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派遣報告書(間野達雄)

派遣者氏名

間野 達雄(まの たつお)

所属機関・職名

東京大学医学部附属病院・助教

専門分野

神経内科

参加した国際学会等名称

Annual Meeting 2018

学会主催団体名

American Academy of Neurology

開催地

アメリカ ロサンゼルス

開催期間

2018年4月21日から2018年4月26日まで(6日間)

発表役割

ポスター発表

発表題目

Tau-related dysfunction of BRCA1 lead to reduced neuronal plasticity in Alzheimer's disease

アルツハイマー病におけるタウ凝集にともなったBRCA1機能障害は神経細胞の可塑性を低下させる

発表の概要

目的

 申請者らは、神経細胞特異的なDNAメチル化解析をスクリーニングとして、アルツハイマー病ではDNA修復タンパク質であるBRCA1の発現が増加はしているものの、機能障害に陥っていることを報告した。今回の研究は、BRCA1が増加する機序およびBRCA1の機能障害に陥っている機序について検討した。

方法

 AβのBRCA1発現への影響を解析するため、培養細胞のAβ処理またはアミロイド前駆タンパク遺伝子(APP)変異体の導入を行った。タウタンパク質の凝集と、BRCA1の機能の関係を検討するため、SH-SY5Y細胞にMAPT遺伝子を導入し、さらに予め凝集させたシードとなるタウ凝集体の導入を行った。Aβおよびタウのマウスでの影響を検討するため、APP/PS1マウスおよび3xTg-ADマウスでの検討を行った。とくにBRCA1機能の解析を目的として、レンチウィルスによるBRCA1ノックダウンを行った。DNA断片化の定量はコメットアッセイを用いて行った。

結果

 AβがDNA傷害を誘導しており、BRCA1は誘導されたDNA傷害に対する防御機構として誘導されていることを細胞およびマウスモデルを用いて示した。具体的には、培地中のAβ濃度依存的にBRCA1の発現量が増加し、DNA修復マーカーであるγ-H2axが誘導されることを示した。AβだけではDNAの断片化が誘導されないものの、Aβ存在下でBRCA1をノックダウンしたところ、DNAの断片化が観察され、これらの結果からBRCA1はAβによるDNA傷害を修復するために誘導されていることが示された。 アルツハイマー病患者の脳切片では、BRCA1は神経細胞の細胞質に沈着し、リン酸化タウと共局在を示した。免疫電顕においても、不溶性PHFタウはBRCA1免疫染色が陽性であり、リン酸化タウが凝集する際にBRCA1が巻き込まれているものと推測された。このことを細胞レベルで証明するために、seed-dependent tau aggregation assayを施行し、不溶性リン酸化タウの形成とともにBRCA1が不溶化し、BRCA1とリン酸化タウが共局在することを確認した。マウスモデルにおいても、Aβ病理とタウ病理の療法を有する3xTg-ADマウスにおいて、病期進行とともにBRCA1の不溶化と細胞質への沈着が起き、DNA傷害が有意に増加した。 このようなBRCA1のタウによる機能障害の意義を調べるため、APP/PS1マウスにおいてレンチウィルス注入によるBRCA1ノックダウンを行った。Aβ存在下でBRCA1ノックダウンを行うと、DNA傷害が誘導され、さらにはシナプス形成が阻害されることが示された。

考察

 本研究の結果は、アルツハイマー病の病態を次のように説明するものと考える。初期もしくは臨床症状を発症する前のアルツハイマー病においては、Aβだけが蓄積しており、AβはDNA傷害を誘導するもののそれに対してBRCA1が誘導されることで十分な修復が行われている。これによってゲノムDNAの恒常性は保たれており、神経細胞機能も維持されているため、臨床的には発症に至ることはない。一方で、進行期アルツハイマー病においては、リン酸化タウの凝集が起きている。これにともなって、BRCA1はリン酸化タウ凝集に巻き込まれるかたちで細胞質に不溶化して蓄積していく。BRCA1は本来は核に局在して機能を発揮するDNA修復タンパクであり、不溶化および細胞質への蓄積によって機能を発揮できなくなっている。したがって、AβによるDNA傷害を修復する機構が作用できなくなり、したがってDNAの傷害が蓄積してゲノムDNAの恒常性を保つことができなくなるため、神経細胞機能にも障害をきたし、臨床的にも認知機能低下を呈するようになる。

派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等

 学会は、メッセージの発信やホット・トピックスを中心としたPlenary lectureシリーズや、疾患カテゴリーごとの口演を多くことができた。いずれも高い水準の内容であり、とくにPlenary lectureで行われていた最近の注目すべき治験シリーズは、いままさに世の中に送り出されようとしている有用な薬剤ばかりであり、非常にexcitingな内容であった。

 ポスター発表では、さまざまな臨床および基礎研究者から多くの質問を頂いた。アルツハイマー病におけるDNA傷害、およびBRCA1の機能障害という観点は、聴衆からの質問も多く、どのようにしてBRCA1に着目するに至ったのか、様々なDNA修復関連遺伝子があるなかでなぜBRCA1が重要になっていると思うのか、といった質問を頂いた。

平成30年度第1期国際学会派遣事業_派遣者:間野達雄

本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか

 アルツハイマー病は最大の孤発性認知症疾患であり、遺伝的背景を含む様々なリスクファクターが存在するものの、やはり最大のリスクは加齢である。多くの国々で高齢化が進んでおり、アルツハイマー病の重要性は増す一方である。本研究ではDNA傷害がもたらす神経細胞への影響を検討したものであり、アルツハイマー病の病態解明に新たな視点をもたらすものであったと考えている。一方で、神経細胞におけるDNA傷害蓄積は、加齢そのものによっても起こることが近年の研究から明らかになりつつある。その点において、本研究はアルツハイマー病の病態解明のみならず、長寿社会における神経機能の維持を考える上で、有用性があるものと信じている。