派遣報告書(佐藤綾美)
派遣者氏名
佐藤 綾美(さとう あやみ)
所属機関・職名
東洋大学 健康スポーツ科学部 栄養科学科 准教授
専門分野
食品機能学、基礎老化学
参加した国際学会等名称
American Aging Association (AGE) 53rd Annual Meeting
学会主催団体名
American Aging Association
開催地
アメリカ合衆国 アラスカ州アンカレッジ
開催期間
2025年5月11日から2025年5月14日まで(4日間)
発表役割
ポスター発表
発表題目
Changes in Aging-Related Factors in a Long-Term Vitamin C Deficiency Model
長期間のビタミンC不足モデルにおける老化関連因子の変化
発表の概要
L-アスコルビン酸(ビタミンC)は、DNA脱メチル化酵素の補因子であり、エピゲノムを調節する機能がわかってきた。DNAメチル化の加齢変化は、エピジェネティック年齢として生物学的年齢の推定に用いられ、疾患発症リスクや寿命の予測への応用が進められている。一方、DNAm ageを高める老化促進機構の詳細はわかっていない。本研究では、老化機構におけるビタミンCの意義解明を目的とする。方法として、オスおよびメスのビタミンC合成不全マウスを用い、2月齢でビタミンC充足群と不足群に分け、6か月および12か月間飼育した後、各臓器を採取し、分子生物学的解析を行った。体重測定の結果、特にメスでは不足群で顕著に増加した。また、臓器重量測定の結果、メスでは肝臓や肺の重量に変化がみられた.オスではみられなかった。よって、肝臓や肺を用い、p16 INK4aやIL-6等の老化関連遺伝子の発現を解析した結果、ビタミンC充足群と不足群で顕著な変化が認められた。長期間のビタミンC不足は、欠乏症である壊血病とは異なる生体変容を引き起こし、老化関連因子へ影響する可能性が考えられる。
派遣先学会等の開催状況、質疑応答内容等
2025年5月11日から14日まで、アメリカ合衆国アラスカ州アンカレッジのDena'ina Civic Convention Centerで開催されたAmerican Aging Association (AGE) 53rd Annual Meetingでは、老化研究に関する各テーマに沿ったシンポジウムやポスター発表セッションが設定され、研究ディスカッションが活発に行われた。派遣者の発表に対しても、多くの方に興味をもって頂けた印象であり、1)今回の研究成果は特定の臓器のみの解析で考察しているが、臓器間ネットワークを担う脂肪組織やその他の組織も同時に変化を捉えられるとよい。2)性差とその原因もさらに確認できるとよい、等の意見が挙げられ、本研究における今後の課題を確認できた。


本発表が今後どのように長寿科学に貢献できるか等
本発表では、解析手法等の改善点が明確になり、派遣者の今後の老化研究に活きる知識を得られた。また、老化研究で世界的に有名な先生と接点が得られたことから、国際的な長寿科学研究の発展も期待できる。特に、本研究成果は、加齢において、血中ビタミンC濃度を十分に高く保つことが、健康長寿に重要であることを改めて科学的に証明したものであり、摂取量の見直し等から、長寿科学に貢献できると期待される。
参加学会から日本の研究者に伝えたい上位3課題
- 発表者氏名
- Andrey Parkhitko
- 所属機関、職名、国名
- Aging Institute of UPMC and the University of Pittsburgh, Pittsburgh, Pennsylvania, USA.
- 発表題目
- Targeting Age-Related Metabolic Dysfunction to Extend Healthspan/加齢に伴う代謝機能障害を標的とした健康寿命延伸
- 発表の概要
- 加齢は、メチオニン代謝異常とチロシン分解経路(TDP)の酵素レベルの上昇と関連する。高齢期におけるメチオニン代謝あるいはTDPを標的とした健康寿命改善の有効性を検討するため、18か月齢のC57BL/6Jマウスを用い、食餌によるメチオニン制限(MetR)あるいはTDP阻害を行った。MetRは、神経筋機能、代謝健康、肺機能、虚弱を有意に改善した。さらに、5XFADマウスではMetRによる神経筋機能の改善が確認されたが、体重はMetRの影響を受けなかった。TDP阻害による効果は観察されなかった。筋肉の単核RNAおよびATAC配列決定により、MetRに対する細胞型特異的応答が明らかになったが、MetRはマウスの老化エピジェネティッククロックマーカーには有意な影響を与えなかった。同様に、ヒト試験における8週間のMetR介入は、エピジェネティック時計に有意な影響を示さなかった。本研究発表では、MetRは高齢で始めるとより有用である可能性や、ラパマイシンの併用が代謝健康に相加効果を示す可能性が示された。
- 発表者氏名
- Nicolas Lehrbach
- 所属機関、職名、国名
- Basic Sciences Division, Fred Hutchinson Cancer Center, Seattle, Washington, USA.
- 発表題目
- Deciphering the roles of Nrf transcription factors in stress responses and longevity./ストレス応答と長寿におけるNrf転写因子の役割の解析
- 発表の概要
- 転写因子のNrf/NFE2Lファミリーは、酸化還元バランス、解毒、代謝、プロテオスタシス、老化を制御する。Nrf1/NFE2L1は主にプロテアソームサブユニット遺伝子のストレス応答性アップレギュレーションに関与し、タンパク質毒性ストレスへの適応に必須である。Nrf2/NFE2L2は主に酸化ストレス応答の活性化と異種物質の解毒促進に関与する。Nrf1とNrf2は非常によく似たDNA結合ドメインを持ち、同様の転写応答を促進することができる。線虫では、単一の遺伝子skn-1が、それぞれ哺乳類のNrf1とNrf2に類似した機能を持ち、同一のDNA結合ドメインを共有するSKN-1AとSKN-1Cという異なるタンパク質アイソフォームをコードしている。したがって、SKN-1A/Nrf1とSKN-1C/Nrf2の機能がどの程度異なるのか解明に取り組んだ。本研究発表では、遺伝子改変実験により、線虫ではNrf2よりNrf1の方が大きく寿命に関与する可能性が示された。そして、そのメカニズムとしてプロテアソーム制御が寿命に重要であることを示唆した。
- 発表者氏名
- Stefanie Krick
- 所属機関、職名、国名
- Division of Pulmonary and Critical Care Medicine, The University of Alabama at Birmingham Birmingham, Alabama, USA.
- 発表題目
- Mechanisms of Aging in the Cystic Fibrosis Lung/肺嚢胞性線維症における老化のメカニズム
- 発表の概要
- 嚢胞性線維症(CF)は遺伝病の一つであり、世界中で約7万人の患者が罹患している。CFにおける慢性気道炎症は、罹患率と死亡率の一因であり、炎症老化や細胞老化などの老化過程がCFの病態に影響を及ぼしている。Krickらは、肺CF患者の病変部位では、p16やp21タンパク質発現などの老化マーカーが増加していることを実証した。臨床検体のみならず、CFモデルとしての培養細胞やラットでも同様の結果であることを検証した。特に、そのメカニズムとして、気管支上皮CFにおける細胞老化の制御にはFGFR/MAPK p38シグナル経路が関与することを示した。さらに、CFモデルラットへのダサチニブとケルセチンの併用投与は、肺組織の老化マーカーを有意に減少させ、肺機能指標を改善することを明らかにした。本研究発表により、肺CFにおける細胞老化を標的とした治療アプローチは、肺疾患を改善する有用な戦略となり得ることが提唱された。