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第3回 睡眠負債への対策(1)

 

公開月:2022年11月

白川 修一郎
睡眠評価研究機構代表

睡眠負債の蓄積の原因

 睡眠負債の蓄積の原因は、①睡眠時間不足の連続、②睡眠障害、夜間頻尿や疾病などによる睡眠の分断や質的低下の持続、③不規則な睡眠習慣や交代勤務等の生体リズムの乱れによる睡眠の質の悪化の持続に大別される。①~③の場合それぞれで、睡眠負債蓄積の解消法は異なる。本稿では、①と②の対策について述べ、③については次稿で述べる。

睡眠不足による睡眠負債蓄積への対策は睡眠履歴を知ること

 睡眠は日々経験する現象で、食事と同じように記憶に残りにくい。4~5日前の睡眠がどうだったかや、昼間や夕食後の強い眠気や居眠りなどを覚えている人は少ない。1日24時間の中で、就寝と起床の時刻、睡眠中の中途覚醒、昼寝やうたた寝を、休日(休養日)を挟んで10日以上は記録する。筆者が作成した睡眠日誌と記入法が(一社)日本睡眠改善協議会のホームページ(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)からダウンロードできる。日中の気分、体調、パフォーマンス(活動性)を直感でいいので、○△×程度で記録しておく。自身の睡眠履歴を知ることが、睡眠負債を解消し、自身の体調や能力を管理することにつながる。

睡眠履歴で気づくこと

 大多数の成人で、睡眠時間が6時間以下だと睡眠負債は蓄積する。睡眠負債蓄積量の脳の働きへの影響は、目覚め続けている時間とほぼ同じとの研究報告がある(Van Dongen HPA, et al., SLEEP 2003)。7時間の睡眠が必要な人が、6時間未満の睡眠を10日間続けていると10時間以上の睡眠負債量になる。午後4時のこの人の脳の働きは、深夜の午前2時の状態かもしれない。一方で興味深いことに、10時間の睡眠負債が蓄積していても、睡眠負債を返済するために、必ずしも余分に10時間眠らなければならないわけではない。脳の回復力は高い。

 睡眠負債が蓄積し限度を超えれば、多くの人で日中の脳の働きに障害が生じてくる。倦怠感やだるさ、強い眠気や居眠りに襲われる。集中力や注意の維持がむずかしい。仕事中のミスが多い。記憶の障害や記憶の引き出しがスムーズにできない。やる気がでない、気分が落ち込む。逆に過度に緊張しやすく焦燥感に襲われることもある。自律神経系の失調で、肩こりや頭痛に悩まされることもある。また、運動すると心拍数がすぐに上昇し苦しくなり、運動を続けづらくなる。睡眠負債がどれだけ蓄積すれば限度を超えるかは人それぞれである。同じ人でも体調や状況、年齢によっても変ってくる。

 気分、体調、パフォーマンスと合わせて睡眠日誌を記入することで、気づくことが多い。限度を超えそうになれば、次の週は「睡眠負債解消週間」として、睡眠時間の確保を第一にして、生活を組み立て直すとよい。また、睡眠負債が蓄積していそうであれば、危険な作業を避ける、あるいはエラーを起こすリスクが高いことを十分に認識し、注意して作業することも可能である。

睡眠日誌の記入が面倒な人へ

 紙の睡眠日誌に自身で記録することにより、睡眠履歴を俯瞰でき、問題点に気づきやすくなる。しかし、睡眠日誌を毎日記録するのは大変だと感じる人もいるであろう。最近では、民製品のウェアラブルデバイスやベッドシート下に敷くセンサーで、睡眠を記録できる多種類の機器が出ている。信頼性は今ひとつであるが、自分の睡眠履歴を知る程度であれば十分に活用できる。アプリによっては、過去の1日ごとの睡眠履歴を確認できないもの、日中の気分、体調、パフォーマンスなどの状態を入力できないものもあり、自分の目的に合ったものを選ぶ必要がある。

睡眠障害、夜間頻尿や疾病などによる睡眠の分断や質的低下における睡眠負債蓄積への対策

 睡眠の分断を引き起こしやすい熟年以降の睡眠障害の主なものは、閉塞型睡眠時無呼吸を含む睡眠関連呼吸障害群、周期性四肢運動障害、および不眠障害である。睡眠障害による睡眠負債の蓄積は、原因疾患を治療し改善することで解消できる。(一社)日本睡眠学会のホームページ(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)に睡眠障害の専門医、専門医療機関・登録医療機関のリストが掲載されている。

 夜間頻尿も睡眠分断を引き起こしやすい。夜間に1回以上排尿のために目覚めてしまう人が加齢とともに増加し、回数も多くなる(白川修一郎ほか, 排尿障害プラクティス 2011)。夜間頻尿の原因として、膀胱容量の減少、糖尿病・心不全等による多尿、睡眠障害、生体リズムの乱れ、アルコール摂取などが指摘されており単純ではない。入眠後に2回以上の排尿があり生活に支障のある場合は、泌尿器科を受診することが望ましい。

 閉経期※1の女性においては、不眠障害の多いことが知られている(白川修一郎, 女性心身医学 2022)。米国での大規模調査では、中途覚醒による睡眠の維持困難が、閉経前の25.9%に対し、閉経期初期では30%を超え、閉経期後期、閉経後では40%を超えていた。夜間のホットフラッシュにより睡眠が障害される場合には、婦人科(更年期外来等)での治療で不眠障害も改善することが指摘されている。

※1 閉経期:
最後の月経の前の数年間およびその後の1年間

著者

しらかわしゅういちろう氏の写真
白川 修一郎(しらかわ しゅういちろう)
 睡眠評価研究機構代表、日本睡眠改善協議会理事長、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所客員研究員。医学博士。専門は睡眠とメンタルヘルス。1977年東京都神経科学総合研究所研究員、1991年国立精神・神経センター精神保健研究所老人精神保健研究室長、2012年より睡眠評価研究機構代表、2016年より日本睡眠改善協議会理事長。主な著書に『ビジネスパーソンのための快眠読本』(ウェッジ)、『命を縮める「睡眠負債」を解消する』(祥伝社)などがある。

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公益財団法人長寿科学振興財団発行 機関誌 Aging&Health 2022年 第31巻第3号(PDF:5.4MB)(新しいウィンドウが開きます)

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