:株式会社アップリーチ
図1 ミテルライフの安否確認メッセージ。登録者は「はい」「いいえ」のワンタッチで答えられる(画像提供:株式会社アップリーチ)
図2、ミテルライフの安否確認メッセージへの回答に対し、管理者が「助けが必要な人」「未回答者」を瞬時に確認する管理画面を表す図。画像提供:株式会社アップリーチ。
図2 管理者は「助けが必要な人」「未回答者」を瞬時に確認することができる(画像提供:株式会社アップリーチ)

 「今まで住民全体に100%の力をかけていたのを、本当に救助が必要なところに集中させることができる」と原社長が言うように、「救助者を見える化」することで、近くにいる役員などが駆けつけ、必要であれば速やかに公的機関へつなぐことができる。

 相原会長は、「何よりも誰かとつながっている安心感が得られます。災害時、今の天候の中、避難所に移動すべきかといった判断はむずかしく、高齢世帯であればなおさらです。その際、ミテルライフで管理者から情報が来て、『天候が落ち着いている今のうちに○○体育館へ避難してください』など、数名の管理者の判断で、随時きめ細やかな情報を流すことができます」と話す。

 安否確認の設定は、「震度3以上で流す」「○○警報で流す」といったように各団体で自由に設定ができるため汎用性が高い。アプリはあえて機能をそぎ落とし、スマホに不慣れな高齢者にもわかりやすいシンプルな操作性が特長となっている。

期待が広がるコミュニケーション機能とヘルスケア機能

 ミテルライフを共同開発する際、相原会長が是非にとリクエストしたのが、「コミュニケーション機能」と「ヘルスケア機能」だ。

 「コミュニケーション機能」は災害時以外にも、回覧板のようなお知らせ、会合の出欠などのアンケートに活用できる。たとえば、管理者から登録者に「○月○日に盆踊りがあります。参加しますか?」といったメッセージが流れ、「はい」「いいえ」で簡単に出欠が取れる。その他、1対1のチャット機能があり、今年11月には役員同士などグループ単位にメッセージを送信する機能が加わる。また、ベイシニア浦安ではひとり暮らし高齢者や高齢夫婦世帯など見守りが必要な人への訪問活動を進めているが、このチャット機能を使い、常時1対1の安否確認(デジタル友愛訪問)ができるようになる。

 本年度中に追加予定の「ヘルスケア機能」では、毎日の健康記録を入力できるほか、スマートウォッチに対応させ、毎日の脈拍数、歩数の自動登録も可能となる。原社長は、「今後はスマートウォッチのデータから心房細動の検知につなげたい」と語る。心房細動を発症すると、心筋梗塞や心原性脳梗塞を引き起こしやすくなる。重病に至る前に心房細動を検知し、予防につなげたいという願いだ。その先は、スマートウォッチから会話量や日々のバイタルデータを取り、「認知症の超早期発見」も視野に入れているという。相原会長は、「日々の健康記録をかかりつけ医に提示するようにします。ミテルライフの健康記録は診察の際の重要な診断材料の1つとなると思います」とヘルスケア機能への期待は大きい。

スマホ活用の普及には高齢者の気持ちを汲んで

 現在、ミテルライフは、ベイシニア浦安に属する49の老人クラブのうち、7つの団体の役員が中心となって使用している。今年11月にはアプリのバージョンアップがなされ、今後は本格的にミテルライフを広めていく段階となる。相原会長は「来年度中に、アプリをまだ使用していない42団体に広め、ベイシニア浦安の会員の約半数の1,500人に使ってもらうことが目標」と話す。

 ベイシニア浦安の会員の約7割がスマホを所有しているが、高年齢になるほど電話機能のみの使用が多いそうだ。ミテルライフの普及には、まずはスマホに馴染んでもらうことが近道となる。そこでベイシニア浦安では、株式会社ジェイコム千葉 市川・浦安局の協力を得て、無償で「スマホ教室」を開催している。参加者に合わせて、初級、中級、上級とクラス分けをし、スマホ操作の体験をしてもらい、後半にはミテルライフのインストールや使用方法の説明を行っている。

 「中には"インストール"や"タップ"という言葉を知らない方もいます。若者なら30分で済むところ、高齢者では2時間かかることもあります。そういう高齢者の気持ちを汲んだうえでスマホの使い方を伝えていくことが大事です。先日、89歳の方が拡大鏡を持ってお見えになったので、拡大鏡のアプリをインストールして差し上げました。その方は外出先でもアプリで新聞が読めると、とても喜んでおられました。そういうことがきっかけになってスマホを身近に感じてもらい、ゆくゆくはミテルライフを活用してもらいたい」と相原会長。

 ミテルライフは災害時の安否確認機能だけでなく、コミュニケーション機能、ヘルスケア機能で日常的にアプリを活用できる点が秀逸である。アプリを日常使いしているからこそ、いざ災害が起きたときには焦らずスムーズに安否確認の操作が可能となる。そうした流れをつくるため、高齢者に寄り添ったスマホ活用の普及に力を入れている。

魅力ある活動へのチャレンジで老人クラブを持続可能に

 超高齢社会で高齢者が増えている一方で、老人クラブの会員数は全国的に減り続けている。会員数がピークだった1998年に比べ、現在は約半数となっている。そんな中、ベイシニア浦安は2014年から5年連続で会員数が増加し、全国老人クラブ連合会から特別表彰を受けた。会員増加の秘訣を相原会長に伺うと、「魅力ある新しい活動を取り入れること」と言う。今年度、ベイシニア浦安が新しく取り入れた活動には、ミテルライフの運用のほか、順天堂大学の協力のもと今年5月から開始した「ロコモ予防の運動教室」がある(写真3)。順天堂大学から講師を招き、週1回3か月間の教室で、修了後どれくらい筋肉量が増えたかを測定する。順天堂大学のロコモ予防の運動教室第1号として、ベイシニア浦安がモデル事業として活動を進めている。

写真3、順天堂大学主催の「ロコモ予防の運動教室」の様子を表わす写真。教室初日、教室修了時、さらに3か月後の筋肉量を計り、修了後に筋力を維持しているかがポイントとなる。
写真3 順天堂大学主催の「ロコモ予防の運動教室」。教室初日、教室修了時、さらに3か月後の筋肉量を計る。修了後に筋力を維持しているかがポイントとなる

 今年7月に開催した「健康ゲーム(eスポーツ)体験会」も新しい取り組みだ。eスポーツとは、「エレクトロニック・スポーツ」の略で、ゲームを使用した対戦を競技として捉えたもの。最近では、高齢者施設や介護予防教室でeスポーツが取り入れられ、認知症予防や男性参加者を取り込むアクティビティとして注目されている。第1回体験会では、音楽に合わせて太鼓をたたく『太鼓の達人®』とカーレースの『グランツーリスモSPORT®』を実践。ゲームをする本人はもちろん、後ろで見ている人が声援を送り、会場が一体となって盛り上がりを見せた(写真4)。

写真4、「健康ゲーム(eスポーツ)体験会」で『太鼓の達人®』を楽しむ参加者の様子を表す写真。取材協力:株式会社プレイケア。
写真4 「健康ゲーム(eスポーツ)体験会」で『太鼓の達人®』を楽しむ参加者(取材協力:株式会社プレイケア)

 「現状維持の活動では会員数は右肩下がりになります。今までの活動でよしとせずに、新しいことにチャレンジすることで活動に魅力が増し、老人クラブが持続可能な活動となります。そのためにはわれわれリーダーがチャレンジ精神を持つことです。これからは高齢者団体であるベイシニア浦安自ら『高齢者のデジタル・ディバイド』(情報通信技術を利用できる人と利用できない人との間に生じる格差)の解消にもチャレンジしていきたい」と相原会長。

 相原会長は現在72歳。老人クラブの中では比較的若手のほうだ。故郷の鹿児島から母親を浦安に呼び寄せたときに近隣の高齢者にお世話になり、その経験から老人クラブに入会したのが59歳。66歳で会長に抜擢され、卓越したリーダーシップで市内49の老人クラブを束ねるベイシニア浦安を引っ張ってきた。相原会長のその情熱の源泉はどこにあるのか?

 「役員としての活動のきっかけは、母の恩返しがしたいということでした。鹿児島から出てきた母に老人クラブの方々がとてもよくしてくれたのです。今は会員の皆さんと一緒に健康寿命を延ばして、社会参加や地域の輪を広げていきたい。これが私の"生きがい"です」


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公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2022年 第31巻第3号(PDF:5.4MB)(新しいウィンドウが開きます)

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