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各論3 まちづくりを通してのフレイル予防・対策 3. フレイル予防産業:多面的なアプローチ②小売業界から

 

公開日:2021年9月24日 10時40分

イオン株式会社
東京大学高齢社会総合研究機構 学術支援職員
乾 裕之

1:はじめに:フレイル予防と小売業界

 今後、我が国では超高齢化がますます進行する。2025年には団塊の世代全員が75歳以上になり、高齢化率も30%に達すると試算されている。高齢者の数が増えるだけでなく平均寿命も延びる見込みで、2050年には女性の平均寿命は90.4歳になり、100歳以上人口も50万人を超える予測だ(図1)。高齢化に伴って社会保障給付費も急激に増大し、2018年の121.3兆円から2040年には188.2兆円-190.0兆円にのぼると考えられ、うち介護費用は2018年の10.7兆円から2040年には25.8兆円と2.4倍以上になると見込まれている(図2)。東京大学の秋山弘子名誉教授が行なった高齢者を20年間追跡した調査では、7割以上の人が75歳から85歳にかけてほぼ年齢に比例して基本的&手段的日常生活動作に援助が必要になっていた(図3)。これらは人生100年時代の到来と、自立度の低い高齢者の急増を示唆している。自立度の維持と健康寿命の延伸は個人のQOLにとっても国家にとっても大きな課題であり、そこで特に介護予防の前段階としてのフレイル予防はますます重要になってくると考えている。

図1:令和2年版高齢社会白書より平均寿命推移と将来推計を表す折れ線グラフ。
図1 平均寿命推移と将来推計
<内閣府:令和2年版高齢社会白書.(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)より引用)
図2:将来の社会保障給付費の見通しを表す図。
図2 将来の社会保障給付費の見通し(単位:兆円)
財務省:日本の財政を考える.(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)より引用)
図3:全国高齢者の男女別20年の基本的・手段的日常生活動作の援助の有無についての追跡調査の結果を表す図。
図3 全国高齢者20年の追跡調査
社会技術研究開発センター:社会技術レポートNo.57 Science for Society」をめざして.(PDF)(外部サイト)(新しいウインドウが開きます)より引用)

 小売業界にとっても超高齢化の進行、つまり自立度の低い高齢者の急増と人口の減少は消費の低下と市場の縮小を意味する。生活者の皆様がなるべく長く自立度を維持し、活力あるくらしを送ることができる社会の実現のためにフレイル予防に取り組むことは、小売業界含めた産業界にとっても意義があるはずである。民間企業が一次予防の領域に取り組むことで治療から予防へのシフトを後押しし、医療や介護に使われる時間やお金を、より前向きな消費にまわしていただくことができれば三方よしではないだろうか。

2:フレイル予防とイオン

 イオンは国内外で小売・サービス事業を営んでいる。基本理念として「お客さまを原点に平和を追求し、人間を尊重し、地域社会に貢献する」ことを掲げ、行動規範にも「企業市民として、地域の人々とともに、地域社会の発展と生活文化の向上に貢献する代表的な企業を目指します」としている。地域は企業の存立基盤であり、地域の課題は企業の課題であるとして考え行動しているが、今後の地域社会の大きな課題のひとつは超高齢社会への対応である。

 イオンの特徴は生活者との多くのタッチポイントと「場」を持っていることである。各地に大型ショッピングセンターを展開し、年間のべ10億人以上の来客と4,500万人以上のクレジットカード会員がある1)。総合スーパー、スーパーマーケット、ドラッグストア、コンビニエンスストアやECなどアクセス機会も多様である。高齢者を含め老若男女幅広いお客様との多様な接点と「場」を活用することで、フレイル予防においてもその啓発を行い、フレイル予防に資する商品やサービスの普及につなげていける可能性がある。単発で商品やサービスを提供するだけで終わらず、包括的かつ継続的にフレイル予防に資する新しいライフスタイルを提案し、行動変容を支援するビジネスを展開していく主体者かつ触媒となることが期待される。

 またフレイル予防は栄養(食・口腔)、身体活動、社会参加が3つの柱である。このフレイル予防の構造に則って食事量を増やす啓発は食料品の売上増加要素となり、運動機会含めて外出目的を作ることは来店動機と周辺需要拡大につながるはずである。1:で述べたように超高齢社会の進行と人口の減少は消費の低下と市場の縮小を意味する。その中で高齢者の来店動機を創出して運動機会含めた社会参加を支援し、さらに食内容と食事量の改善を提案するなど包括的かつ継続的にフレイル予防に取り組むことは、長期的に固定客の獲得によるシェアの維持拡大と、さらには健康寿命の延伸による市場の維持につながるという考え方ができる。ただこのような事業活動としてのメリットと社会貢献を両立するビジネスモデルを創造するにあたり、そのすべてをイオンが担うことは難しい。課題の大きさと変化の早さに対応するためには、地域で活動する他の企業や組織が志を共有し、フレイル予防の構造を理解した上で、業界の垣根を越えて一体となって取組を進めることが必要である。また企業だけでなく、同じ課題に取り組む地方自治体、官公庁や大学と連携していくことが肝要となる。

3:フレイルチェックの官民協働実施

1.フレイルチェック

 東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)が開発したフレイルチェックは参加者のフレイル状態について測定を通して地域住民のフレイル予防の気づきと自分事化を促進するとともに地域のフレイル予防の機運を高めるなどいわゆるポピュレーションアプローチの方法であり、現在71の市区町村で実施されている。このフレイルチェックは柏スタディという学術コホート研究から見出された多面的な老いの兆候を集約し、科学的根拠を持ち、かつ高齢住民から構成されるフレイルサポーター達だけでも実践できる仕組みとして構築され、フレイルチェック市区町村実施ガイドラインに標準化されている。先に述べた通りフレイルチェックには大きく二つの意義があり、ひとつは参加者がフレイルの兆候に気づき、フレイルを自分事として考えてもらうことである。もうひとつは運営者として地域高齢者がフレイルサポーターとして参画し、彼らの活躍の場となることである。フレイルサポーターの主体的な活動は彼ら自身の社会参加と自己効力感につながるだけでなく、ロールモデルとして参加者の行動変容にポジティブな影響を与えるとともに地域におけるフレイル予防の機運を高めることが期待される。ただフレイルチェックは重要な気づきの場であるが、これだけでフレイルのすべては解決できない。そのため、フレイルチェックを起爆剤としつつ、既存の他の健康増進活動や地域活動との連携も重要なテーマとなっている。フレイルチェックの測定データは東大内で全国のデータベースを構築・解析し、自治体内においては既存データベースとの突合と比較を行うことで効果的な施策へ活かすこととしている。

2.フレイルチェック官民協働実施ガイドライン

 このフレイルチェックは市区町村が実施者となり、市民が主体となって、主に地方公共団体の運営するサロンにおいて実施されている。一方で早期の段階の介護予防であるフレイル予防として、フレイルチェックは一次予防、さらにはゼロ次予防にもつながる領域であり、医療行為を伴うものでもなく病気を発見するものでもないため、民間事業者が市区町村と連携して実施してもよい事業である。市区町村としても、フレイルチェックの幅広い普及と参加者の利便性が実現され、フレイル予防のすそ野が広がることで住民の自立度維持による介護保険給付の支出減につながることは歓迎のはずである。しかし民間事業者がそれぞれ独自にフレイルチェックを展開しても、市区町村がその民間事業者におけるフレイルチェック結果を活用することは困難である。民間で実施されたフレイルチェック結果も一元化して市区町村が活用するためには、市区町村実施の場合と同等の内容とデータの質が担保されている必要がある。またそのフレイルチェックデータの取り扱いについて、民間事業者で実施されたフレイルチェックデータを市区町村に一元化する手順や、民間事業者として自らの責任でそれぞれの住民の同意の下でフレイルチェックデータを取得する手順の明確化が必要である。その実現のため、東京大学高齢社会総合研究機構の飯島勝矢教授はフレイルチェック市区町村実施ガイドラインに加え、フレイルチェック官民協働実施ガイドラインを策定した(図4)。民間事業者が市区町村と連携し、民間施設を活用してフレイルチェックを実施する場合においても、市区町村が実施者となる場合と同じ品質で実施できるように定めたものである。

図4:フレイルチェック官民協働実施ガイドラインの体系図を表す図。
図4 フレイルチェック事業 官民協働実施の体系図
①市区町村でフレイルチェックを実施する上での流れや実施方法等を定めたガイドライン
②民間事業者でフレイルチェックを実施する上での流れや実施方法等を定めたガイドライン
発行者:東京大学高齢社会総合研究機構教授飯島勝矢

 ここでポイントとなるのはフレイルサポーターである。フレイルサポーターは市区町村により養成され、このフレイルサポーターの養成プログラムは一定の研修をおさめたフレイルトレーナーにより実施されており、フレイルサポーターの能力は一定の水準を有することが担保されている。民間事業者におけるフレイルチェックの実施においても、このフレイルサポーターを市区町村から派遣してもらい、フレイルチェックの内容や使用する資材、機材を市区町村で行われるものと同一のものとすると定められていることで、市区町村で実施されるフレイルチェックと同等のものが実施可能になる。ただし、民間事業者の施設の所在地がフレイルチェックを導入している市区町村にあることが現状では前提となっている。

 またフレイルチェックデータについては、市区町村へ提供することが明文化され、一方で民間事業者の責任において民間事業者がフレイルチェックデータを取得することも妨げないとしている。

3.フレイルチェック官民協働実施の試行

 フレイルチェックの幅広い普及と参加者の利便性の実現のため、民間事業者におけるフレイルチェックについて規定したフレイルチェック官民協働実施ガイドラインであるが、実際に2019年の秋に千葉県柏市のイオンモール柏にてフレイルチェックの実施を行なった。実施に際しては試行事業の責任者である東京大学高齢社会総合研究機構、実施場所提供者であるイオン株式会社、フレイルチェック協働実施者である柏市とフレイルチェックデータの電子化と集計の業務を受託している一般財団法人健康生きがい開発財団の四者間で「フレイルチェック事業官民協働実施試行事業に関する協定書」を締結した。

 対象者は60歳以上の柏市民であり、事前申し込み及び当日参加を含めて22名で実施された(図5)。フレイルサポーターによると、「普段の行政サロンでの実施と違いを感じず、やりにくさもなかった」とのことである。参加者へのアンケート調査では「買い物のついでに来られることがよい」「交通の便が良い(お買い物バスが助かる)」「集まりやすい」といった回答が得られた。イオンのような民間の大型商業施設でフレイルチェックを実施することが参加者の利便性につながっていると考えられる。フレイルチェック官民協働実施ガイドラインに基づいたこの試行事業により、フレイルチェックを民間事業者の施設においても、行政サロンでの実施と同等の内容で実施できることが確認できた。

図5:イオンモール柏でフレイルチェックを行う様子を表す写真。
図5 イオンモール柏でのフレイルチェックの様子

4.フレイル予防産業への展開

 フレイルを予防する上で、フレイルチェックは自身のフレイル状態を確認し、自分事化する重要な機会である。一方で1.で述べた通りそれだけですべてを解決できるものではなく、フレイルチェックを起爆剤としつつ、既存の他の健康増進活動や地域活動と連携し、栄養、運動、社会参加の3つの視点からフレイル予防に資する行動にいかにつなげていくのかが重要なテーマとなっている。フレイルチェック官民協働実施ガイドラインにより民間事業者の商業施設でフレイルチェックが実施できることが確認できたが、フレイルチェックの実施と併設する形でフレイル予防に役立つ商品やサービスの紹介を行うという工夫ができる。フレイル予防に資する商品やサービスの提供を事業化できればフレイルチェックを実施する原資の確保にもつながり、民間事業者におけるフレイル予防の持続的な取組につなげられると考えられる。ただし、フレイル予防の構造に則った商品やサービスの提供に関してはその内容、提供方法、事業モデルと展開の手法における標準化や事業化についてはまだ達成できておらず、現在もその構築を進めているところである。

 2020年の2月にイオンモール柏にて第2回目のフレイルチェックを実施したが、ここでイオン従業員OB等のイオン関係者を対象とした実証事業として、フレイルチェックによる気づきを踏まえた上で商品やサービスの提案を行なった(図6)。東京大学高齢社会総合研究機構の産学連携共同研究の一環として、フレイルチェック会場に隣接して栄養、口腔、運動、社会参加の4つのブースを設置し、メーカー様の協力も得る形で、フレイルチェック結果の振り返りや行動習慣の確認と商品・サービスの提案を実施した。また同モール内の食品売場では関連商品の販促も実施した。

図6:千葉県柏市イオン店舗でのフレイルチェックを実施した様子を表す写真。
図6 イオン店舗におけるフレイルチェックの実施(千葉県 柏市)
イオンモール柏における実施では、企業ブースでの取組紹介や食品売場での販促イベントも行なった。

 その結果参加者アンケ―トでは、回答者の66.7%からフレイルチェックの結果に基づいて商品サービスの提案を受けることを「よかった」と評価された。自由記述においては「新しい知識が得られた」「売場が近くて良い」などの声が得られた。イオン店舗でフレイルチェックを受けた上で、フレイル予防に役立つ情報の提供や商品・サービス提案を受けること自体は評価されていた一方で、「今後、より個人の情報に適した商品提案を期待したい」「もっと商品開発に利用可能では」などの回答が得られた。今回準備した情報や商品・サービスはフレイルチェック結果の内容に細かく対応したものではない一律的なものであったため、栄養、口腔、運動、社会参加のフレイルチェックの項目ごとにどのような情報提供や商品・サービスの提供を提案していくにあたってはさらに工夫が必要である。

 また、民間事業者の商業施設での実施となると、「買い物のついで」などの動機を考えるとフレイルチェックの結果がそもそも良好な参加者が多数派となることが考えられる。したがって、赤シールの気づきのきっかけとして行動変容を促すのみでなく、いかに青シールを維持するかといった視点からよい習慣や行動の継続を支援していく考え方の商品・サービスの提供を開発する必要がある。

4:今後の展望

 フレイル予防をポピュレーションアプローチの観点から国民的な運動としていくためには、民間事業者における展開、拡大は重要な要素である。フレイル予防の構造としては栄養、(口腔)、運動、社会参加の観点から①フレイルチェックのような気づきの場を通して啓発を行う②フレイル予防に資する商品やサービスを提供する③結果をフィードバックし、参加者の行動改善や商品・サービス側の改善につなげる、という一連の流れが想定される。このサイクルを回しながら徐々にその輪を広げていくことを目指したい。

 また民間が取り組むためにはいくつかの条件もあると考えられる。ひとつはフレイル予防の取組が地域の人の健康につながっていると言えることである。健康という表現はあいまいであるが、新規要介護認定リスクの低減や主観的幸福感の改善を想定している。ふたつめはフレイル予防の取組が事業モデルとして成立していることである。需要の開拓を行い収益につなげつつ、産官学民で足並みのそろったキャンペーンとすることでフレイルの周知にかかるコストを共有することである。そのためには各社独自に「フレイル予防」の旗を掲げるのではなく、エビデンスに基づき、フレイル予防の構造に則った展開手法が(ある程度)標準化されている必要がある。それは地域の生活者の信頼と安心にとっても重要なポイントである。

 いずれの場合においても、1社だけの取組での実現は難しい。フレイル予防の国民運動化のためには、産学連携での実証、企業間連携や産官連携を通して適切に役割分担をしながら、包括的、多面的かつ継続的にフレイル予防産業の構築を目指していくこととしたい。特に小売業としては、お客様との多様な接点と「場」を活用することで、フレイル予防の啓発を行い、フレイル予防に資する商品やサービスの普及につなげることに貢献できるはずである。単発で商品やサービスを提供するだけで終わらず、包括的かつ継続的にフレイル予防に資する新しいライフスタイルを提案し、行動変容を支援するビジネスを展開していく主体者かつ触媒となるためのステップを進めていきたい。

文献

プロフィール

写真:筆者_乾裕之先生
乾 裕之(いぬい ひろゆき)
イオン株式会社
東京大学高齢社会総合研究機構 学術支援職員
最終学歴
2008年 東京大学農学部生物生産科学課程生命化学専修卒
主な職歴
2013年 イオンリテール株式会社イオンマリンピア店加工食品担当 2019年 イオンリテール株式会社イオンスタイル品川シーサイドネットスーパー マネージャー 2020年 イオン株式会社出向 現職 東京大学高齢社会総合研究機構出向学術支援職員
専門分野
産学連携によるフレイル予防の取組